>>613
作り手が先か視聴者が先か・・というものの見方は個人的にはしていません。
というのは、初期の頃はMIDIデータを流し込んで歌わせただけで注目されるという風に
聴き手から作り手へのハードルがかなり低くて、そもそも「作り手」と定義すること自体が不思議という感じでした。

それと、露出をコントロールする力は基本的に消費する行為に内在しているのがCGMと思っています。
「見せられる」局面はあんまり無いですからね。強いて言えばいまのNsen?

初期、作っていないにしても作り手に近しい感覚を持っていたのが、作り手と消費者の壁が高くなってきたのが
一つの変化かな・・と思っています。私自身は、プロ野球選手が少年野球教室やるように、興味ある人には実際に
手を動かす体験をする場を用意することが壁を下げる手の一つとして必要なんじゃないかなと思っています。