研究分野の話題なので書かせて下さい。
日本の家計と恐妻の文化について論拠を伴って書きました。
長文なので面倒な人は無視してください。


戦前の妻は一文で言うと「夫のおかげで生活させてもらってます」が基本です。
中には例外もいるでしょうが。
もっと前や田舎は専業主婦は少なく、妻は家業を手伝ってました。

昭和中期からアメリカからレディーファースト文化が誤解ある形で流入しました。
家計簿が広く普及したのは、1958年に日本生協連の婦人部が「妻が家計を管理するもの」と広報を始めてからです。
夫の給料を徴収し、お小遣いとして分配する概念は本来の日本の一般家庭にはありません。

誤解されていますが、団塊世代の専業主婦は人類史上最高の経済成長のおかげで昭和後期だけに急増した
“超好景気の副産物(特権階級)”であり、ずっと日本の夫婦は共働きでした。


江戸時代の一般人=農家では女性は労働力の劣る男性として扱われており、
出産という労働でそれをカバーしていた一方、産めない妻を石女などと呼び怠け者かのように弾圧していました。
しかし性に自由で相手をとっかえひっかえと記しているものもあるなど、
田舎でも地域によって女性の扱いが大きく異なっていたことが伺えます(評釈艶笑説話などを参照)。

資産家(都市部)の妻は本居宣長の教えが広まるまでは、徳川儒教と武士道の影響に晒されました。
時代劇に出てくるこのような女性や文化は、日本人全体の5%にも満たない上流層です。


話を戻します。
1930年代にも雑誌・主婦の友が家計簿を奨励していましたが、都会の一部を除き余り普及はしませんでした。

主婦の友は文化には保守的である一方、女性の権利などフェミニズム的な論調も持つという現実主義的な左翼雑誌でした。
もちろん夫の負担を減らそうという意味での家計管理で、現在あるような、妻の化粧代を勝手に捻出するようなことは奨励していません。

人気はあったものの、当時としては論調が急進的すぎたのです。
内容も反戦に言及して取り締まられるなど、その(当時としての)革新さが分かるかと思います。
繰り返しますが、それでも当時家計を握っていたのは夫です。


ここに書いた経緯は西川祐子の著書に詳しいです。
こちらは専門家ではないのでややパチモン臭いですが、内田樹の著書にもあります。