卒業論文 1ページ目
「ねえ。そういえば私、プロポーズってされたっけ?」
子供たちのクリスマス会の夜。キッチンで夕食の片付けを2人でしながら
急に滋さんが真顔で聞いてきた。
「・・・9月にしたよね。」気恥ずかしくって俺は嘘をつく。
「あれはお付き合いしてくださいって告白だったよ。」滋さんは騙されない。
「ああ、そうだっけか?」
「もうボケ始まった?」めずらしく滋さんの口調に毒が籠った。ちょっと不機嫌モード。
考えてみると付き会い始めてから「結婚して欲しい」と面と向かって言葉に出して
言った事はない。
12月迄の、毎週金曜日の夜しか会えなかった頃、何度かメールという形では「愛してる」
「大切に思っている」という言葉を送ったけど、しょせん文字は記号でしかない。
いつかは直接言おうと思っていたが、口にしたら今のバランスが崩れそうで言えずにいた。
とうとう滋さんから先手を打ってきたか・・・。
      
微妙な沈黙が続くけれど、俺が洗った皿の水気を、滋さんが拭き取り、食器棚に収めていくコンビネーションは絶妙だ。
「泊まるようになってからまだ3週間だよね?、その割に馴染んでるというか・・・。」
「いずれは二人で住むんだから、馴染むのは早い方がいいんじゃないかな?」
 何を突然いいだすの? とでも言いたそうに滋さんがこちらを見た。
「んじゃ年が明けたら住民票を稲沢に移す?」
「えっ?」
「婚姻届に判子ならいつでも押すよ。」
笑わないよう、噛まないよう、ゆっくりとした口調で俺がいうと。
「それプロポーズのつもり? 判子押したら返品きかないよ、クーリングオフ出来ないからね。」
滋さんはえらく冷静な口調で言った。
あれ、おかしいな。予定では動揺して真っ赤になるはずなのに。滋さんの落ち着きに慌てたのはこっち
だった。
「クーリングオフ出来ないなんて、どんだけ悪徳な業者なの?」
「私は生物ですから。」キッパリと言い放つ滋さん。やっぱり40女は強いのね。
2・3言、冗談をやり取りしたところで真面目な顔をして滋さんの肩を捉まえる。
「高いのは買えないけど、年があけたら指輪買いに行こう。」
「・・・・指輪なんていらない。」
「だめ。まずは形からだからね。」
プロポーズのキスは、滋さんの涙で塩辛い味がした。


年末から新年にかけて、滋さんは1週間近く我が家にいた。
同居の第一段階として運んできた荷物は段ボール2箱分の衣類。2箱分の雑貨それに漫画2箱。
これまで、客間として使っていた4畳半の和室にカラーボックスを置いて、持ってきた物を納め
ると、そこは滋さんの占有スペースとなった。