もともと『客観的』というのは「特定の個人的価値観の考え方や評価から独立して、普遍性をもっている」という意味だ

「金」という一つのものがあり、それをどう使うかは「個人的価値観」に左右される
彼女がいて結婚して子供がいるのなら、その家族のために使うだろう
そして、それはあくまで個人的価値観によるもの
逆に、子供や嫁のために使いたくない、というのも個人的価値観によるもの
子供や嫁に使わない金を趣味につぎ込むのか何をするかも個人的価値観で決めること

この部分を「客観的」という言葉に言い換えることは不可能

>>152のいうように、山に登ることも、バイクを買うことも、結婚することも、独身でいることも
結局「個人的価値観」での選択肢でしかない

全ての人間が結婚したいわけでもないように
全ての人間が金重視、金大事、オカネオカネオカネという価値観でない以上
「お金の使い方」を客観的メリットにするのは、不可能だ