徳川家康が若い時に作った子供は早死にしていたり子孫がたえていて十男の頼信と十ー男の頼房が代々徳川家を支えている、
この頼房の子孫が徳川光圀、(つまり黄門さま)
父徳川家康、生誕
天文11年12月26日(1543年1月31日)・
母・養珠院(ようじゅいん、天正8年(1580年) -
十ー男、徳川頼房(水戸藩の開祖、徳川慶喜のご先祖でもある、)

生誕
慶長8年8月10日(1603年)

つまり母が20父が60過ぎの子供、

十男、徳川頼宣
生誕
慶長7年3月7日(1602年4月28日)
家康が59才母22才のときの子ども
徳川吉宗のご先祖あたる
吉宗も兄が早死にしたり子孫がたえている、

徳川の家系みると男は早く子供をつくりすぎると病気がちだったり早死にしたり、子孫がたえたりしている、
女は逆で遅すぎると病気がち

最近学者の権威が低下、タミフルでも安全とかぬかしてるの調べたら学者が製薬会社から金もらったり、

めんどくさくてならんが自分で調べたら女は遅すぎ男は早すぎる子作りすると病気がちだったり子孫がたえたりしている

徳川吉宗は父光貞が57才(母おゆりの方が、29才下の28才)のときの子供(八代将軍、名君)