「子供は可愛いもの」という思想は、人類にとって普遍ではない。

猫はかわいい。私は猫が好きだ。誰がなんと言おうと好きだ。
子供を作るぐらいなら、猫をたくさん飼って猫帝国でも作りたい。

こんなことを言うと、「いや〜、子供は可愛いよ〜」と訴えてくる親がいる。
たしかに子供は可愛いかもしれない。しかし、私は子供は好きではない。
「親になればその可愛さがわかるさ」と言う人がいるが、そうは思わない。
もし「可愛い」と感じなかったらどうすれば良いのだ。

親と子供が精神的に繋がっている・満足を与えているというのは、
人間の本能によるものではない。社会的な状況によって、子供の価値は変化する。
先進国であれば、親は子供を可愛がり、精神的なつながりを求める。
しかし後進国では、親は子供に労働力としての活躍を期待する。

日本ならば、可愛らしい子供が望まれる。しかし、他の国では、便利な子供を期待する。
親が子供を可愛らしいものとして接触するのは、先進国で観察される現象である。
人間の本能ではない。社会・経済的な状況によって、子供に期待する価値は異なるのである。

子供を可愛がっている親を非難しているわけではない。可愛いと感じるなら、結構なことである。
先進国では、たいてい子供のペット化が進むものだ。
しかし、その感情を人類にとって不偏的なものだと考えて、他人に押し付けるのはどうかと思う。

今の日本では、「子供は可愛くない」とはっきり言うことは難しいのではないだろうか。
特に女性の場合、「母性」という言葉が、「子供は可愛いものだ」という感情を強制している。

その結果、自分のリアルな感情と周囲の期待とのギャップに苦しみ、
育児ノイローゼになる場合もある。子供は可愛いとは限らない。
可愛いと感じられない母親は、別に異常でもなんでもないのだ。

個人的には、子供は可愛くないと思っている。猫の方が圧倒的に可愛いと思う。