NTTS63以降入社大卒社員、会社への不満を語ろう!29
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0280名無しさん
2007/11/03(土) 17:35:35ID:S15oMkdm元アイドル歌手<23歳>
「人気って台風みたいなものだと思う」。岩井小百合は視線を遠くへやった。
「自分で努力してもどうにもならない。どこへ行くかも分からない。波が来てる時は、もみくちゃ。去るのはあっという間で……」
「潮が引くと、台風が来ていたことすら信じられない」ともいった。
デビューの翌1984年3月、絶頂期の岩井はトレードマークのポニーテールを切った。マネジャーと事務所社長の了解を取らなかった。
アイドルであり続けるために、大人の引いた設計図通り振る舞う。それができなかった。
「子供扱い、人形扱いされるのがいやになったんです」
ささやかな抵抗だった。設計図の規格から細部がはずれ始めたのかもしれない。人気は急速に後退していった。
「周りに人がいなくなるんですよ」マネジャーの山村武(48)がいう。
「レコード会社の宣伝マンや雑誌の記者ら20人以上が小百合と一緒に移動していた。それが1人抜け2人抜け、最後はぼくだけ」
テレビはキー局の仕事が減り、地方での出演が多くなる。親しかったディレクターが、名前を呼び間違えるようになった。
この年、岩井にかわってアイドルの座についたのはレコード大賞最優秀新人賞の岡田有希子である。
86年、岩井は高校3年になった。始業式があった4月8日。東京の四谷に近いビルの7階から、18歳の少女が飛び降りて死んだ。トップ・アイドルであり続けた岡田だった。
岩井は夕方、自宅のテレビでそれを知る。「なぜ」。わからなかった。
「芸能界は上がれば上がるほど、孤独になっていく。目標を達成してしまった不安感が、有希子ちゃんにあったとは思う」
彼女に対しては複雑な気持ちがある。岡田は同じ堀越高校の1年先輩で、岩井が下っていった坂を、風のように駆けあがった。
岩井はこの年、1枚のシングルレコードも出していない。ころがり落ちる苦しさを、大学へ進学することでまぎらわせようとしていた。
自分は飛び降りられるほどの頂点にも立っていない。
「まだ死ねない」芸能界への執着が、岩井の中で増幅されていった。(敬称略)
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