日の出と日没の感動
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0001夜泣き爺さん
NGNG日没と日の出の感動は、素晴らしいものです。
でも、なぜ、太陽がこの位置にあるとき、我々は
人種・文化の境を越えて、美しい・素晴らしいと、
感じるのだろうか?
なぜ、人類は、それを美しく感動的と思ってしまうべく
カミに(だか、偶然の悪戯だかに)よって、
造られてしまったのか? マジレス、少し期待。
0002んーとね
NGNG0003餌彦
NGNG>人種・文化の境を越えて、美しい・素晴らしいと、
>感じるのだろうか?
そもそもこれがホントかあやしい
0004夜の帝王にdして爺さん
NGNG徹マンあとの、午前十時の黄色い太陽をみて
感動するのですか?
砂漠や、山小屋の窓からみる落ちる夕日、
飲み明かした朝5時の、ビルの谷間に昇る太陽。
映画「アラビアのロレンス」の冒頭は、
日昇そのものではなかったか、と記憶しますが、
そんな、日常的な光景をいちいち感動するということが、
人間の、心理学的に言って、ヘンなところではないでしょうか?
そんなムダな事(日昇日没に感動する)をする、人類という
ヘンな動物が、この世に生存する理由を教えてください
0005げん
NGNG予想していないようなことが起こったり、変化を感じるときに
感動し易いのではないでしょか?
理由は、、、うー、クオリア(2さんに便乗:-))
0006>4
NGNG木漏れ日や雨上がりの時の太陽を美しいって思うこともあれば
日の出や日の入り見ても別に何も感じないときもあるよ。
そんなのは状況によってかわるって。
0007伍長
NGNG↓ 例:動く物と,そうでない物など。
2)各種刺激が,未分化な快・不快を生じさせる。
↓ 例:上手な抱っこは気持ちよい。物の適度な動きは面白い、等。
3)成熟+学習により、弁別のレベルが上がっていく。
↓ 例:おもちゃと人の区別など。
4)視覚刺激のある一側面に対して、実体験が連合する。
↓ 例:「母親の姿」+「ミルクを飲んで満足」。
5)成熟+学習により、快・不快反応が分化していく。
↓ 例:ミルクの味や本人の空腹度により満足の程度が変わる。
6)視覚刺激の弁別レベルがさらに上がる。
↓ 例:母親と他の人の区別。
7)視覚刺激の般化のレベルも上がる。
↓ 例:母親の笑顔と、他の人の笑顔。
8)視覚刺激以外の各種刺激の弁別も進み、各種反応の分化も複雑化する。
↓ 例:喜怒哀楽など、人間らしくなっていく。
9)各種刺激と実体験との連合も加速する。
例:さらに人間らしくなっていく。
都合(?)により、ここで刺激弁別や反応分化のレベルが一気に飛躍して、
おもちゃのガラガラよりも、オルゴールの音楽の方が心地よくなったり、
プラスチックの花飾りよりも,満開の桜の下にいる方が心地よくなったりする。
やがて、高度な実体験との複雑な連合が進んで、
一輪の桜の開花を見つけて生命の息吹を感じたり、
桜の散る様子に人生を重ね合わせて無常観を感じたりするようになる。
かくして、桜の美は深まり、壮大な夕焼けに立ちすくんだりする。
ダメ?
0008んーとね
NGNG伍長さんの”都合により〜一気の飛躍”が人間独自のものなのか。
どうか。でもいいスレッドだと思う。
0009夜の帝王爺さん
NGNGちょっと、趣旨がずれたご意見のように感じました。
人間は、わざわざ大晦日に暴走してまで、初日の出を見に行く、
ヘンな動物であることに、小生は疑問を感じております。
わざわざ、木漏れ日を、徹夜で走って見に行くことは、
フツウの人はしませんね。
>7伍長様
大変丁寧なレスを、ありがとうございました。
でも、(1)から(9)まで、
人間と他の(多分朝日夕日に感動していない)育児をする動物と、
共通の事ではないでしょうか?
「・・・・のレベルが一気に飛躍して」のあたりを敷衍してください。
ちなみに、小生の仮説は以下のようなものですが。
多くの動物のサーカディアン・リズム(概日リズム)は、
24時間でなく遅れがちになることが、知られています。
その遅れの調整は、日の出と日没の光線によることが、
提唱されているようです。
サーカディアン・リズムは、太陽の運行に従うほうが、
集団行動をとる習性のある人類にとって、有利であった。
季節感を強く感じることも、同様に説明できませんか?
太陽の運行に同調ができないのが、睡眠相遅延症候群。
もちろん、生存に不利。
そこで、朝日(新聞ではありません、念の為)・夕日に感動し、
しっかり目撃しようとする指向を、ミームとして持つ一群の人々が、
子孫を増やしたのではないか?
かくして、桜の美は深まり、壮大な夕焼けに立ちすくんだりする。
ダメ?
チンパンジーも、似たようなことをしている可能性はありますね。
0010名無しさん
NGNG夕日を見たとき、
日本人は、「今日は・・・だった」と懐古的に想い、
欧米人は、「明日は・・・だろう」と前向きに想うとか。
0011うろぼろす
NGNGとをよく人類学の境界理論で説明していましたね。
かなり強引に説明すると、人間は境界にあるものに対して特殊な意味
を与えるんだそうです。例えば、夜泣き爺さんが取り上げている昼でも
夜でもない状態に特殊な感情がわきあがったり、そういった時間に儀礼
をおこなったりと、逆に男でも女でもないオカマに対して嫌悪に近い意
味を与えたりと(オカマの皆さんごめんなさい)、実にいろいろな事例
についてある程度説明ができるようです。
でも、詳しい説明がまた難しいんですね。授業で購読した小田亮の「
構造主義のパラドックス」でも境界理論についての詳しい解説があった
けど、自分にとってはかなり難しくて大変でした。おかげで、この先生
ににらまれてしまいました(苦笑)。
0012雑魚
NGNG朝日を見て美しいと感じるのと初日の出を見に行くのとはあまり関係ないのでは?
初日の出を見に大挙するのは年末年始を祝う民族に見られるものであり、
人類共通のものではないように思います。
0013伍長
NGNGなるほど、そういうことでしたか。
ただ、
>サーカディアン・リズムは、太陽の運行に従うほうが、
>集団行動をとる習性のある人類にとって、有利であった。
これは人類に限らずとも言えることなのでは?
人は、わざわざ日の出を見に行くだけでなく、吉野の桜や日光の紅葉や函館の夜景を見に行ったりもします。太陽だけが特別ではないと思います。
11さんが紹介してくれた考え方を自己流に解釈すると、同じ美でも、非日常的な新奇性のあるものや突出したもの(日の出・日没,吉野の桜,etc.)なら、連合も生じやすく、特別な意味や感動を持ちやすい。
都会や内陸部に住む人は,単に海を見に行くなんてこともしますよね。
人間の実体験は動物よりもはるかに複雑ですので、それだけでも連合のレベルに相当な違いが生じると思います。
おまけに言語もあります。
文化、生活様式の歴史的な蓄積もあります。
ですから、1)から7)までが動物と同程度だとしても、8),9)以降においては飛躍が生じても不思議はないと思います。
例えば、敬虔なキリスト教徒にとって,信仰心+ストイックな生活+聖書のエピソード+パイプオルガンの音色+教会の高い天井+ステンドグラスなどが強く連合していることでしょう。彼らがヨーロッパのゴシック様式の教会へ行けば、我々には想像もできないような感動があるのかもしれない。
0014んーとね
NGNG「なんて美しいんだ。でもこの美しい風景の後にあの怖い夜がくるのか。
なんて悲しいんだ。」と感じ、生存に重要なので覚えました。
森の中では昼と夜の区別はつきにくい。しかぁーし、地上におり、平原での生活に
おいては、昼と夜の区別が夕焼け、朝焼けにより区別できるのです。
最初に夕焼けみたサルは感動したんだろうなぁ。
以上科学的にわなんの根拠もありません。意見ください。
00156>9
NGNGまと外れすぎだよ。
>わざわざ、木漏れ日を、徹夜で走って見に行くことは、
>フツウの人はしませんね。
でもオレはこういう人スキ。
0016記憶にあります
NGNGで、夕日に見入るチンパンジーの群れという映像が流れた記憶があります。
大学の頃受けた人類学の授業でも、「不思議なことに類人猿も夕日に感動
するらしい、なぜかは分かっていない」と先生が言ってたような・・・。
でもこれらの記憶には全く自信ないです。サル系の人類学者に聞きたい
ですね。
0017伍長
NGNGたしか、観察チームによって「ソクラテス」と名付けられていました。
0018んーとね
NGNG夕日、朝日の光わ意識変性を起こす周波数でしょう。
軽いグッドトリップかもしれません。
当然、光刺激が強すぎると”ポケモンの騒動”(いつだっけ)のように
バッドトリップしてしまうんぢゃないかなぁ。
これわ少しマジメ
0019へぼ
NGNG0020んとね
NGNGありがとう。
0021夜泣き爺さん
NGNG北極圏のラップ人・イヌイット・エスキモーは、
夏の白夜やら、冬の1日中夜の生活を、
どうして睡眠相遅延症候群もも起こさず、
やり遂げることができるのですか?
南極越冬隊関係者などのレス求む。
含む性生活、除く不肖ミヤジマ、
http://www.exen.co.jp/etc_p/boss/syohyo/nan_kyoku.htm
人類学かな?こりゃ。
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