◎マリア信仰の教義化

マリアが、キリスト教興隆のなかで“神の母・聖母”として大きくクローブアップされていく。その足取りを、カトリックにおけるマリア信仰の教義化という面から見てみる。

�@マリアの「神の母(テオトコス)化」−−エフェソス公会議・431年

 初期キリスト教にあって、マリアという一女性から生まれたイエスを人とみるか神とみるかということは最も重要な問題で、ローマ教会はニカイア

(325)・コンスタンティノーブル(381)で開かれた2回の公会議で、これを解決しようとした。

そこで決められた教義が、“イエス・キリストは父なる神と全く実体を同じくする神”との教義で、これを以て一応の決着をみたとされる。

しかしこれが全キリスト教社会に異論なく受け入れられたかというとそうでもなく、その後も何かにつけてくすぶり続け、
これが姿を替えて、“では、神であるイエスを産んだマリアとは何者か”と問うたのがエフェソスの公会議である。

 この公会議で、マリアは普通の『人間イエスの母』から特別な女性・『神の母・テオトコス(神を誕生させた者)』へと格上げされ、
マリアは人間イエスを産んだ“人の母”であるとするネストリゥス派は異端として排除されていった

(この流れが中国に伝わったキリスト教である景教)。

 ただこの教義が、かつての女神アルテミス崇拝の中心地であったエフェソスで認められたというのが奇しき縁で、
ここで人々はかつての女神アルテミスに代わる“女神マリア”を手に入れたということになる。

逆にいえば、一般民衆のなかに根強く残っている大地母神としての女神アルテミスのイメージを聖母マリアに置き換えたということで、
これによってキリスト教は布教の拡大に成功したともいえる。