仏教には「生きている以上は苦しい」という大前提があります。
苦苦(くく)=誰が見ても分かるあからさまな苦しみ▽壊苦(えく)=快感が去った後に襲うむなしい苦しさ▽行苦(ぎょうく)=喜怒哀楽のいかなる感情も心を興奮させ、苦しみを生む−という発想です。
現代人は「快」を求め、その後の「壊苦」をかき消すために再び「快」を求めることを、ものすごいスピードでしている。
どんなに成功しても利益を得ても、維持しなくてはというプレッシャーがやってきます。
日本人は江戸時代まで自然に寄り添った循環型の生活でした。
大震災は「快」が過剰な文明を見直し、昔の美徳を取り入れる転換点だったと思います。
脳に快感の信号を入力しすぎると「壊苦」のイライラやソワソワが御せなくなってしまいます。
仏教は「快」との付き合い方に慎重です。