張氏は上記のような経歴を持つ以上、当然のことながら、統一原理を信じていたはずだし、文鮮明
氏をメシアと信じていたはずである、と推定されることになる。

ところが、張氏がCTメンバーに語った言葉によれば「わたしは一度も信仰を変えたことがない」の
だという。

ここが、わたしたち日本のキリスト者を多いに不安にさせる点である。

かつて統一教会信者であったのならば、正統派神学者になるためには、必ず「回心」「改宗」
「信仰の変化」を経なければならないはずである。

ところが、CT側は、そのような「回心」「改宗」「信仰の変化」は、張氏には、なかった、と
言う。

さらに、張氏の「回心」「改宗」「信仰の変化」を目に見えるかたちで保障する担保と目されて
いた、韓基総提出の「悔い改めの覚書」すら、今や、そのような「回心」「改宗」「信仰の変化」
の要素は皆無である、とCT側は言う。

これで、われわれ日本のキリスト者は胸中の疑惑を払拭しなければならない、とCT側から要求さ
れているわけだから、われわれは「理性の判断を停止せよ」と言われているに等しい。