>>53
安帝にも笑えるw
しかも後漢の衰退時期とか
知性感じる

張衡
中国,後漢の文学者,科学者。南陽郡西鄂 (河南省南陽) の人。字,平子。
安帝に召されて郎中となり,
侍中から河間相となって治績をあげ,のち尚書に移ってまもなく没した。
広く学問に通じ,若いときから文名が高く,
10年の歳月をかけてつくったさながら長安と洛陽の風俗史を思わせる『西京賦』
『東京賦』や,抒情的な『思玄賦』などが有名。
その『四愁詩』は作者の明らかな七言詩としては最も早い作品。
再度にわたって天文の太史令をつとめて,天文,暦算に詳しく,蓋天論を説いた天文書『霊憲』を著わしたほか,渾天儀,候風地動儀 (地震計) を発明した


安帝
天災と反乱
春正月、�ケ騭が冀西において種羌に敗れる
烏桓と鮮卑が反乱し、五原郡に被害がでた。冬10月には匈奴の南単于が反乱
前年の海賊の被害が拡大
天候の不順は続き、夏4月に司空の張敏が免職となり、劉�トが後任となった。各地で反乱が続く

官僚との連絡役として宦官を重用したことが、後に宦官の専横を許すこととなったといわれる。
�ケ氏の粛清の後は、宦官と閻氏一門が専権を振るうことになる。
安帝の時代には西域都護が匈奴により攻撃され、西域は匈奴の手に落ちた。他にも西の羌族など周辺民族が相次いで反乱を起こすなど、後漢の衰退が明らかになってきた。