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みんなデューイは読まないの?

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0001ひそひそ名無しさん NGNG
きっと、日本人にはぴったりくるよ
0002考える名無しさん NGNG
それだったら埼玉県上尾市出身のデイヴ・スペクター氏の
『放送媒体の現象学/フェノメロジスティカリティ・ブロードキャスティングシステムス』(1982)で十分。
0003名無しさん@1周年 NGNG
デューイよりは、ウィリアムジェイムズの
ほうがいいんじゃない? 日本人にぴったり
かどうかわからないが。

ちなみにデューイは戦後、日本の教育再編成
のためにアメリカから派遣された学者集団の
なかにいたんですよね。
0004ひそひそ名無しさん NGNG
やっぱ、デーヴは日本人か、、、。
>3
デューイが日本に来たのは、1920年だけだよ。
東京帝大で講演やった。
その講演は、『哲学の改造』って岩波文庫から単行本で出てるよ。
ジェイムズは、『根本的経験論』を読んだけど、理解するのに1年位
かかりました。
0005考える名無しさん NGNG
アメリカ人と日本人は相性悪いと思うよ。

アメリカのガサツさが日本に感染しなければ楽しい国だったのに
ああ、日本。

ちなみにその意図とは裏腹な効果を発揮したキューブリックの
「フルメタルジャケット」、この映画を手本に部活動の指導を
した馬鹿な教師が1980年代後半にはびこったのを知ってます?

1987年〜約三年間は確実にその影響を発揮していた。

その間、理不尽な体罰が横行していたんです。

記憶のある人いませんか?

あの時代の衝撃的な体罰の嵐は実はアメリカ産だったんですよ。
0006考える名無しさん NGNG
あ、ちなみにアメリカは子供もまともに教育できない国です。

変なガキはアメリカ産です。
0007考える名無しさん NGNG
あ、ちなみに僕はアメリカ原産のセイタカアワダチソウに
アレルギーがあります。


00083 NGNG
>4
あれ? 私が見たGHQの資料に
デューイの名前があったんだけど。。。
同姓同名かな。
0009考える名無しさん NGNG
日本人はアメリカ人の考えることを真に受けすぎます。
グローバルスタンダードなんて所詮はドル垂れ流しのための
方便にすぎません。規制緩和糞食らえ。
0010考える名無しさん NGNG
っつーか、アメリカに限らず先進文化コンプレックスが
あるんでしょう。
フランス現代思想がいいってなればみんなそれやるし、
マルクスがいいってなればみんなそれやるし。
ある歴史学者が言ってたけれど、日本人の先進文化への
コンプレックスって、千何百年の歴史があるらしい。
日本は、常に自国より進んだ文化を所有する国(中国や朝鮮)
と隣り合わせだったので、常に自分の国は遅れてるという
意識を持つに至ったらしい。
これは同じく後進国であったドイツでも同じ状況らしい。
ドイツ人は、いつもフランスが気になってしょうがないんだって。
>8
当時デューイはアメリカ教育連盟の名誉総裁とかやってたから、
アメリカ教育使節団にも何かかんでたんでしょう。
0011考える名無しさん NGNG
俺は好きだな。なんつったって英語が読みやすい。

日本人には合うのかなぁ?分らないが…
死後存在とか「おいおい?!」なことも真面目に論じちゃったジェームスの方が確かにあいそうな気はする…
0012考える名無しさん NGNG
『人間性と行為』を途中まで読んだ。(興味がある節だけ)
いろいろな発見があって、とても面白かった。
でも結構難解だったですぅ。
001312 NGNG
W・ジェイムスは『宗教的経験の諸相』(岩波文庫)と『プラグマティズム』を読んだ。
(『心理学』は(下)しか手許にないため、未だ読んでいない。)

『プラグマティズム』は僕がはじめて読んだ哲学書で、初心者にも「哲学って面白そう」
とおもわせてくれる名著じゃないかな?と思います。
00141だよ NGNG
デューイが日本人向きだって言ったのは、デューイが、
「主客未分化の質的全体」についてよく語るからだよ。
デューイはこれについてよく生理的機構の例を持ち出すよ。
『人間性と行為』に出てきたと思うけれど、
「呼吸は、肺に関する事柄であると同時に空気に関する
事柄でもある。」なんていうのがその代表だよ。
デューイによれば、本来の呼吸という事柄は、われわれの
身体や環境の諸要素が、不可欠に、そして、相互に均衡を
保って成立している「関係」そのもの。
にもかかわらず、われわれが呼吸を肺にのみ関する
事柄だと考えてしまうのは、医学が発達して呼吸っていうのを
肺にのみ関係することなんだって思わせちゃったから。

つまり、呼吸を含む実在し得るあらゆる事柄は、本来は、
分解できない渾然一体とした形で存在するのだけれど、
人間が、その未分化な全体を言語や理論という「道具」を
使って分析しちゃうんだ。
そして、しばしば、われわれは、その分析して得られた
ものの方が、分析前の渾然一体とした状態よりも実在的
だって考えちゃうんだっていう話。
(なんでかっていうと分析して得られた結果の方がスッキリ
してるから。それに対し、分析前の「質的全体」は僕の
イメージだとなにかこうドロッとした感じ。サルトルの『嘔吐』
って感じ?!)

こういう発想は、ジェームズにも共通してる。
そしてこういう発想が、例えば、西田幾多郎の琴線に
触れたという話。
あと鈴木大拙が、両手を打って出たパチンッっていう音
は、果たして、右手から出たのか左手から出たのか?って
いうような話をしてたと聞いて似てると思ったんだよーー。

0015考える名無しさん NGNG
そいえばデューイ学会がありますねぇ。
人の名前を冠する学会って珍しいと思う。
0016考える名無しさんNGNG
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