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恥ずかしいよぉ〜

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000124歳引きこもり男性 NGNG
羞恥心が行動や思考を制限しているように思えます。
まったく羞恥を知らない人間とは存在すると思いますか?
一体「羞恥心」って何なんでしょう?
人間にとって必要なのでしょうか?

心理板ではなくここで聞きたいのです。
教えてください。
0002考える名無しさん NGNG
恥ずかしいという状況の理解
と
心理的委縮
が
条件反射するようになってしまっているってことだね。

ま、頭がいいとされる人たちの厚顔無恥にならって
「なぜ恥ずかしいか」についての理解を都合のいいようにねじ曲げましょう。
ロクでもない人間に調教されているんですよ。
0003名無しさん@そうだ選挙にいこう NGNG
・e・<羞恥心は必要だろ!
    せーくすの時に「ンン・・・ハヅカシイヨゥ・・」ってつぶやかっるのと
    「ヘイ!クァモォォン!!」などとおっぴろげられるの、どっちがいい?

    まったく羞恥心を知らない人間はいないと思うぞ。羞恥心というのは、
    ようは日ごろの自分の行動パターンからの逸脱に対する生理的反応ではないのかしらん?
0004エミール NGNG
羞恥心にもいろいろなタイプのものがありますが、あなたが問題に
されている「羞恥心」は、おそらく、「恐れること」に起因する
のではないかと思われます。
何を恐れるのかというと、「ひとに笑われること」、「ひとに
馬鹿にされること」、「ひとに非難されること」などです。
この意味での羞恥心は、確かに、その人の行動や思考を制限して
しまうでしょう。

しかし、そもそも、この世の中に完璧な人間など存在しないのです。
人間はすべて、有限で不完全な存在です。
誰でも、さまざまな欠点をもっており、多くの過ちを犯しながら
生きていくのが普通なのです。
人間は、誰でも、「弱さ」や「無力さ」の側面を有する存在
なのです。

ですから、たとえば、あなたが何かを成し遂げようとして行動し、
何かの理由で失敗し、それをひとに笑われたとしても、
まったく気にする必要はありません。

大切なのは、けっしてミスを犯さないことではなく、
自分の誤りや欠点を、自分が認めることです。

なぜなら、自分の「弱さ」を認めることによって、
ひとは、他人の「弱さ」をゆるすことのできる
「やさしさ」が得られるからです。

自分の欠点や弱さを認めることによって、
あなたは、「羞恥心」を、「やさしさ」という
最大の価値あるものに変えることが可能となります。

どんなにひとに笑われても、かまわないのです。
どんなにひとに馬鹿にされても、かまわないのです。

大切なのは、あなたの心の中にある「やさしさ」を
現実の中で、かたちにして表すことです。

0005名無しさん@そうだ選挙にいこう NGNG
・e・<なんか話しの方向が変な気が・・・・>4
0006考える名無しさん NGNG
羞恥(心)とは一種の社会的な抑圧だと思う。
もし、生まれた時から1人だけで生活している人間がいたら、羞恥心は生まれないだろう。
倫理・道徳とかとも関係ありそうですね。
0007名無しさん@1周年 NGNG
自意識過剰。
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