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運命ってあるの?

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0001%NGNG
「俺が運命を切り開くのだ!」
「運命に打ち勝った」
「運命に抗い……」
もともとそれが運命なんじゃないの?
切り開いたつもりが運命の中に玩ばれて……

てなわけで哲学方面のみなさんの「運命観」を教えてもらいたい。
っていうかホントどうなの?
0002名無しさん@1周年NGNG
俺は今の彼女に会ったのは運命だと思ってる。
0003名無しさん@1周年NGNG
運命があるのかどうかというのは事実に関する問題というよりも、我々
の生のなかで物事をどのように捉えるのかという問題ではないでしょうか?
0004運命改変NGNG
運命改変
0005名無しさん@1周年NGNG
>2 10年経つとたぶん今の自分を笑いたくなるぞ
0006名無しさん@1周年NGNG
>5
冷やかすのは簡単だけど

それに確かに2にはもうちっと距離をとって眺めてみて欲しい気もするが

だか粗といって2がうそつきだとかバカだとかは思わない。
そういいたくなるときもあるだろうなあ、とは思う。
でも、あからさまに茶渇したり馬鹿にしたり軽蔑したりすることも
だからといってまじめ一直線で「運命だ!」感激ざむらいしていれば言い訳でもなくて
その間をどう言葉で演奏できるかに
哲学者の命は掛けられてきたはずなのだと
これはマジにいいたいな。茶化していいよーん♪
0007%NGNG
しかし運命が考え方の違いだとしても
努力も事故も全て運命付けられていると考えると
何もかも萎えてくるのだが、気のせいだろうか?
どーせ決まってるんだから何をしても一緒だろ?って。
00082NGNG
数年つきあってりゃいやでも距離をとれる。客観的にもなれる。
先のことは分からんし、うまくいってない場合だってある。
こういうのをトータルして、それでも自分の今の立場をかみしめる。
女のことばかり書くのもなんなので言うが、家族とか同僚とか、
そういう親しい固有名との関係を否応無しに引き受けること、こいつが運命だと思う。
まあ、運命なんてのは、知ることじゃなくて信じることの度合いかな。
0009名無しさん@1周年NGNG
因果を認めて、運命を認めないとは奇妙なことではないだろうか?
0010もっかNGNG
運命という概念が単なる因果と異なるのは、
因果の背後にそれを支配する意志を認めるかどうかじゃないかな。
即ち因果関係の擬人化。
0011名無しさん@1周年NGNG
運命が擬人化されてよーとされてまいと、何か関係あるんですか?

現在という果は因によって
その因の因
その因の因の因・・・・・

全ては決まっていたことだったのだ。
ゆえに運命は存在する。
0012名無しさん@そうだ選挙にいこうNGNG
「生き物は絶対死ぬ」
こういうのを運命と呼ぶんでしょうか?

運命の定義とは?
0013名無しさん@1周年NGNG
>12
 「運命とは偶然的な必然性のことである。」(ヘーゲル)
 もっとも、文字どおりそう書いてある訳ではありませんが、
 単なるジョークではありません。
 (それは何でも良いから運命的と思える事象を良く吟味して
 みれば何となくでも理解できると思います)
 「理性の狡知」と言うのも「運命」に関して説かれていますね。
0014無学なのでキツイ突っ込みは勘弁NGNG
ちょっと哲学とは違うかもしれないけど
既知感(漢字違うかもしれん)で運命を感じることないですか?
これって大体夢で見て、その後「この光景何処かで見たぞ」
っておもう。
俺がこんな事するわけないじゃんって事でも
いつかそれをやっているときに既知感を感じる。
そんな些細なことでも決まっているんだなあって
思うんですけど。
0015名無しさん@1周年NGNG
1です。
個人的に「運命」というのは「後から見た事実」なのではないかと思うのですがどうでしょうか?
我々は三次元(四次元とする説もあるが基本的に三次元)に生きているのであって、時間が強制力を
持って流れない視点から見ると、やはり何もかも決まっているのではないでしょうか?

0016名無しさん@1周年NGNG
>13
有名な「理性の狡知」ってやつ、もちっと説明してちょ。
0017名無しさん@1周年NGNG
age
0018ねこ電車NGNG
>14
デジャブーは「脳が疲れている時に起こる症状」という説あり。
0019名無しさん@1周年NGNG
運命云々してること自体人生終わりだね
002013NGNG
>16
 「理性の狡知」とはヘーゲル歴史哲学上のキー概念の一つで、歴史的
人間の主観的意志と彼の言う「世界精神」(ヘーゲルは客観的観念論
(より正確には絶対的観念論)を採るのでこれは一つの主体と考えられ
ています)との関係を言い表したものです。
歴史上の諸個人が各々の特殊な目的に向かって活動し、互いに抗争して
歴史を繰り広げたとしても、その結果最終的に必然的なものとして実現
されるのは、むしろ諸個人の特殊意志を超えた普遍的な世界精神である、
という内容です。
「(大文字の)理性は狡知に富む、何故なら自らは過程に入り込まずに、
諸主体の情熱を自らの手段として使用し、彼らの没落あるいは消耗の後に
自らの目的を遂げるからである。」(正確な引用ではありません)。
0021考える名無しさん NGNG
運命とは、自由意志を超えた力に操られているという感覚の産物であろう。
11氏の言っていることは運命論というよりは決定論に近い。
運には良い悪いなどの価値判断や人間による意味づけが含まれ、
単なる因果の連鎖のことではないだろう。
その力は、原始的な形としては10氏の言う擬人化された因果関係などもあるだろうが、
占いなどでは更に抽象化された原理が運命を司る力と見なされたりする。

「すべては人間の意志を超えたところで決まっている」という運命論が完全な形で成立するためには、神、予言者、占い師など、「決まっている」ことの内容をあらかじめ知るものがいなければならない。「決まっている」内容をあらかじめ知らずに後から語ることは、「決まった」ことを語ることに過ぎないからだ。
すべては決まっているから、努力は無意味だという7氏のような考えがおかしいのは、「決まっている」内容がその時点では分からないからだ。これが分からないのならば、未来は人間の意志によって変えられるという考えと、変えられないという考えは、論理的に平行線上にある。
0022考える名無しさん NGNG
運命があるの?って問いは、自分の意志でどこまで世界を変えられるの?
って問いでもある。
0023考える名無しさん NGNG
>>18
金縛りと一緒だな
0024安慈 NGNG
>14
そりゃ既視感だな。

ヒトゲノムってのが盛んだろ? 何歳になったらどんな病気を
発病するってのはあらかじめ(生まれたときに)決まってる。
それが運命だよ。
0025代理いぬ NGNG
ま、私は決定論者だからな。

「宇宙のふるまいはすべて一意的に決まる」

と言ってしまおう。
しかし、勘違いしてもらっては困るのだが、
決定論的世界観を採ったからといって、
決して人間が不自由になるわけではない。
なぜなら、宇宙自身以外のものが、宇宙それ自身を追い越すことはないからだ。
よって、

「次の瞬間の宇宙の状態が一意的に決まることは明らかだが、
 しかし、それがどのようであるかは決まっていない」

と言うのが私感。
「一体何を言っているんだコイツは?」とも思われるでしょうが、
これらには確たる根拠があるわけでもないし、
ここから特別な意味論を引き出せるということもない。
ゆえに、これ以上説明するつもりもありません。
以上。
0026考える名無しさん NGNG
運命があろうがなかろうが自分のできることをやるしかない。
だろ?
0027ジャンボとが NGNG
は?
0028ジャンボとが NGNG
運命はあります。ベートーベン作曲です。
0029トミケン NGNG
東京ドームすみません。
0030あー!幸せだ。有り難う! NGNG
運命って言葉の定義いろいろあるね。
僕は運命はあると思うよ。
僕は運命という言葉を有意味に使っているよ。
でも内容は秘密。
ねぇねぇ、よく「電波」って言葉が書いてあるの見かけるけど、
どういう意味なの?
運命ってこと?
0031考える名無しさん NGNG
>>30
きみが電波。
0032あー!幸せだ。有り難う! NGNG
>31
にっ!
003331 NGNG
にっ!にっ!


0034考える名無しさん NGNG
運命論者と陰謀論者と電波はイコールではないけれど
結構なかよし
0035 あー!幸せだ。有り難う! NGNG
しあわせの輪ね
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