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アンチオイディプスの邦訳って

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0001フラ語とっときゃ良かった。NGNG
どうしてあんなに中途半端なんですか?
脱土地化って…。
諦めて原書探します。
そもそも訳者の市倉宏祐って何者?
0002名無しさん@1周年NGNG
脱土地化=中途半端という
説明きぼーん
0003まじめにこたえたりなんかして。NGNG
ふーむ、市倉氏はもともとイポリットのヘーゲル研究なんかを
邦訳され、そののちサルトルの研究者となり、浅田彰氏が
アンチオイディプスの紹介を構造と力などで紹介する10年以上
前から、本書を研究してきた哲学者だよ。ジャーナリズム的に
宇野さんとか財津さんとか名前にすることはおおいだろうけど
キャリア的には大御所といってもいいほどの人だよ。
いってみれば、ポストモダンのイメージとはぜんぜん
ちがう次元をもった精密な翻訳をされている。実際
原文とあわせてよんだらその周到ぶりには舌をまくだろう。
とても70才ちかくの人が訳したとはおもえない。
現在でも精力的に「ハイデガーとサルトルと詩人たち」という
ような論考を発表されているほどだ。


脱土地化という訳語には、それを「領域」とは単純に訳せない
問題があるからだそうだ。マルクスを批判の対象ともしている
本書では、土地という概念はひとつの法律的な議論をふくんだもの
となっている。またこの書の随所にあらわれるハイデガーの影響は
その論文「芸術作品のはじまり」で展開される「大地」という概念
との連関を想像させる。
土地という訳語は、よくよく考えられて同定したものだという
経緯があるらしい。
0004マルクス・イキマクリクスNGNG
>3「ハイデガーとサルトルと詩人たち」
 こりゃひどかった。ハイデガー詩論でいえば『ハイデガーとトラークル』なんかもそうだが、
 どうしてああダラダラ書けるのか理解に苦しまざるを得ない。
 問題設定、論理の展開、結論というスッキリとした哲学論文と比べた場合、
 詩や美術をモチーフにした論考は、それ自体を味わって読めということなのだろうか。
 文学畑と哲学的方法論との相違なのか。
 いや、何となく気になってね・・

 
0005名無しさん@1周年NGNG
>3
確かに精密な翻訳ではある。ただあの括弧の使い方はウザすぎ。読む気なくす。
あと訳しすぎて逆に分かりにくくなってるとこもある気がする。
>...@`l'action de la voix d'alliance@`la passion du corps de filiation@`
>la reaction de l'oeil appreciant la declinasion des deux. (p.224)
という原文を
>縁組の音声の能動、出自の身体の受動、
>両者の格の変化を一致させて両者の結びつきを評定する眼の反作用 。(231頁)
こういうやつ。学生の頃読んで、いいのかなあ、と思った。
0006もう少し答えたりなんかしてNGNG
>4
『ハイデガーとトラークル』というやつは
たしかにだらだら書いてあるね。でも
「ハイデガーとサルトルと詩人たち」つー本は
読みやすかったよ。もともと講演を本にしたんだって。
文章短いし。だらだらは書いてないみたい。
詩を文学的な解釈学風の味付けから、その哲学的効果へと
調理しなおすといった風情。内容については、うーむ。
>5
もっともなことであることよ。まあ長谷川さんみたいに
訳しちゃうのもありだし、こういうのも一つの誠実であると
おもうのだが。


 
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