土屋賢二
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0001名無しさん@1周年
NGNG何か言ってるようで何も言ってない感じを受けます。
これが哲学なの?
0002スレッドを立てる前にやることがある。それは過去ログの検索だ。
NGNG00031
NGNGごめんね。そしてありがとう。
でも、過去ログといっても3つしかレスがついてない・・・・。
0004名無しさん@1周年
NGNG0005なお
NGNG大学時代哲学科に所属していた私は
はっきり言って大学時代の授業は何にもわかりませんでした。
でも今日の彼の小学生向けの授業はとてもわかりやすいものでした。
(私が小学生並みの頭脳なのか?)
ナンセンスなもの。
「消えたろうそくの火はどこへいったのか」これを参考に
小学生はナンセンスなものを考えるのですが
小学生という年齢に無限の可能性を感じました。
「空はどっちが右なの左なの?」
「お母さんは節約してるのに何でブランドのバッグをいっぱい持っているの?」
「人間はどうして生きているの?」に言及している子どももいました。
子どもはやっぱりすごい。
って、彼の哲学からは話がずれていますね。
0006>5
NGNGこういう問題設定自体は哲学に限らず、あらゆる学問に通じる話だろう。だからわかりやすかったんじゃないのかな?
こういう設問に対して筋の通る答えを与えれば科学や数学になっていくわけだが、残りカスのトンチンカン答えばかりを集めたものが哲学ってことなんじゃないなかな。だから、大学の授業はわからなかったのでは?
0007代理いぬ
NGNG>「消えたろうそくの火はどこへいったのか」
その土屋賢二ってのは、これをどう小学生に説明したの?
私なら、"川"を例に説明するのだがなあ。
0008>7
NGNGという答えだった。
ちなみに全ての哲学的問いはナンセンスだって。
それがどのようにナンセンスであるかを
探究するのが彼の仕事らしいよ。
0009代理いぬ
NGNG>いや、そもそもその問い自体がナンセンスであるという答えだった。
なあーんだ、そりゃーああ!!
子供をケムに巻いてどうする?
全くもって、"哲学者"らしいお言葉だこと。
子供の疑問にはちゃんと答えてやるのが大人の仕事なのに、
それを問い自体がナンセンスだなんて…。(かわいそうな子供たち)
次の日、その子供たちの間では、
「君の問いは、問い自体がナンセンスだ!」
と言って、哲学者を気取るのが流行ったに違いない。
土屋賢二は多分に漏れない、
くだらない哲学者ってことで記憶しておくよ。(すぐ忘れると思うけど)
はああー。
それにしてもなんて野郎だ!
こんな奴がいるせいで、哲学への誤解は広まるんだ。
0010>9
NGNG巣、その2ですな。
00118>9
NGNG一応どのような意味でナンセンスか解説はしてたみたいだし。
(つまり、蝋燭の火は犬みたいにどこかに行くという
述語の主語たりえない云々という話)
ってひょっとして9のレスがナンセンスなネタだったっていう
落ちじゃないですよね…?
それにしても、最前列にいた男の子が土屋氏の問いに
毎回確実に「正解」を打ってきていたのには笑えた。
0012名無しさん@1周年
NGNG0013代理いぬ
NGNG>「代理いぬの哲学」スレでもつくったらいかがかと・・。
>巣、その2ですな。
その、「代理いぬの哲学」スレが盛り上がらないことを想像するのは、
何にも勝っておそろしいです。
よって、その案は保留ということでご勘弁を。(わらわない
>>11
>いや、別にけむに巻いてはいないと思うけど。
ほう。
>(つまり、蝋燭の火は犬みたいにどこかに行くという
> 述語の主語たりえない云々という話)
いや、それがまんま、けむに巻くやり口でしょう。
川の水は常に流れていて、いつも同じではありません。
水はいつも入れ替わってはいるけれど、
そこにいつも同じ"川"というものが存在していると、
私達は思っていますね。(はあと+えがお)
それと同じように、
ろうそくの火はそこで燃焼という光と熱を出す化学変化が…云々。(自然科学+哲学的考察)
こういう説明の仕方の方が、哲学という解釈学への興味をそそると思うけど。
>>12
>再放送するかな。
見てみたいね。
0014代理いぬ
NGNG00158>13
NGNG同じ話では?
ちなみに、「消えた蝋燭の火は何処に行ったか?」
この問いに対してあなたならどのように答えますか?
火が化学変化であるという解説は
それをパラフレーズしただけの話であって
「何処」へ行ったかの答えではありませんね。
また、その燃焼している「要素」が何処へ行ったか
を示したところで、その「火」が何処へ行ったかの
問いに対して答えたことにはなりませんよ。
「川」がそれ自体として存在しているのではない
のと同様に「火」もまたそれ自体として存在している
訳ではない。(存在っていうのは一般的な意味でね)
そうであるとしたら「何処かへ行く」という
述語の主語には(普通は)なりえないのであるから
「何処へ行ったか」という問い自体がナンセンスである
という答えもおかしくはないのでは?
これはあなたの考えをそのまま「真っ当に」
敷衍した結果として得られると思います。
まあ、変だと思うのならあなたの解答を。
00168
NGNGつられて書いてしまった。
00178
NGNG原子はそもそも陽子や電子の集まりであって
それを更に細分化できるのであるから
原子から構成されるものは全て「火」や「川」のように
概念でしかなく、何処かへ行くという
述語の主語たりえないとかいう反論は
面白いですけどやめてください。
難しくなり過ぎるので…
「普通」でお願いします。
0018マルクス・イキマクリクス
NGNG基本的に君は正しいね。
「行く」を或る対象の移動を示す述語と想定して
火をそれ自体として存在している対象ではく、対象の状態変化だと考えると
「火はどこへ行ったか」という文は対象を正しく指示しないsinnlosな文で
カテゴリー錯誤をおかしているという結論が導出される。
或いは「火は燃える」とは同語反復なのだから、厳密に言えば「火」という言葉それ自体が
述語的にしか使用されない言葉であるかもしれないね。
だかこういう無味乾燥な説明が果たして「哲学的」であるのかという疑問はあるな。例えば・・
「死んだお母さんはどこに行ったの」という子供の問いに対して
「墓場」とか「それ自体がナンセンス文なのよ」という返事が
果たして真摯な哲学的回答であるかという問いが残る。
0019マルクス・イキマクリクス
NGNG・・ネタですわ。
0020代理いぬ
NGNG>火が化学変化であるという解説は
>その「火」が何処へ行ったかの問いに対して答えたことにはなりませんよ。
いや、いや。
私は火が化学反応であると、小学生達に説明するつもりはありませんよ。
火というものは、君達の心にあったのだと説明するのです。(哲学的でしょう?)
まず、花火の火や、アルコールランプの火、紙を燃やす火や、
鉄を燃やす火を見せて、どれがろうそくと同じ火なのか考えさせます。
そして、彼らに意見を出させた後、
実は「どの火が同じ火か」という質問に答えはなくて、
全く同一性のない光と熱を指して火と呼ぶのは、結局、
君達の心がそう思っているだけなのだよと教えてあげます。
そして、ろうそくの火が消えて光と熱がなくなったとき、
私達の心の中にある"火がそこにあるのだ"という思いも、
一緒に消えてしまうので、火が消えたように感じるのだと説明するのです。
火というものは始めから存在していなくて、君達が目の前の光と熱を、
火であると思っていたに過ぎないのだと、種を明かしておしまいです。
川の話も、この説明の助けになるでしょう。
主語・述語の話はいりませんよ。
概念だから始めから存在していないという趣旨の説明の仕方です。
0021代理いぬ
NGNG0022代理いぬ
NGNG文法的にナンセンスだからってやり方はないでしょう。
むしろ、それで納得してしまう小学生の方が気味が悪い。
彼らは現象の"意味"を求めているのだから、
火を同定するということの意味の解釈を与えてやる方が良いと思うよ。
0023名無しさん@1周年
NGNG火という現象を物質還元的に説明すれば、化学反応が止まった時点で発光と発熱が止まって、火がどこへ行くのでもなく、単に「消える」ことは小学生にだって理解できるんじゃないかな。少なくとも理解した気にはなれるだろう。
あとは単なる言葉遊び。言葉遊びが悪いと言ってるわけじゃないけど、それが哲学の正体だってこと。なにか理解した気にはなれないと思うな。
0024名無しさん@1周年
NGNGしゅーきょーかにはそういう事を言う人は多いけど。
00258
NGNGつまり、土屋氏と代理いぬ氏の主張は
根本的には同じことを言っているという点で。
あなたが子供達にするという説明は
火があると言う時の「ある」は、我々が普段使っている「ある」
(例:机がある)とは微妙に意味が違う、ということを
やや詳しく説明したものに過ぎないような気がします。
それは>>11で述べたように土屋氏も指摘していました。
>>20の説明と犬と火の説明は、内容としては同じであり
素朴な表現か多少科学的な(?)表現かの違いだけです。
更にあなたは「消えた蝋燭の火は何処に行ったか?」
という問いに対して答えていません。
それは当然ですよね。
あなたの意見では、「火とは人間の心の産物である」のだから
そもそも火とは「何処に行ったか?」と問われる
対象にはなりえないのですから。
恐らく、土屋氏はそのことを指摘して
問いそれ自体が意味をなさない=ナンセンスだと言った訳です。
そして、あなたも「問いそれ自体」はナンセンスだと
認めているからこそ「○○へ行った」とは答えずに
概念というものの分析をすることによって
答えとしたのではないですか?
00268
NGNGそれと主語述語というのは、あくまでも
表現の問題であって、それらの単語を用いないからといって
全く別の内容を意味しているのである、とは言えないと思います。
どうです?実際、今回の私のレスでは説明に主語述語
という言葉を使っていませんが、内容は同じですよ。
確かに「その問いはナンセンスだ」と答えてよしとする
みたいのはちょっと問題があると思いますが
今回の授業では、特にナンセンスがテーマであったので
こういう話の展開になってしまったのだと思います。
土屋氏もナンセンスを、考えるための足掛かりにして欲しいと
思っていたのではないでしょうか。
まあそうでないとしても、ならば真に問うことのできる問いとは何か?
と展開することができれば「哲学的考察」は十分にできると思いますよ。
(と小さくまとめてみたりして…長文にて失敬)
0027>25,26
NGNG「王様は裸だー」って叫ばれて終わりだね。
哲学ってのは所詮言葉遊びなんだなあ、ということが分かるのは、確かに教育的と言えそうだが...。
0028>24
NGNGこういうのが言葉遊びの典型だな。ワラ
一生やってろ!
0029名無しさん@1周年
NGNG君のやってることは言語活動とは違うのか?
0030>29
NGNG忖度するに、無意味な言辞を弄することを揶揄して「言葉遊び」と言っているのではないかな?「言葉遊び」は単なる言語活動ではないはず。
0031>30
NGNGこの際だから、「言葉遊び」と鬼の首でもとったかのように
一生懸命囃し立てている輩(一人か?)にそもそも
「言葉遊び」とは何か、その問題点はどこにあるか
語ってもらおうか。
0032名無しさん
NGNGただしスポーツ中継が入るとなくなってしまう。
(私はこれで高橋源一郎のを見逃した)
0033名無しさん
NGNGチャンネルは教育テレビ!
0034名無しさん@1周年
NGNG0035代理いぬ
NGNG>>26
土屋氏が、
火は物質ではなく現象であるという旨の説明を行っていたとすれば、
私のアイディアと根本的には違わないということは認めよう。
しかし、仮にそうだとしても、その説明の仕方が少々問題だという思いは変わらないな。
少なくとも、小学生に"ナンセンスだ"という解決方法を提示して見せるということは。
土屋氏が哲学を「くだらないもの」と思っているのだとしても、
解釈学としての哲学のおもしろさ、懐の広さぐらいは披露してみせても良かったのではないだろうか?
再放送はぜひ見てみたいね。
(>>32)の情報提供に感謝。
0036>31
NGNG0037名無しさん@そうだ選挙にいこう
NGNG哲学って、堅いイメージがあるから、それを軟らかくしてくれたのが、土屋先生
だと私は思う。
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