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真理とは?

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001名無しさん@1周年NGNG
「これは真理だ!」と言えるようなことは何でしょうか?
0002名無しさん@1周年NGNG
林 真理
0003名無しさんNGNG
「我思うゆえに我あり」
はダメなの?
0004名無しさん@1周年NGNG
>3
「我思うゆえに我あり」(と思うゆえに我あり)^n
で無限の延長を食らうからダメじゃない?
最後にどこかに行き着かないと、真理とは呼びにくそうだ。
0005代理いぬNGNG
真理が作為的であるという真理。
0006名無しさん@1周年NGNG
素朴すぎる設問だ。
0007名無しさん@1周年NGNG
とりあえず数学は真理だと思う。
0008代理いぬNGNG
>7
んなこたぁーない。
数学も人為的だ。

絶対的なドグマが存在しないというドグマこそが唯一絶対。
あらら、矛盾しちゃった。
0009名無しさん@1周年NGNG
我々は永久に何一つ知ることが出来ない。これだ。
0010>9NGNG
「「知」の欺瞞」を読め!

相対主義の馬鹿げた論理を鵜呑みにするのは、中学卒業するまでにしておけ。
0011名無しさん@1周年NGNG
天地真理
0012>2NGNG
それは真理子だろ。
0013>10NGNG
「我々は永久に何一つ知ることが出来ない。これだ」
というのは相対主義じゃないよ。
(強い)不可知論とでも言うべき主張。
0014>13NGNG
「知ることができない」とはどういうことなのかなぁ...。
将来こうなりそうだと、高い確率で予測できるのはその範疇にはいれないということみたいですね。
100%確実に白か黒か判定できるのでなければ、「知った」ことにはならないという極端な立場をとるのであれば、不可知論にいたらざるを得ないけど、そんな立場にはあんまし意味ないと思う。
0015>9NGNG
知ったと思うことで前に進むことこそが真理のいたりではないか。
0016名無しさん@1周年NGNG
>6
素朴であるが故に奥が深い。
0017名無しさん@1周年NGNG
不可知論の立場をとるのなら、
今まで哲学をやっていた人は存在そのものが無駄で、
勉強をしない人こそがムダのない生き方をしていると言えそうだな。
00189NGNG
9の文章に先行する文

・・・デカルト的な懐疑主義は、今やこう宣言するに至ったのである
「我々はたった一つのことしか知らない。 我々は永久に何一つ知ることが出来ない。これだ。」

当然 9本人が考えた文章ではなくどこかの丸写しである。

分脈に影響を受けないセンテンスなど、計算機科学の世界以外に存在しない。
これも真理。
0019名無しさん@1周年NGNG
おれはいま梅干し茶漬けを食べてるぞぉぉぉぉぉ!
すくなくともそう感じてるぞおおおおお!
0020名無しさん@1周年NGNG
それは・・・・真理というか・・・・
何て言うんでしょうね。
0021名無しさん@1周年NGNG
みんなが「知っている」真理に果たして意味はあるだろうか?
例えば、「私は死ぬ。同様に君も死ぬ。」
0022>21NGNG
自明でない真理(らしきもの)もたくさんあるよね。
日食がいつどこで起こるかとか、明日の天気は90%の確率で晴れだとか。
実際、生活の役にたつものもたくさんある。
すでに知ってることを説明するだけの真理じゃ、どのみちあまり意味はないけど、将来を予言してくれる真理には意味があるのでは?
(100%絶対に正しい真理だと言えなくてもね。)
0023奇鬼才々NGNG
この地球上で
真理なんてものを気にしている生物は
「自然界の引きこもり動物」
つまり、ヒトだけであろう。
0024名無しさん@1周年NGNG
>19
そういうのを「現前の形而上学」といいます(笑)。
0025名無しさん@1周年NGNG
>24デリダオタは逝くべし
00269の続きNGNG
「一般相対性理論」
002726NGNG
名前欄の「9の続き」は誤りです。
0028>21NGNG
過去の経験から得られた知識は、
未来の経験によって覆される可能性がある。
過去にはすべての人が死んだが、
これからもそうだとは限らない。
0029>28NGNG
未来の「経験」にはどのような可能性もありうる(というか、可能性を否定できない)という不可知論に間違いはない。が、これといった意味もない。

これまで予想の的中率が100%であり、かつ、サンプル数が十分大きいものをとりあえず「真理」と定義すればよいのではないだろうか?
もちろん、非常に低い確率でひっくり返される可能性はあるわけだが、それはいたしかたない。
少なくとも、そのような「真理」が現にあることは確かだし、それを知ることは我々にとって有用でもあるのだから、そういう検証能力の限界を承知した上で「真理」を追求することは大いに結構。
0030名無しさん@1周年NGNG
小谷
0031名無しさん@1周年NGNG
赤坂
0032もっかNGNG
諸行無常。形あるものは移ろいゆく。
0033名無しさん@1周年NGNG
では、形のないものは?
0034もっかNGNG
形のないを認識した時点でそれは認識という形になる。
0035>34NGNG
論理矛盾やー
私には理解不能・・・・・・
すまん。
0036名無しさん@1周年NGNG
理解不能というだけでは芸が無いな。

認識に関係ない、形の無い物があると仮定しよう。
それは認識に関係なく形が無いのであるから、34の主張は無意味である。
34の主張が意味を持つためには、
形の無い物は、認識と無関係ではいられない(存在すらしえない)ということだろうか?

やっぱ分からんわ。
頭使った。疲れた。寝ます。
0037drydtrNGNG
質量保存の法則
0038旅がらすNGNG
そんなクソ理屈がでねえときゃぁ
いつでも真理の真っ只中さ。
0039名無しさんNGNG
「これは真理だ!」と言えるようなことは何でしょうか?
いえることは無数にあるが、言ったとたんすべてウソになる。
言葉は不完全なものゆえに、真理を記述できない。

0040名無しさん@1周年NGNG
>39、>言ったとたんすべてウソになる。
     のはどんなこと?
0041真理勝者NGNG
オレにウソをつけというのか!!!

0042旅がらすNGNG
>40
39の大便すると、あっ、違った代弁すると

真理は真理自ら説明したりしないからさ。
何故なら、それ自体の丸出しだからさ。
それをいくら説明しても、それはあくまで説明であって
そのもの自体じゃない。

だからぁ−、哲学でわかったようなことを言ってる奴は
ウソつきの、大馬鹿やろうってことさ。
わかったかね。

0043名無しさん@1周年NGNG
全ての法則はその前提条件を改善すれば誤りとなる為
論理学的には真理とは呼びにくいものです。
やはり、「我思う故に我あり」でしょう。
この言葉は3段論法ではなく、直感で必ず正しい、と理解できるものだそうです。
BYデカルト
0044ネオ生茶NGNG
真理なるものと事実を皆さんは峻別しているようですが、
その方向性から考えると、論理的真理と呼ぶべきものしか
真理の名に値しなくなってしまいます。
論理的真理とは
 人間はクジラである。
 ソクラテスは人間である。
 よってソクラテスはクジラである。
とか
 1+1=2
とか
 人間はその時点で最もお気に入りの行動をする
とかの、文字どおり言葉の言い換えや、定義を利用した真理のことです。
 事実の真理性を重視するからこのような方向にしか真理を求められなくなるのですが、
そもそも絶対に正しいものを求めるべきかという問いを真剣に考えることによって、
このような状況から抜け出せると思います。
1さんに対する解答とは言い難いですが。

0045名無しさん@1周年NGNG
>そもそも絶対に正しいものを求めるべきかという問いを真剣に
>考えることによって、

問題設定を少し変えて、なぜ絶対的に正しいものを求めるのか、
とするならば、確信を持ってこの世の生を歩むために、だそう
です。 by デカルト
0046名無しさん@そうだ選挙にいこうNGNG
衛生検査の日に限ってハンカチ忘れる
0047名無しさん@1周年NGNG
>45
それはそうかもな。
でも確信を持とうとする態度が言語やら知識やらに対する
不自然な態度を形成してるのもまた事実。
だとおもう・・・
0048名無しさん@1周年NGNG

マリちゃ〜ん
004911NGNG
>48

既出だ。
0050食う帆NGNG
科学と化学。
0051>50NGNG
>科学と化学。
???
なぜ同格?
0052名無しさん@1周年NGNG
>42 旅がらすさんへ。
わかりました。わからないことがわかりました。
0053名無しさん@1周年NGNG
「在る」ということのみが真理。
万物はその「存在」から逃れることはできない。
デカルトの言ったことと同じだけどね。
0054これ何だ?NGNG
失敗する可能性のあることは、失敗する
0055名無しさん@1周年NGNG
はいはい!

空の上と下にあるすべてのものはただ単に、
その「もの」の本質が遺憾なく発揮されている状態であって
それ以上でも以下でもない。
ここで、自分の都合で勝手に、「もの」の本質を妨害する行動をとると、
妨害した分だけそのしわよせが自分に向かってくる。
その向かってくるしわよせもまた、1つの「もの」となって
その「もの」の本質を遺憾なく発揮してくる。
0056名無しさん@1周年NGNG
真理って個人に依存するものじゃないのかな?ちょっと逆説っぽいかもしれないけど。
「真理とは」という題字はちょっぴりおおげさじゃないかな。
どうせなら、「あなたの真理は」だったらなおおもしろかったきがするけど。
0057名無しさん@1周年NGNG
誰にとっても真理といえるものはない。
あるのは人それぞれによる”解釈”のみ。
そして、より力強い”解釈”が真理の王冠を与えられる。
Byにーちぇ
0058名無しさん@1周年NGNG
真理は信じる事。
宗教でも、科学でも…
0059スタージョンの法則NGNG
 あらゆるものの9割はクズである。
0060吽硬NGNG
真理とは拙者の説く法なり。
0061名無しさん@1周年NGNG
↑あっ!言語学板にいた人だぁ〜
0062出発点にして帰着点である見解NGNG
真理とは、
誰にとっても真理であることである。
真理とは、
真理があると考えることである。
0063名無しさん@1周年NGNG
>1
隣の掲示板より楽そうだね
なぜなら、レスが自分勝手だからな
0064名無しさん@1周年NGNG
真理とは言明がもつ性質です。
たとえば、今私が「現在の日本の首相は森氏である」と述べれば、この
言明は真理であり、半年前に「現在の日本の首相は森氏である」と述べ
たならば(実際には私はそんな事を言っていませんが)この言明は虚偽
だったでしょう。
どのような言明が真理であり、どのような言明が虚偽であるかは、個別
に検討されることであり、個々の言明を超越した「真理そのもの」がど
こかにあるわけではありません。
0065名無しさん@1周年NGNG
>64
>たとえば、今私が「現在の日本の首相は森氏である」と述べれば、この
>言明は真理であり、
真理ではなく「正しい」だけでは?

>個々の言明を超越した「真理そのもの」がど こかにあるわけではありま
>せん

真理の定義の一つが、「個々の言明を超越したもの」であり、上記は「正誤」
の概念について論じてしまっている。
006664NGNG
>真理ではなく「正しい」だけでは?
まさに「正しい」ということが真理なのです。
ただし、「道徳的に正しい」というような文脈を含まないことは言うま
でもありませんが。

>真理の定義の一つが、「個々の言明を超越したもの」であり、上記は「正誤」
>の概念について論じてしまっている。
そのような真理の定義があるのでしょうか?
真理概念については、対応説、整合説、剰余説などいろいろな考え方が
ありますが、どの立場でも「ある言明が真であるとはどういう事か?」
という問いに対する回答となることを意図して構想されていると思うの
ですが……。

0067名無しさんNGNG
ジョジョの奇妙な冒険63巻「到達する真実」
0068名無しさん@1周年NGNG
>64
「真理=真」というのは哲学的観点としては一般的なのですが...
ここで求められるのは自分の考えであって、誰かが哲学した結果ではない
のでは?(対応説、整合説、剰余説等ですね)
自ら「哲学するとすれば」言葉の本来の意味や自分の経験や個性が反映さ
れていて欲しいと考えます。
言語としての意味に溯れば、真理とは、
「正しい道理。だれも否定することのできない、普遍的で妥当性のある
法則や事実。」(大辞林 第二版)です。
0069名無しさん@1周年NGNG
#意味論的には、命題の表している事態がその通りに成立しているときに語られる。例えば「雪が白い」という命題が真であるのは、事実雪が白いときである。
#真理認識の方式にはおおよそ三つの立場がある。観念(認識する知性)と実在との合致によって真が成立すると考える対応説(correspondence theory)。当の観念が整合的な観念体系の内部で適合するときに真が成立すると考える整合説(coherence theory)。仮説が事実によって検証されたときに真が成立すると考えるプラグマティズム。現実の真理認識は、この三説によって成り立っている。
#倫理的・宗教的に正しい生き方を真理ということもある。
0070名無しさん@1周年NGNG
>68
>自ら「哲学するとすれば」言葉の本来の意味や自分の経験や
>個性が反映されていて欲しいと考えます。

本来、真理という言葉は「自分の経験や個性」を「超越した」
万人に普遍妥当する概念として提出されてきたものだと思い
ますがね。もっともこうした定義は古臭いものかもしれないで
すが。だからもし「真理」を追究するならば、その方法もまた
普遍的、客観的なものでなければならないでしょう(便宜上)。

「真理」の意味を「大辞林」から引いてくるのは、ちょっと...
007168NGNG
難しいですね。大辞林から引いたのは一般的な解釈を引きたかったからです。
真理は万人に普遍妥当する概念というのは同意します。
方法まで普遍的、客観的である必要があるかどうかは疑問がありますが。
0072名無しさん@1周年NGNG
真理は存在する。
∵「絶対的真理は存在しない」という定式自体が自己矛盾を犯しているため。
少なくとも論理的には「真理は存在する」と考えたほうがまとも。
====終了====
0073ThomasNGNG
真理とは神御自身であり、
神の知性と事物との一致、
そして事物とわれわれの知性の一致である。
0074マリNGNG
私の名前を漢字で書かないで!
0075うぃりあむNGNG
>73
じゃあ真理っていうのは実在ではなく出来事なのですね?
0076名無しさん@1周年NGNG
>69
最後に、真理の対話説があります。
>75
真理は実在しません。また、出来事というより事柄と言った方が良い。
いずれにせよ、このスレッドでも混乱しているのは、「真理」という
言葉の定義についての議論と、その言葉に対応する何らかの対象に
ついての議論とがごちゃ混ぜになっているためです。
およそ「XXとは何か。」と言う設問はXXと言う語をどのように使うか
と言う用語の定義に関する問いと、その対象存在の根拠(本質)に関する
問いとの2面に分かれます。そして、対象が事柄の概念として捉えられる
時、「XXの真理(そして真のXX)」が得られるのです。
0077ThomasNGNG
>75
私は答えて以下のように言うべきでしょう。
第一義的な真理は出来事(時間によって語られうるもの)ではありません。
神御自身が真理だからです。
そして神は永遠です。
ゆえに真理は被造物とは異なった存在の様式(つまり永遠)をもつまったき
実在そのものなのです。
0078名無しさん@1周年NGNG
>77
 それはあなたの勝手な表象に過ぎません。
 神は信仰の対象であっても、哲学的な真理には程遠いものです。
0079考える名無しさんNGNG
aag
0080考える名無しさんNGNG
真理とは、人を納得させる力のことである。
0081名無しさん@1周年NGNG
おだ真理
0082水田真理NGNG
小田真理
008376NGNG
1.真理とは「これが真理だ」と呼べるような、つまり指差せるような個体的存在
 者ではない。(確かに人の固有名なら別だが)
2.「言明と事態の一致」という論理学的な定義もそれは用語の定義であって、
 実際に一致する場合があり得るのか(真理は可能か?)、その根拠は何かという
 点にまで進まないと、事柄としての真理にまで進まない。たとえば、
 「今は雨が降っている」という言明は現在は正しくても、一瞬後には崩れ去る
 可能性をもっている訳で、既に真理の定義が要求するような資格を持たない。
 (事実と真実は次元が異なる概念であること)
 また、たとえば「銅は伝導体である」という本質的な対象についての言明に
 対応する事態(事実)はない。さまざまの実在する銅材料の電気的性質を調べた
 結果得られる「銅なるもの」の持つ本性を言う科学的言明では、その正否が問
 われ得るのであり、事柄の真偽が問われるのではない。
 (正当性(妥当性)と真理性は次元の異なる概念であること)
3.では、「一般相対論は科学的真理だ」と言う場合のような「整合的観念体系」
 に関して真理が云々されると言えるのか。しかし、それは実証されなければなら
 ず、あくまで仮説である段階では整合的であっても真理(実在との一致)とは
 呼べない。それに反する事実が出てきた場合、理論に矛盾があったのか、あるい
 はその諸前提に問題があったことになる。
4.結局、真理とは誤謬の可能性を含み、その不可能性を通して自らを必然的な
 ものと証明していく弁証法的な過程であり、運動・発展する事柄の概念を言う
 のである(実在→本質→事柄 vs 概念(個別的概念→判断→推論))
 そのためには絶えざる反照的な対話が必要であり、すべての観点、立場からの
 言明を通して客観的世界に到達しようとする普遍的理性の営みこそ真理を現実
 のものにする。「真理は我らを自由にする。」(国会図書館)
5.いずれにせよ、哲学(およそ学問的営為)は真理を本来の対象とする以上、
 哲学板ではあれやこれやの部分的真理ではなく、「真理」そのものについての
 議論が最も重要でしょう。主観的なおしゃべりも良いが・・・・。
0084考える名無しさんNGNG
「真理」は「思考」という行為を誘導する社会的な仕掛け。
「真理」を前にすると人はそれが何かを「考える」。
「真理」という制度がある限り人は「思考」を続けるので、
新しい真理(に関する言説)が次々に誕まれることになる。
008576NGNG
>84
>「真理」は「思考」という行為を誘導する社会的な仕掛け。
おもしろいアイデアですね。では誰が何のためにその仕掛けを制定
したとお考えなのでしょう?
「仕掛け」という言葉に関連づけるなら、「思考の原理」という方
 が私には分かりやすい。思考を動かすもの(原理)としての真理と
 というのは、要するに「認識の機関(オルガノン)」という近世の
 機械論的・力学的な認識観でしょうか。
 また「制度」に関連付けるなら、イデオロギー論になるような・・。
0086微熱症患者NGNG
>>83
>「今は雨が降っている」という言明は現在は正しくても、一瞬後には崩れ去る
> 可能性をもっている訳で、既に真理の定義が要求するような資格を持たない。
「今は雨が降っている」という言明が、もし現在正しいものだとすれば、この言明
は明日になっても明後日になっても依然として真理であり続けるでしょう。
雨がやんだり雪になったりと、事態が変化することは、この言明の真理値に影響を
与えません。
真理の担い手を言明ではなく、文だと考えるなら、事情は違ってきます。
「今は雨が降っている」という文は時と場所に応じて真であってり偽であったりす
るので、一定の真理値をもちません。
0087竹脇ムーガNGNG
【それ自体として存在する超越的な真理】なる観念は、
それより「下位」に自らを位置付ける者がそれに「従うこと」、
そのこと(従うこと)自身から生じる「創出物」である、
という【真理】を最初に発見し、論証したのは、おそらく
19世紀のドイツの思想家マックス・シュティルナーであるが、
それが可能だったのは、西欧人である彼の「真理への絶対服従」という
キリスト教的な精神が思考・感性において徹底しており、
【真理に従うこと】は彼にとっては無条件・絶対的に真理だったから・・・。
(日本人には無理)
0088考える名無しさんNGNG
なんかこのスレ、縦線と横線が多くネーカ?
真理、値 正 言明 個別・・・
あ ようするに漢字が多いワケネ。ナットク。
0089>76NGNG
>おもしろいアイデアですね。
構造主義ってこんな感じだと思ったんだけど。曲解してるかな。

>では誰が何のためにその仕掛けを制定
>したとお考えなのでしょう?
誰かが制定したのではなく、「そう成っている」「そう動いている」
という感じ、
> 要するに「認識の機関(オルガノン)」という近世の
> 機械論的・力学的な認識観
ということです。ただ、
> 思考を動かすもの(原理)としての真理
ではなく「真理」と「思考」は同じ事象の2つの側面ではないかと。

>「制度」に関連付けるなら、イデオロギー論になるような・・。
「制度」というのはおもいっきり広い意味で使ってます。
うまく言えませんが、社会的に規範化された行為一般のことです。
例えば「料理する」のも「歌う」のも「制度」、てな感じ。
用語としては適切でないかも。
要は、
「真理」を「考える」のは「歌」を「歌う」のと同じだと。
「歌」がなきゃ誰も「歌わ」ないし、
誰も「歌わ」なければ歌は「歌」ではない。「詩」です。
「真理」がなければ誰も「考え」ないし、
誰も「考え」なければ真理は「真理」でない。多分「神」では。
0090竹脇ムーガNGNG
「真理それ自体」、人倫的な「正義それ自体」があるかどうか、私は知らない。

喩えそのような物があったとしても、私は関知し得ない。

関知し得ない物に従うことは出来ない。

従うことが出来ないものには、従う必要は無い。

∴私は真理に従わなくてよい。


カフカはこの事態をより簡潔、的確に述べている。

― 真理は分割出来ない。
もし真理に従おうとする者がいるとするなら、
その者自身は虚偽でなくてはならない。
0091考える名無しさんNGNG
>89
構造主義...??
0092名無しさんNGNG
価値相対化主義の敗者とは・・・
目前の勝者に対し、友人の自慢で溜飲を下げるお前らの事だ。


口先だけなら何とでも言える典型例(藁

0093竹脇ムーガNGNG
アメリカ人に「人はどんな時にも真理に従う義務があるか」と
訊ねれば、恐らく100人中100人はイエスと答えるだろう。
こんな質問には大抵の日本人は(゚Д゚)ハァ?なので、
「ライ麦畑で捕まえて」のキメ台詞、「spiritual philander」
(精神的売女)は日本人には堪えないのである。
そしてこの方が「人間としてノーマル」…。
(from 続日本人の英語 岩波新書)
0094竹脇ムーガNGNG
>>92
他人の内面を憶測することで自らを暴露する一例。
0095考える名無しさんNGNG
電波な事書くよ。
宇宙の真理(本質、中心)は、
パステルカラーで左右にスクロールして、
きらびやかで暖かくて楽しいんだ。
でもそれを知っているからといって、
僕が幸せな訳ではないんだ。
0096http://ngsk0147.ppp.infoweb.ne.jp.2ch.net/NGNG
ロリ
0097ネオ生茶NGNG
前提1:魚は火を放つ。
前提2:ヒトは魚である。
結論:ヒトは火を放つ。
これは真理では?(真理という言葉の意味にもよりますが)
0098名無しさん@1周年NGNG
間違った前提からならば、全ての真なる命題を導けるというのも真だ。
0099竹脇ムーガNGNG
例えば、
「様々な状況や視点が有り得るのだから、唯一の真理などと言える物は存在しない。」
と誰かが言ったとする。

ここで言われている真理とは、「あの」真理、
西欧形而上学的、「服すべき上部理念」の「真理」である。
つまりこの台詞自体が一個の真理創出であって、それが細分化されようが
状況に応じて変わろうが、理念主義、真理主義は無傷で存続している。
0100ここはひとつNGNG
知情意に対応する価値が真・美・善ということで。
010176NGNG
>>86(微熱症患者さん)
>雨がやんだり雪になったりと、事態が変化することは、この言明の真理値
>に影響を与えません。
 「言明の真理値」という言葉がまったく理解できないので、説明して
 貰えないでしょうか?
>>89
>「真理」がなければ誰も「考え」ないし、誰も「考え」なければ真理は
>「真理」でない。
 知と真との弁証法ですね。真理は思考から離れた存在するものではない
 が、客観的な実在の契機を含んでいる。「対象の真偽」を通して「真の
 対象」に向かうことが、真理の生成でしょう。
0102考える名無しさんNGNG
>98
97はそんなことを言っていないのでは?
97についてのことじゃなかったらすまん。
0103微熱症患者NGNG
>>101
遅くなってすみません。
まず「言明」とは、文や文章を使って私たちが行う事柄の一つです。
わかりにくければ「主張」と言い換えてもいいと思います。
「真理値」についてはおそらく説明する必要はないと思いますが、真理や虚偽のこと
です。ふつうの二値論理では真理値はこの二つしかありません。
ふつう真理値の担い手(真であったり、偽であったりするもの)は、文、命題、言明
のうちのどれかと考えられます(ほかに事物や事態、さらに世界全体などを真理値の
担い手の候補として挙げることもできますが、ここでは取り上げません)。
文は書かれたものであれば目に見え、話されたものなら耳で聞くことができます。ま
た点字で書かれたものなら触ることもできます。しかし、命題は見たり聞いたり触っ
たりすることができません。文は具体的存在者であり、命題は抽象的存在者です。
また言明(主張)は文を書いたり、話したりする活動のことですから、その活動の成
果(=文)は見たり聞いたりできますが、言明そのものはある種の出来事であり、知
覚の対象ではありません。
さて、前置きが長くなりましたが「今、雨が降っている」を値踏みする(真理値を割
り当てる)とき、この文を発話(または筆記)の文脈から切り離すなら、「今」は値
踏みの時点を指すものとしか考えようがないので、辺りの天候が変わるにつれて真理
値も変動することになります。しかし、これは自然な値踏みの仕方ではありません。
(「今」のかわりに「私」の入った文を値踏みする場合を考えてみましょう。ある女
性が「私は女です」と主張したのに、それを聞いた男性が「君の言ったことは正しく
ない。私は女ではなく男だから」と評価するようなものです)
ふつうは(値踏みの段階の天候はどうであれ)この文が使用された時、つまり発話者
が言明を行った時点の天候を参照して値踏みを行います。
よって、この言明が行われたとき、もし本当にその辺りで雨が降っていたなら、この
言明は真であり、その後雨がやんでも偽とはなりません。
(「私は女です」と言った人が女性なら、誰が聞いてもこの言明は真であるというこ
と、または「ここは東京です」と言った人が東京にいたなら、それをどこで聞いても
この言明は真であることを参照するとわかりやすいでしょう)
0104考える名無しさんNGNG
ある命題が真理であるかどうかは、人間には常に確認不可能なのでは
ないでしょうか(もちろんこの命題も)。ミュンヒハウゼンのトリレンマ
とかいうのがあったような。
0105考える名無しさんNGNG
真理とはおそらく宗教的な観念であり、
それは本来、神への意志(信仰)といえるものでしょう。
人間だけがそれにこだわり、
哲学や科学という特殊な知の制度を生み出した。
科学もまた神への意志を実現しようとする野望にほかならない。
0106名無しさん@1周年NGNG
神は人間が造った物。それが真理でしょ。
哲学なんて単に、この世を確認し、 物心付いた
時から思考を停めていない子供からしたら
笑う他無い世界だろう。  


0107考える名無しさんNGNG
笑うほかないのは
ヲチもヒネリもないあなたさまのレスでゴザイマス。
0108名無しさん@1周年NGNG
神や哲学を語るにはヲチとヒネリが必要だったのね。
漫才だったのね。あっココ2チャンネルか。
これぞ1つの真理なり!
ヲチたかなァ?
0109105NGNG
神への意志とは神を創造し存在させようとする暗黙の意志のこと
というのは言うまでもありません。
0110109NGNG
そしてその神とは人間の願望の究極的な投影でもありましょう。
0111考える名無しさんNGNG
真理とは古くは神のご意志のことを指すが、
しかしこれは神への意志、もしくは神という意志を表すはず。
0112111NGNG
もちろん人間の意志
0113半信半疑NGNG
人知では真理に到達しない
これが真理
ゆえに神がいる
0114考える名無しさんNGNG
>113
到達してるじゃん
01152ちゃん哲学板ボエーNGNG
「いる」は「在る」でなく「要る」なのか?
0116考える名無しさんNGNG
>115
なるほど座布団三枚!
0117生茶NGNG
真理とは一般的に学問が求めるべきものであると言って良いでしょうが、
そうだとすると様々な学問に固有の真理がある。
これは事実というよりは、真理の本質?です。
その不統一のために真理とは何かという問いが生じるのだと思われます。

その学問が何を目指すのかをはっきりさせれば、
真理とは何かという問いの答えは自ずから明らかになる。
では哲学的真理は何か?
0118考える名無しさんNGNG
科学は必ずしもいつも真理を求めているとはかぎらない気がする。
その時々の合理的な知識、合理的な知的態度を求めてはいるけど。
0119考える名無しさんNGNG
真理は、科学用語としてより、哲学や宗教に相応しい概念のようにも思う。
0120考える名無しさんNGNG
>118
科学にとって真理とはけっきょく科学的態度をとろうとする姿勢のことではないか?
でもそれは哲学にも宗教にもいえるが、哲学や宗教は真理の存在を前提に立ててしまう。
反哲学をのぞいて
0121生茶NGNG
>>118
あなたが挙げたものこそ科学的真理と呼びうる
というのが117の趣旨です
0122生茶NGNG
真理なるものがあって、
それを探求する手段が学問であるという真理観をどうにかしたいと思っているのです。
117の文章は、
真理とは(その本質からして?)特定の学問において設定される
という風にまずは読んでもらいたいです。
0123空海NGNG
結局どの学問を究めたって行き着くところは同じですよ
ビッグバン説的に言えば 全ての学問は一つのカオスから生まれた

ほとんどの宗教は生まれ変わりや、死後の世界があると仮定した上で
成り立っていると言えますがそれはありえない事です
仏教的に言えば輪廻転生という丸い形で表されますが
そこに時間軸を加えることによって螺旋形を形成しながら進んでいる
あえてあるというならば遺伝子を残すと言う意味での
それを生まれ変わりと言うならばいえないことはないが

真理とはまず自分の全てを理解し全てのほかの事に当てはめていくと
空間時間を卓越して一つのものに行き着くことが出来ると思いますよ
結局全ての人が悟る事は同じことだが
それを相手に伝えようとするとき、脳みそが浮かび上がらせる
イメージをそのままあいてに伝えられないと言う事が起こるので
自分で悟ったほうがいいですよ
全てのものは円であるが螺旋である
又、続いていこうとする
0124考える名無しさんNGNG
日本では輪廻を信じる人はいないと思う
0125考える名無しさんNGNG
我々の仏教は唱言念仏仏教で、じゃあなぜ念仏を唱えるかと言えば
極楽浄土を目指しているからです
0126これは真理だ!NGNG
雨の降る日は天気が悪い
姉貴は俺より歳が上
0127考える名無しさんNGNG
真理とは、案外身近にあるものです。
例えば久米のとなりに座っていたりとか。
0128考える名無しさんNGNG
>>127
久米さんが身近なのか?
012949NGNG
古くは天と地の下にも御座いました。
0130考える名無しさんNGNG
>123
なかなかいいこというね、やっと2chでまともな人みつけたよ。
0131乳児NGNG
真理とは学問バカでは生涯悟れないことだオンギャーァ。
少したったひとりで振り返ってみな、ヒントだよギャー。
0132考える名無しさんNGNG
>>130
そうか?わけわからんぞ
0133考える名無しさんNGNG
真理はなくとも生きて逝ける
0134考える名無しさんNGNG
渡辺真理
0135考える名無しさんNGNG
真理とは真理像です。
0136kanjiNGNG
この世で唯一確かなは、この世に確かなものなどなにひとつない、ということ。
ベタだけど、矛盾だと思うよ。
0137kanjiNGNG
>>136この世で唯一確かなは...
の、が抜けた・・鬱だ。
0138考える名無しさんNGNG
それは宇宙の原理法則、言いかえれば神の自然法。
少なくとも人間がそれが実在すると前提するところのもの。
0139考える名無しさんNGNG
真理とは人間存在そのもの
0140考える名無しさん   NGNG
実体がないということ。
真理は錯覚。
0141考える名無しさんNGNG
錯覚だって脳の化学代謝の根拠ある実体なんじゃないの?
0142141NGNG
つまり夢なんてのだって客観的実体だと思うよ
0143141NGNG
錯覚か実体か、幻想か現実か、虚構か事実かというダブルバインドは
要は内部か外部かという前提を言っているだけという気がする。
0144考える名無しさん   NGNG
真理だと思うから錯覚になる。したがって錯覚。
真理その者には実体はない。
化学代謝は化学代謝。偶有的なものに過ぎない。
0145考える名無しさんNGNG
真理があるかどうかは議論しても意味がない。
これは真理だと思ったとしたら、かならずそれは妄想に過ぎない。
真理という観念が常に妄想だからだ。
しかしわれわれは、真理と言う観念を利用しないでは真理を
論ずることが出来ない。
したがってわれわれは真理を論ずることは出来ない。
化け学の正しさも哲学に基礎付けられて、正しいと考えられて
いるだけである。哲学的な議論の前に、化け学を持ち出すのは
笑止である。われわれの日常的な経験はあてにならないものなのだ。
0146考える名無しさんNGNG
真がなければ偽もないわけでしょ?
実体がないということも言えない
0147考える名無しさんNGNG
「実体がない」ということは別に「偽」だと言うことではないです。
「真」と「真理」とは違うのでは?
それに、正しいとか正しくないと言うことも、実体があるわけでは
ない。
0148考える名無しさんoaNGNG
>145
なぜ真理は妄想に過ぎないんですか?理由がわからんよ
あるかも知れんでしょ、いやありますよ
0149考える名無しさんNGNG
>>148
どうして真理があると断言できるんですか?

仮に真理らしいものがあるとしても、それは私たちのコトバ的
意識では捕えられるものではない。したがって、真理について
あれこれ議論すること自体意味がない。あるかないかについても、
「ある」といえばつねに「どうある」ということになる。
したがって真理への言及は常に妄言にならざるを得ない。
真理と言うコトバ自体が、「真理」を永遠不変のものとして固定し、
普遍化しようとするものであるが、実際は永遠不変のものはどこにも
ない。
また、真理はその概念としての性質上、普遍的なものでなければなら
ない。しかし、真理は同時に常に虚偽と対になっている。真理のある
ところに必ず虚偽がある。したがって、真理は普遍者たり得ない宿命を
もつ。それは真理のようなものとは言えても真理とは言えない。
したがって真理は言及したそのときから真理ではなくなる。・・・

というのが145の趣旨です。
0150問答無用!私が真理だNGNG
>>149
相対主義は真理か?
0151考える名無しさんNGNG
>>149

「したがって真理は言及したそのときから真理ではなくなる。」

ではこの文章こそが真理だ。やったぞ・・・・・・ついに私は真理を発見したのだ。さ、さっそく雑誌に論文を載せなければ。このスレッドを見て先を越そうとする卑劣で了見の狭い独創性のかけらもない連中は多い。そうはさせんぞ!この真理は私のものだ。私が発見したのだ。ふあはははははは私の名前は哲学史上最大のゴシック文字で記されるだろう。私はついにプラトンを、カントを、フッサールを超えたのだ。何しろ私は連中が発見できなかった「真理」を発見したのだからな。毛唐のドキュソどもが。思い知ったか。ハスミは東大総長の椅子を私に譲るに違いない。いやそれどころかノーベル賞も間違いない。何しろ私は真理を発見したのだからな。くくく、講演でがっぽり稼いでやる。大金が転がり込むぞ。美女ともやりまくりだ。うあっははっはは。真理万歳!真理まんせ〜!

という夢を見たが、実はただの自己言及文のパラドクスなんだよね、これ。はあ残念。
0152考える名無しさんNGNG
>>151
ずいぶん錯乱してるようですね。

>「したがって真理は言及したそのときから真理ではなくなる。」

こう言うふうにしか言えないということですね。
「真理らしいものは言及したそのときから真理ではなくなる」
としておいたほうがよかったかな。

でも、最後に述べることは自己言及的パラドクスでも言いと
思うんですよ。それに基づいて何かを論証したり展開しようと
してるわけではないし、この議論すら積極的な意味はない
と言ってるわけだからね。

>講演でがっぽり稼いでやる。大金が転がり込むぞ。美女ともやりまく
りだ。うあっははっはは。真理万歳!真理まんせ〜!

こういう発想が出てくるとはね。
夢でもおのずとお里が知れると言うか。

0153考える名無しさんNGNG
152も錯乱してるな。いきなりトーンダウンしちゃったし。
0154考える名無しさんNGNG
このスレッドを見よ!
0155考える名無しさんNGNG
真理は宗教哲学の(神学的)イデオロギーだと思うね。もともと。神の意思。
それを哲学、そして科学までが真に受けしまった。
0156考える名無しさんNGNG
ううむ、なんか共感できるな。
0157考える名無しさんNGNG
真理を理解するのが理性だけだと思ったら大間違い。
真理感情ってのもあるからね。
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