なぜ日本では哲学はこうも誤解されているのでしょうか?
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0001THE哲学
NGNG0002名無しさん
NGNGとりあえず、この部分は数学や物理学が出来る哲学屋が増えないと
数学や物理学をやる人からは嫌がられるだけだと思う。
0003>1
NGNG0004名無しさん
NGNGhttp://www4.justnet.ne.jp/~ogano/EITI.HTM
http://www.mars.dti.ne.jp/~tsunami/
世の中にはこういう人達が結構多いので、「哲学」と称するものに
一般人が胡散臭さを感じるのも仕方ないのではないでしょうか。
たまにプロの哲学者からも自然科学に関する妙な発言が飛び出したり
するからなあ。
0005名無しさん
NGNG>たまにプロの哲学者からも自然科学に関する妙な発言が
>飛び出したりするからなあ。
それは科学者もしかり。科学者が哲学的なことをやろうと
するとダメな哲学にはまったりするからね。ホロンとか。
シュレジンガーも、哲学を語ると妙なこと言うしね。
まあ、人のふりみてわがふり直せということで、みなさん、
他人のことをあれこれいうまえに、自分の頭を鍛えましょう。
0006名無しさん
NGNG物理にも多い。(笑) ただ、層の厚さが違うって言うか・・・
トンデモなページには「宇宙」「無限」「存在」といった
キーワードを散りばめて思考を空回りさせているのが多くて、
そして彼らは大抵「哲学」を標榜しているのですよね。
マトモな哲学屋にはいい迷惑だと思いますが・・・。
0007代理いぬ
NGNG煽りはだまっとれ!
0008>5
NGNG哲学は誰にでもできるけど、哲学者は哲学以外何にもできないってだけ。
0009名無しさん@1周年
NGNG8もそうだね。6までは、「奇蹟的な良心の存在」が続いている。
「知の欺瞞」騒ぎとかにしてもそうだけど、雑な思考っていうのは
いかなる意味においても迷惑ですね。
0010>9
NGNG0011名無しさん@1周年
NGNG注意しましょう。
この人本物の代理いぬに言い負かされでもしたんか?
0012工学系アマチュア哲学者
NGNG>シュレジンガーも、哲学を語ると妙なこと言うしね。
シュレディンガー、哲学をどんなふうに語ってたっけ?
猫のことは知っているが、哲学は・・・
ちょっとだけ教えてちょ。
0013>9
NGNG0014>5
NGNG10年もつ「嘘」を論文にできれば一流だって言葉もあるくらい、厳しい世界だかんね。
その点、哲学はいいよね。みなさん老後の楽しみにとっといてあるみたいです。ボケてもできるってか?(^_^)
0015名無しさん@1周年
NGNG0016名無しさん@1周年
NGNGおいらも、以前は日本ばかりかと思ってたけど、
アメリカでも、一般層はもちろん、結構教養のある、
経済学や工学の院生レベルでも、全く同様な先入観持ってるよ。
分析哲学やプラグマティズムの本場だから、ってヘンな期待してたけど、
やはり基礎教養のレヴェルは日本と同じ
(って日本はその米国の教育法ををマネてるから当然なんだけどね)
政治学の院生に、分析哲学の基本的な視点を説明したら、
「う〜ん、そんなのは、あまり哲学とは呼びたくないなあ」
とまで言われてしまった(笑)。
やはり、神秘主義的な「香り」を哲学には求めてるみたい。
これは、日本に限った話じゃないぞ、やはり。
(フランス人は、どうなのかな?)
0017代理いぬ
NGNG>この人本物の代理いぬに言い負かされでもしたんか?
誰かを言い負かした覚えはないんだが。
少なくともこのHNでは。
>16
そうなんかー。
0018名無しさん@1周年
NGNG「哲学しよう。二人っきりで。」
って歌ってたもん。昔。
0019名無しさん@1周年
NGNG0020ゲーデル教
NGNG0021名無しさん@1周年
NGNG0022剣豪
NGNGフランスやドイツには、アフリカ系の移住者で哲学研究している人が少なくないのに
黒人で哲学教授というのはいないのだそうな。
要するに哲学とは、政治的な計らいも含めた上で、思想とは違って、
徹頭徹尾ヨーロッパの学問であり、形而上学である、とおっしゃっていた。
思想とは哲学体系からはみ出る、個々人の主体性のにじみや情念のものだ、と僕は考えてるが
それはおいといて、思想というものが哲学の歴史的連関の土台の上に確固としてあるものだとすれば
日本において哲学をやるとはどういう意味を持つのだろうか。
こういう疑念の反動のようなものとして、西田哲学などが度々持ち出されるが
僕にははだはだ疑問なのである。禅とか日本的なものの思弁性は、現代人としての僕にはリアリティを欠いたものだからだ。
かといって、土台を欠いた思想のダイアローグなど聞いたところで意味が無い。
時々思う。
ドイツ哲学ではなくドイツ文化学であれば、或いは自己や他者への問いが、哲学的議論とは関係の無い、
大人になれぬ者の「はしか」のようなものだ、と説得する論拠があれば、いかほどか楽に生きれるだろうか、と。
無論その場合は、せっせと学問から身を引くだろう。或いは
0023名無しさん
NGNGそういうヨーロッパの学問、という認識を崩していこうというのが今の流れだろう。
政治的な計らい、というのは全くそう。
フーコーっぽいけどワラ
0024名無しさん@1周年
NGNG0025名無しさん@1周年
NGNG0026剣豪
NGNGハハハハ。こりゃ面白い。
べろりんちょ状態での駄文なので続きはねい。
ところで、哲学の日本への移入にも問題があったのでは。
佐久間や西はオランダ経由で英米哲学をまず学んだが、
その後、主として新カント派のドイツ哲学が主流となった。
当時の日本とドイツとの政治的結びつきや、森鴎外の存在
が影響していると言われているが
詳しい人、いない?
0027黒狼
NGNG>その後、主として新カント派のドイツ哲学が主流となった。
そうですね、西は幕府留学生としてオランダに留学しましたが、
佐久間の弟子・加藤弘之は蘭学を学んだ後にドイツ学の先駆者になりましたね。
加藤は東京大学総理から帝国大学総長になっています。
こういったことも、関連があると思われます。
また、当時の東京帝国大学哲学科の教官が、ドイツ人であり
新カント派のR・H・ロッツェの影響を受けていたL・ブッセで
あったことも大きいのではないでしょうか。テキストは『純粋理性批判』
だったらしいですし・・・。
彼の教え子が大西祝で、その弟子が綱島梁川・島村抱月等であって、
且つ、西田幾多郎の『善の研究』が大西の『倫理学』及び綱島の『病間録』の
課題を受け継いでいることも重要な要素だと思います。
こんなもんで、よろしかったでしょうか?
0028京大院生
NGNG西洋の一人のメジャーな哲学者を研究して、(他人の哲学)
ちょこちょこどうでもいい論文を書いてれば業績になって
食っていけるんで・・・・。(自分の哲学なんかない)
もう完全な蛸壺化で、一般人にはおりてこないから
哲学が誤解されてもあたりまえじゃないのでしょうか?
0029名無しさん
NGNG0030>29
NGNG0031名無しさん@1周年
NGNG0032名無しさん@1周年
NGNGなるほどね。そういえば西田はともかく、西周についての資料ってあんまり聞かないなあ。
鴎外が西の伝記を書いてたけど、漢字オンリーで読む気しなかったのを覚えてる(笑)。
1は哲学の幅を狭く捉えすぎているというか、だいたい哲学の起源は神学であり宗教論だぞ。
他方でアメリカなどでは「これが哲学か」っていうのが幅を利かせている。
最近で言えば環境思想論や生命倫理などがそれに当たるだろう。
哲学が誤解され続けてきたというが、誤解され続けてきたからこそ未だに命脈を保っている、
これが哲学の不思議なところだ。
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