モードを語れない哲学者は、いらない?
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0001名無しさん
NGNGウィトゲンシュタインは、色彩を語る。
哲学者が雑誌等にあらわれるとき、それなりの服装をしている。
現代において、モードを理解しない、語れない哲学者は、不用か。
0002名無しさん
NGNGモードは哲学者にとって本質的なものではない。
天才的な哲学者であれば必要だし、
その辺にごろごろいる哲学研究者ならば
モードを語れるかどうかに関わらず不要。
0003名無しさん
NGNGノーベル賞授賞式にサンダルとTシャツで現れたそうです。
0004名無しさん
NGNG本人も言う通りゴミを撒き散らしているだけだろ。
吉本も哲学者じゃないだろ。
0005名無しさん
NGNGそりゃ知らんかった。
いいね、あからさまに伝統を無視する人。
ところでパンツははいてなかったの?
00061
NGNGすみません。何がおしゃりたいのか、よくわかりません。
「ノーベル賞受賞式にサンダルとTシャツで現れ」ることは、モード
うんぬん というより、思想の問題だと思われるので。
0007名無しさん
NGNG0008名無しさん
NGNGモード論と哲学者の要不要って、関連性あるわけないと思うぞ。
00091
NGNG確かに。「いかにも」ですよね。他にも、台襟の服を着ている文化人
が多数存在していますが、あれは「モードを知っているよ」という記
号なのでしょうか?
>8
やはりそうですか。うまく言葉で言い表せられないので強引なものに
してしまったのです。
私は「モードを語れない哲学者は、哲学者でない」と思っており、
そのことについて議論したいと思ったのでした。
0010名無しさん
NGNGCode(コデ)やデコデ(デコデ/脱コード)
を解くことでマルクスを読解してみせた。
modeだと下らない産学協同になってしまう(笑)
0011名無しさん
NGNG00121
NGNG無知ぶりを披露してしまいましたが、さらにもう一つ。
ロラン・バルトの記号論は、なんですか?
0013名無しさん
NGNG0014けーじ
NGNGs/z上げ?
0015名無しさん
NGNGあえておせっかいをいうならバルトは
すすんで3人称を使う。
彼の蜘蛛の巣のようなモードをまとうのなら
ドイツ語訳で読むべきだ。
"am nullpunkt der literatur"
"michelet"
"mythen des alltags"
"literatur oder geschichte"
"elemente der semiologie"
"der eiffelturm"
"kritik und wahrheit"
"die lust am text"
"uber mich selbst"
それらは彼による
/ディマンシオン(空間/広がりをもった)
/ザッハリッヒ(事物/それについて)
/の視覚であり,
バルト自身の主観でくくりだされている
0016>15
NGNGいじわるだねぇ(笑)
理由はよくわかるが。
0017名無しさん
NGNGはにやゆたーか
だ(爆笑)
0018名無しさん
NGNG001990
NGNGそうではなくて、モードを語っちゃうような人はいわゆる哲学者
とは言えないと思うのですが。
モードを語る人はせいぜい思想家。そして大抵は思想家です
らなく、ただのイデオローグ(自分の信奉者のお先棒かつぎ)。
0020考える名無しさん
NGNG0021考える名無しさん
NGNG服装ですか
色彩の研究ですか
単に流行と捉えてよろしいのでしょうか
モードを理解しない、というのは現時点での流行に合っていない事ですか?
そんな能力も期待されますか
モードを語る、と云うことはモードについて話が出来ると云う事ですか?
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