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数学は・・・

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0001名無しさんNGNG
言語の統語論か?
0002名無しさんNGNG
数学についての二つの考え方。
1.数学とは数量的言明の統語論であり、数学の記号そのものは意味を持たない。
2.数学とは「数学的対象」という独自の研究領域をもつ活動であり、当然意味論をも含む。

さて、どっちなのかね?
0003名無しさんNGNG
「意味」とはなんぞや?

数学で「意味論」という場合、それはモデルを指す。
無矛盾ならばモデルは存在するが、モデルの構成はできない。
もしそれができるならば自然数論で無矛盾性証明ができることに
なるが、ゲーデルによればそれは不可能である。

数学が意味をもつとしてもその意味を示すことはできない。
逆にもし意味を持たないとしたら、統語論としても矛盾という
形で破綻するはずである。
0004ドキューンNGNG
とりあえず数字に意味があると仮定してみる。
その意味をつきつめてみる。
そうすると、1と0と無限は同じもののような気がしてくる。
究極の1って、外部を持たないから
(だって外部があると、外部が「2」になっちゃう)
境界を持たない集合(つまり無限)だし、
かつその集合に中味は何も無し(つまり0)
(だって中味があると、中味=2になっちゃう)。
一即多、有即無とはこのことでんな。
0005>4NGNG
4> 究極の1って、外部を持たないから

うにぃ、そんなことないよ。
記号の機能には、否定はあっても否認はない。
だから、記号の作用は外部がない究極的な一になるよぉ…。
0006名無しさんNGNG
5>否定はあっても否認はない

その通りですな。だから「1」には必ず「1の否定」がある。
これを、記号「1」とその否定(機能)と捉えるか、
記号「1」と記号「(1の)否定」(つまり合せて2)と捉えるか。

4>とりあえず数字に意味があると仮定してみる。

というのは、後者の場合に立ってみるちゅーことですな。
その場合究極の1は、「1」だけか、「否定」だけか、どちらかですな。
つまり、「存在」か「運動」か、どちらか選択。
ハイゼンベルクかっちゅーに。

0007ねびっちNGNG
>5、6
むむ、否定と否認をそれぞれ定義して欲しいですな。
あと記号の外部って何?
>1
ここでいう数学は代数学、解析学、幾何学その他もろもろの集まり
としての数学ではなく、公理的方法のことだと解釈する。
(各分野の寄り合い所帯としての数学が言語の統語論なわけないやん)
公理システムは自然言語の統語論か?と問えばどうか?
つまり、公理システムは自然言語の意味ある文をすべて記述できるか?
推論規則の代わりに、文を形成する形成規則を考えて、
真理値の代わりに、有意味と無意味からなる意味値?を考える。
文には、疑問文、感嘆文、詩の一節も含まれるだろう。
意味の定義はしょうがないからパース流の解釈項にするか、
無定義と言い張る!!(君らの直観に訊けと)
形成規則の候補はチョムスキーの生成文法にやってもらおう。
ところが、そのような規則がもしあったら、
それは自然言語で自然数論が記述できることになる。
ゲーデルの第一不完全性定理の真を有意味と読みかえれば、
そのようなシステムでは自然言語の有意味な文すべてをくみ尽くすことが
できないことが結論できる。よって公理的方法は自然言語の統語論ではない。
うーん、ファンタジー。
そろそろソーカルにおこられそうだからやめます。
0008>7NGNG
>意味の定義はしょうがないからパース流の解釈項にするか、
>無定義と言い張る!!(君らの直観に訊けと)

ここで、もう、ムリムリですな、ははは。
(その心意気は買うんだけどね。)
00091NGNG
7>ここでいう数学は代数学、解析学、幾何学その他もろもろの集まり
としての数学ではなく、公理的方法のことだと解釈する。
 このことについてですが、私が言った真の意味は「ゲーデル再考」で
シルプがゲーデルに依頼した論文についてのことですので、あなたの解
釈で誤りはないと考えます。

00103NGNG
ゲーデルが「数学は統語論ではない」といったのは、
彼が数学的な世界の存在を信じていて、その真偽が
統語論では語り尽くせないからでしょう。

ただその場合、数学的な世界の真偽をいかにして
判断できるかという問題がある。すなわちゲーデル
のいう「数学的センス」とは何なのかということで
ある。
0011名無しさんNGNG
わかりやすくいうと パターンでしょ、数学とは
数学から数字を抜いて色んなものに適応させればすなわち宇宙
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