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マリア=テレジア 「生命と血をかけて」

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0001原 麌呂NGNG
はじめまして、たまに見に来てます。

 男まさりの女帝マリア=テレジアは、父皇帝の遺言に従ってオーストリア大公となり、
プロイセンの反対にもくじけず、二度の戦争を戦った。プロイセンの不法なシュレジェン
侵入に抗して、父の喪に服す黒衣に身を包んだ若い女王が国内貴族に対して涙なが
らの演説をすると、一同は「生命と血をかけて」と応えた。

 夫(のちのフランツ一世)との間に実に十六人の子をなし(うち成人したのは十一人)、
妻として、母として、そして国家の政治・軍事の最高統率者として、彼女もまた精一杯
に働き、オーストリア継承戦争中の一七四五年、夫を皇帝位につけた。

 七年戦争が終わって二年後、彼女は夫を失う。偉大な妻の陰にあったこの善良な夫
を彼女は心の底から愛していた。女帝、時に四十八歳。心の中には癒しても癒しきれな
い空白が生じたことであろう。それまで好んだ日常の楽しみ(舞踏・オペラ・賭け事など)
や、身を飾る宝石をきっぱりと断ち、豊かな髪を切りすて、未亡人を表す黒い帽子をい
つもかぶっていた。

 外交革命の延長上でフランス皇太子(のちのルイ十六世)の妃に嫁いだ末娘マリ=アン
トワネットの行く末も母后には心配である。手紙を送ってはその返事にフランス語を強要
し、娘の文法や綴字の誤りをいちいち添削して送り返した母后の心情はいつの世にも共
通する母心。

 一七八〇年十一月、心臓を病んだ女帝は、国の行く末や子供たちの将来を案じながら
六十三歳の苦しかった生涯を閉じた。自分の夢想に猪突猛進した息子も、十年後には失
敗を悟って失意のうちに世を去った。マリ=アントワネットがギロチン上で刑死するのはそ
のほぼ三年後である。

0002続きNGNG
この事から「血は愛より深く、愛は血より偉大である」このことは人間愛の証明であり、
人間である事の証明である。

さて、哲学者にこれを証明してほしい。
ただし、「両親がたんぱく質に思えてくるには生物学や医学の素養・・・。」
などと言った事は避けて下さい。

「美由紀愛してるよ!」
0003名無しさんNGNG
>1
悪いんだけど何をしにきたんだか、さっぱりわかんない。一体何
したいの?最近こういう人多すぎ。

0004名無しさんNGNG
>1
医者の指示通り服用は続けて下さい(ナ−スステ−ション一同)
0005>4NGNG
ありがとうございます。
なんか、だんだん皆良い人に見えて来た〜〜〜。

愛ってふかいなぁ〜。
0006>5NGNG
「大切なのは、普通の言葉で非凡なことを言うことである。」

この言葉を大切に!!愛の心理が見えるはず。

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