音を哲学的に解釈すると、どうなりますか?
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0001名無しさん
NGNG0002>1
NGNG生産的な話しではないぞ
0003ドキュンあげるな!
NGNG0004XX研究中
NGNGカントは美の趣味判断で、絵画なんかは認めたけど、
音楽は「感性を興奮混乱させるだけだ」とかなんとかいって、
「美」の範疇に入れなかったでしょ。興味深い話だよね。「時間」、とか関係ありそう。
『判断力批判』やってる人に、解説して欲しいな。
0005>2
NGNG0006非専門家ですが。
NGNG美の判定がクロ−ズアップされます。
カント『判断力批判』では、
美を判定する趣味判断は美のカテゴリ−にもとづかないのに
誰に対しても妥当性をもつ、と論じられます。
というのも趣味判断は悟性と構想力の戯れを反省することで成り立ち、
この反省は誰もがもつと想定されるセンススコムニ−スによって支えられているからです。
以上を踏まえて音楽について言えば、
音楽をきくとき生じる感覚の戯れは反省にもとづくので、
音楽は趣味判断によって判定されのでしょう。
時間との関連で言えば
音(楽)の連続がどのように捉えられるか、ということでしょうが
それは『純粋理性批判』の演繹論(A版)が参考になるのではないでしょうか。
0007補足。
NGNG0008名無しさん
NGNGダグラス ホフスタッター『ゲーデル・エッシャー・バッハ』
なんていうのを思いついたな。
バッハを聞いたことのない人(聾者とか)がこれを読んだら、
「バッハというのは音楽をパズルとして作曲した人なんだな」
という理解に達するだろうと思う(^^;
0009名無しさん
NGNG『音を視る、時を聴く』
知覚と音響を巡る対談
0010時価+
NGNG養老さんの「唯脳論」に聴覚系世界認識と視覚系世界認識の
違いについて述べた箇所があったと思います。内容は忘れました。
いろんな観点から論じることが出来るんじゃないでしょうか?
記号論、精神分析論(無意識に関して)、時間論、リズム論、
声と文字、等々・・・。
私は記号的意味合いが強いような気がます。
0011XX研究中
NGNGなんか範疇なんてコトバを迂闊に使っちゃって、すいません。
もちろん批判期において美の「カテゴリー」なんてありえませんよね。
(バウムガルテンが「美のカテゴリ−」なんてのを提唱していたとは知りませんでした。)
ただ、カントは音楽は好きではなかった、というか美的なものだと認めていなかった、
と聞いたことがあるんです。なんか、社交的な性格なのに、コンサートには行かなかったとか、
「なぜ音楽はダメか」について友人に、ボロクソに語ったとか。(ホントかどうかよく知りませんが)
あれほど、ユークリッド幾何学の体系・形式をかっていたのに、こと音楽に関しては、
蔑視していたのが、不思議というか興味深いなあ、と思って。ピュタゴラス派とか考えると、さ。
某S先生のように、「ロックなんか音楽じゃない、クラッシックしか認めない!」ってなら、
まだ、わかんないこともなくはないけど(まあ、それも、なんだかなぁ・・・だけど、ね。)
人間の「傾向性」を越えたところに人倫を観ようとしたカントの姿勢とかにも関係するのかな。
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