トップページ⇒philo
122コメント62KB

どうして自殺をしてはいけないのですか?

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001ellNGNG
自殺をしてはいけないことの論理的な裏づけは何なのでしょうか。
また、自殺をしようとするのを他の人が止める権利はあるのでしょうか。
0002名無しさんNGNG
ないよ。
0003「論理的」とか・・・どうして?NGNG
そうそう、ないない。
0004名無しさんNGNG
ない。
ただ、自分の身近で自殺されるのはいろいろ迷惑。
0005名無しさんNGNG
誰かが悲しむから。
0006>4、5NGNG
あえて倫理的に言うなら、そうだろうね。
功利主義やプラグマティズムは、こういうときにも強いよね、
それなりの説得力と、現実の「おとしどころ」を提供してくれるし、ね。
0007どっかのレポート?NGNG
課題ですか?期限わいつまでですか?
0008>ALLNGNG
キリスト教で自殺を禁じている理由を教えてくれ。
原始キリスト教では禁じていないはずだ。
あと、自殺は禁じても戦争での人殺しは禁じない理由も。
0009名無しさんNGNG
>8
信者が減るから。
避妊禁止も同じ理由。
0010ゆゆゆNGNG
まず、人間は自分の意思で生まれてくるわけではなく生かされている
という考えが根本にあります。
自分自身の生死に関わろうとするとき「死」を選択することで自己の
「生」に対する意思が始めて働きます。
自らの「死」の選択は「生」に対し自然の摂理に反していることです。
ですから、人間は自身であれ、他人であれ「死」に自ら関わる事を
してはならない。つまり自殺をしてはいけないってことではないかと。

ただ、自己防衛の為の殺人はどうなんでしょうね?
戦争での人殺しはその類だと思うのですが、
0011名無しさんNGNG
人間の生死権は個々の人間がもつのではなく、第三者が握っている。
例えば神であったり、王であったり、国家であったり。だから、自殺とは
第三者へのネガティブな反逆行為と考えられ、避けられる傾向があるのだと思う。
一方、戦争で人(他の信者、他の国民)を殺すことは第三者の
生殺与奪権を支持し、奉仕することになるので認められる。
0012>1NGNG
>どうして自殺をしてはいけないのですか?

自殺は見えない他殺です。しかも犯人はその他全員です。っていうか人の機能です。
自殺をしたのはその人がただ弱すぎただけのこと。それにはいいも悪いもありません。
だから、自殺をさせることはいいのか悪いのかで考えたほうがいいと思う。
とは言っても、「弱者切り捨て」が変わるとも思えないのでやっぱ考えなくていいです。
もし変わったとしても人間絶滅しちゃいそうだし。
ちなみに自殺を赤の他人が止めるのは、ただの偽善です。人に好かれたいだけじゃん。
0013名無しさんNGNG
>また、自殺をしようとするのを他の人が止める権利はあるのでしょうか。
私は、自殺をしようとしている人が好きな人だったら止めるよ。
その人に死なれると自分が悲しいからね。

赤の他人だったらどうだか判らないけど……。
# でも、寝覚めが悪いから止めるだけは止めるとは思う。
# あくまで、自分の目の前だったらだけどね。

後は、リストカットとかの恣意的で
人にアピールするための自殺だったら止めるかな。
その辺の判断は難しい所でしょうけど。

結局は自分のエゴに過ぎないわけだけど、
自殺を止める理由としてはこれで充分だと思う。
相手が自殺すると自分が悔やむことになるんだからね。
これは権利じゃないですね。
権利としてあるかと聞かれたらNOですけど、
止めるか止めないかなら止めますね。

(結局なんにしろ全部止めるのか……。偽善的なんだな、私って)
0014名無しさんNGNG
では誰にも必要とされてない人間は死んでいいってことですか?
0015名無しさんNGNG
「自殺をしてはいけない」理由として、
「誰かに必要とされているから」
あるいは「誰かが悲しむから」などの理由付けが、
あなたにとって納得の行くものでなければ、
別にいいんじゃないですか?>14
あなたの自殺を許すも止めるもあなたの意志次第なわけで、
そして上記の理由があなたの意志に何の影響も与えなければ、
あなたの死を止めるものは何もないわけです。

…でも、上の理由が意味をなさない人生ってのも空しいよね。
その人の世界には、その人をこの生につなぎ止めるだけの他者は
一人も存在しないってことを意味するわけで。
「透明な存在のボク」どころじゃない、
「他者がみんな透明な存在のボクの世界」。
考えただけでもぞっとするよ。
0016名無しさんNGNG
自殺する必要なんてないんですよ。長く生きてせいぜい数十年の命です。事故や病気、天災などを考えたら死ぬのは簡単です。あなたが自分の力で死ねる限りは、いつでも死ねますから、どうせ死ぬのであれば誰か余計者を道連れにしてください。それか放射能事故などが起ったときに事故現場への立ち入りを真っ先に志願してやってください。紛争地域へ出かけてボランティアにたずさわるか、傭兵にでもなって鉄砲玉の下で命をかけてください。死に場を見つけてから死んでやってください。世の中にはけっこう命がけの商売もありますから、命をかけて大冒険を繰り返してどこかで死んでください。
0017>16NGNG
いつでも死ぬことは出来るが、一度しか死ぬことは出来ない。
だからこそ「死」だけは自分の手で選んでみたいと思うものだ。

また、今の人生が辛く、それから逃れるために死を選ぶのであれば、
未来が不確定な物、もしくは不可知である以上
生きるか死ぬかのどちらが自分の人生にとって
幸いであるかわからないのであるから、
死を選ぶことに価値が無いとは言いきれないと思う。
# 世の中にはボランティアなどやれるような状況ではなく
# 死を選ぶしかない人が確実に存在しているのである。
0018名無しさんNGNG
氏んで欲しいと思われながらも、しぶとく生きてやるのもおもしろいではないですか。あなたが言われるように死と生のふたつの人生を同時に選択することはできない。だから、まず生きることによって幸いを確かめてから、最期に死ぬのである。
0019なんやしらんけどNGNG
自殺なんでしちゃいけないって思うかっつったら単純じゃねーか?
己が死にたくないって思うからだろ?
してもいいって決断をくだす時は んな事みじんも考えてねーだろーよ。
でもよ、少なくとも家族や友人がいる以上しちゃいけねーよな。
誰もいなかった場合は俺も説明できねーのが悔しいけどよ、
自殺のニュースばっかとか聞くとさ
いやぁ〜な気分になるよなぁ
だから世論が陰気になって、それを見る側も陰気になって
しまいにゃ男全員いんきんたむしになったりするじゃねーか
だから自殺しちゃいけねーんだよ
っつーのが俺の哲学や。文句あっか?
0020名無しさんNGNG
>では誰にも必要とされてない人間は死んでいいってことですか?
「誰も必要としない=死ね」だからねー、必要の無い物はゴミ箱に捨てるが如く。
死んでいい悪いなんて誰も決めてないし、だから誰にも必要とされてない人間が自殺をするのは自然な事。
でも本当に死にたいと思ってる人なんて誰一人いないんだよね。自殺は「生きたい」の裏返しですし。
まぁ出来損ない(集団から外れた人)が生きる為には、誰にも頼らないか、人以外の何かに頼るかだね。
0021なんやしらんけどNGNG
ひゃっぱとは言わねーが、貴方の考えは理解できない物では無い。
誰もいなかった場合は説明できねーと言ったけどよ、
俺は特に「自殺は生きたいの裏返しっつーとこ」に感動したぜ。
そこでオニューの考えだが
意外と人に必要とされるされないは自己満足に過ぎないと思うよ。
俺なんかも、んなもん考えた所で確信の持てる必要性を人から得た事ないかんね。
よってや、もっとこうかみ砕いて考えるとやなぁ
あぁ、こいつには必要にされたい とかよ
あぁ、こいつには好きになってもらいたい とかやなぁ
己の気持ちの中にポジティブな他人への思いがあればやな
かなーり生きていけると思うのよね。
あ、そうや、人のセリフのパクリだけどよ
人間は毒無しでは生きてけねーのよ
純粋な奴ほど社会に犯されやすいっつーこっちゃ。
えー言葉やろ?
くみ取ってポジティブにいきてくれ
まぁ今回はギャグの一つもでんかったけどやな
世の中にはよ、自殺しよーとした瞬間テントウ虫が飛ぶのを見て感動して
死ぬのをやめたっつーやつがいるくらいでよ。
感動できる事がありゃ すてたもんじゃねーぜ
0022やっぱこれもNGNG
age
0023名無しさんNGNG
女や子供ですら、辛くても自殺なんてせずに頑張ってたりするのに
成人男性が「死にたい」とか言ってるの見ると頭にくるよなぁ!
0024名無しさんNGNG
人間を一人前にするには結構な金がかかっているから、
その投資を回収する前に死なれちゃ困るから。
0025名無しさんNGNG
神のご加護を受けて生きている人間が、
自分勝手な意思で自殺を選択するのは背教行為。
0026名無しさんNGNG
死んでるのも生きてるのもかわらないのでわざわざ手間
をかけてまで死ぬことはないと思います。死ぬ気なら生きてても
死んでてもどっちでもいいでしょう。
だいたい自分で死ぬにはすさまじいエネルギーがいりますから
生きてるほうがむしろ楽でしょう。
0027名無しさんNGNG
なぜ自殺はいけないか を
なぜ自殺はどの社会でも倫理に反するとされてきてるのか と
置き換えて考えることができるならば その答えは簡単
「どんな人間も誰かの世話になって生かされてきたのだから」

自殺云々を考えるようになる歳まで育てる食事や教育は
誰かが負担してきたはずだし社会的コストもゼロではなかったはず
子を産み育てるというのは社会維持のための最低限必要な倫理だから
その延長として自殺禁止がどの社会でもうたわれるのは当たり前
明治の頃には自殺禁止法ってあったよね 意味ないから無くなったけど
この法律の言わんとしてる精神は上記のようなものです
0028>1NGNG
死にたいのか?
0029名無しさんNGNG
自殺を止めるのは、自殺したがってる相手の意思を尊重しない行為だと
言うことでしょうか?それならそうです。自殺したい、という個人の
希望に対し、それを止めたい、という個人の希望をぶつけるのです。
希望=エゴイズムと取ってもいいかもしれません。
止める理由が、相手によって違うことでしょう。そんないくつもの理由から
自分にとって都合の良いものを選ぶのは、選ぶ人の権利です。
0030>1NGNG
死にたいのか?
0031名無しさんNGNG
てゆうより、自分の目の前で自殺されたら迷惑だよ。
止めなかったらまわりのやつになに言われるかわかった
もんじゃないし、止めればまわりにいいやつだと思われるし、
そもそも、自殺するやつはどしてそんなに迷惑をかけたがるんだ?
死んだら死んだで家族はまわりになにかいわれるんだ。
死にたかったら、身内がいなくなってから死ね。
0032ヒゲの弟子NGNG
生命自体が偶然の産物であるのだから、
生まれる権利がないのと同様に死ぬ権利もない
と言うことでしょう。
0033でも、NGNG
自殺止めようとして、
「俺の借金肩代わりしてくれんのか?!」
「俺のこれからの人生に責任持てるのか?!」
っていわれたら、僕は止めません。
勝手に死んでください。

#もし自殺が、このボタンを押しただけでなんの苦痛もなく
#ポッと1瞬で死ねるよ。なんて機械ができたら、自殺者が
#増加すると思いませんか?
0034名無しさんNGNG
自殺ボタンは絶対押せない。
皆殺しボタンならなんとか。
0035名無しさんNGNG
論理的な裏付けか。それは難しいな。
でもこういう風には考えられる。

どんな人でも多かれ少なかれ他人に依存して生きている。
子供ほど大きく依存している。物理的にも精神的にも。
そしてこれは人間の成長には必要なものだ。しかし
自殺というのはこの依存の繋がりを無理矢理切断して
しまう。すると依存度が高ければ高いほど生き残った
者の心に大きな苦しみを与えることになる。

・・・だから、いけないんじゃないか?
0036のび太NGNG
「独裁者スイッチ」って、ホントこわかったよ!
003735の続きNGNG
この理屈で行くと、たとえばあなたが自殺してはいけない
理由は、あなたを必要とする者に苦しみを与えてしまう
からということになる。

では誰からも必要とされない者は自殺しても良いのか?
それはもしかすると良いのかも知れない。しかしそれ
以前の問題として、誰からも必要とされない者はこの
世に存在するんだろうか?
0038名無しさんNGNG
恋愛や青春の終わりに死ぬのもありなんじゃないかな。
こんな下らない世界!
0039名無しさんNGNG
だから死にたいなら回りに借金返してからにしなよ
そうじゃないから恨まれてタブーになるのさ
0040てゆ〜かNGNG
余計なトラブル避けるためじゃないの?
「自殺しても良い」なんてあったら、倫理語る連中に攻撃されるじゃん。

どうせ本当に死にたいやつは、ダメ言っても死ぬんだしさ。
0041名無しさんNGNG
では何故生きなければならない?
0042名無しさんNGNG
だれからも必要されない人などいない、たとえドキュンでもね
私にとっては反面教師という点で感謝しているよ
0043名無しさんNGNG
>だれからも必要されない人
山程いると思うんですけど。
0044名無しさんNGNG
哲学的っつても死にたいなら他人を巻き込まないんだったら
死ねば??
という答え以外ある??

宗教が自殺を禁じるのは手持ちの人的資源を失いたくないから、という
理由が殆どです。
0045名無しさんNGNG
>宗教が自殺を禁じるのは手持ちの人的資源を失いたくないから、という理由が殆どです。

ははは、
聞いたんか!?
0046名無しさんNGNG
他人を巻き込まなければ死んでよ〜し!
って無理があるのでは?
死体の処理って、結局、死んだ人以外の誰かでしょう。
もし、それが自分の役だったらヤだなあ。
0047名無しさんNGNG
自殺を禁じているのって、キリスト教くらいじゃないの?
神道や儒教や仏教やヒンズー教では、禁じてないんじゃない?
キリスト教でも、聖書自体には自殺を禁じる記述はないんじゃない?
中世神学者が、「十字か背負って苦しみなさい、苦役を耐えなさい、でも死んじゃダメだよ」と説教してたのが、定着したんじゃないの?
ショウペンハウエルの『自殺について』読んで、以上思いついたんですが、いかがでせう。
日本や中国じゃ前近代では自殺禁じてないよね。近代以降国家が人を動員する必要が発生したので、そのことと「自殺は不名誉」とするロジックが結託したんじゃないかな?
日本前近代では自殺をいたずらに美化しているから、これはこれでダメだと思うけど。
0048∞NGNG
自殺も人殺しの一つだから、ということで宗教では禁止じゃないの?
解釈次第かも知れないけど。
004947NGNG
「身内」を殺すことはたいがいの宗教で禁じているけど、「身内」以外の人間を殺すことは、一部の宗教しか禁じていないのでは? とくに古代的性格の宗教では。聖戦を肯定していた宗教は多いでしょ。
昔の話だろ、という反論はあるでしょうけど、たとえば聖書は新約で2000年前の道徳律を、旧約ではそれ以上前の道徳律を信者に対し原則的に要求しているので、歴史ある宗教は古代的性格を持つと思う。宗教団体の歴史の上で、今に至る世界宗教の多くが無害化しただけで。
005047NGNG
儒教的には、「孝」を第一義にするロジックでは、「親から頂いた身体を傷つけるのは最も不孝である」というロジックで自傷を限定的に禁じているけど、逆に親のために死ぬことは個のロジックでは肯定される。から、清朝中国人はイギリスとの戦争の時、大量に自殺し、イギリス軍はそれを軽蔑と敬意をもって眺めた、という記録がたしかあったんじゃないかな。
日本でも、切腹という形式の自殺は名誉ある行動だったし。
「人間を殺してはいけない」というロジックは、近代以降、とくに戦後絶対的であるかのようになったんじゃないかな。「身内」の範囲を、全人類に広げたほうが論理的整合性がありそうだ、という予断に依拠しているんじゃないかな。
教養あるかた、ツッコミください。
0051名無しさんNGNG
ここも受け売りばっかだな〜
少しは自分の言葉で書けよ
0052名無しさんNGNG
>51
すでに何万人もが同じ問いを立てている問題に対して、オリジナルななにかを語れると素朴に信じているのだとしたら、あまりに素朴にすぎる。
0053CKNGNG
このスレッドおもろいですね。自殺に感情移入してる派と、制度つうか
社会システム内の議論してる派がいて。
でもここ、一応哲学ボードなんで、前者は…
宮台真治さんと鶴見済クン、なんか一言どうぞ。
0054名無しさんNGNG
51さんは
『>50 ”教養のあるかた”っておい、知識のひけらかしかよ、 
 ここは。自分の経験から来る自分の言葉を吐けよ。今を自分の
 頭で考えること無しに歴史を理解できると思うなよ。学者かぶ
 れのくせしやがって。
 >52 別にオリジナルを求めてるわけじゃあないよ。昔誰か
 が言ったことと一緒でもいーじゃんか。少なくとも自分で考え
 てんだから。』
ということではないでしょうか?
005547NGNG
仮に54氏の発言が、51氏の意見を代弁しているとして、返信する。
情報も経験の一環だと思う。
1では「自殺は禁じられているはずだ」という前提で設問しているが、「自殺は禁じられていないようだ」とすると、回答の枠組が自ずと変わると思う。
依拠している情報が異なれば、自ずと回答が異なると思う。
「教養あるかた」にツッコミいただきたいのは、自分の情報がどの程度信頼置けるか精度確認のため批判がほしいということだ。
依拠している前提が異なれば、自ずと回答は異なるし、その前提の差異に鈍感な者同士の間では対話は必ず不毛化すると信じるのだが、いかがでせう?
0056名無しさんNGNG
ここはただ単に情報確認の場でなのでしょう。
お互いのもっている知識の正確度を確認しあって終わり。
証券会社に勤めて市場の情報交換するのと基本は全く一緒なのねん。
それはそれでいいです。
では情報と経験の境目は?
0057名無しさんNGNG
自殺の禁止はキリスト教に起源があるんだろうな。
ハンナ アーレント『人間の条件』の中で紹介されてる
ギリシャ・ローマの死生観というのは異質で面白いよ。

――生命というのはそれ自体で尊いものなんかじゃなく、
誇りと栄光ある行為を残すことこそが、尊いのである。
戦争に負けて自殺もせずに捕虜になるような奴は、
誇りを持たないわけだから、奴隷にするのが正しい――

みたいな感じ(^^;
アーレントは、非キリスト教的な倫理体系の代表として
ギリシャ・ローマを引き合いに出しているわけだけど、
そこで描かれたギリシャ・ローマ文化は、
伝統的な日本文化との共通点が多いと、日本人としては感じたね。
つまり死生観については、ギリシャ・ローマ・日本……というのが、
言わば「古典的」倫理体系としてひとくくりになり、
キリスト教倫理と対立するんだろう。

同性愛に対する態度でも、同じ分け方が可能だね。
0058名無しさんNGNG
思想史的な議論というものの意味についても語っておこう。
自殺よりも性愛に対する態度の方が時代による違いが大きいから、
そっちを例にとった方が分かりやすいと思う。

平成日本の性愛観は、こういうことになってるよね。
――同性愛性交は、精神異常と見なされるけど違法ではない。
未成年者との性交は、仮に両者の合意があっても違法である――

でも、江戸時代までの日本では同性愛は異常視されてなかった。
例えば、信長には蘭丸という男の愛人がいたけど、
当時の基準では別に信長は変態じゃなかったわけ。
古代ギリシャに至っては、同性愛しない方が変人扱いだった。
(ケネス ドーヴァー『古代ギリシャの同性愛』参照)

また、女がローティーンで結婚(性交)するのは、
近代以前の社会では当たり前のことだったし、生物学的にも、
初潮を迎えた♀に欲情しない方が不自然なわけだから、
性的対象と見なして良い♀の年齢に関する近代文化の定義は、
かなり特殊なものと言っていい。

要するに、平成日本の性愛観には特に普遍性が無いということ。
でも、ここで歴史的(あるいは人類学的)引用を禁じたら、
平成日本の文化によって形成された自分自身のバイアスを、
自明視・普遍視せざるをえなくなってしまうよね?
その場合、「自分の言葉で語る」というのは、
文化的条件付けに制約された鸚鵡に留まることでしかない。
0059名無しさんNGNG
時間的空間的な多様性を取りあえず列挙して比較検討したうえで、
けっきょく元の自分の文化を良しとするのも「あり」だろう。
でも、他の選択枝を知った上で自文化を主体的に選ぶのは、
単に他の文化を知らないから周囲に従っておくのとは違う。
厳密な意味で「自分の言葉で語る」という表現を使っていいのは、
相対主義を経験した後で価値観を主体的に選択した人だけなんだ。
単に他の文化を知らないから周囲に従っているだけの人は、
本当のところ何を言っても本質的には鸚鵡なんで、
「自分の言葉で語る」という表現を使う権利はないんだよ。

料理に喩えてもいいな。
もしもハンバーガーしか食べたことない人がいたとして、
「ハンバーガーこそは最高の料理である」
と力説したとしても、客観的な意義はほとんどないだろ?
もしも「最高の料理とは何か」という議論をするとしたら、
文化による価値の多様性を列挙し、生化学や心理学で条件を狭めて、
「良い料理」とは何なのか、メタ価値観を論じる必要があるだろう。

思想史的な議論の意味ってそういうもんだよ。
違う時代の違う土地の文化について語るのは、別に
「そっちの方が普遍的だ」と言っているわけじゃなくて、
「平成日本の文化(≒近代の先進国の文化)も、
歴史的に限定された特殊な一文化で、普遍性は無いんだよ」
ということを、議論の前提として確認してるわけ。
0060名無しさんNGNG
思想史的な議論の意味ってそういうもんだよ
だから情報の交換でしょ?そこに知的興奮と知的快感がどうたらこうたら。
>59
>単に他の文化を知らないから周囲に〜
他の文化なんか知らなくても『自分の言葉で語る』ことはできて当然じゃ無いですか?誰がどうやって権利の授与と剥奪を行うのかしら無いけど。
006147NGNG
60さんの第1文「>」が、つきますよね?
当然であるかのようなことに対して、疑問を投げてみることが、哲学の第1歩だと私は思う。
「無意識」という言葉を知らなくとも、無意識の衝動に従って行動することはできる。だが、無意識が環境的に制約されたものに過ぎないのなら、無意識に従って行動したことは、当人の自由意思ではない。
知的興奮のない情報は、たいがい、価値の低い情報だと思う。
0062ToshiNGNG
 自殺がなぜいけないかなんて答えはねーよ。問題はその問いが生まれる状態やね。その問いが生まれないようにするのが個人的にも社会的に安定した状態といえるんやないの?だからさ、問いを必ずしも答えとの関連と一緒にみるんじゃなくて、問いが現れざるを得ない文脈自体の方が問われるべきやし哲学的にも実りが多いんやないのかなあ?
0063名無しさんNGNG
相対的にみたら情報の価値に高いも低いもないでしょ?
個人的に見てどれだけ有用度があるかというだけで。
愛のないセックスは価値が低いとは思いませんが、
愛のあるセックスの方が楽しい。

あ! 僕は自殺に関して論理的な裏付けなど微塵も知りませんが、とりあえず、権利を自分が持っているかどうかはおいといて、死んでほしく無かったらとめますね。
0064名無しさんNGNG
自殺志願者がまるで出ない安定した社会って想定できるかな?
ふと疑問に思ったもので
0065∞>64NGNG
それって、絶望がない世界のことのようだ。と、思った。
0066名無しさんNGNG
でも、その世界には希望もないことになるでしょう。
 『健康』という概念に意味を持たせるためには『病気』がが必要なように、
『希望』という概念が意味をもつには『絶望』が必要になる。
0067名無しさんNGNG
このスレッド面白いね.

「『なぜ人を殺してはいけないのか』とおとなに聞く子供は,
当り前のことを聞く事を恐れる何かが欠如している」

みたいな事を書くノーベル賞作家もいますが,自殺も似たレベルで答えにくい,
そして面白い内容ですね.
0068ぽこNGNG
 自殺がいけないなんていう法は、哲学的には根拠づけでき
ないでしょう。宗教からしか。

 昔自殺しようとしたときに、警官に怒られたり、知人たち
に泣かれたりと、ああ結局回りに迷惑をかけるんだなぁって。
倫理的な根拠といえばそれくらい。
0069ToshiNGNG
62に続けると、つまり”どうして自殺をしてはいけないのか?”という疑問をもつ人間はどういう人間で、それがどういう時なのか、ということなんだよなー。その問いを追求しなければいけないのはどういう人間?答のないその問いがクローズアップされるのは社会的にどういう文脈のとき?それが話題にされるべきなんじゃないのかなー
0070ToshiNGNG
ヴィトゲンシュタイン前期では”語りえないことについては沈黙しなければならない”とかほざいたけど、それでもその”問い”がでてくるのが人間てもんでしょーやっぱ。”沈黙?あーそーかおまえはだまってろ、おれはしゃべる”というのが人間のような気もするんだよねー。日頃女を抱いたり美味いものを食ったりしているときにはつゆほども意識にあがらないそういった”問い”が浮かんでくるってなんなのか、ということやねー。
0071ぴかぞーNGNG
・「他人から必要とされているかどうか」ではなく、「生きたいかどうか」
 どんなに悲惨な状況に陥っても、生きたければ生きればいい。
 まあ、他人から必要とされてなかったら、生きる希望もほとんど潰えるとは思いますが。
・自殺をするのは、その人の生命力が
 その人自身の持っている理性の力に負けてしまっただけのこと。
 理性は本能を押さえつけるからね。
  本能で自殺する奴はいない。ある意味人間の知能って諸刃の刃。
・自殺を止めるかどうかは、止める側の人にとって意味があるかで決めればいい。
 自殺する側の人にそれを乗り越えるだけの生命力がなかっただけの話なのだから。
  生命力のない生物に対して、この世はそれほど寛容じゃありません。

・なぜ自殺がいけないのか、ということを言うのなら、
 まず「なぜ生きているのか」ということがわかっていないと、
 説得できないという気がしました。
  別に自殺しない人が生きている理由を知っている、というわけではないでしょうが、
  飢餓状態ある人ならば、生き永らえるだけで幸せを感じると思います。
・どんな生き物であろうと例外なく、自身のコピーを増やしながら、
 繁栄することを目指している。
 そう考えれば、自殺は生命の本質に反していると言える。
 だから、自殺は間違った行為。
  だけどそれは、自殺を止める理由 にはならないでしょう。
  本人取り巻く状況に耐え切れないと言うのだから、
  ある意味自然淘汰のようなもの。力無き者は去れ、です。
  「するべきではない」と言うことはできても、力ずくで止める理由にはならない。
0072名無しさんNGNG
生命力ってのがよく分からない
生きようとする意思は本能だけか?

力づくで止める=反社会的行為なのは
親とかに借金返してないからでしょ
育ててもらった費用のことね
0073名無しさんNGNG
まず最初に人間は意識下、無意識下に自分が生きているという「感覚」(懐疑論者や仏教徒の方のように自我、という言葉に否定的な方もおられるかもしれないので感覚という言葉で代用します)を持っていると思います。その上で、自分の生というものを見つめたときに、生とは対局に位置する死というものも見えてくると思います。で、生を認識している感覚は死を関知することが出来ないわけで、死に対して本能的な恐れを感じているのではないでしょうか。そうなると、その生という実感を自ら絶つような自殺という行為はその「感覚」にしてみればとうてい受け入れがたいものであり、それ故に個人的にも社会的にも自殺を悪と規定するようになっていったと思います。
その結果自殺というものに対する恐怖心の裏返しとしてそのような行為をあえて行う勇気?ある行動と言うことで切腹を名誉としたり(50さんの発言より)やギリシャ人の死生観(57さんの発言より)が形成されていったのではないでしょうか。
0074名無しさんNGNG
>1
>自殺をしてはいけないことの論理的な裏づけは何なのでしょうか。

論理ねぇ…。というより、どうすることもできない不幸が現実に起こって、死にたいと思えてしまうわけだから、どうしようもないよ。死んではいけないと考えていても、死んでしまいたいと思えてしまうんだから。こういうのは、もう、論理というものを飛び越えてしまっているんだね。人間の感情や意識というものは、本当に流動的なものだよ。それでも、自分の近親者が自殺したら、とても悲しいけどね。
0075名無しさんNGNG
それは将来の自分を殺すことになるからです。
0076名無しさんNGNG
だったら、将来の自分をころすことはなぜ悪い
ことなのかって問いが出てきちゃうじゃない。
0077名無しさんNGNG
当為を論理的に裏づけろというのは論理的におかしい。
したがって1は却下
0078>76NGNG
将来の自分というのは、実は将来の「自分」ではなく、他人だからです。

人格というのは、生まれてから死ぬまで不変のものではなく、
変りゆくものであり、オール・オア・ナッシングで考えられるべきものではない。
過去の自分と現在の自分の心理的連結性が弱ければ、十分に他人と見なしうる。
他人であっても心理的連結性が強ければ、過去の自分や将来の自分よりも
共感を感じることだろう。
たとえば、ドラマなどを見て共感を感じて涙を流す理由は、登場人物との
心理的連結性が一時的に高まっているからと説明できるかもしれない。
また、長年連れ添った伴侶を亡くし、まっとうな生活を送れなくなって
しまう人も少なくないと聞くが、それも心理的連結性が高まっているからだろう。

ゆえに、心理的連結性をあまり感じない将来の自分を殺すことは、
他人を殺すこととも言える。
0079>1NGNG
私は、自殺をしてはいけないとは思いませんよ。
また、自殺を止める権利は無いと思います。
あなたには生きる権利があるのであって、
生きる義務は無いから。
0080名無しさんNGNG
自殺がいけないのは被支配階級の人間が減るのを恐れた、支配階級が考えたのです。
下の人間がもし全員自殺したら、
便所掃除など嫌がる仕事を、今、高所得者と呼ばれる人達がやらなければならず
それを阻止するために生きていればいいことがある、親から貰った大事な体を粗末に
してはいけないと言っているのです
0081朝日NGNG
自殺がいけないって支配階級が考えたのかー、ってうそだー。
でもまぁ、自殺がいけないってのに解答をだしたって奴いるのかなぁ
(宗教家とか抜きにして)。

0082名無しさんNGNG
>78
> ゆえに、心理的連結性をあまり感じない将来の自分を殺すことは、
> 他人を殺すこととも言える。

なぁるほど。お兄さん、いいこというねぇ。
で、他人を殺すのはどうしていけないことなんですか? (笑)
0083"ぜろ"NGNG
自殺しても良いけどさ
方法が餓死なら

なぜ自殺がいけないかって生きる為に何かを殺しているからだ
自殺したいなら飲まず食わずで一週間あれば死ねるよ
それがいやなら地雷を踏みに行かないか?
役に立てるからさ
0084名無しさんNGNG
即身仏?
0085名無しさんNGNG
>ゆえに、心理的連結性をあまり感じない将来の自分を殺すことは、
>他人を殺すこととも言える。

他人に不幸を与えるのもどちらかというと悪だからさ,
そういう人って将来の自分(同じ身体をうけつぐもの,というべきなのか?)
を不幸にする選択をするのも悪なんだよね。

むごい
0086メルロポンチいかれぽんちNGNG
>85>ゆえに、心理的連結性をあまり感じない将来の自分を殺すことは、
>他人を殺すこととも言える。

それはどうかな?
存在すべてについていえることだが、今、というのは過去と未来をどうしても
捨てきれない。例えば、タマゴを持ってる時はどこかでそのタマゴが将来、
割れてしまうという危惧をしながら持っていなければならない。
我々は今見ているモノに対して常にその先のことも考えている。
過去についていえば、みんな自分を肯定したいから「我々は優れている」という
右翼思想がいまだに生きている、と思う。
>1夏目漱石のなんかの小説によれば「みんな自殺する勇気がないから
自殺しないだけ」というのがあったが、結構、そのとおりかも。
0087名無しさんNGNG
死んでいいよ。どうぞ。
今死んでください。
0088>1NGNG
単純な話、みんな楽しいことばかりで生きているわけじゃない。
だから自殺したくなる奴の気持もある程度わかる。だけど、本当
に自殺されたら生きている自分の気が滅入る。この社会に属して
いる以上、勝手に死ぬ事は不可能だろう。同じ所で同じように生
活している奴が自殺したら、生きている自分への何らかの影響は
否定できない。
だから、自殺する奴は自分の生死を個人の自由と捉える。自殺を
認めない人は自分の為と社会規範の立場からものを言っている。
その違いだろう。

>86
自殺する勇気がないから自殺しないだけというのは飛躍しすぎ。
0089DB総統NGNG
眠る勇気と自殺する勇気に大差はない。
ただ、睡眠薬の量が少し違うだけ。
0090DB総統NGNG
いかん。つい党員があつまらないから、弱気な事を考えてしまった!
0091DB総統NGNG
断っておくが、人生やるきなくて、仕方なく右翼をしているのではない。
0092DB総統NGNG
日本の未来を憂いているのだ!
日本が死んで行くのをみていられないのだ!
0093DB総統NGNG
自殺したいのなら、敵を道連れにされるがよい!
同志諸君に犬死にはさせたくないのだ!
0094医師NGNG
 保険証ありますか?
 無かったら直ぐに役所に行って手続きをしなさい。
 そして精神科、または心療内科を
 直ちに受診しなさい。
0095名無しさん@1周年 NGNG
                       ||
                     Λ||Λ
                    ( / ⌒ヽ
                     | |   |
                     ∪ / ノ
                      | ||
                      ∪∪
.
.
.
.
.
.
.
.
.
悠々たるかな大地。稜々たるかな古今。5尺の小躯を以てその大をはからんとす。ホレーショの哲学ついに何のオソリチイにあたいするものぞ。万有の真相は唯一言にしてつくす。曰く不可解。われこの疑問を抱いて煩悶、ついに死を決す。すでに厳頭に起つにおよんで、何の不安あるなし。はじめて知る。大なる悲観は大なる楽観と一致するを。





0096小浜逸郎著 NGNG
こういう本がある。
参考に読んでみたらいいんじゃない?
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9973761928

0097名無しさん@1周年 NGNG
>DB総統
鳥肌実さんですか?(^○^)
0098名無しさん@1周年 NGNG
この手の議論は結局主観的な見解の披露し合いで、結論など出ない。
「xxは良いか悪いか。」つまり、倫理的な問いに対して客観的な
基準が可能かどうかとは「倫理学」の研究対象だが、まともな
倫理学者がいないと言う事かな。
「ライスカレーを好きな人と嫌いな人のどちらが正しいか?」的な
議論になってくる。
0099まず、読んでみて NGNG
http://www.shinrankai.or.jp/
0100考える名無しさん NGNG
してもいいDETH
0101名無しさん@1周年 NGNG
>95
夏目漱石ですね。
0102代理いぬ NGNG
私は、自殺はしてはいけないことだとは思わないし、
他人が止める権利もないと思う。
死を選べることこそ最後の自由だと思うのだが。

しかし、親不孝は罪だな。
親がいるうちは死ねんよ。
そこで今月のスローガン。

「自殺するのは還暦を過ぎてから。」

もしくは、

「親を残して自殺しては逝けない。」

なんつって。
がはは。
0103考える名無しさん NGNG
自殺する権利はある。なぜなら自殺できるから。それを止める権利は無いけど、アドバイスする権利ならある。
0104考える名無しさん NGNG
養ってくれた親を残して死ぬのがいけないと言うなら、
自分自身に生命保険を掛けてから死ぬのはどうだろうか?
自殺でも保険金はおりると思ったが。
または親を道連れに無理心中するとか。
0105考える名無しさん NGNG
世の中には、自分で、自分を殺したくなくても、
殺さざるを得ない程の、想像を絶するような、
苦痛や、悲劇が、存在する。
自殺は、決して勧めはしないが、最終最後の手段として、
その権利を、人間に、残しておいてもらいたい、と思う。
0106名無しさん@そうだ選挙にいこう NGNG
>103  それじゃあ人を殺す権利もあるんですか?
殺すことができるなら?
0107考える名無しさん NGNG
自分で、自分を、だけです。
でも、同情してとか、見るに見かねてとかも、あるからなあ。
0108考える名無しさん NGNG
>107 もしご自分の子供がその「自殺する権利」とやらを主張して、
今まさに自殺しようとしていても、あなたには「アドバイスする権利」
しかないので止めることはできないのですね。
私個人としては、命とは「義務」や「権利」などいう次元で語られるべき
ものではないと認識しております。また、この世には「よい」とか「悪い」
だけで判断することができないものが無数にあることも知っています。

0109考える名無しさん NGNG
age
0110Witt NGNG
With your TRANQUILLISERS@`VALIUM and GIN
You talk of euthanasia
and your mental derangement was SO COOL
0111考える名無しさん NGNG
自殺に関して、何故いけないの?とか、権利うんぬんとか、そういうこと言っても
しようがない。自殺する人は、否応なく自殺してしまうだろう。また或る人が自殺
したからと言って、それは或る人が交通事故で死んだのと違いはない。
要は、この問いが誰が誰に対してどこで問うたのかという、具体的な脈絡に応じて
応える事だろう。

>95
>万有の真相は唯一言にしてつくす。曰く不可解。われこの疑問を抱いて煩悶、
>ついに死を決す。
これって、オカシイよね。万有が不可解だからと言って、己が自殺を選択する理由
にはならないと思う。
0112考える名無しさん NGNG
まず、「自殺という行為自体」について。
もう消滅した某カルト団体での1件ですが、
『汚れた肉体から魂を開放、救い出す為』と唱え、
集団自殺したということがありました。
ここで考えてみましょう。
彼らは自殺という行為に多少の畏怖を感じたものの
結局は自殺を遂行している。希望を持ちつつ。なぜ希望を持つのか。
『魂が救われるから』としている。

つまり、行為それぞれにはそれぞれの思惑があり、価値観さえも全くの別物となる。
彼らに『やめろ!』といったところで聞く耳持たなかったのかもしれません。
教えに背くという事になりますからね。
ただ(定義がややこしくなるけど)の自殺願望者に対しても同じ事だと思ってます。


上とハナシはずれますが.....
他の命を絶つことはできても自分の命を絶つことは何故いけないのか?
半端な良心的解釈(時間がないので、象徴的な言葉で申し訳ない)なのだろう、と思う。
出来たら何か他の御意見を。
0113古澤 NGNG
自分の意見を書き込めるほど勉強していないので推薦だけ。刑法の
入門書をあたれば、自殺幇助の禁止規定の絡みからそれなりの刺激を
受けることができると思います。

このスレッドの問題点は「権利」という用語にあるように思います。
自殺の可否について倫理上の議論を行いたいのであれば「権利」など
という言葉が出てくるわけもない、だとしたら現在機能している社会
システム「現行法」に何か意見があるのかと思えば、具体的な示唆は
なし。

ちなみに現行法の全体としての整合性という観点では「死刑」は
まったく邪魔物扱いされているといってよいし、自殺は歪んだ社会
システムが引き起こした一種の殺人と捉えられているわけで、
そのような社会システムは改善していく、というのが司法の立場です。

ではそのような立場の根拠となっているものは、というと
「万民の幸福の達成」というある種の宗教的な絶対条件にはじまる
わけですが、これは「半端な」というよりは「徹底した」良心的
解釈なのじゃないでしょうか。

仕事場につき資料に当たることができないのでここらへんでご勘弁を。
0114考える名無しさん NGNG
面白い文章を見つけたのでコピペ
参考にしてちょ

>俺が今まで見た中で忘れなれないのはダルマ画像かな。
>人間の死体画像はもうそこに人間の感情を感じられなかった。
>その一方で、ダルマ画像は人間の心境を如実に表していたので印象に残った。
>ダルマ画像に出てくる人達の多くは拉致され手足を切り落とされてSEXの道具として
>使われているが、自分自身では何もできないので周りの男どもにこれでもかという笑顔
>を見せてなんとか生きようとしている様は無機質なもを感じた。
>生きる為に相手の機嫌を損ねてはいけないという必死の思いが、画像を見ているこちら
>側にまで伝わってきたのだ。
>そして時々見せるすべてを諦め死んだような目・・・。
>拉致された恐怖、手足を切り捨てられた恐怖、自分ではなにも出来ない恐怖、いつ殺さ
>れるか解らない恐怖と何とも言えない絶望感の混ざった表情は忘れられない。
>もうそれは人間のものではなかった。

0115名無しさん@ボクは誰? NGNG
モノには、優先順位というものがある
突き詰めれば、自殺していいか悪いかとは、自殺する側の行為を優先させるか
それとも、他人が迷惑をこうむる損害利益を優先させるか、ということになるだろう

自殺する人間と親しい人が、自殺する人間の行為を止められるべきなのかは
なんともいえない
それは、感情的な理由が多々含まれているからである
しかしながら、本人とまったくカンケイない、まったく事情を知らない赤の他人が
自殺を止めようとするのは、間違っている

なぜなら、自殺する人の状況が分からなければ
その人に対して何の感情も湧くハズはないので
感情的な理由(例えばその人が死んだら悲しいから、とかいう同情あるいは共感)というもので
自殺を止めようとするのでは、当然ない
その理由が、自分達の、利己的な利益を最優先させようとする
いわば、自らのエゴのため、他人の行為を侵害しようとする考えであることは明白である
自らの常識感の押し付け、社会的利益の損害補償請求、社会的労働の負担による不平・・・
全て、エゴである

それでは、本人の自殺をするエゴと
他人の自分達の利益を優先させるエゴ
いったい、どちらの、優先順位が高いだろうということになるが

ちょっと、いいトコに資料があるので、使わせてもらう
例えば、114の少女が状況に絶望して自殺を望んだとする
あなたは、その自殺を、こいつが死んだらもう俺たちがSEXできない
とか、死体を捨てに行くのがめんどくさい
といった自分の利己的な理由で、阻止しようとするだろうか?

倫理学的に言えば、死の病で苦しんでいる患者を
本人の同意があれば、安楽死させるという優先順位も出来てきている
しかし、この場合わざわざそんなモノを持ち出さなくったって
大抵の人間が、彼女の自殺する権利を認めるだろう
自分の利益よりも、彼女の自殺するエゴの優先順位を認めるだろう

優先順位は相対的なもので
絶対的なものでは、もちろんない
だがやはり、自殺する人間の権利は、保証されるべきものではないのだろうか?

つけくわえるが、この例は身体的なものだし
このような状況になれば、そりゃあ自殺だって許すが
なんの障害も抱えてない、健康そうな成人男女などが
自殺しようとするなんて許せない、と考えてる人間がいるとすれば
それはまったくの、本当に無知による間違いとしかいえない

よく言われることだが
自殺をするという行為は、それをするだけの大きな理由ある行動なのである
例えそれが、赤の他人からみたら、どんなにくだらないことであっても
だから、その理由がどんなものであれ、その権利よりも
他人のエゴの優先順位が高くなることは、許されない

なんか、前の人のレスと、少し意見がかぶり気味・・・
0116考える名無しさん NGNG
勘違いしてはいけないのは、だるまにされてしまった子はみずから望ん
でそうしたわけではないということだ。あきらかに他人の手によってそ
うした生き地獄に落とされたのだ。これは端的に言って殺人に等しい。
自殺? 馬鹿らしい。手足をもがれた人がどうやって自殺する。その子
は自殺する身体的自由さえ奪われている。つまり肉体を生かした上で魂
を殺していく性質の悪い殺人の過程にあるようなものだ。はっきり言っ
てたとえが悪すぎる。このたとえの場合、問題なのは殺人者の存在の方
だ。その子が死んでもしようがないと言う前に、そのようにしてその子
を殺そうとしている奴等をこそ殺せ。

死の病に苦しんでいる患者という話なら、まだ分かる。そこにあるのは
基本的には死に逝く人を囲む人たちの善意だろう。
その善意は、「生きていて欲しい」というエゴの押し付けなのか。
でもこれは具体的な脈絡に応じて判断することしか出来ないのではない
か。一般的規定として、患者の死への権利を認めておく事、またそれが
本人の自由意志によって為されることを徹底する事、これらを単に規定
としてではなく臨床現場で実際的に機能するように環境を整備する事、
こういった具体的な話になるのではないだろうか。
0117名無しさん@1周年 NGNG
オナって喜んでる奴の話というなら、まだ分かる。
0118古澤 NGNG
ごめんなさい、116人もの人が書き込んでたんですね、掲示板の使い方分ってなかったよ。
で過去ログに一応目を通してみたけれど、やはり「哲学」する方向に向かえていない、みんな
もてあまし気味な雰囲気。

で、とりあえず「権利」という社会制度の枠組について論じるのを封じてみます。

結論: 自殺する「権利」はある。
理由: 日本の刑法はこれを禁止していない(禁止する意味がない)

一方自殺を止めるように促すのもあなたの勝手、聞かぬも勝手、しかし
死のうとする人を実力行使で止めることは「僕んちを汚さないでね」「電車止めると
遅刻するから止めれ」「俺の見てないところでやって」とかいう理由があるのでなければ、
あまり合理性はない。その人が死ななければいけない原因を解消してあげるつもりがないならば、自殺を止める
「意味」はないよね。

というわけで技術的には「自殺をしてはいけない」といえるような仕組みは存在していない、
でいいかな。

>>1
でそもそも付っこみたいのは「自殺はいけない」ことになっているという前提。
そういう前提って広くあるんでしょうかね? 1さんがいけないと思っているだ
けななんじゃないの。だから 1 はなんで自分がそう思っているのかを
哲学してくださいよ、っていいたいです。

# 昔は「呪い」効果高かったからそれなりの選択と思うけれど、今はなかなか
# 「呪い」かからないからね、ますますやる気がしませんな。


0119考えない名無しさん NGNG
本当は、いらない人間は自殺をしてもよいのですが、
それを認めるとじゃあ僕はいらないんだと脳内理解をする厨房
が増殖する為認められていません。
0120ななし。 NGNG
>101

藤村操の辞世の句じゃないんだ。
0121考える名無しさん NGNG
いいのか悪いのかを他人に訊くのはおかしい
自殺が可能なのは自分だけなのさ
0122古澤 NGNG
>>121
まったく正論。だけど自分で考えることの難しいほんまもんの「中坊」が自殺について
考える羽目になったような場合。一人で考えてもあまりいいことはないでしょう。今は
小学生自殺者がでる時代。自殺すると地獄に落ちる、とか強烈なタブーが作り出せれば
いいのだけれど、いまどきの子はねー。

…このスレッド哲学版から浮いてません?

# ところで今日(平成12年9月26日)の朝日夕刊「素粒子」欄にはベンヤミンの自殺の
# ことが挙がってましたねで、なんでこんなこと哲学版でやってるのかな…。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています