>>174

 ゾルゲを「慮」と訳すのはやはり根拠があると思う。

 ゾルゲからベゾルゲンへ、ゾルゲからフュアゾルゲへと、簡単に流れる。

 これが「気遣い」だと、熊野訳みたいに、ベゾルゲンを「配慮的気遣い」とか、フュアゾルゲを「顧慮的な気遣い」としなくてはならない。

 これも訳としては文句がないけれども、ベゾルゲンなどとルビを振らなくてはならなくなる(392)。