ハイデガー読書 [無断転載禁止]©5ch.io
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0001ixtlan
2016/07/09(土) 21:12:59.730実際にハイデガーを読書する、という形でやりたい。 それ以外はなし。
『存在と時間』 『現象学の根本問題』 『カントと形而上学の問題』
『形而上学入門』 『道標』 『言葉への途上』 など
0002ixtlan
2016/07/09(土) 21:21:11.290『存在と時間』については、日本語で手に入る解説書は全て見る。
そして、それらがどれほど忠実にハイデガーをくみ取っているか判断する。
ナチス問題については、
ラクー-ラバルト、中田光雄、奥谷浩一などを参照する。
そして、神秘主義との対話という形でエックハルト研究を調べる。
およびその意志論との関連でカスタネダとつきあわせる。
0003考える名無しさん
2016/07/09(土) 21:22:49.5400004考える名無しさん
2016/07/09(土) 21:33:03.27O笑う
0005考える名無しさん
2016/07/09(土) 21:35:50.87O0006考える名無しさん
2016/07/09(土) 21:43:29.080./;;;;;;;;;;;:;:::;;;_,.. --――--- 、 ;;;;;;;;;;;;;;;;;;}
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0007考える名無しさん
2016/07/09(土) 22:09:11.19O0008考える名無しさん
2016/07/09(土) 22:38:24.400ハイデカーを正確に汲み取ることにどのような意義がありますでしょうか?
ハイデカーという偉人になった気分に浸れるということでしょうか?
by 鼎 梯仁
0009考える名無しさん
2016/07/09(土) 22:52:41.450./;;;;;;;;;;;:;:::;;;_,.. --――--- 、 ;;;;;;;;;;;;;;;;;;}
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0010考える名無しさん
2016/07/09(土) 22:53:33.010ハイデガー自身が未完成で投げ出したような出来損ないの論文を精読したところで
いったいなんの意味があるのか
つまりちゃんと言語化・文章化出来なったものを精読することに意味はないということですよ
0011考える名無しさん
2016/07/09(土) 23:37:24.98Oエックハルト 神秘主義
独自すぎて、馬鹿すぎて
独善すぎて、舐めすぎ
0012ixtlan
2016/07/10(日) 00:42:25.730> >>2
> ハイデカーを正確に汲み取ることにどのような意義がありますでしょうか?
> ハイデカーという偉人になった気分に浸れるということでしょうか?
ハイデガーでなくても、正確にくみ取るというのは必要でしょう。
適当に読むと、それなりのものしか返ってこないですから。
貴方との話の要点は、倫理道徳と神秘主義にしたいのですが。
たとえば、
Mystricsim and Morality (Richard H.Jones)
の話。
0013ixtlan
2016/07/10(日) 00:43:34.580> >>2
>
> ハイデガー自身が未完成で投げ出したような出来損ないの論文を精読したところで
> いったいなんの意味があるのか
>
> つまりちゃんと言語化・文章化出来なったものを精読することに意味はないということですよ
いやそれはないと思うな。
出来損ないじゃなくて、つまらんものはあるしね。論理実証主義のあれはなんといったか。
ハイデガーには素晴らしい観念の動きがある。
そういうことはちゃんと見ないと。
0014ixtlan
2016/07/10(日) 00:47:23.980> カスタネダ 意志論
> エックハルト 神秘主義
> 独自すぎて、馬鹿すぎて
> 独善すぎて、舐めすぎ
ハイデガーはエックハルトを中心にして神学を構築するという意図があったらしい。
それは世界中の研究者がハイデガーの意志論として追究している。
受動能動観念はそういうところにも出てくる。
なんといっても普通の意志のイメージは能動性だからね。
この意志に気分が接続されて等根源的あるいは循環的に図式化される。
つまり、意志は受動能動になるわけだ、イメージとして。
これに反対する人はないだろう、普通。
0015考える名無しさん
2016/07/10(日) 01:32:02.920未完成であり「『存在と時間』には文体がない」とまでハイデガー自身も反省している論文ですよ
ハイデガーの頭の中にあるものを例えば〈一次テクスト〉としましょう
すると執筆する段階ですでに〈二次テクスト〉になっているわけです
〈一次テクスト(頭の中にある考えのすべて)〉=〈二次テクスト(文章化されたもの)〉となることはあり得ないでしょう
〈一次テクスト〉≒〈二次テクスト〉 しっかりと書けている場合はこれならばあります
しかしハイデガーの『存在と時間』は記号論理でやると長く複雑になってしまうので言語化すると
〈一次テクスト(ハイデガーの頭の中の書きたいことすべて)〉と〈二次テクスト(『存在と時間』)〉は同じところもあるが
違っているところもある
一部分であるとも言えるが書いた結果は一部分ではなくてうまく言語化出来ていないために別のものになって
いる部分もかなり多い
というように結果をいうと〈二次テクスト〉から〈一次テクスト〉を解明することは不可能に近く
そのために「現象学の根本問題」や「ナトルプ報告」や「カッセル講演」などなどで補完するしかないわけですよね
それでもそれらの別個の講義などは日時も違うために全部を鵜呑みにはできない
そういう問題が『存在と時間』の読解にはあるわけですよ
だいたい第二の主著と呼ばれている『哲学への寄与論考』も未完成ですから
ハイデガーは本当に文章化するのが下手な人だったと思いますね
0016考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:05:13.480知性が能動 気分・感情が受動
このような解釈はあり?
0017考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:05:52.3700018考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:07:19.4100019考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:07:58.090寝ぼけて意味不明なことを書いた
0020考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:14:32.0600021考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:49:42.940性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0022考える名無しさん
2016/07/10(日) 03:52:53.460ixtlanは宗教に嫌気が差して哲学に興味を持った人?
0023考える名無しさん
2016/07/10(日) 05:56:26.530私は英語が読めないのでどういった書籍か分からないのですが、
「神秘主義と道徳」というタイトルから察して内容はだいたい分かる気がします。
(英語で書かれているということはキリスト教的に論じられているであろうことも容易に想像がつきますからね。)
神秘主義から道徳心が生まれるという段階に関しては、私も旧約聖書の表現に概ね同意していて、
おそらくは思索が煮詰まった末に超越的存在(神)を仮定するという人間ならではの心理が働いた結果として、
社会性を意識し始めるといったところなのだと思いますが、そこから先が宗派に因るのでしょうね。
例えば、キリスト教では「善と悪」と規定して後者を忌むべき存在としていますが、
シグマ思想では「混沌と秩序」といった言葉を用いており、混沌に対して忌むべき存在などでは無いばかりか、
それか秩序を生み出す源泉であり、混沌があるからこそ秩序が存在するというポジティブな考え方を採用しております。
つまり、矛盾していることこそが均衡が保たれた素晴らしい状態であると説いているわけですね。
このことは鉄鉱石は製錬されねば価値を帯びないですし、
ダイヤモンドもそのように磨かなければ輝かないことを考えても理解出来ることだと思います。
つまり、混沌という石ころ砂粒の状態では誰もそれが価値あるものだとは判定出来ないのですから、
ようするにそれが価値を帯びるかどうかは採取した本人次第であり、
逆に言えばそのような価値を付加されたものを秩序(善)だと呼ぶにしても、
その価値を100%測れるのは採取して製錬した本人だけなのです。
by 鼎 梯仁
0024考える名無しさん
2016/07/10(日) 05:57:47.420例えば、AさんとBさんが同じ石ころ(混沌)を拾ったとして、
Aさんはそれをダイヤモンドに、Bさんはそれをサファイヤにしたとします。
客観的に見れば勝利したのはAさんなのですが、実際問題、この話の中で客観など意味があるのでしょうか?
Aさんは不満顔なのにBさんはご満悦である可能性もあるわけですし、
AさんBさん共に「サファイヤを作り出せ」という命題に取り組んでいた可能性だってあるわけです。
(Aさんがダイヤを作ったのに不満顔だったのもそれで理解できます)
つまり、道徳や倫理、法律というものはお互いが自分自身で望みを果たすため活動に従事するためのお約束ごとなのですから、
本来的には教条に落とし込むことなど出来ない代物なのです。
それを無理繰り教条化するからお互いに本音を言えなくなるわけですね。
by 鼎 梯仁
0025考える名無しさん
2016/07/10(日) 06:03:57.040ですがそれはハイデカーの限界というよりは書籍の限界とも呼ぶべきものでしょうね。
今の時代ならインターネットでWWWで公開することで、
間違っていたり、上手く書けなかったところは何度でも更新することができます。
昔はそういうことが出来なかったわけですから、
昔の書籍の文脈を事細かに解析することには意味がないと私は思うわけです。
ざっと読んで上手に書けてはいないものの作者が言いたかったであろうことを、
読み手が適当に想像して有効活用した方が、余程作者の願っていたことに適うと私は思います。
私は書物を隅々まで読んだりはしませんが、長ったらしい論評を書く人よりは、
余程筆者の願いに応えていると思いますよ。
ま、私自身は書籍などという古臭いプラットフォームを使うつもりはございませんけど。
(その時々で思いついたことを即座にウェブに書けばいいと思っている新時代の作家なので。誤解上等ですよ。)
考えなんて新しい経験や知識を得ることで如何様にも変わるものでしょうからね。
by 鼎 梯仁
0026名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
2016/07/10(日) 11:40:30.020性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0027ixtlan
2016/07/10(日) 12:23:45.410何が言いたいのかな。
ただ文句をつけたいだけなら、つけてればいいじゃん。
私はそういうのはもう相手にしない。なんか言うべき内容を持ってる脳ミソだけ相手にする。
0028ixtlan
2016/07/10(日) 12:28:40.970> 意志は欲望で対象が必要 対象の方に能動因がある
> 知性が能動 気分・感情が受動
>
> このような解釈はあり?
意志に対象というのを設定はしないかな。
知性という言い方もしない。
ただ、了解 Verstehen は企投という能動性
情態性(気分) は被投性という受動性
能動性と受動性に挟まれて、頽落がある。
第二編では、
死への先駆という能動性と
良心の声という受動性の間に、
決意という現象がある。
そして、これらは、未来−過去−現在のトリアーデに向かう。
0029ixtlan
2016/07/10(日) 12:29:37.320> 観音慈恵会に昔入っていたのか
> ixtlanは宗教に嫌気が差して哲学に興味を持った人?
宗教に嫌気がさしたのではなくて、詐欺師に嫌気がさしただけ。
0030名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
2016/07/10(日) 12:42:35.310> つまり、意志は受動能動になるわけだ、イメージとして。
> これに反対する人はないだろう、普通。
むしろ、同意する人なんていないだろう、普通。
同意する人が普通だというなら、PDF形式の論文でも良いから、
受動能動という言葉をハッキリ使ってる研究者が多数いるという証拠の論文を
何個か上げてみせてよ。
0031考える名無しさん
2016/07/10(日) 14:21:32.530http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1049934430
だからか(笑)
0032考える名無しさん
2016/07/10(日) 15:30:48.930たくさん前科がある
ムショにも入っていた
0033ixtlan
2016/07/10(日) 17:51:20.070> >>14
> > つまり、意志は受動能動になるわけだ、イメージとして。
> > これに反対する人はないだろう、普通。
>
> むしろ、同意する人なんていないだろう、普通。
> 同意する人が普通だというなら、PDF形式の論文でも良いから、
> 受動能動という言葉をハッキリ使ってる研究者が多数いるという証拠の論文を
> 何個か上げてみせてよ。
多数でなければどうしていけないのかね。
少数ならいるということは分かってるから、「多数」というのだな。醜い奴だな。
こういうとこに書き込むのは、もっとピュアでなければいかんよ。
0034ixtlan
2016/07/10(日) 17:53:22.860ないんだったら寄ってこないように。邪魔だからね。ガキじゃないんだから自制したまえ。
0035ixtlan
2016/07/10(日) 18:04:50.750宗教というのは、往々にして、倫理を超えると自称するのです。そこに貴方の言説も加わっているので、反応したわけです。
倫理を超えると自称する例としては、たとえばキルケゴールの「倫理の目的論的停止」という命題があります。これは息子を神に生け贄として捧げるアブラハムの話に対するキルケゴールの解釈です。
また、真宗の解説者のアケガラス・ハヤという人も、歎異抄講話の中で、倫理道徳を超えたものとしての信仰を挙げているのです。
こういう話にはどういう裏があるのか、それがまず追究されるべきことです。
この方面では先の著作より、そのものずばりの Beyond Morality というリチャード・ガーナーの話が適当でしょう。
しかし、こうして倫理道徳を乗り越える宗教が、己の彼方に新たに倫理道徳を見る、ということがあります。
そのようなことは、たいてい「宗教が可能にする倫理道徳」という図式で出てきます。
ですので、宗教と倫理道徳は二つの方向でいつも考えられるだろうということです。
Beyond Morality 道徳の彼方(にある宗教)
Morality Beyond 彼方の道徳
そしてこの図式は神秘主義と道徳についても言えるのではないか、ということです。
0036名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
2016/07/10(日) 19:54:24.630なるほど、なるほど。
おそらく私(鼎 梯仁)が言うところの「信念を超える法など規定し得ない」という命題ですね。
私はそのあたりわりとアッサリ考えていて、
「人間のあらゆる知の探究はつまりところ自己認識の探究、己を知りたいが故の欲求に帰結する」
というような解釈をしています。
グノーシス主義ではそれ(自己)は無意識のずっと奥に存在し、イエスキリストはそこに光を当ててくれる存在であるなど言われていたそうです。
シグマ思想の場合はもっと単純で、それはずばり「ザ・ダイアグラム」に描かれた思考プロセスに表される衝動であるとしています。
(もっとも、それそのものではなくデフォルメして表現してありますが)
そして道徳や倫理、法律というものは各々がもつその無意識の欲求を阻害しないようお互いの距離を保つために規定されるわけですから、
そういった根拠で規定されるものであるが故に、道徳や倫理、法律が守ろうとしている対象である「各々の信念」を
束縛強要するような規定を設けることは原理上不可能であることになるわけです。
これを要約すると「信念を超える法など規定し得ない」という前述の言葉になります。
しかし、それは宗教なのかというと私はそうは捉えておりません。
宗教ということになりますとそういったことは一部の人しか考えていないことになりますが、
ヒューマンビーイングであれば誰もが考えていることだからです。
(ホモ・サピエンスに関しては存じません。ホモサピエンスとヒューマンビーイングは生物学的には同じであっても、
その精神性には大きな隔たりがあるであろうと考えざる得ないですからね。
洋服を着て大学に通うホモサピエンスだっているのです。)
by 鼎 梯仁
0037考える名無しさん
2016/07/10(日) 20:47:53.980そんな奴が哲学とか100年早いわ
発狂しているような奴ばっかだなww
0038考える名無しさん
2016/07/10(日) 20:55:57.3000039考える名無しさん
2016/07/10(日) 21:04:58.000何やっても駄目な奴だから
気をつけないといかんな
0040考える名無しさん
2016/07/10(日) 21:14:30.77O書けば書くほど何言ってるんだかわからん
受動能動www
0041ixtlan
2016/07/10(日) 21:50:28.590> 私はそのあたりわりとアッサリ考えていて、
> 「人間のあらゆる知の探究はつまりところ自己認識の探究、己を知りたいが故の欲求に帰結する」
> というような解釈をしています。
それは自然科学にはちょっと言えないかな。
たとえば数学。これなんか純粋にパターン認識と美の世界でしょう。
そこに関連すれば音楽などもそうかもしれない。
自己というのは非常に重要な主題ではあるが、とりあえずは自己を超えたものについての認識も存在する。
> グノーシス主義ではそれ(自己)は無意識のずっと奥に存在し、イエスキリストはそこに光を当ててくれる存在であるなど言われていたそうです。
グノーシス主義というのは、この世を呪うという態度でしょう。だから正統派からは忌避された。
しかし、神がいるならどうして世の中はこう不幸だらけなのか、ということは今でも宗教哲学の主題です。
> シグマ思想の場合はもっと単純で、それはずばり「ザ・ダイアグラム」に描かれた思考プロセスに表される衝動であるとしています。
ダイアグラムって何ですか? グルジェフのエニアグラムと関係が?
0042考える名無しさん
2016/07/10(日) 22:22:26.660ザ・ダイアグラムとは一種の曼陀羅ですね。
各々が自己認識(悟り)に至るための補助的な方法論として「自らで自らを図案化してみよう!」といった試みで、
ザ・ダイアグラムはその活動のためのテンプレートのような位置づけです。
具体的にどういったものかはシグマ思想本スレをご参照ください。
こうした行為はとくに目新しいものではなく各種の宗教芸術や、
心理学者ユングが自己探求のために自らの曼陀羅を描き続けた行為と同じだと考えています。
シグマ思想の親切な点はそのテンプレートをトリニティのレベルまで
単純に還元した形で提示していることだと認識しております。
>グノーシス主義というのは、この世を呪うという態度でしょう。
この点は私にはちょっと分かりませんでした。
グノーシスは「的なもの」まで含めると非常に広い、曖昧な概念だからです。
(私としましては概ね「認識派の思想」と分類して良いものだろうな、という解釈ですが)
by 鼎 梯仁
0043考える名無しさん
2016/07/10(日) 22:57:46.28O0044考える名無しさん
2016/07/11(月) 08:59:53.360関係についてはどうでしょうねえ。ザ・ダイヤグラムの神の位置に存在sein
を当てて、そこから慮sorgeや本来性が贈られる、としたら似てくるとは
思うね。
だけどもやはり違うのはハイデガーにおける人間概念の方がはるかに深い
し、最初から「和」など言いませんからね、あっちはw「和」とか取り敢えず
関係ないから。また「神を存在にすれば」なんて書いてみたけど。
ハイデガーにおける存在とは覆蔵される歴史から贈られるもので、その歴史
とは最終的には「個体に覆蔵され贈られる全歴史」でもある。なので
いったい個体に何が覆蔵されているのか、生の欲望もあれば殺傷や狩猟の
欲望もあることがあっても不思議じゃない。あれはそういうものですから。
なので拡がりや深度が果てしないところがある。
シグマ思想はやはり現代的な共生という発想から来てると思う。合理主義で
理性主義。似てる点は感じるけどハイデガーと比べると後者の方が破格で
かつリアルだと思うね。こっちの方が人間を視てるて感じがある。
0045考える名無しさん
2016/07/11(月) 11:23:37.2300046考える名無しさん
2016/07/11(月) 21:06:12.160どうりで思考能力が無いわけだな
あんなもんに熱を入れるようじゃ論理的な思考能力なんかゼロだろwww
0047考える名無しさん
2016/07/11(月) 21:17:09.11O受動能動青山カスタネダ倫理仏教
とりとめもなくどうつながってるか全くわからず何言ってるかわからない
本人の中ではつながってるらしいが
わかると思って話してるのが気持ち悪い
0048考える名無しさん
2016/07/11(月) 21:21:24.890妙なことをお伺いするかも知れませんが、
「鼎 梯仁氏におすすめするハイデガー本」などございますでしょうか?
どうもどの書評を見ても私にはハイデガーという人が
夢も希望もない「単なる暇な老人」に思えてしまい(題材が魅力的に見えないのでしょう)、
到底面白そうな話をする方に見えないのです。
私ももう死ぬだけの爺さんという状況になったなら
存在がどうだ時間がどうだとブツブツ一人で言ってるのかも知れませんが、
本当にそれは人生が終わって尚、肉体だけが無様に生き長らえているといった場合であって
私には到底縁遠いものと思えてしまうのです。
読まずに言うのもなんですが、今の私には
「本当に取りに足らない注目すべき価値もない事柄も、
こんな風に複雑怪奇に書けば何だかすごく深淵に思えるだろ?」
ということをウダウダやっていたのがハイデガーに思えて、
はっきり言えば度し難い馬鹿だと感じるのです。
注目すべきことと捨て置いて良いことの区別が付かない人にしか
通用しない商売、と言いますか。
(読まないで言ってるので、盛大に間違えているのでしょうけど)
by 鼎 梯仁
0049考える名無しさん
2016/07/11(月) 21:42:16.970「ハイデガー哲学入門──『存在と時間』を読む (講談社現代新書)」仲正昌樹 著
これが新書だし発行日も2015年11月と最新のものだし
よく書けているよ
すぐ読めるからいいかもね
0050考える名無しさん
2016/07/11(月) 22:16:39.660ご丁寧にありがとうございます。Kindle版もありました。
(しかも、800円弱とお財布にも優しい)
頑張ってシグマ化(おそらく理念化、哲学化するプロセスのことだと想像しています)したいと思います。
by 鼎 梯仁
0051学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/11(月) 22:47:47.620絶対負けてきた。もはや生き残っていない人や亡霊、種族でしょう。
0052学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/11(月) 22:48:46.4500053ixtlan
2016/07/11(月) 22:55:22.530> シグマ思想の親切な点はそのテンプレートをトリニティのレベルまで
> 単純に還元した形で提示していることだと認識しております。
トリニティのレベル?
> この点は私にはちょっと分かりませんでした。
> グノーシスは「的なもの」まで含めると非常に広い、曖昧な概念だからです。
> (私としましては概ね「認識派の思想」と分類して良いものだろうな、という解釈ですが)
これはですね、私のキリスト教思想のアンチョコである田川建三の紹介です。
(『キリスト教思想への招待』)
しかしクルト・ルドルフとかまじめなものを参照しなければいかんかも。
0054考える名無しさん
2016/07/12(火) 01:25:37.940ハイデガーの問題意識には「人間とは何者か」という問いがありまた、
「人間にとって重要なのは自己の本来性を如何にして見つけ出すか」そして
その方法は自己にとっての「有る」の意味を知ること、という問いがある。
貴方の場合、別スレで書いているように「崇高なる文明精神」こそが
人間の証明なんでしょう。で、考えてみるとこれもまた貴方にとって
の「有る」な訳です。「崇高なる文明精神」こそが重要で「有る」。で
貴方はその貴方の考えるhuman beingや文明に価するような人間であろう
とし、現に価するとし、私ならば天皇と呼ばれてもいい。いや私ならば
天皇と呼ばれるに価する。そこまで想像するようになった。
それが貴方であり貴方が選んだ貴方の本来性なんでしょう。ということ
がハイデガーを読んでいると言えるのです。
人は自分で自分の最も自己的で本来的な有り方を選ぶし選ぶしかない。
しかしそれは他者からみれば誤った人間理解であり理解が困難で、また愚か
で馬鹿馬鹿しいと視えるかもしれない。しかし〈私〉にはこのような生き方
しかあり得ない。よって〈私〉はこれで良いのだ。そうやって人は最も自己
的で本来的な有り方を奪取していく。
というのが『sein und zeit』を読んでいると言えるわけです。これは
人間を〈私〉を知って行く透徹した方法として成立していると俺などは
考えるわけね。
0055考える名無しさん
2016/07/12(火) 01:44:23.000補足すると。人間における〈有る〉は時間によって贈られる。
つまり〈有る〉は更新されていくし、新しい〈私〉もまた時間とともに見つけ
出されていく。またしかし、その〈新しい私〉もまた実は歴史的に自己に
埋もれていた種子であり、それらは〈私〉として現存するうちに向こう側から
やってくる多様な事象に襲われまた衝突することによってよって引き出され
ていく。
というテーゼがある。その場合〈私〉は更新されていくし、生きている
限り、更新はあり得るとも言えるでしょうね。
こう考えていくと、俺はアレを決定論だと思っていたし、サルトルがそう
読んだように読まれることもあるが、実はそれは違って、絶えず更新する
私性ということも入ってきてるんじゃないかと思ってるんだけどね。その私
性も亦自己-歴史による贈与ではあるが。
0056考える名無しさん
2016/07/12(火) 10:45:11.760けっきょくハイデガーは〈論理無き思いつき〉なんだよな
本当は哲学としてはかなり後退した考え方
論証とかも無いし
それからその〈有る〉ってやめない?
〈有〉には「存在する」のほかに「持っている、所有している」の意味があるからハイデガー的に
語源学的解釈をすると「持っている?」という変な意味もくっついてくる
そういう意味でも辻村某は改悪訳をした
正法眼蔵を読んでもいないハイデガーに強引に正法眼蔵の用語を組み込んだ
翻訳書としてやってはいけないタブーを犯したわけだよ
0057考える名無しさん
2016/07/13(水) 02:11:40.370ハイデガーの視点というのは生身の、眼前の人間をどう捉えるから生まれた
ものだね。単なる論理の作りモノではない。だからあの文章には腑に落ちる
ものがあるし説得力がある。それは彼の文章を読んで入れば分かることだ。
貴方はあの文章にある視点の方法に気づかないでいるだけだな。
また道元を知らずともあの『有と時』は立派に読めるしそう書かれている。
こだわる方が変に拘り過ぎなだけ。貴方のように。いつまでもそんなところに
立ち止まってないで内容について解読を進めるのがいいよ。
0058考える名無しさん
2016/07/13(水) 11:10:58.250説得力があるかどうかという判断はほとんど情緒的なもの
だから論理など無くても園児だって先生の言葉をなるほどと説得力を感じることができる
>また道元を知らずともあの『有と時』は立派に読めるしそう書かれている。
これはこちらの指摘に対して全く応答していないものだ
自分が読めるかどうかは読者の個人的な慣れの問題であって翻訳という仕事の意味を全く考えていない
翻訳者が著者と読者をどうやって公平につなぐということを考えるのは当たり前のことであって
それを抜きにして「俺はこれで読める」とかいうのはまさに稚拙な感想文
もっと適切な翻訳ということを考えなければならない
そういう視点の無い「独我論的」または「他者無き独善的視点」で物を語るような人間に哲学は不向きだ
何度も書いているように
>〈有〉には「存在する」のほかに「持っている、所有している」の意味があるからハイデガー的に
>語源学的解釈をすると「持っている?」という変な意味もくっついてくる
>そういう意味でも辻村某は改悪訳をした
>正法眼蔵を読んでもいないハイデガーに強引に正法眼蔵の用語を組み込んだ
>翻訳書としてやってはいけないタブーを犯したわけだよ
これは翻訳する上での常識
ましてや〈有る〉は単純に〈所有している〉という意味の方が強い(辞典参照済み)
辻村某は翻訳としては実に偏った個人的な思い入れでやってしまった
これは明らかな誤謬
0059ixtlan
2016/07/13(水) 20:13:40.010> >だったらハイデガーの企投と被投性も単純だということになるのかな?
>
> 被投性は、理由なく投げられてあるということで、「受動」と見るよりも、「ニヒリズム」とつなげて考えたほうが深みがでてくる。
私は企投と被投性を能動性と受動性として指示することは意味があると思っています。
ハイデガーが語ったことを再構成というか再指示すると、どうしても受動能動性と言いたくなるものがある。それが被投性/企投にとどまらない。
たとえば、カントの構想力を扱う際の、生産と再生産の両立に拘ることとか。
全体的に見れば、
ある現象がまず企投と被投性というふうに言いかえられた(『存在と時間』)
さらに別の話で受動能動的な事態が注目された→構想力(『カントと形而上学の諸問題』)
さらに別の話で受動能動的な事態が注目された→ニヒリズムの転回(『ニーチェ』)
その他に、別の人がハイデガーを解釈している受動能動性。とくに注目すべきはリクールの批判。
0060考える名無しさん
2016/07/13(水) 21:07:05.7100061考える名無しさん
2016/07/13(水) 21:30:01.470>けっきょくハイデガーは〈論理無き思いつき〉なんだよな
>本当は哲学としてはかなり後退した考え方
ということは哲学というより、思想・思索の分野なのかも知れませんね。
だとするなら、少しハイデガーに興味が湧いてきました。
私の考えでは哲学は時空の隔たりで簡単に陳腐化するものだが、
思想・思索は時空による陳腐化が少ないと思うからです。
哲学は時空という前提条件に縛られているが思想・思索は意外とそうではない。というわけです。
例えば瞑想などに静かで暗いところで実施することで時空の概念からなるべく離れようとするじゃないですか?
私の創始したシグマ思想も同じ考え方で、時空の概念がまず省いてあります。
こうすることで「どのような場所」「どのような時代」「どのような状況」においても有効な普遍的アイデアを導き出しているわけです。
答えは究極にシンプルでもその答えを捻り出すプロセスは常人には到底不可能なほど高度なことをしていると思いますね。
ただ、こうした能力は現時点の科学技術では可視化できない異能・神秘の領域であるため、
私はさしずめ「魔法科高校の劣等生」状態なのです。
私の場合は「まだ計る物差しがないほど進歩的存在」であるが故に低学歴という話ですので、
とくに後ろめたさや劣等感を感じることなく低学歴を公表しているわけです。
逆説的ですが現在の人類が知り得る知識が全ての知のうちの1%程度に過ぎないなら、
本当の高能力者は低学歴という結果にならないとおかしいのです。
つまり、「鼎 梯仁は低学歴である」という事実は「人類にはまだ伸び代がかなりあること」を逆説的に証明しているわけです。
by 鼎 梯仁
0062考える名無しさん
2016/07/13(水) 21:37:46.820ただ、私の場合は詳しくはシグマ思想の神話部分をご覧頂きたいのですが、
「ひょんなことから手に入れた神器の霊力」を想像力の源泉としており、
厳しい修行の末にそのように神通力を得たというわけでもなく、
よく考えるとちょっとズルい存在ではあると思います。
「なぜ神器は鼎 梯仁を選んだのか?」
「神器が霊力を供給しているのは鼎 梯仁だけなのか?」
といったところは今後の研究が待たれるところであります。
by 鼎 梯仁
0063考える名無しさん
2016/07/13(水) 22:50:34.250波平、イストラン、青字で話が通じるのが凄いな
しかも、読書スレなのにハイデガーが一言も言ってない
受動能動を平然と使うって凄いな
驚異的な頭の悪さ
0064考える名無しさん
2016/07/13(水) 22:53:29.470お前さんの書いたものはどれもどっかで読んだことのある片言ばかりなんだ
な。自分で感じて考えたことのない借り物でしか喋れない人間にしか見えない
がね。
ハイデッガー研究会にやっていた『哲学への寄与論稿』輪読会に出たこと
があるが。あそこはseinは「存在」と訳すことが多いが、それでも
出席していた研究者は参考書として創文社全集版『哲学への寄与論稿』を
手元に措いているのを俺は見た。
またseinを「存在」と訳していた渡辺二郎の生前書いた文章には
ハイデガー全集を翻訳刊行し続けている創文社への感謝と励ましの文章
がある。『渡辺二郎著作集第3巻 ハイデッガー�V』606-609頁にある。
『ハイデッガー全集刊行という未曽有の大事業が着々と進行していること
を知って、まことに御同慶にたえない次第である。それは、ひとえに、
編集責任者の、辻村公一、茅野良男、故上妻精、大橋良介、門脇俊介氏らの
ご努力の賜物であろう。とりわけ、創文社編集部の総力を結集したご奮闘
と、各巻の訳者の方々の学問的御精進には、深く敬意を表したい。一読者
として、本全集の今後のますますのご発展を衷心から祈念申し上げる
ものである。』とある。自分ではseinは「存在」と訳す作法だった渡辺
だが、全集関係者への敬意を忘れることはなかった。あの翻訳を読めば
その苦労に敬意を表するのは当然のことだ。
ていうか、借り物で纏めることしかできない男が何を分かったようなこ
を言ってるのかと苦笑するだけだけどね。
0065考える名無しさん
2016/07/13(水) 22:58:58.250読んだことないな
0066ixtlan
2016/07/13(水) 22:59:08.630> 私の考えでは哲学は時空の隔たりで簡単に陳腐化するものだが、
> 思想・思索は時空による陳腐化が少ないと思うからです。
哲学も思想も同じです。
ただ哲学というと、システム化がされている。それは現在に近いほどそうです。
哲学
存在論
認識論
論理学 真
倫理学 善
美学 美
心の哲学
法哲学
歴史哲学
社会/経済哲学
宗教哲学
心理学の哲学
科学哲学
各論 数学の哲学
物理学の哲学
生物学の哲学
0067ixtlan
2016/07/13(水) 22:59:48.150クズはいつでも他人をバカにするだけで、自分からは何も書き込まない。
なんか言われるのが怖いから。
0068考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:03:00.040なんで『おまえ独自の解釈』が入ってるわけ?
0069考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:04:08.650『受動能動』とハイデガーがハッキリ書いてますか?
言ってないし、書いてねーだろ
独自解釈を勝手に加えんなw
そういうスレに読書スレの名を冠するなw
0070ixtlan
2016/07/13(水) 23:10:34.480でこのような杓子定規に、企投の側には何をハイデガーは配置したのか、被投性の側には何を配置したのか、
と聞いても、なんにもわかんない。
それではまったく話にならん。
ある現象AやBを企投と呼び、
ある現象CやDを被投性と呼ぶこと自体が、
それらの現象を能動性と受動性に分類しているということなのに。
そういう根本的なことがまったくわかってない、実際に読んでないから。
ただ表題を見て、この字は使ってない、ということしか分からないのだ。
こんな人間がどこに論文を提出するんだって?
とにかく、実際に読め、読め、読め。というしかない、が読まないんだ、こういうクズは。
ここを見ていたらなんとなく誰かが口にハイデガーを入れてくれるんじゃないかとあてにしているのだろう。
昔と比べて、確実に2chはバカクズの巣窟になってしまった。
0071考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:13:16.780そんなもん読書スレでもなんでもないだろ
せめて『私イストラン独自解釈ですが・・・』という但し書きくらいはつけろよ
おまえは空気読めないんだから
0072ixtlan
2016/07/13(水) 23:13:45.020言ってないし、書いてないんだったら、アリストテレスのフロネーシスをゾルゲと読み替えるハイデガーにも文句を言うのか、と前から聞いているだろう。
どうなんだい?
0073考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:15:19.4900074考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:17:51.920おまえはそれしかできないんだから
読書スレってのは一ページごとに飛躍しない地道な読み方で、
受動能動とかトンデモな読みを防ぐためにテキストに沿ってやっていくやり方だろw
おまえのやり方は正反対じゃねーか
0075ixtlan
2016/07/13(水) 23:31:53.190> それも前答えたろ
アリストテレスは受動能動なんて言ってないも〜ん、というアホレスかい?
それだったらアホ決定じゃないか。
もう一度聞くが、アリストテレスのフロネーシスをゾルゲと読み替えるハイデガーにも文句を言うんだろうな、当然。
だって、アリストテレスはゾルゲなんて言ってないじゃん。
0076ixtlan
2016/07/13(水) 23:37:00.6400077考える名無しさん
2016/07/13(水) 23:37:51.640だから、なんらこちらの返答にはなっていないんだよww
いつも君はそうだよね自己完結していて自分がいいたいことしか言わない
都合の悪い指摘はスルーする
何度も書いているように
>〈有〉には「存在する」のほかに「持っている、所有している」の意味があるからハイデガー的に
>語源学的解釈をすると「持っている?」という変な意味もくっついてくる
>そういう意味でも辻村某は改悪訳をした
>正法眼蔵を読んでもいないハイデガーに強引に正法眼蔵の用語を組み込んだ
>翻訳書としてやってはいけないタブーを犯したわけだよ
これは翻訳する上での常識
ましてや〈有る〉は単純に〈所有している〉という意味の方が強い(辞典参照済み)
辻村某は翻訳としては実に偏った個人的な思い入れでやってしまった
これは明らかな誤謬
なんでこれをパスして関係ないことを語るのか?
全集における『存在と時間』を『有と時』とした愚行は多くの人が批判している
ひとえに辻村某の責任は極めて大きい
翻訳という仕事の破壊だよあれは
0078考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:01:10.120だからお前さんの言うのとは異なり俺は道元も何も知らずにアレを読んで
かなり読めたと言ってるわけだ。
>〈有る〉は単純に〈所有している〉という意味の方が強い
とは別に「何かが有る」という意味はある。それで通じるのだ。現に
俺はそれで読んだしね。お前さんは結局「有」でも「存在」でも訳が
分からなかった部類だろう。全然発展性がない議論をいつまでやっているのだ
ね。
>全集における『存在と時間』を『有と時』とした愚行は多くの人が批判してい
>る
俺が読んだのは木田元だけだな。何よりも俺が「有」訳で一向に気にならな
かったので、当然それ以後も気にならないだけのことだ。お前さんは首を
傾げて一生「有」訳の文句言ってなよ。それしか言えないんだからw
0079考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:03:51.650おそらく「思想・思索=認識派の方向性」「哲学=信仰派の方向性」なのだと思います。
道路として隣り合っているので「同じ」に見えてしまうのも分かりますが、
一方は「上り線」一方は「下り線」といった根本的違いがあるのだと想像しています。
シグマ思想のこの往復循環運動の説明は結構画期的だと思うんですよね。
人間の思考、それによって得られる知を2つの相対する方向性の違いとして分類し、
その思考や知の本来的目的を炙り出す。
思想と哲学の話でいうなら、思想は信仰派の方向性に属しますので
それは自己認識や自己表現のための活動なのですが、
哲学は信仰派の方向性ですので自己認識や自己表現のための方法論を探求する活動なのです。
つまり、信仰派の活動をある程度進めたら折り返して自己認識、自己表現の活動へ転化せねば成果を成さないわけです。
(学者は研究成果を論文として発表しますので自ずと1往復していることになるかと思います。
しかし、学者や教祖の話を聞く側はどうでしょうか?十分注意せねばならないことになります。)
初めにどちらが存在したのか?という話では私は両方あったと考えます。
両方の材料が何らかの切っ掛けで往復循環運動として繋がって回り始めたわけです。
これがザ・ダイアグラムが誕生した瞬間であり【文明のミッシングリンク】なのではないかと私は考えています。
by 鼎 梯仁
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1443715777/l50
0080考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:09:13.090あんたの個人的な感想なんかどうでもいんだよ
「読める」とか他人には関係ないだろう?
何度も書いているように
>〈有〉には「存在する」のほかに「持っている、所有している」の意味があるからハイデガー的に
>語源学的解釈をすると「持っている?」という変な意味もくっついてくる
>そういう意味でも辻村某は改悪訳をした
>正法眼蔵を読んでもいないハイデガーに強引に正法眼蔵の用語を組み込んだ
>翻訳書としてやってはいけないタブーを犯したわけだよ
これは翻訳する上での常識
ましてや〈有る〉は単純に〈所有している〉という意味の方が強い(辞典参照済み)
辻村某は翻訳としては実に偏った個人的な思い入れでやってしまった
これは明らかな誤謬
なんでこれをパスして関係ないことを語るのか?
全集における『存在と時間』を『有と時』とした愚行は多くの人が批判している
ひとえに辻村某の責任は極めて大きい
翻訳という仕事の破壊だよあれは
翻訳は余計なことは極力してはいけないわけ
あんた本当に頭が悪いよな
なんでこんな簡単な指摘を理解できないんだろう?
0081考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:15:19.7400082考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:17:47.8800083ixtlan
2016/07/14(木) 00:21:56.830有と訳すのはまずい、というのはそれはそうなんだけど、有を存在だと思ってよめば、さほどの障害ではないと思う。
しかしエアライクニスを「性起」と訳すのはまずいと思う。
華厳教学のこれが意味が近そうなので摂りましたということなんだろうけど、余計なお世話だ。
こういう傾向は、ウィリギス・イェーガーの訳にも言える。
訳はやはり直訳がいいし、テキストにするなら、左側に原文が出ているのが一番いい。原文対照訳というのか?
0084考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:23:34.630ここの段落くんと同一人物だと思うけれどもレヴューが滅茶苦茶。
道の手帖の木田元の特集なんか「有と時」の宣伝文が書いているしね。
木田元と関係ないっつうの。
0085ixtlan
2016/07/14(木) 00:33:38.170> >>66
> おそらく「思想・思索=認識派の方向性」「哲学=信仰派の方向性」なのだと思います。
しかし世間一般に思想と言われているものと哲学と言われているものは、ほとんど違いがないですよ。
たとえば、東洋思想という講座に出てくる項目は、ほとんと東洋哲学という講座にも出てくるでしょう。
ただ、哲学の方が学問的にはシステム化されているので、西洋思想に入れられるフロイトなどは
哲学からは排除されるわけです。
0086考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:33:58.060『存在と時間』についてはその訳語を巡って色々とあったみたい
その中で「正法眼蔵」と関連付けて解釈するということが日本でもあった
そういう流れにのったのが辻村某
単独でも『有と時』として「正法眼蔵」に関連付けた用語にした翻訳をしていた
それが全集版を仕切っているドイツ人に支持されたわけ
でもハイデガーが『存在と時間』を書いたとき「正法眼蔵」なんか読んでもいないわけです
その時点でハイデガーが読んでもいないもの強引に他人が関連付けてしかも翻訳なんかをしてはいけないと言っているわけです
そんなものまともな翻訳の仕事ではない
曲解ですよ
それに「う(有)」なんていいますか?
「げんう(現有)」なんて「正法眼蔵」があるがためのこじつけでしょう
「ある」ではなくて「うる」でしょうしね
駄目訳であり個人的にはわかるとか関係ない弁明に過ぎないです
0087ixtlan
2016/07/14(木) 00:44:50.630> それに「う(有)」なんていいますか?
じゃあ「うととき」と読ませていたわけですか。
なんというのか、そうしたければすれば、という感じ。
> 駄目訳であり個人的にはわかるとか関係ない弁明に過ぎないです
だけど、一つ一つの訳語が駄目でも、全体通して分かりやすいというのは魅力ではあるのです。
たとえば、細谷訳は大変すぐれてますが、ゾルゲを「関心」とするのは感心しないな。
「慮」は極端としても、「気遣い」ぐらいにしとかないと。
42節でクーラが出てきますが、やはり「関心」ではあの雰囲気は出ないでしょう。
0088考える名無しさん
2016/07/14(木) 00:52:39.380現在ある『存在と時間』の邦訳はもう何種類もありますよね
それはそれでいいんですがどれも一長一短な訳である箇所はあるわけです
ご存知のようにハイデガーは「語源学的」な言葉の解釈に大変拘りましたよね
そういうハイデガーの意向を考えても読んでもいない「正法眼蔵」を大胆にどころかタイトルにまで入れられるのは
極めて翻訳の暴挙だと思うし「語源学的」にも別の意味が入ってきてしまうわけですよ
だから辻村某の訳が読みやすかったとしてもあれは禁じ手であり原書の破壊なんです
0089ixtlan
2016/07/14(木) 00:54:41.620> ただ、哲学の方が学問的にはシステム化されているので、西洋思想に入れられるフロイトなどは
> 哲学からは排除されるわけです。
しかし最近出てきた「心理学の哲学」では、フロイトは哲学の対象になるでしょうね。
あるいは、ミシェル・アンリの『精神分析の系譜』とか。それがフロイトを扱っているから哲学書ではない、という理屈jにはならない。
フロイトというものを入れる容器が今どこにあるか、哲学では微妙、だったら思想に入れてしまえという感じじゃないかな。おっと、ラカンも思想でしょう。
そういえば、ハイデガーのことを話していたら、ラカンを読んでる人が来て、そのまま話が立ち消えになってしまった。
ラカンは難しいから遠慮したいと私が言って。
そうだ、フランス現代思想は哲学なのかよく分からんということもあるな。
レヴィストロースは哲学じゃないし、アルチュセールを哲学というか?
ラカンも、バルトもどっちかというと哲学外じゃないのかな。
0090考える名無しさん
2016/07/14(木) 01:02:52.440「フランス現代思想」として日本でも20世紀後半を席巻したものの中心は
・ソシュールの一般言語学講義
・フロイトの精神分析
この二点が必ず入っているんですよ
どちらも「哲学」という分野の括りではないですが須く「フランス現代思想」に浸透しています
逆にいうと上記の二つが分からなければフランス現代思想は分からないということにもなりますよね
だからこそ目新しいものとしてブームになったんでしょう
0091ixtlan
2016/07/14(木) 01:05:35.030> ご存知のようにハイデガーは「語源学的」な言葉の解釈に大変拘りましたよね
> そういうハイデガーの意向を考えても読んでもいない「正法眼蔵」を大胆にどころかタイトルにまで入れられるのは
> 極めて翻訳の暴挙だと思うし「語源学的」にも別の意味が入ってきてしまうわけですよ
読むぐらいはしたでしょう。
問題は有という訳だと所有の意味が入ってきてしまう、ということでしたよね。
たぶん道元の時代には有というのが存在の意味だったのではないかな。今でも中国語の有は存在でしょう。
だけど現代語に訳すという文脈なんだから、当然所有の意味が入ってきてしまう。
辻村はもしかして、ハイデガーの言う存在には所有の意味が入っているのだという見積もりがあって、この有という訳にしたとかそういうことはないのかしら。
0092考える名無しさん
2016/07/14(木) 01:09:58.150私が思うにフロイトの思索は認識派と見なされたために、
すでに信仰派へと鞍替えしていた哲学体系、哲学学会から見ると「どうも異質だ」「違う気がする」とされたのだと思います。
私も門外漢なので詳しいわけではありませんが、フロイト、ユング、アドラーは揃って認識派の取り組みであったように思いますね。
それが学問として体系化されるとやはり信仰派の趣を強めていくのだと思いますが。
シグマ思想の「己のザ・ダイアグラムを描きましょう」という提案はユングとそっくりですし、
その自己啓発臭はアドラーそっくりですが、思うに双方「認識派」ということで自ずと似て来るのだと思います。
以前、私は旧約聖書の唯一神である「ヤハウェ」の名前の本来の意味を読み解くエクササイズから、
「宗教は原初認識派だったものが信仰派に転じたものである」との説明を致しましたが、
学問にしろ宗教にしろプロセスとしてはまず認識派があるのかも知れませんね。
シグマ思想も今でこそ「鼎 梯仁の自己表現活動=つまり認識派のアプローチ」という方向性が強いですが、
私が幾ら「共に表現しよう!」と号令したところで、やがてその言葉は体形化され研究対象となることで、
学問であるか宗教であるかは分かりませんが信仰派の趣を強めていくのかも知れません。
by 鼎 梯仁
0093考える名無しさん
2016/07/14(木) 01:14:15.020>読むぐらいはしたでしょう。
最晩年に読んだ可能性はありますけれど
『存在と時間』の執筆当時(1927年)には読むことは不可能です
なぜならば英仏独と道元に関するものでも翻訳書は出ていないからです
>問題は有という訳だと所有の意味が入ってきてしまう、ということでしたよね。
>辻村はもしかして、ハイデガーの言う存在には所有の意味が入っているのだという見積もりがあって、この有という訳にした
あり得ませんねそれは
ハイデガーは1927年に道元のことすら知りませんでした
ですから辻村某の翻訳は強引に「正法眼蔵」に引き寄せた間違いというか捏造の訳です
特にこのてんについては温厚な木田元が至る所で激怒していますよ
「そもそもこんな翻訳を引き受ける時点でどうかしている。」と言っていますね
0094ixtlan
2016/07/14(木) 01:14:43.230> 「フランス現代思想」として日本でも20世紀後半を席巻したものの中心は
> ・ソシュールの一般言語学講義
> ・フロイトの精神分析
> この二点が必ず入っているんですよ
> どちらも「哲学」という分野の括りではないですが須く「フランス現代思想」に浸透しています
> 逆にいうと上記の二つが分からなければフランス現代思想は分からないということにもなりますよね
> だからこそ目新しいものとしてブームになったんでしょう
ソシュールやフロイトを分かってもフランス現代思想が分かるかな。
それとレヴィストロースとラカンの数学趣味というのがある。
これがあって、あのソーカル事件ということも出てくる。
今から考えると、彼等の数学趣味はあだ花だったような気がする。
現在は、哲学は細分化され、システム化されているので、
数学についても数学の哲学が登場している。
フランス現代思想のうちの、数学的なもの(ドゥルーズの『差異と反復』含む)については、今後はまったく無視されるだろうと思う。
まともな数学研究が哲学上に展開し出したから。
今日は以上で終わり。また明日。
0095考える名無しさん
2016/07/14(木) 01:31:51.220分析哲学から見れば「フランス現代思想」はその手法が大問題であったことでしょう
ただソーカルについてですがソーカルの『知の欺瞞』を完全に肯定するならば同様に
『有と時』などどというハイデガーが実際には読みもしなかった(1927年当時)もの「正法眼蔵」を関連付けて
勝手にそういう訳出をしたことの是非とが重なります
関係ないことをしてはいけないということです
・数学の本来の使用法とは関係ない用法をラカンなどはしている
・ハイデガーが読んでもいないものを読んだ前提で合体して訳している
どちらも誤謬です
>数学についても数学の哲学が登場している。
>フランス現代思想のうちの、数学的なもの(ドゥルーズの『差異と反復』含む)については
>今後はまったく無視されるだろうと思う。
それは無いと私は思いますよ
「数学の哲学」は細分化され過ぎた領域でかつ専門家されていますからこうした分析哲学系は
独立した歩みをするほかないでしょう
現在でも当時のフランス現代思想の翻訳はまだどんどん新刊として出ていますから当分は続くでしょう
ixtlanさんも素地があるのに「自分が興味ないことは存在意義がない」と言わんばかり論調はやめた方がいいです
それらを読んでから具体的な批判ならば分かるんですけれどもね
いわゆる「興味無きものへの排除」は自分の器を小さくするだけです
ますは読んでから批判しましょうよ
0096考える名無しさん
2016/07/14(木) 05:04:32.150性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0097考える名無しさん
2016/07/14(木) 20:18:39.490知識は色々知ってるっぽいけど、
総合的な思考力に欠けている。
永井俊哉みたいな感じw
0098考える名無しさん
2016/07/14(木) 21:07:49.980アイドルが『あれは友達です』と釈明したとするよね?
イストランの地頭の悪さでは、『ああ、友達だったのか』で納得してしまうんですな。
そこで自分にツッコミを入れるだけの地頭が欠如してるんだよな。
0099考える名無しさん
2016/07/14(木) 21:15:12.210人並の地頭があれば、自分をツッコミを入れられる。
だが、カルト宗教にハマる程の頭の弱さだと紙の上の知識があっても、
肝心の部分に自分でツッコミを入れる事ができない。
0100考える名無しさん
2016/07/14(木) 21:19:01.770> 689 : 第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. 2016/06/21(火) 12:28:17.87 0
> ついに来たぞ
> 警察庁はSNS等へのストーカー的書き込みについて対応の対象とするように
> 全国の警察へ通達を発した
> 基地外暗痴どものドアに警察のノックがなされる日も近い
> 警察なら書き込みのIPアドレスから書き込み場所を割り出すことも容易
> 基地外の実名、住所が警察に把握されることになる
> 早くつかまれ おれらは何時でも最大限の協力を惜しまないぞ
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666749/689
↓ お前の事じゃねーかw
> 14 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2016/03/06(日) 19:17:10.13 0
> ボクが来なくなったら
> 元彼女へのストーカーで逮捕されたと思って
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1457257817/14
0101ixtlan
2016/07/14(木) 21:48:30.360『存在と時間』を読む(仲正昌樹、2015)
「そうした「世界内存在」としての「現存在」の在り方を、ハイデガーは「被投性 Geworfenheit」と呼ぶ。いつのまにか、何かによって、世界に投げ込まれた受動的な状態ということである。
ただ、投げ込まれているといっても、一義的に規定されているわけではなく、一定の範囲の存在可能性があり、その中から自己の「実存」を選び取り、それに即して自己を理解することができる。それをハイデガーは「投企 Entwurf」と呼ぶ。....
つまり、「現存在」は一方的に投げ込まれているだけではなく、自己の実存を、前(未来)に向かって投射し、それと一致しようとする積極性を秘めているのである。
次章で見て行くように、「被投性」と「投企」の相関関係の叙述にこそ、ハイデガーの哲学が、現状を変えようという情熱を持った若者たちを引きつけたカギがあるように思われる。」(118)
かろうじてゾルゲの雰囲気は書いてあるが、これだとゾルゲの実存論的構造規定にならない。
そのうえ、いくつかのものが投企側に配置され、別のものが被投性側に配置されるという印象もなくなる。
上の文章から「理解」というのが「情態性」とカップリングされる、ということが読み取れるだろうか。
最後に、被投性と投企は「相関関係」にあるとされるが、相関関係でいいのだろうか。
これこそがゾルゲと呼ばれたものである、という認知がすっぽり抜ける。
新書だし、入門ということだけれど、もうちょっときっちりできないかな。
0102ixtlan
2016/07/14(木) 22:07:38.570> 『有と時』などどというハイデガーが実際には読みもしなかった(1927年当時)もの「正法眼蔵」を関連付けて
> 勝手にそういう訳出をしたことの是非とが重なります
> 関係ないことをしてはいけないということです
昨日私は勘違いしまして、読んでいただろうと言ったのは、辻村が道元を読んでいただろうということでした。
私が知りたいのは、「有」と訳す論拠が何かということです。貴方によれば、それは存在しないということでしょう。
これについて辻村はどう言っていたのだろう。
> >数学についても数学の哲学が登場している。
> >フランス現代思想のうちの、数学的なもの(ドゥルーズの『差異と反復』含む)については
> >今後はまったく無視されるだろうと思う。
>
> それは無いと私は思いますよ
> 「数学の哲学」は細分化され過ぎた領域でかつ専門家されていますからこうした分析哲学系は
> 独立した歩みをするほかないでしょう
> 現在でも当時のフランス現代思想の翻訳はまだどんどん新刊として出ていますから当分は続くでしょう
分析哲学というもの自体が消失しているのではないでしょうか。
フランス現代思想の危うさというのは、<学際>を無際限に広げるとどうなるか、という話でしょう。
で、この話は何から始まったのかというと、「思想」と「哲学」は何が違うのか、でした。
フランス現代思想を参考にすると、思想ということで哲学から区別されているのは、まさにこの<学際>精神じゃないだろうか。
親族の構造に群論を当てはめる、心理の構造にトポロジーを当てはめる、というアプリケイションとしての学際。
それはそれしかないならばおもしろさがある。しかし現在では、群論やトポロジーそれ自体が哲学されるというとんでもないことが起こっている。
つまり、何かに応用される数学という場面を哲学的に取り押さえるというよりも、数学自体を哲学的に取り押さえる、という試みがある。
これ(数学の哲学)に比べたらフランス現代思想の数学趣味はかなり貧弱に見えてしまう。
0103考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:07:40.080受動能動論を掲げる時点で読めてないしな
0104考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:10:43.220受動能動論とかいうトンデモが
読めてる前提で話してもしょうがないだろう
0105考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:14:12.060ある程度普通のレベルまでハイデガーを読めてる奴(仲正、木田)より、
勝手に上に置いて喋ってるって時点で勘違い激しいしな。
0106考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:15:57.440ところがイストランの語るハイデガーはおかしいんだよな。
受動能動とかまず一言も言ってない。
言ってないのに言った前提で話が進んでる。
これもおかしい。
0107考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:17:38.880カルトにハマるという事は、自分の偏った意見を勝手に中心化して
喋ってしまう癖がどっかにあるんだと思うけどね。
0108ixtlan
2016/07/14(木) 22:27:00.080じゃ仲正が被投性を受動と言い換えるのにも文句をつけるのかね。
そもそもおまえ、私の質問に答えてないね。
アリストテレスのフロネーシスをゾルゲと読み替えるハイデガーにも文句を言うのだろう、当然?
だって、アリストテレスはゾルゲなんて一言も言ってないじゃん。
0109考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:31:59.390しかし、イストランの場合、口でハイデガーという名前を出してるだけで
中身は全くハイデガーではないんだな、これが。
中身は何だ?阿含教をハイデガーで言い換えてるのか?
それともカスタネロかなんだかの小説か何かをハイデガーのように言い換えてるのか、
まあ、元ネタのその小説は知らんがな。
0110ixtlan
2016/07/14(木) 22:39:13.820ハイデガーにつきあう哲学は、自然科学はかやの外に置くことになる。結果として。
70年代というのは現象学が自然科学に抗してヒューマニズムに走った時代だった。
その代表はメルロー=ポンティ。
科学的客観的な世界の手前に人間的なものを見るという体制。
これに対して、フランス現代思想とくに構造主義は、人間中心的な視線を破壊しようとした。
そこでは、人間および人間的社会を構成する数学的な知という構図が支配する。
ドゥルーズ/ガタリは、そこまで対立した知の領土化を調停しようとした。
人間つまり哲学側の項目と科学側の項目をカップリングさせて、バランスを取ろうという戦略だった。
代表項目は哲学では概念、科学ではファンクション(関数)。
しかしこれを唱道するのは哲学側であり、科学(数学)は勝手に哲学化し出した。
0111考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:42:02.5300112ixtlan
2016/07/14(木) 22:42:43.800また誤魔化している。仲正は被投性を受動的と言ってるんだよ。どうするんだ、これは?
0113ixtlan
2016/07/14(木) 22:44:33.550> ハッキリ言うと、木田や仲正は確かにハイデガーについて語ってる。
>
> しかし、イストランの場合、口でハイデガーという名前を出してるだけで
> 中身は全くハイデガーではないんだな、これが。
じゃおまえは何を言ってるの、ハイデガーについて。
なんか正々堂々と言ってごらんよ、人の後ろにくっついてないで。
背後霊やってないで、はは。
0114考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:45:04.470なんで別人の筈なのにこんなに似てるんだろうなw
0115考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:52:19.6703つのパートに分ける
投企/被投企として受動能動が議論されるのは内存在のパート。
そのあとSorge関心が3つをつなげ、時間論に引き継がれる
ハイデガーの主旨は観念論の擁護だから、唯物論を世界だけで閉じるのがポイント
そして結局唯物論的な世界は捨象されるから不可逆的な観念論、時間論が出来上がる
それに対して受動能動はスピノザの用語と考えればいい
スピノザの場合は時間が消え、実体と属性(思惟と延長)が残る
様態もコナトゥスを伴う限りで残る
スピノザ的に見ると起成原因的な定義がハイデガーの世界、自己、内存在を貫徹する
受動能動が再び哲学的な意味を取り戻す
0116ixtlan
2016/07/14(木) 22:53:32.360> >>85
> 私が思うにフロイトの思索は認識派と見なされたために、
> すでに信仰派へと鞍替えしていた哲学体系、哲学学会から見ると「どうも異質だ」「違う気がする」とされたのだと思います。
哲学というのは意識および自己を特権化してきました。デカルトがそう。
なぜこの特権化が起こったかというと、自己意識において、存在と認識が合体するという希有な事態が起こっていると認知されたからです。
ところが、自己意識の下に無意識があるという設定では、こういう特権化は起こらない。
最近の脳科学、認知科学では、むしろ無意識説は復権しています。
「意識してないのに...」という体験が、脳の仕組みによって解明されているからです。
また、無意識説ではないが、二脳仮説では、かなり面白いことが言われています。
宗教現象の解釈として、ジュリアン・ジェインズの二分心説がある。
これによると、人間が今の意識を獲得したのがほんの3000年ぐらい前。
その前は、右脳からの命令や幻視を直接知覚していた。
宗教はそういう幻覚体験の名残だというものです。
結構、この説は注目されているのです。
0117考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:54:58.520ワードに打ち込んで全文検索して『受動』で検索したところだけを
喋っているような奇妙な喋り方なんだよね。
普通、そんな読み方しないわ。
0118考える名無しさん
2016/07/14(木) 22:57:29.360『ハイデガーは曼荼羅ですな』→『そうですね、阿含宗では〜』
いやいや、この↑流れそのものがおかしいだろwって普通はツッコミが入る。
0119ixtlan
2016/07/14(木) 23:04:33.920了解を投企に、情態性を被投性に配置した。
それは、了解を能動性に、情態性を受動性に配置したということだ。
これには、通常の人間解釈も含まれている。
パッション(情念)というのはパッシブ(受動)である。
重要なのは、ハイデガーには<受動性と能動性の間で緊張する実存>という定式があることだ。
時間的には能動未来と受動過去の間に、受動能動的現在が<瞬間>や<決断>として配置される。
まあ、この定式が総統万歳となったり、決断主義となるから批判されたのだが。
ハイデガーの決断主義は昔から批判されてきた、一体何を決断するんだと。
それはそうだ。しかしまさに決断の構造自体がハイデガーにとっては大事だったので、内容なんかどうでもいい。
決断の構造とは、つまり受動性と能動性に引き裂かれて、それでも統一しなければならない、という在り方だ。
ハイデガーは実存的/未来/過去/現在を循環させるが、それは公式的なもので、実際には循環も移行(弁証法)もしない<緊張>にこそ彼の目線がそそがれている。
決して横切り渡ることのできない<間>としての時空間。これは有限性の認知であり、有限だからこそ統一はできない。
0120ixtlan
2016/07/14(木) 23:06:54.530おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
0121考える名無しさん
2016/07/14(木) 23:09:34.710パロディ化するとこんな感じ↓
イストラン『ハイデガーとはいえど、阿弥陀如来の支配下にあります
何故なら現存在はそれを統御する存在と越えられないからです』
115 『まったく仰る通りです。現存在は<偉大>(big)なるものを越えられない・・・
ハイデガー自身も後期思想では阿弥陀如来の偉大さに気付いていたようです』
0122考える名無しさん
2016/07/14(木) 23:10:38.390ただ、ハイデガーとかその用語を入れりゃ中身はなんでも良いってもんじゃないだろ。
0123ixtlan
2016/07/14(木) 23:30:49.060そんな戯れ言よりも、しっかりハイデガーについてなんか言い給えよ。
それとも、自分はただ人を攻撃したいだけなので、ハイデガーは出汁にしかすぎないということか?
ここはハイデガーを読書するところだ。
私は『存在と時間』の第41節を要約して、ゾルゲの構造を指摘し、他の解説書を読み比べている。
何もハイデガーについて言うことがないならば、それについてなんか言ってごらん。
まず、ゾルゲとは存在論的にどういう項目で成立しているのだ?
0124ixtlan
2016/07/14(木) 23:49:49.910そういう話題が難しすぎるというのであれば、『存在と時間』の世界の世界性について、なんか批判してみ。
これは批判しどころがあるだろう?
0125考える名無しさん
2016/07/15(金) 13:02:26.3400126考える名無しさん
2016/07/15(金) 22:24:47.450>辻村はもしかして、ハイデガーの言う存在には所有の意味が入っているのだという見積もりがあって、この有という訳にしたとかそういうことはないのかしら。
それは無いですよ
そもそも所有の意味なんか入っていないし「正法眼蔵」も道元も知らないし読んでいないですね
辻村某は勝手にそう解釈したんでしょう
しかしそういう勝手な発展的解釈は論文でするべきことです
道元とも「正法眼蔵」ともなんら関係のない『存在と時間』の邦訳ではそんなことをしてはいけません
温厚な木田元もその点を強烈に批判しているわけです
木田元は全集翻訳の依頼は完全に断っていますから
0127考える名無しさん
2016/07/15(金) 22:42:10.580ハイデガーのいう「ゾルゲ」はどちらかというとネガティブな意味が強いですよね
「周囲を気にすして自分はどうだろう…」というような意味合いが入っていますから
たしか『存在と時間』のハイデガーはラカンの精神分析に受け入れられたんですよ
というのも簡単にいうとラカンの考える「病的な人間」そのものに近かったかららしいです
現存在分析からもハイデガーに接近しましたよね
ビンスワンガーやメダルト・ボスなんかがそうでしたか
現存在分析の医者たちを前にして講義もして『ツォリコーン・ゼミナール』木村敏 編 という
貴重なハイデガーの講義録が出版されています
0128ixtlan
2016/07/15(金) 22:59:49.670> そもそも所有の意味なんか入っていないし「正法眼蔵」も道元も知らないし読んでいないですね
> 辻村某は勝手にそう解釈したんでしょう
> しかしそういう勝手な発展的解釈は論文でするべきことです
そうですが、有と時というのは、私はあまり違和感がないです。むしろ華厳から採ったんだろう性起の方が違和感があります。
しかしどちらにせよ、辻村がなんでそういう訳にしたのか、その論拠があれば聞いてみたいですね。
0129考える名無しさん
2016/07/15(金) 23:22:45.450辻村と当然ながら面識もあるし何回も話し合ったことがあると思える木田元の言ったことですから
辻村のことは「非常に独断的」だと感じたんみたいでしすよ
一連の木田元による邦訳版全集に対する批判というのはそのまま辻村批判ですからね
私はそうしたことから「有と時(うととき)」は駄目な訳だと思います
「正法眼蔵」と似た点を加味してそこから邦訳をしていったわけですから一貫性はあるんですよ
出来上がった訳はそれないりに読める
しかしそれらは全て「正法眼蔵」ありきの解釈なんですね
ハイデガーはキリスト教の優秀な神学生だったわけですからそうした個人史というのも重要なんです
読めることとできるだけ忠実に翻訳するということは違うんです
もし辻村さんがまだ存命だったら(2010年逝去)聞きたいところでしょうけれども
少なくとも木田元はその点についてはしっかりと論戦までしているはずです
なんせ尋常でないくらいに辻村批判をしていましたからね
1927年当時のハイデガーが書いた『存在と時間』をその時代の彼に忠実に訳すことは大切なことです
というよりも私が書いていることは「常識レベル」の話なんですが
0130ixtlan
2016/07/15(金) 23:25:41.860そうですね。
そういえば、現存在分析というのがありましたなぁ。
ハイデガーより前に読んだけど、なにが言われていたのか忘れてしまいました。
0131考える名無しさん
2016/07/15(金) 23:31:26.66Oハイデガーの本意に従えば正しいとか言い出して、
わからない奴は馬鹿だ批判するならもっとまともな解釈持ってこいとただ罵倒する
でixtlan自身が正当化するために持ち出すのはカスタネダだ青山だ
およそハイデガーとどうにも馬鹿にしているのかどう関係するのかわからないものばかりで、
その関係も一向に書かれない
0132考える名無しさん
2016/07/15(金) 23:40:12.510日本ではあまり評価がぱっとしないヤスパースですがヨーロッパでは高い評価を受けています
ヤスパースとハイデガーの長きに渡る交友関係は皆さんも知るところですが実はハイデガーと
精神分析というのは浅からぬ関係があるんです
ヤスパースは精神科医から哲学者になった人ですが彼からハイデガーは沢山の精神分析の話をされています
しかし大戦後の55〜60年だと思いますがラカンなんかがハイデガーのもとに直接やってきてフランスに
招待するんですよ
ようはフランスで講義をしてくれということですそのメンバーにはメルロ=ポンティもいました
しかしハイデガーは「私は精神分析なんぞ読んだこともないし、知らない!」と仏語で質問する彼らに
独語で返答しました(笑)
ハイデガーはご存知のように語学には秀でていましたから仏語や英語程度はごく普通に話せたんです
ハイデガーはけっこう情報には敏感でなにか新しい本などが出ればけっこう読む人でした
そのハイデガーがフロイトを知らなかったとは言わせません(笑)
知らないはずがありません
そういう難しい性格の人でもあったんですよハイデガーは
後にラカンなんかと並んで笑顔で写っている写真なんかが残っていますけれどもね
私はラカンのもハイデガーのも洋書の写真集を持っていますからそれがわかりますけど
0133考える名無しさん
2016/07/16(土) 01:08:13.700>私が書いていることは「常識レベル」の話なんですが
常識ではないねえ。都合のいい取捨選択だ。
だいたいseinを「有」とするのは辻村の専売特許ではないし日本に
ハイデガーを紹介した和辻哲郎から『sein und zeit』を『有と時間』
と訳し、同じく九鬼周三はseinを「存在もしくは有」と表した。
また辻村公一が初めて『有と時』と訳した河出書房版の解題で
辻村は「空が青く有る」のような「有る」は判断の繋辞であり
「何かが存在する」という存在繋辞ではない。として「有」翻訳に
したと述べている。道元のことなど一言も書いては居ない。
ちなみにハイデガーもまた『現象学の根本問題』で自分が問題に
するのが「で有る」という判断繋辞にあることを述べており
ハイデガーの問題が「が存在する」という存在繋辞のみには止まら
ないことは明確に書かれている。
少なくとも判断の繋辞における「である」は映画なら単なる be で
あり There is ではない。よって英訳された『sein und zeit』は
『Being and Time』となる訳だ。
0135ixtlan
2016/07/16(土) 11:11:42.510> >>123
>
> そういう話題が難しすぎるというのであれば、『存在と時間』の世界の世界性について、なんか批判してみ。
>
> これは批判しどころがあるだろう?
ペロリンはどうしてこれで黙っちゃうわけ?
おまえは存在と時間を読んだのだろう? もしくは読んだふりをしたいのだろう。
世界内存在の分析の一番最初は世界の世界性、それについておかしく思うところはないのかい?
ちょっと離れて見てみれば、明らかにおかしいよな、道具存在論は。
0136考える名無しさん
2016/07/16(土) 12:08:53.300>被投性と投企は「相関関係」にあるとされるが、相関関係でいいのだろうか。
>「被投性と投企」の概念は、ハイデガ−哲学の重要な論点であると思う。上記では被投性と投企が
相関関係にあると述べているが、そうではないように思う。被投性と投企の関係を的確に現す言葉は見つからないが、
あえて言うとすれば、メルロ=ポンティが「眼と精神」(320ペ−ジ)で述べている「見るものと見られるもの」の関係
ではないかと思う。つまり、「現存在」という“心身合一”した“一つのもの”としての存在が、被投性(見られるもの)と
投企性(見るもの)の関係としてあるのだと思う。
0137考える名無しさん
2016/07/16(土) 13:13:04.540あなたは関係ないんですよ
いつも同じことしか言えないしピントが全くズレている
>道元のことなど一言も書いては居ない。
ならばなぜ「うととき」なんでしょうね?
「う」なんて現代では言いませんよ
それから「有」の意味としてもつ「所有」の問題ですね
「be」には「所有」の意味はないが「有」にはむしろ積極的に所有の意味がある
だから「sein und zeit」が「Being and Time」でも問題はない
何度言えばわかるのか?
あなたは中心問題を回避してこういう御託を並べてくる
そして辻村某以外に誰が『有と時(うととき)』なんていうタイトルの邦訳をしてますかね?
辻村某だけじゃないですか(笑)
和辻なんか思いっきり「正法眼蔵」との近似を考えていた人でしょう
どのみちそうした1927年までのハイデガーには「正法眼蔵」も道元も与り知らぬことです
翻訳においては余計な要素を勝手にいれてはいけないんですよ
しれくらいそろそろ理解した方がいい
あなたの異常な「辻村愛」はこっちだってもう分かり過ぎるくらいに分かりましたよ
0138考える名無しさん
2016/07/16(土) 15:54:35.120>翻訳においては余計な要素を勝手にいれてはいけないんですよ
そうとも言えないでしょう。横レスですけど。
翻訳っていうのは、ある程度は、好みの問題になると思う。
根本的なことをいえば、或る言語を他の言語に移す際には、意味は、大なり小なり必ずズレると思う。
だから、「余計な要素」を入れない《正確な翻訳》というものは、ないでしょう。
で、その場合に、どういう「ズレ」を選択するのか。 そこが好みの問題になってくると思う。
0139考える名無しさん
2016/07/16(土) 16:22:09.800そこだけ取ってもしかたないんじゃね
そもそも存在と時間のはなしなんだしさ
翻訳業すべてのことを問題にしてるわけじゃないだろ
はなしを広げすぎちゃうともうグチャグチャになるんだよ
だいたいクワインなんかは翻訳の不可能性っていう論文書いてるくらいだしさ
まったく同じになんかならないのはあたりまえ
0140学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/16(土) 18:09:02.330哲学ならさあもっと笑えるように明るくねえ。この世でさあ。
0141考える名無しさん
2016/07/16(土) 18:09:27.290性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0142考える名無しさん
2016/07/16(土) 23:26:11.420辻村が最初の河出書房版で書いたことでなぜ「有」かの説明は足りてるけど
ね。ハイデガーのいうsein には「開示されて有る」という意味が有る。その
場合は「存在する」とは単なる存在を表す語には止まらないし「真性が開か
れる」という意味が入ってくる。「真に開示される」こそがハイデガーに
おけるsein なのだとね。これはあの本ひいてはハイデガーにおけるseinの
問題にたいし鋭く読み解いているものだ。真性を贈る時性こそがseinであり
有である。最も重要なのはこの点であって、だからこそDaseinとは「がある」
「である」が開かれる場所であり、それはまた、そういう繋辞によって
歴史性が贈られていくということだ。よって仮に「存在」と訳しても、
そこには「真理を贈る」という意味が含まれている。それは字義通りに
読んでもそこまでは分からない。ハイデガーが込めた意味が入っている。
俺が「存在」訳の方が分かり易い、という意見に疑問なのは、ハイデガー
においてはこのように、sein にたいして「真理=時性」という意味が
込められているからだ。ようするに日常語ではないし、あの本を読んで初めて
理解しうる概念なのだ。きわめて特殊な意義が込められているわけで、
「存在」訳の方が分かりが言い、とは俺には思えない。「有」訳ではその点は
初めから「特殊な用語である」「特殊な意味が有る」と分かる。「存在」
訳ではむしろ一見分かり易いかのように装う点で誤解を生む可能性が有る。
2ch.あたりにきてる輩はまず99%あの語に込めらている意味には無頓着だ。
そこで「存在」訳の方が云々などと主張されても苦笑するだけなのだ。
0143考える名無しさん
2016/07/16(土) 23:28:16.920結局木田元の権威をかりて喚いている輩以上には視えないね。辻村
の方がそういう輩に比べればずっとあの本を理解している。
それから俺がそうだったように創文社版全集を読んでいる若い読者が
いちいち仏教など勉強し直して或いは念頭に置いてハイデガーを読んでいる
など考えられない。若い読者はもっと自由に考えているはずだ。 そして
当然ながら「有」訳だからといって仏教と関連づけて読んでなどいないし
独自に読み解いている。
たとえば以下に挙げるのは若い読者によるブログだが、この人はハイデガー
については「有」も「存在」も両方使う。そしてよく読み込んで考えている。
このような人が若い人では一般的だと俺は捉えている。良い傾向だ。
鈴村智久の批評空間
http://borges.blog118.fc2.com/blog-entry-41.html
0144考える名無しさん
2016/07/17(日) 09:21:38.21O存在者は自然科学とかの客観的事物ではなく、現存在の開示する世界の中でしか現れない、
客観的事物は後から派生したものに過ぎず、
世界は気遣いに投げ込まれたものとしてしか現れない
そうやって道具や気分や他者をとらえてく話だっけ?
0145考える名無しさん
2016/07/17(日) 11:39:18.260まず疑問なのがなんでそうして自分自身が書いたレスへの応答を飛ばすのですか?
勝手な道筋をまた作って私に質問から逃避するというのは論破されているわけですよね
>それから「有」の意味としてもつ「所有」の問題ですね
>「be」には「所有」の意味はないが「有」にはむしろ積極的に所有の意味がある
>だから「sein und zeit」が「Being and Time」でも問題はない
これはあなたが英語版を持ちだしてきてその正当性を示したから返答したわけですよ
つまりこれはあなたの意見が間違っていたということでしょう
ここでも私の指摘があなたの雑な意見を論破したわけです
相変わらず辻村某の邦訳の正当性を必死に書いているようだけれども私の指摘には
一切なにも答えてはいないんですよね
>ならばなぜ「うととき」なんでしょうね?
>「う」なんて現代では言いませんよ
>それから「有」の意味としてもつ「所有」の問題ですね
>「be」には「所有」の意味はないが「有」にはむしろ積極的に所有の意味がある
>だから「sein und zeit」が「Being and Time」でも問題はない
>そして辻村某以外に誰が『有と時(うととき)』なんていうタイトルの邦訳をしてますかね?
>辻村某だけじゃないですか(笑)
>どのみちそうした1927年までのハイデガーには「正法眼蔵」も道元も与り知らぬことです
>翻訳においては余計な要素を勝手にいれてはいけないんですよ
>しれくらいそろそろ理解した方がいい
>あなたの異常な「辻村愛」はこっちだってもう分かり過ぎるくらいに分かりましたよ
どうせまともに答えられるとは思ってはいませんが一応はまた貼っておきましょう
それから>>143ですが、なんですかそれ?(笑)
どこの誰だか分からん読者がブログで書いていることがエビデンスになるんですか?
必死過ぎて常識まで逸脱してしまったようですね
レベルが低すぎて返答できません
0146考える名無しさん
2016/07/17(日) 14:08:56.260要約がうまいなあんた
0147考える名無しさん
2016/07/17(日) 16:11:23.25O現存在の視点からしか現れないから、主観的なものを通してしか出てこないから
存在者と存在は違うって話だよな
客観的なものでは世界の世界性、主観的な世界のあり方は解き明かされない
0149考える名無しさん
2016/07/17(日) 20:31:42.13O内ー存在というのは、現存在の存在構成のひとつを指していて、ひとつの実存範疇である
内ー存在とは、世界ー内ー存在という本質的構成をもっている現存在の存在を表わす形式的な実存論的な表現なのである
この世界ー内ー存在という存在構成は、現存在という性格の存在者のほかになお別の存在者が客体的に存在していて、
現存在がこれと出会う、ということによってはじめて成立するものではない。
このような存在者が現存在と出会うということが可能であるのも、それがそもそもある世界の内部でそれ自身の側からおのれを示してくることができるからなのである
0150考える名無しさん
2016/07/17(日) 20:56:24.42O0151考える名無しさん
2016/07/17(日) 21:34:06.390主観-客観の対立図式を批判したというよりもハイデガーは主観そのものだったんわけです
だからフッサールとは似て非なるものとして対立せざるを得なかったと思う
かたや戦後のフランスで大いに受け入れられたのはやはり精神分析との関係なんですよ
なぜか精神分析がフランスでは当時は大流行してしまってフランスの現代思想はなんらかのかたちで
精神分析を含むようになってしまった
精神分析の世界観というのが客観よりも主観に重きをおいているわけです
妄想や厳格などの症状はその当人だけの世界つまり絶対なる主観ですよね
そこでハイデガーの主観主義的な思想はちょうどいい具合に精神分析と結びついた
現在の哲学では例えば科学哲学なんかも「実在・非実在」の世界の探求です
自分だけがそう思うのかから自分がいようがいまいが「実在」するかどうかということです
ちょっと乱暴に書きましたが分かりやすくするために批判されるのは覚悟で書きましたけれど
0152考える名無しさん
2016/07/17(日) 22:52:04.5100153考える名無しさん
2016/07/17(日) 22:57:15.96Oフッサールは完全に勘違いされてるけどばりばりの客観主義者で
誰がやっても普遍妥当する厳密な学の客観的基礎づけしか興味ない
普遍主義者で実在論者
一方のハイデガーは主観主義者で全くそんなものには正反対に興味ない
ブリタニカ草稿や存在と時間で全く両者は話が噛み合っていない
両者の志向が完全に食い違ってて議論になっていない
主観主義者と言ってもデカルト的明晰な意識ではなくそれを可能にする構造に興味あったから
精神分析をフロイトを嫌ってたにも関わらず精神分析と重ね合わされて受容された
ハイデガーのフランスでの熱狂的受容はおっしゃるとおりそこにある
0154考える名無しさん
2016/07/17(日) 23:05:01.95O現存在によって系列つけられた主観的なあり方が存在
関心、配慮、されたものそれもその現存在が引き受ける
置き換えのきかない系列として収斂する
ハイデガーの議論
0155考える名無しさん
2016/07/18(月) 01:01:51.900ならばこちらも相変らず繰り返すがハイデガーにおけるseinでは判断「〜
である」の意味が込められている。で「…がある」と「〜である」の両方が
そこにはあって片方だけでない。「存在する」だけではない。よって「有る」
とその名詞形「有」による訳ではそこは「…で有る」も「〜が有る」も繋辞
と名詞形「有」で表現することができる。そこで「存在する」「存在」訳では
届かない箇所まで表現できている。ハイデガーでは「である」の繋辞が
大きな意味を込められている。そこで真性が贈られていると。
辻村の解題を読むとそこがやはり言われている。で、「存在」派の主張で
はそこは触れられていない。貴方も触れてはいない。だからそこは駄目
なんだよw「有」訳に越されているでしょ。
「有は所有という積極的な意味がある」てのはあってもいいじゃないw
何が不味いのかなw「…である」「〜がある」という判断がされる場合、
その判断は判断する主体の所有とも言える。良いじゃないの。あんたが
無意味に絡んでるだけよ。おバカさん。
「有なんて現代では言いませんよ」も特殊な意味が込められているのだから
特殊な用語で良いじゃないと俺は言ったでしょう。何回言わせるんだい。
それと鈴村智久という書き手は自分で読み込み書いていることはすぐに
分かる。相手が有名だろうが無名だろうが相手のそういうところは
読めているのが「良い読み手」なんだよ。「この人は有名じゃありません」
だから何。お前さん、いつもそういう「有名無名」だけで勝手に飛ばして
済ましてるのか。あんたらしいなw
0156考える名無しさん
2016/07/18(月) 02:25:05.220>「有は所有という積極的な意味がある」てのはあってもいいじゃないw
>何が不味いのかなw「…である」「〜がある」という判断がされる場合、
>その判断は判断する主体の所有とも言える。良いじゃないの。あんたが
>無意味に絡んでるだけよ。おバカさん。
いくら憎まれ口を書いても無駄
「おバカさん」はあなたの方でしょう
仕方ないから話題の逃避と逸脱の少しだけコメントしてあげるけれども
物が「そこに置いてあるある」ことと、物を自分が所有していることとは明確に違っていますよ
誰が想像しても所有の場合は「確かに大昔に入手して、俺は個々何年も見ていないんだが」
0157考える名無しさん
2016/07/18(月) 02:42:37.980>「有は所有という積極的な意味がある」てのはあってもいいじゃないw
>何が不味いのかなw「…である」「〜がある」という判断がされる場合、
>その判断は判断する主体の所有とも言える。良いじゃないの。あんたが
>無意味に絡んでるだけよ。おバカさん。
いくら憎まれ口を書いても無駄、そして実に女々しく卑怯者らしい誹謗中傷
なんとも見苦しさ極まれリですね(笑)
「おバカさん」はあなたの方でしょう
仕方ないから話題の逃避と逸脱の少しだけコメントしてあげるけれども
物が「そこに置いてあるある」ことと、物を自分が所有していることとは明確に違っていますよ
誰が想像しても所有の場合は「確かに大昔に入手して、俺は個々何年も見ていないんだが持っているからあるはずだよ」
という場合も「所有」なんだよ
当人が友人に「ならそれを見せてくれよ、是非ともみたいもんだ!」と言われても探しだせず仕舞いであっても
その人が「探して無かったけど、でも入手したのは間違いなから家のどこかにある!!」と言い張れるのが所有という状態なんだよね
これじゃハイデガーのいうところの「存在」の範疇に入らないし、むしろ関係ないはなしじゃないか
ねっこういう不都合は違う意味があるとマズイから木田元も言葉を荒げて叱責しているんだろうな
>「有なんて現代では言いませんよ」も特殊な意味が込められているのだから
>特殊な用語で良いじゃないと俺は言ったでしょう。何回言わせるんだい。
君は「特殊な」低能なんだね
『有と時』というタイトルとともに「う」も「とき」もまとめて「正法眼蔵」からの用語の引用なんだよ
あなたは正当化したいみたいだが、例えばくだらない無名のブロガーとあなたごときが言うことと
研究者として名高い大学教授の木田元の主張とどちらが信頼に値するかね?
なにも虎の威を借ってあなたとブロガーを駄目だと頭ごなしに行っているわけではない
そういう要素もあっるということだよ
あなたが全く私に指摘に答える気がないようだからまた貼ります
これに対して↓↓ちゃんとしたレスをして下さい!
0158考える名無しさん
2016/07/18(月) 02:43:37.750>ならばなぜ「うととき」なんでしょうね?
>「う」なんて現代では言いませんよ
>それから「有」の意味としてもつ「所有」の問題ですね
>「be」には「所有」の意味はないが「有」にはむしろ積極的に所有の意味がある
>だから「sein und zeit」が「Being and Time」でも問題はない
>そして辻村某以外に誰が『有と時(うととき)』なんていうタイトルの邦訳をしてますかね?
>辻村某だけじゃないですか(笑)
>どのみちそうした1927年までのハイデガーには「正法眼蔵」も道元も与り知らぬことです
>翻訳においては余計な要素を勝手にいれてはいけないんですよ
>しれくらいそろそろ理解した方がいい
>あなたの異常な「辻村愛」はこっちだってもう分かり過ぎるくらいに分かりましたよ
0159考える名無しさん
2016/07/18(月) 02:50:05.350それから忘れていましたが「時(とき)」と「時間(じかん)」というのはそもそも意味も違います
まあ辞典でも調べてみてください
あなただって、赤ちゃんじゃあないんだから(笑)
0160考える名無しさん
2016/07/18(月) 03:40:04.200>物が「そこに置いてある」ことと、物を自分が所有していること
>とは明確に違っていますよ
>誰が想像しても所有の場合は「確かに大昔に入手して、俺は個々何年も
>見ていないんだが」
「積極的な意味」というほどではないね。せいぜい所有とは有のもつ
意味の一個に過ぎない。自分のモノということを手元にあるモノとして
指示する場合に使われる。
所有の場合はモノが多いが「有する」となると意識や判断認知も入る
だろう。「この人は事故以来意識を有していない」など使われる。「有する
」の多義性にモノの保有、言葉の保有、意識の保有も入る。「有する」
は主体(人間も非人間も入る)が「〜を持っている・含んでいる」という
意味だ。よって「含有」とも使われる。「この薬品は未承認成分を含有
している」とかね。よって「〜がある」「…である」という判断認知を
人間が有するという言い方は勿論ある。
有が「持っている」の多義性を持つかぎり、判断認知の所属や保有の場所
としての人間と関係するのはまったく当然のことだ。また判断認知の場として
の人間が現有 dasein と呼ばれるのも当然のことだ。
それと「である」のように本質を言明する繋辞は「存在する」訳では
届かない点には言及してはいないがここは認めるのだね。ならば貴方の
「存在」訳も破綻することになる。それで良いのだろうな。
0161考える名無しさん
2016/07/18(月) 03:51:07.170時間というのは計測的・実測的な数値として辻村訳では措定される。
「通俗的時間」というふうにね。
そことハイデガーのいう本質的な時性と区別され、時性という場合には時
とされていく。
読んでないなら黙っていた方がいいね。得意になるほど恥ずかしいぜ。
お前さんも鈍いし読まないしそこでいい加減なことばかり謂うとは
流石だねwあんたらしいわ。
0162考える名無しさん
2016/07/18(月) 04:02:52.100>例えばくだらない無名のブロガーとあなたごときが言うことと
>研究者として名高い大学教授の木田元の主張とどちらが信頼に値するかね
0163考える名無しさん
2016/07/18(月) 04:11:52.270貴方ねえ、分かってないねえ。あのブログは読書量といい視線といい良い
ものだよ。全然くだらなくはない。むしろブログであれくらい書けるなら
謂うことないとするべきだよ。というか、貴方にはあれほど書けることは
不可能だろう。
貴方は権威主義者だよ。木田元が立派だったからといって何もかも
拝聴するように首を垂れる必要などないしそんなスタンスは本人が「止めろ」
というにきまってる。
そういう態度じゃこの先貴方が重要な発見をする可能性は低いねw木田
をやたら拝んでるかぎり。あれはあんたなどよりも自由な人間だよ。あんた
ももっと自由になった方がいいね。
0164考える名無しさん
2016/07/18(月) 10:18:17.960性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0165考える名無しさん
2016/07/18(月) 13:15:22.910◆ゆう【有】◆
[音]ユウ(イウ)(漢) ウ(呉) [訓]ある もつ たもつ
〈ユウ〉
1 …がある。存在する。「有益・有害・有効・有罪・有志・有望・有名・有利・有料・有力/烏有 (うゆう) ・固有・通有・万有」
2 持っている。「含有・共有・具有・国有・私有・所有・占有・保有・領有」
3 さらに加えて。「有余/一年有半」
4 語調を整える助字。「有司・有虞氏 (ゆうぐし) 」
〈ウ〉
1 ある。存在する。「有情・有無・有象無象・有頂天/希有 (けう) ・未曽有 (みぞう) 」
2 仏教で、存在すること。生存。「三有 (さんぬ) ・中有」
これが「大辞泉」における「有」の意味です
0166考える名無しさん
2016/07/18(月) 13:30:02.590>「積極的な意味」というほどではないね。せいぜい所有とは有のもつ意味の一個に過ぎない。
もう一目瞭然でしょう
「有」という感じには二番目にくるほどにまで「所有」が強く意味される漢字
さらに問題なのが「有」は辻村訳では「う(有)」と読む
これは辞典の最後にあるように
〈ウ〉
2 仏教で、存在すること。生存。「三有 (さんぬ) ・中有」 と書かれている
これはもろに「仏教で」ということが書かれている
ここに辻村訳や「正法眼蔵」と合体させてしまった悪訳の是非すら見えてきてしまう
「う」は仏教絡みの意味としてかなり強い意味合いがあることをこれで理解できたわけです
0167考える名無しさん
2016/07/18(月) 13:44:44.910ちょっと貰ってきました
下を見るとこれだけの『存在と時間』の邦訳があって『有と時』なんていうヘンテコリンなタイトルは
「辻村某」しかいない
辻村以外はハイデガーが1927年までに読んでもいない「正法眼蔵」と関連付けるような愚行は
していないという意味です
3 : 考える名無しさん2016/07/09(土) 19:33:10.65 0
『Sein und Zeit』の主な訳本 (英:Being and Time、仏:Être et Temps)
『存在と時間』 光文社 (中山元訳)<...刊行中>
『存在と時間』 作品社 (高田珠樹訳)
『存在と時間』 岩波書店 (熊野純彦訳)
『存在と時間』 岩波書店 (桑木務訳)
『存在と時間』 中央公論新社 (原佑、渡辺二郎訳)
『存在と時間』 勁草書房 (松尾啓吉訳)
『存在と時間』 三笠書房 (寺島実仁訳)
『存在と時間』 筑摩書房 (細谷貞雄訳)
『存在と時間』 理想社 (細谷貞雄、亀井裕、船橋弘訳)<ハイデッガー選集>
『有と時』 創文社 (辻村公一、ハルトムート・ブフナー訳)<ハイデッガー全集>
>「存在する」訳では届かない点には言及してはいないがここは認めるのだね。
>ならば貴方の「存在」訳も破綻することになる。
それは私が言うまでもなく「存在」という訳語を巡っては昔から論争があったじゃないですか?
それでも辻村某以外は「存在」としたのはそれ以外のいい邦訳方法が見当たらなかったからです
つまり「存在」は妥協した結果のものであるという事実
上にある先生方もそうした結果でしょうね
だからあなたのその発言は全く意味をなしていないわけです
「「存在」では苦しい面が確かにある、しかし「有(う)」はもっと問題だらけになる
そういうコンセンサスがあったのでしょう
だからここでもあなたは論破されました
「有(う)」はあり得ません 最低の捏造訳です
0168考える名無しさん
2016/07/18(月) 14:03:01.150> 時間というのは計測的・実測的な数値として辻村訳では措定される。
>「通俗的時間」というふうにね。
> そことハイデガーのいう本質的な時性と区別され、時性という場合には時
>とされていく。
時代は20世紀から21世紀になりましたからね
『存在と時間』は1927年刊 なので20世紀の四半世紀経った年代です
これらはどうしても物理学から切り離して日常語としてというわけにもいかないし
日常語であってもすでに物理学の影響を強烈に受けています
まず「時」はそれぞれの時刻つまり点として時刻なんです
しかし「時間」は点ではなくてまさに「時の間」ですから線なんですよ
分析哲学や科学哲学などでも「時」というのは相応しい表現ではなくて「時間」というずっと流れてきているもの
として考察されています
ゼノンのパラドックスでも「飛ぶ矢のパラドックス」と有名なものがありますがこれとて
「飛ぶ矢は止まっている」というゼノンの考えは現代の解析学によって否定されています
つまり「時」では静止状態の点になるのでそれはあり得ないという科学的・現代哲学的根拠が否定しているわけです
だから「時間」にすべしということ
この件もあなたは勝手に誤解して自己陶酔しているだけで「時」ではむしろ変な色がついてしまう
ということです
この件も「論破」ですね
0169考える名無しさん
2016/07/18(月) 14:04:11.60O一長一短でどうでもいいんだが
0170考える名無しさん
2016/07/18(月) 14:11:58.710>あなたは正当化したいみたいだが、例えばくだらない無名のブロガーとあなたごときが言うことと
>研究者として名高い大学教授の木田元の主張とどちらが信頼に値するかね?
>なにも虎の威を借ってあなたとブロガーを駄目だと頭ごなしに行っているわけではない
>そういう要素もあっるということだよ
引用するなら都合のいいところで切らないで欲しいものですね(笑)
ようは「専門家の強み」ということですよ
あなたはただ単純に自分に都合のいいブログがあったから「これが根拠だ!」とばかりに
貼りましたが常識的に考えて「専門家」の「発言」や「論文」とブログなんていう匿名非公認未審査ネット上日記に
書かれているけど「俺は凄いと読み込んで判断したのだから間違いなく凄いのだよ!」と意固地に主張しても
誰も賛同も得られませんよ
ためしに同一のことをハイデガーフォーラムやハイデガー研究会の発表でしてきたらどうですか(笑)
私も聴きに行ってさし上げましょう(笑)
0171考える名無しさん
2016/07/18(月) 14:24:01.360>163 : 考える名無しさん2016/07/18(月) 04:11:52.27 0
>162つづき
> 貴方ねえ、分かってないねえ。あのブログは読書量といい視線といい良い
>ものだよ。全然くだらなくはない。むしろブログであれくらい書けるなら
>謂うことないとするべきだよ。というか、貴方にはあれほど書けることは
>不可能だろう。
こんどは悔し紛れの「おまえには あんなぶろぐなんか かけないだろおー」という
挑発ですか?なんか園児のやることですねですね(笑)
> 貴方は権威主義者だよ。木田元が立派だったからといって何もかも
>拝聴するように首を垂れる必要などないしそんなスタンスは本人が「止めろ」
>というにきまってる。
「権威主義」と「エビデンスの信頼性や重要性」を疑うことは全く違いますから
それ以上の説明はいらないでしょう(笑)
> そういう態度じゃこの先貴方が重要な発見をする可能性は低いねw木田
>をやたら拝んでるかぎり。あれはあんたなどよりも自由な人間だよ。あんた
>ももっと自由になった方がいいね。
こんどは木田元を「あれ」扱いですか?
つくづく不遜な「高齢者」ですね
あなたのような「高齢者」にはなりたくないですね
ハイデガーの文献を外れるとまるで園児の絵日記みたいな文章です
それで結局はあなたは自分でしたレスのこちらからの応答すらまた無視しましたね
完全に「論破した」ということで終了できてむしろガックリです(笑)
さようなら
0172考える名無しさん
2016/07/18(月) 14:27:49.120【4回目】
>ならばなぜ「うととき」なんでしょうね?
>「う」なんて現代では言いませんよ
>それから「有」の意味としてもつ「所有」の問題ですね
>「be」には「所有」の意味はないが「有」にはむしろ積極的に所有の意味がある
>だから「sein und zeit」が「Being and Time」でも問題はない
>そして辻村某以外に誰が『有と時(うととき)』なんていうタイトルの邦訳をしてますかね?
>辻村某だけじゃないですか(笑)
>どのみちそうした1927年までのハイデガーには「正法眼蔵」も道元も与り知らぬことです
>翻訳においては余計な要素を勝手にいれてはいけないんですよ
>しれくらいそろそろ理解した方がいい
>あなたの異常な「辻村愛」はこっちだってもう分かり過ぎるくらいに分かりましたよ
0173ixtlan
2016/07/18(月) 17:49:33.320>あなたはただ単純に自分に都合のいいブログがあったから「これが根拠だ!」とばかりに
>貼りましたが常識的に考えて「専門家」の「発言」や「論文」とブログなんていう匿名非公認未審査ネット上日記に
あのブログの人は匿名ではないです。それと、本も書いてるプロ。
ところで、ちょっと疑問があります。
ハイデガーは道元など知らなかった。これはいいです。しかしそこから、辻村みたいな訳は駄目だ、というには距離があると思います。
辻村には辻村で仏教の素養があり、道元の素養もあったとしましょう。
そこでハイデガーを読んだときに、有と時と訳したくなった。その根拠として、ハイデガー側と道元側の<類同性>とか<同型性>があった。
つまり、(想像するだけですが)双方において、時間と存在がなんらか同一のものとしてある。であるがために、道元の有時から、有と時とした。
という事態であれば、それはそれでいいんじゃないですかね。その場合には、個々の訳語ではなくて、関連する複数の語が同型性をなしている、ということが論拠となるでしょう。
貴方の批判は、ハイデガーは道元を読んでなかった、だから道元関係の訳をするのは間違い、というものですが、双方に同型性があれば、してもいいと思います。
それから、貴方の批判はメイン部分としては「有」は「所有」という意味だから駄目だというものですね。ですが、ただの存在という意味で昔は使っていたし、今でも中国語では存在の意味です。
確かに、読む人間を考慮すれば、所有の意味を持たせるのはよくないでしょうが、それでもその不都合以上に、先の同型性の方が重要だというのであれば、一つの見識として棚に整理するだけでよいのではないでしょうか。
0174ixtlan
2016/07/18(月) 17:51:59.040『存在と時間』41節
第六段落
世界内存在がゾルゲであるがために、
A.手元存在<の傍らの存在 Sein bei>が配慮 Besorgen として、
B.世界内的に出会われた共同現存在が顧慮 Fuersorge として、捉えられる。
ゾルゲは事実性や頽落から解き放たれた実存性だけを意味するのではなくて、これらの存在規定の統一体を取り囲む。
0175ixtlan
2016/07/18(月) 18:05:24.860ゾルゲを「慮」と訳すのはやはり根拠があると思う。
ゾルゲからベゾルゲンへ、ゾルゲからフュアゾルゲへと、簡単に流れる。
これが「気遣い」だと、熊野訳みたいに、ベゾルゲンを「配慮的気遣い」とか、フュアゾルゲを「顧慮的な気遣い」としなくてはならない。
これも訳としては文句がないけれども、ベゾルゲンなどとルビを振らなくてはならなくなる(392)。
0176ixtlan
2016/07/18(月) 18:17:07.190第七節(総合的には560節)の熊野訳には疑問あり。
「さていっぽう、存在可能そのものへとかかわってこのように存在することが、
自由によって規定されているかぎり、現存在はじぶんのさまざまな可能性に対して
本意に反してふるまうこともできる。」(�U−392)
「unwillentlich」は「本意に反して」か?
辞書によると、willentlich は「意志をもっての」「故意の」ということ(独和大辞典�U)。」
unwillentlich は「意に反して」ではなくて、「非意図的に」、あるいは「非意志的に」ということではないだろうか。
0177ixtlan
2016/07/18(月) 18:22:08.72041節の第七段落で2週間前から止まっているのだけれど、実は或る語の訳がどうしても気に入らない。
sich vorweg sein という表現の vorweg を、「先だって」と訳すことは妥当か?
調べたわけではないけれど、だいたいの訳書をこれを「自己に先立って在ること」とか「じぶんに先だって存在すること」と訳してない?
こういう風に訳されると、なんかピンと来ないなと思った人いませんか?
他の訳を知ってる人いませんか?
0178考える名無しさん
2016/07/18(月) 19:27:46.19O用具的なものには配慮
内世界的にあう他者には顧慮
現存在はおのれの存在においてこの存在そのものに関わらせられている存在である
細谷訳
おのれ自身である存在可能へと望んでいる存在としてなのである。
この本質的な「……に関わらせられている」という存在構造を、われわれは現存在の<おのれに先立つ存在>das sich-vorweg-seinとしてとらえる。
おのれに先立つ存在は、なお、十全に表現すれば、ある世界の内にすでに存在していることにおいて、おのれに先立つsich-vorweg-im-schon-sein-in-einer-Weltということを意味するのである。
0179考える名無しさん
2016/07/18(月) 19:48:05.61O現存在はおのれの可能性へむかって非本意的にunwillentlich関わりあうことができる。
すなわち、現存在は非本来的に存在することができるし、そして事実的には、さしあたってたいていこのありさまで存在しているのである。
0180考える名無しさん
2016/07/18(月) 19:52:11.88Oまた、先立つも仕方がない
0181ixtlan
2016/07/18(月) 20:25:22.290世界の名著『ハイデガー』昭55 原佑
P.333
「おのれに先んじて存在するということは」
0182ixtlan
2016/07/18(月) 20:51:18.090> 世界ー内ー存在として現存在の側からのゾルゲ慮
> 用具的なものには配慮
> 内世界的にあう他者には顧慮
「現存在の側からの」という形容詞がどうしてつくのだろう。
配慮と顧慮の根源にゾルゲがあると言ってるんでしょう、だからゾルゲを中心にして、
そこからベゾルゲンとフュアゾルゲへという視線の動きが語源的にある。
> 現存在はおのれの存在においてこの存在そのものに関わらせられている存在である
「関わらせられて」という受け身が登場するのはなぜ?
> 細谷訳
> おのれ自身である存在可能へと望んでいる存在としてなのである。
> この本質的な「……に関わらせられている」という存在構造を、われわれは現存在の<おのれに先立つ存在>das sich-vorweg-seinとしてとらえる。
基本的に、この「己に先立つ」というのはゾルゲの中の一部分である企投の側に設定されている、それは了解の側と言ってもいい。
了解を解釈して、時間的に「己に先立って」とした。
しかし、たいていの日本語訳にあるこの「己に先立って」はなんのことだか分からない訳となっている。
なぜ己に先立つと言う必要があるのか。
中山元はどう訳すかな。
0183考える名無しさん
2016/07/18(月) 20:57:57.920緻密な科学哲学を経由しているixtlanさんらしからぬ判断に困惑しています
鈴村智久は小説家ですよね
あとは表象文化論や美学などを専門にしている人です
それくらいはすぐに分かることなので彼がどういう理屈を言うかを私は待っていたんですよ
しかし、プロフィールすら出しませんでしたね
たぶん哲学者では無いからという引け目から言及しなかったのでしょう(推測ですが)
私は「考えられた意見」というのものはそれ相当に等しく意味があると思っています
そうでなければ、私自身の首をも締めることになるからです
しかしそれでもハイデガーの研究者くらいは沢山いるのですから出して欲しかったですね
小説家でも専門外は専門外ですからそれなりのエビデンスを要求している私としては気が抜けてしまいます
彼が沢山所有しているハイデガー研究者には「有と時」の支持者はいなかったのでしょうか?
残念ながらいなかったのでしょうね
0184ixtlan
2016/07/18(月) 20:58:00.210> 細谷訳
> 現存在はおのれの可能性へむかって非本意的にunwillentlich関わりあうことができる。
> すなわち、現存在は非本来的に存在することができるし、そして事実的には、さしあたってたいていこのありさまで存在しているのである。
非本意的というのがまず日本語として成立するのかどうか。
普通は「不本意」ということで、これは「己の意志に逆らって」という意味だ。
しかし、ここでは己の意志に反してという意味を加える必要があるだろうか。
頽落を考えると、それは世間の意志にひきづられて、ということであって、「自分の意志ではない」ということだろう。
けれどもそれは自分の意志に「反している」とまで言ってるのだろうか?
0185考える名無しさん
2016/07/18(月) 20:59:46.110>貴方の批判は、ハイデガーは道元を読んでなかった、だから道元関係の訳をするのは
>間違い、というものですが、双方に同型性があれば、してもいいと思います。
それが実に科学哲学経由者らしからぬ人の雑な考え方だと私には思えるのです
この「有と時」問題は随分長きに渡って研究者の間でも論じられてきました
私なりにそうした先生方の何人かと研究会などで話したときににはやはり肯定的な意見を言われる方は「たまたま」いませんでした
その問題の中心は道元は道元であり、ハイデガーはハイデガーとしてあるものですから同一視して翻訳に用語を入れるのはマズイという
ことです
それでなくとも「ハイデガーの『存在と時間』は田辺元が1922年にドイツ留学した際に、道元のことを教えてハイデガーはそれを
パクった」というような実に可能性に疑問があるし、証拠も無いような話すら専門家スジからも出たそうです
しかし田辺元がそういう影響を与えたならば、間違いなく『存在と時間』刊行当時には逸話を披露したはずです
それもありません
つまり結果的に両方とも無関係なんです
0186考える名無しさん
2016/07/18(月) 21:00:20.280『存在と時間』以降に、特に晩年に道元どころか仏教を勉強した可能性はあるかもしれませんがそれとて『存在と時間』
には無関係なことです
そしてとあとは上のレスにいろいろと書いたことの繰り言になるのでやめますが木田元が何度も言ったように
道元の正法眼蔵には「有時」という節があります
内容的にはハイデガーのパクリ盗作のようなデマが吹聴されるようにそうというに似ています
だから「うととき(有と時)」というのは避けるべきだ、という考えに私は賛成です
そして「有」と書いて「う」というのもこれは現代ではもう仏教用語なんですよそれもマズイ
「時」も現代においては「時間」という概念の一部分であり「時間」という概念の方が「時」を完全に
含み込んでいるからなんです、よってこれも訳としてわざわざ「時」とする意味が無いというものだそうです
私もこうした考えに賛成なので『存在と時間』が適切であり、誤解を大いに招く「有時」の使用はわざわざする意味がないと思います
しかしこれで完全な訳になんかならないでしょうから、そのために膨大な「注」や「注釈」「巻末解説」などがあるわけです
それらによって翻訳の不足分をサポートするという意味ですね
以上、私の支持する考え方でした
0187考える名無しさん
2016/07/18(月) 21:06:39.870それから改めてixtlanさんに別の質問をさせていただきます
ixtlanさんは、「テクスト論」や「テクスト解釈学」の方は読んでいますか?
たとえばポール・リクールやミハイル・バフチン、ウンベルト・エーコ、井筒俊彦、丸山圭三郎などです
0188ixtlan
2016/07/18(月) 21:12:47.660> >>173
> それから改めてixtlanさんに別の質問をさせていただきます
>
> ixtlanさんは、「テクスト論」や「テクスト解釈学」の方は読んでいますか?
> たとえばポール・リクールやミハイル・バフチン、ウンベルト・エーコ、井筒俊彦、丸山圭三郎などです
リクールは卒論でやりました。他の人は読んだことないな。
井筒は神秘主義としてちらっと見ることはしましたが、まったく惹かれなかった。
最近人から言われたのですが、井筒はアドヴァイタなんですって。
ちなみに私は科哲じゃないです。
0189ixtlan
2016/07/18(月) 21:20:06.590私の言いたいことは、辻村がもしも自分の概念世界で自分の責任で「有と時」と訳す必要がある、というならば、それも一つの知見じゃないかということです。
たとえば、存在といってもただの存在ではないから有として、時間といってもただの時間ではないから時として、
そのうえ、この二つにはなんらかのつながりがある、という意味では道元の言ってることと相似である、従ってこう訳したい、といっても、はぁそうですか、ぐらいの反応しか起きません。
さらに、後年のエアアイクニスには我有化の意味があるとして、それも加味して「有」でいいんだよというならば、それにも、はぁそうですか、程度の反応でいいと思いますね。
それは間違っていると言うほどのことだろうか。
辻村の問題は、ハイデガー全集全部に自分の知見を浸透させたということではないでしょうか。
それは翻訳問題とはちょっと別にしたい。
0190ixtlan
2016/07/18(月) 21:22:39.980中山元氏の連絡先を知っている人は教えてください。
ポリロゴスとかで連絡つくかな。つかないんじゃないかな。
0191考える名無しさん
2016/07/18(月) 21:22:58.770有難う御座います
そうでしたか
しかし数理論理学専攻で科学哲学をけっこう読んできているわけですよね?
ならば卒論でリクールでは畑違いではありませんか?
あと井筒俊彦は神秘主義の面もありますが言語学・イスラーム学・東洋思想など
やってきたことはかなり広範囲です
そうでなければジャック・デリダが「巨匠」と井筒のことを呼ぶ師弟関係のような間柄
だったこともあり得ないでしょう
凄い人です
丸山はようやく岩波から丸山圭三郎著作集が刊行されて再評価されていますね
0192考える名無しさん
2016/07/18(月) 21:30:25.970すみません、ixtlanさんの気持ちは察しますが学術書の翻訳でそれをやってはいけません
別の研究書でテーマにしてやるべきことです
この点については先ほども書きましたように多くのハイデガー研究者の意見と同じです
それからハイデガー全集全体の話まではやめておきますが『有と時』に関してはixtlanさんの
意見には全く賛同できません
すみませんです
0193ixtlan
2016/07/18(月) 21:36:16.360数理論理学専攻ではないです。ただ論理学の授業で訳が分からないから追究していったら、教科書論理学をはみ出ることになってしまいました。
つまり、私と同じように過去に真理表をおかしく思った人たちがいて、この人たちが様相論理とか関連性論理を作っていった、ということを知りました。
以来論理学には興味がありますけど。ハイデガーの論理学観にも。
> あと井筒俊彦は神秘主義の面もありますが言語学・イスラーム学・東洋思想など
> やってきたことはかなり広範囲です
> そうでなければジャック・デリダが「巨匠」と井筒のことを呼ぶ師弟関係のような間柄
> だったこともあり得ないでしょう
へぇ。それほどの人でしたか。ちょっとお聞きしますが、読むべきものは何ですか?
読み損なったのかもしれない。
> 丸山はようやく岩波から丸山圭三郎著作集が刊行されて再評価されていますね
丸山は途中で思想系に行った人ですよね。私はカントがベースなので、そっち系じゃないと
頭に入ってこないかも。
0194考える名無しさん
2016/07/18(月) 21:46:05.250「意識と本質」は有名ですよね
それから「コーランを読む」、これはまさにテクスト解釈学です文庫化も先ごろされました名著です
全集の第8巻の「意味の深みへ 1983年-1985年」、ジャック・デリダとの対談なども入ったこれも有名な本です
とりあえずはこの3巻でしょうか
それから丸山圭三郎は読んでおいた方がいいと思います
丸山は井筒俊彦の思想も晩年は取り入れて独自の「人間の意識体系」を考えて図化したり
人間が物を作ったり、考えたりすることの根源的なシステムも提案しています
まあ好き好きなんですが
0195考える名無しさん
2016/07/18(月) 22:04:26.23Oそこまで意志を削る意味は能動的なものではないということ何だろうが
結局非本来と本来の分割だからな
0196考える名無しさん
2016/07/18(月) 22:14:44.36Oおのれの存在可能性に対して自分の関わりだから先立つでいいしな
0197考える名無しさん
2016/07/18(月) 22:51:33.560何何?wやたら「貴方は論破されました」を繰り返すけど、結局「有る」訳
における判断繋辞と存在繋辞その名詞形「有」を使って訳しきった辻村の
功績をひっくり返すほどの知見はないじゃないの。何が論破だね。
頭おかしいんじゃねえのかこいつはw
あんた、>>167で「〈存在〉訳の方が多いぞ!視たか!」ってw
そういうのって多数決で決まるのかい?w馬鹿もほどほどにしなさい。
タコ助。脳味噌あんのか。いい加減怒るぞいくら俺でも。
ほんま馬鹿丸出しだなあ。翻訳の妥当性など数で決めるべきではない。
あくまでも原作者の意図の再現性の高さで比べるべきなのだ。
結局お前さんは俺が提出する「有」訳でいい理由、存在繋辞だけではなく
判断繋辞でもあるseinを「有る」「有」訳で伝えきったあの翻訳の意義を
一切無視したわけだ。そしてただ単に「数が多い」だけの「存在」訳に
居直っている。お前さんこそ救いがないね。また学術の方法からも遠いね。
「こっちの方が数が多い」が翻訳の妥当性の理由となるのだから。
木田だってこういう見方を知ったら苦笑してしまうだろう。そして一切
そういう輩とは関わらないようにするだろう。それくらいにみっともない
考え方だ。まあ勝手に成仏してなさいw
0198考える名無しさん
2016/07/18(月) 22:52:42.750あと鈴村智久の足元にも及ばないと今一度繰り返しておこう。つまらぬ
多数決に頼って翻訳の妥当性に蓋をした似非研究者に比べれば感覚が自由かつ
鋭利。あの難解な『哲学への寄与論稿』までさっそく自己の読み方で解いて
みせている。あれだけの書きものをする読者が現れた、しかも翻訳への余計
な詭計もない。ハイデガー読みの良き萌しとしか言えない。
何がeviedenceだね。数でしか翻訳妥当性をみれない男がw学術とも
真理とも無縁な数乞食だろう。
0199考える名無しさん
2016/07/18(月) 23:15:42.980出たな妖怪爺(笑)
けっきょくどう説明しようと、あなたはそうして悪態つくだけでしょw
まあいいですよ、私はハイデガー研究会には入っていないけれども今も別の学会提出論文を執筆中
いいたいことがあればちゃんとした場で論文発表すればいいだけのことですからね
私は学部時代からたかだか数回ですが現代思想とかに寄稿しています(ハイデガーではありません念のため)
先に出てきたテクスト解釈系の論文です
あなたも古井戸の中で適当なこと言ってないでちゃんとしたところで問うてみたらいかがですか?
自分でやったものはしっかりと自分に返ってくるんだから
こちらが何回も再提示した質問レスには最後まで応答なしでしたね
そういうのを「論破された」というのですよw
まああなたは高齢者なんだからせいぜい健康にご注意してくださいませ(棒)
0200考える名無しさん
2016/07/18(月) 23:54:36.790そんでもって臭そう。
0201考える名無しさん
2016/07/19(火) 00:05:20.760おもくそフランス現代思想じゃん。
ダメだこりゃ。
0202考える名無しさん
2016/07/19(火) 05:20:52.290何回も再提示した質問てのは「有には所有の意味がある」だろう。
お前さんに辞典辞典と繰り返されて俺も一応読んでみたが問題ないじゃない。
何かを有らしめるてことにはそこに所有するという意味もある。「所有は
おかしい」おかしくないじゃないw辞典の先生が「有」の意味をさらに
詳しく説明してくれているじゃないか。読めば問題ないと分かる。ほんまに
奇天烈な男だな。
それとハイデガー研究会やハイデガーフォーラムてのはあれは毎回論文を
読みあげて検討するという形式をとっている。それは良いがハイデガー
の持っている切迫感や緊張感は彼自身の思索と一体のもので、彼の文章の
魅力もそこにある。大学の先生方にはそこまでの切迫感は感じられないね。
「論文仕上げればよし」てその論文て何。関係づけ起源づけ変遷づけ。
それやってればいいのかね。
思想家と研究者とは違う。思想家は現実に立ち向かい人間に忘却からの
想起を促しまた現実を変える必要を促し自己を知るすべを伝え言葉の思索
の総力をあげていくが思想という営みだ。
ハイデガーは無論思想家だ。「論文仕上げればよし」ではない。たしかに
大学教員ではあったがそこからはみ出すものがあったから結局はみ出して
いった人だ。俺が興味があるのはそういう人間であって、論文生産工房
の工員ではない。
それとハイデガー研究会もハイデガーフォーラムも出たことはあるし
そこで話もしたがああいう集まりは実はだいたいはハイデガーの問いを
論文生産の素材にしてしまってそこであの問いかけを正面から受けきること
を回避してしまう。正面から受け止める奴がああいうところで「学術会議」
出席して「満喫」している訳がない。
むしろそういうところが駄目に思ったね。「論文仕上げればよし」て
何だいそれは。『現代思想』に掲載されればいいのかい。
0203考える名無しさん
2016/07/19(火) 06:11:42.280それとお前さんが知識をやたら披露して「論破した」と喜んでいるレス
だが、俺の立場とは既に書いたように翻訳の優劣は原作者の意図が正確に
伝えられているか否かにある。seinの意味を正確に伝えられているのは
判断繋辞と存在繋辞の双方をハイデガーの意図に沿って入れている「有」訳
の方だ。またもっといえば辻村はおそらく日本語の全体を駆使してあれを
ハイデガーの意図に沿って伝えようとしている。そこでお前さんのように
教養を披露して得意になる馬鹿が出てくるようにもある。
ハイデガーの意図を伝えるには「存在」訳では不十分だと考え「有」訳に
踏み切ったとすれば十分にその動機は分かるし「教養」などに頼って
不十分な訳語にしがみついている似非研究者に比べればよっぽどいいと言
える。
それとお前さん、>>168で「時は点。時間は線」としているが、そこは俺の
読んだ小学館『大辞泉』では書いてないねえ。時については過去から現在、
未来への流れ。また時間のことだ。つまり時間でいいとも書いてある。
時間についても時の中のある一点だとも書いてる。つまり時も時間も現在の
日本語では同じでいいと考えられるということだ。少なくともお前さんの
ように目くじら立てて差異を騒ぐほどのものはないという訳だ。
いい加減にしな。タコ助。
0204考える名無しさん
2016/07/19(火) 06:29:46.540まだある。ほんま馬鹿なモノ言いだらけなんで謂う事ばかりだわw
>>183で鈴村智久が美学だとか専門外だとか言ってるがその発言も馬鹿
研究者そのものだな。それをいうなら小説家や文学者がハイデガーを語る
のも全部おかしい。説得力はないことになる。また出身学部で語っていい対象
が決められるってのはあまりに偏狭で愚劣きわまるね。
お前さん、本当は知的障害者なのか?なら俺はもう何も言わないが。
0205考える名無しさん
2016/07/19(火) 07:15:51.79O0206考える名無しさん
2016/07/19(火) 09:31:40.350>小説家でも専門外は専門外ですからそれなりの
>エビデンスを要求している私としては気が抜けてしまいます
とお前さんはのたまわってるが。小説家だろうが画家だろうが建築家だ
ろうがフリーターだろうが問題は書かれていくテキストでありそこで如何なる
読みが為されているかだけだ。他にはない。
「哲学専攻」「〜大学哲学科所属」がお前さんのいうevidenceなのかね。
あんた信用し過ぎだね。そういう肩書を。また肩書を重視することで最初
から色眼鏡で他人を選別する愚劣さを既に身につけてしまってる。
そういうスタンスでハイデガーという根本的に考える思想に関わりを持とう
というのが俺には驚異だしあり得ないね。
俺に言わせれば巷にいる「ハイデガー研究者」とは何かといえば、
ハイデガーの主張や思想を自己の現実で受け取らず論文に精を出し或いは
学生相手に自分が真から対決して行く訳ではない教養を語り上司から
勝手に等級を付けられて出世コースを競って行くサラリーマン以外ではない。
だいたい当のハイデガー自身が「大学哲学などに哲学はあるのか」と
講義で疑問を述べているのであってそういうハイデガーの疑問にまるごと
当てはまるのが上記の連中なのだ。サラリーマン(論文制作者・研究者・
教師)ではあるが哲学者・思想者などではない。
お前さんは何から何まで勘違いしている。辻村や誰やらの問題ではない
ことが段々分かってきたぜ。ロクでもない男だな。まあ「ハイデガー研究」
の分野では実はありふれた、ゴロゴロ転がっている「人材」なのかもしれんし
それもまた恐ろしいことだがw
0207考える名無しさん
2016/07/19(火) 15:33:59.800今頃になって相当に長い「作文」をわざわざ書いてくれて有難う御座います
私もけっこう書きましたから、どういう返答が来るかと思っていたらなんか誹謗中傷だけ1スレ(笑)
スレの個別引用すらなく、そもそも私が主張している意見に対しての「あなたの反論」が無いんですよ
あたかも私があなたの書いたように言ったかの如く改変されている
もうだいぶ上の方に行ってしまったレスだから(160番代?)探して確認してください
�@現代物理学において「時(とき)」は一瞬の時刻を指します ですから点なんです
しかし「時間(じかん)」は過去からずっと未来へと流れているものです
ですが「時(とき)」であっても「時は金なり」と「時間」の意味で使われるこも当然あります
これはそうした「時」のほとんどは昔から言われているような諺であったりする場合が多いでんですよ
昔から「時間」の意味で使われてきて残った表現や書籍などは一般的使用としての残滓なんです
今現在において「いまの〈時〉は?」という日常表現があるでしょうか まず使用しません
「時の流れには逆らえないよ」ということは今でも言いますよね これも一般使用的残滓の表現に入ります
つまり「時の流れ」という表現がそもそも慣用句的な単語のつながりとして現代に残っているわけですよ
よって「時(とき)」は言語使用の残滓としてはあるものの一般表現においても「時間」使用の優位性は変わりません
0208考える名無しさん
2016/07/19(火) 15:35:46.860>>206
�A鈴村智久さんの件です 彼のブログのURLを貼りましたね それが『有と時』の翻訳の正当性をどう述べているのでしょうか?
あなたは「鈴村のブログは凄い」というようなことを言うけれども 問題にしていることは「有と時」の翻訳正当性ですから
そういうことはここまで一切書かれてきていませんよね?
�B研究者批判をしているようですがそれなら研究者が書いたものは読まなけれべいいのではありませんか ストレスも減りますよ
>だいたい当のハイデガー自身が「大学哲学などに哲学はあるのか」と
>講義で疑問を述べているのであってそういうハイデガーの疑問にまるごと
>当てはまるのが上記の連中なのだ。サラリーマン(論文制作者・研究者・
>教師)ではあるが哲学者・思想者などではない。
あなたは人を散々誤読批判しておいてハイデガーのいうことは常に「真」になるわけですね
そういうのを「信者」というし仲正さんなんかも「ハイデガーファン」という形容をしていますね
ハイデガーを「真」と崇めるハイデガー原理主義者があなたです
私が研究者や学者の意見を重視したのは 彼らだって猛烈に勉強してきた人だからです
もちろん私的に論文の内容的にも人間的に合わなかった人なんていくらでもいますよ
でもしかしどの世界でも「玄人」というのは情報量も多いし「素人」とは一線を画す存在です
だから私はあなたが学者・研究者にも「ピンからキリまである」というのならば賛同します
ですが一律に駄目ということはあり得ないことなんです
もう少し情動を抑制してレスできるようにしてくださいね 以上
0209考える名無しさん
2016/07/19(火) 16:08:30.240�C「有(う)」についてすでに書きましたがあなたの改変忘却癖を考えて簡単に書いておくことにします
ですが、これはもう完全にアウトでしょう(笑)
「有(う)」なんて一般的にどういう使用の仕方をしますか?
「〜の有無」というカップリングでの使用はありますが単独ではそうそう無いんですよ
そして「有(う)」は仏教用語としてなら仏教界で現在でもいきています
ですから「ある」ならば私はいいと思いますし実際に解説書などでもそういう言葉の意味だと
書いているものも多いです
では「有る(ある)」ならばどうか 「有る(うる)」なんか絶対にあり得ないですが
「有る(ある)」は一見よく感じても意味としては「�@存在している�A所有している、持っている」
そういう二つの大きな意味をもっているのでこれも問題がある
�D結論として「有と時(うととき)」はそれぞれの漢字単体で考えても不的確であり
さらに「道元 正法眼蔵 有時の巻」というハイデガーが1927年までに読んでいない書物と関係性を
持たせるという極めて個人的な意図を背景にしているがために 「有と時(うととき)」は完全に却下
されるべき「個人的意図による改変の愚訳」として翻訳史にも残るものだと思います
それが全集で行われたということも原書への冒涜と言えるくらいに酷い行為です
全集を読んで論じている人は引用も含めて「有と時(うととき)」から逃げられないから
そうでざるを得ないことになってしまいますから翻訳史に残る暴挙であることは間違いないでしょう
以上です
0210考える名無しさん
2016/07/19(火) 17:04:44.560> 全集を読んで論じている人は引用も含めて「有と時(うととき)」から逃げられないから
> そうでざるを得ないことになってしまいますから翻訳史に残る暴挙であることは間違いないでしょう
横レスだけど、君は、本当に馬鹿だな・・・
翻訳というのも、一つの「解釈」なんだよ。
そして、ハイデガーを仏教的に「解釈」していけないという理由は何もない。
それは、ハイデガーがそれを意図したかどうかとも無関係なことだ。
それから、翻訳しか読んでいないがその翻訳の影響を受けてしまうことの責任は、
ドイツ語で読まない当人にあるだろう?
私の場合は、「有と時(うととき)」w は、学部の3年生の時からドイツ語原文で読んでいたよ。
演習で読んでいたからね。
フォン・へルマンの解説を参考にしながらね(これもドイツ語)。
「研究者」がどうのこうのと馬鹿なことを書いているが、
君らの書き込みを見れば、ドイツ語で読んでいないことが、一目瞭然だ。
0211考える名無しさん
2016/07/19(火) 18:31:13.740じゃあお答えしましょう。しかし貴方も相変らずどっちでもいいようなことし
か訊いてこないだねえ。俺は「有」でも「存在」でも読んでるしそれは「有」
の方が分かりが良いから主に「有」訳だけど。「存在」訳でも勿論読んでる。
翻訳者はよくやっている。その苦労を否定しようと思ったことなどない。
どっちだけが正しい、他方は消えれば良いなど言ったことはないよ。あんた
が「有」訳はおかしいと延々主張するのでそんなことはない、あれだって
良いところはある、むしろ「存在」訳よりも優れている点もある、俺は
そう言ったに過ぎない。俺はどっちが消えれば良いと主張したことなど
一度もない。そこはあんたとは違う。あんたは「有」訳は間違っていると
ただ言っている。俺はまったくそうは考えていない。あの翻訳で初めて
あの本におけるseinが存在繋辞だけではなく判断繋辞さえ示しハイデガーは
有の開示として問題にしていることをまともに知ったのだから。「存在する」
訳だけではそこまでは分からなかった。
また辻村訳は「存在」「存在者」の違いも日本語では同じようにみえて
よく分からなかったのを「有」「有るもの」として明瞭に表してくれた。
これは助かった。有はハイデガーでは特殊な意味があるのだから特殊な
日本語でいいのだとこの時に俺は捉えた。
このように「存在」訳では曖昧だった点を払拭したのは俺には助かった。
「有」訳の意味は立派にあるのだと言わざるを得ない。あんたが延々文句を
言ってるのはまったくどうでもいいことばかりだ。何度も書いたが「有」が
仏教用語だとか知らずに読んでる俺のような読者もいる。また知ってて読ん
でる読者もいたとしても意味が通れば問題はない。先に書いたように「有」
訳の方が原著での意図が通る点だってある。それこそが翻訳では重要なの
だ。また「有」訳と「存在」訳にしても鈴村氏を例に挙げたがどっちも
自己の書いてる文で使ってる書き手だっている。俺だって両方使ってる。
それでいいんだよ。俺はそういう例として鈴村氏を最初挙げたのだよ。
これも問題はハイデガーをどう読むかであって翻訳の正当性など決めること
はないと言ってるのだ。どっちも使って良いし決めつけることはないと
言ってるのだ。
0212考える名無しさん
2016/07/19(火) 18:43:00.44O>
> これは批判しどころがあるだろう?
ペロリンはどうしてこれで黙っちゃうわけ?
おまえは存在と時間を読んだのだろう? もしくは読んだふりをしたいのだろう。
世界内存在の分析の一番最初は世界の世界性、それについておかしく思うところはないのかい?
ちょっと離れて見てみれば、明らかにおかしいよな、道具存在論は。
0213考える名無しさん
2016/07/19(火) 18:45:29.490>何度も書いたが「有」が
>仏教用語だとか知らずに読んでる俺のような読者もいる。
横レスだけど、君もすごいな・・・
「現成」なんかも仏教語だよ。知らなかった?
0214考える名無しさん
2016/07/19(火) 18:59:23.320�@言ってることは分かるがどっちにせよ「時」も「時間」も今では同じく
使われてるでしょう。
>現代物理学において「時(とき)」は一瞬の時刻を指します ですから点
>なんです しかし「時間(じかん)」は過去からずっと未来へと流れている
>ものです
とあるがテレビ番組ではアナウンサーは「今の時間は8:30になりました」
と云うでしょう。つまり「時間」もまた瞬間的な「時」として使われている。
サッカーでゴールが決まると「今のゴールが決まった時間は前半24分ですね」
ともいう。これも瞬間を表している。
ただ「時」というのは「時間」よりもおそらく古い歴史のある言葉でしょう
。今では意味は同じでも「時間」の方が使われている。此方の方が馴染みがあ
る。それだけのことでしょう。
しかし『有と時』では先に書いたように「時」のは本来的な時性、「時間」
では通俗的・計測的な時間として区別されていく。これはこれで立派な
明瞭な使い方だと言える。俺から見れば何の問題もないですね。
0215考える名無しさん
2016/07/19(火) 19:10:45.620�A先に来たようにあの著者を出したのは元々は「有」も「存在」も併用して
気にせず使っている若い読者ということで出している。俺がそうだから
他にもいる、良い傾向だ、と言ったわけ。併用するのだからその手のことに
言及などしませんよwまた言及する必要もない。「翻訳正当性」など気にせず
ハイデガーの思想についてどんどん読み込み自己の見解を述べていくその
手つきは感心させられる。若い人でこういう人はいる。その意味で評価して
いる。それだけのことです。
�B俺は別にハイデガー・ファンでも信者でもありませんよ。何でもかんでも
「正しい」等言った事もない。ナチス加担や信奉の件でもそういうのまで
崇めていく必要はない。今でも読めるのはどこでかを考えれば良い。そう
言っている。てのはナチスの件で済ましてしまい読みもしない読者が2ch.
には大勢いる。むしろそういう左翼にたいしてハイデガーの読み方を考える
べき、と言った。実際木田元も言ってるが一著者のことを何でもかんでも
崇める必要などないし、読めるところでだけ読めばいいのだ。俺もそう考
えているしハイデガーにも同じように考えている。
0216考える名無しさん
2016/07/19(火) 19:29:06.320あと大学哲学についてハイデガーが批判している件。また研究者について。
たしかに木田元や渡辺二郎のような人は俺は尊敬してるしそういうことなら
分かりますよ。
しかし貴方、ハイデガー研究会とかハイデガーフォーラムをあげて「貴方も
行ってみて喋ってくればいい」とか言ってたでしょう。行ってるしそこで
陰湿な新人苛めやも見てますよ。無用な陰湿さで翻訳する大学院生だか
をいたぶっていた大物研究者M.Iやね。厭な連中だなとしみじみ思った
わけだ。またサラリーマン社会を思わせる上下関係もありそうだし下らない
というか、まさにサラリーマン社会の風習、その陰湿さも見事に継承して
いる。
しかもそれでやっている事はといえばどっちでもいいようなことを
また無理な関連付けやをやってみせ論文でほじくり返し「検討」してる。
これなら家でハイデガーのテキストや読んでた方がましだわと思い行かな
くなった。ただもう一切行かないとまでは言いませんよw行くかもしれない
しw
0217考える名無しさん
2016/07/19(火) 19:32:53.650�C�D「有」については何度も書いてるようにあの訳では意味は通じてるし
またあの訳でなくては分からなかった点もあった。読者には貢献してますよ。
これまた何度も書いてるし>>211でも書いてるし繰り返す気はないねえ。
まあ貴方も長文お疲れ様w
0218考える名無しさん
2016/07/19(火) 20:18:43.250あとせっかくだから>>215で「今でも読めるのはどこでかを考えれば良い」
とまで言ったのだしそこを書いておきたい。俺はハイデガーで今でも生きてい
るのは存在忘却またそこが進展し尽くした集め-立て、自然を人間を搾取し
また人間にたいし、それを強制し、できない人種は淘汰する、その流れの
なかでどう生きていけばいいのかを問題視した。そこでだと捉えている。
それとハイデガーのニーチェ読解でニーチェの力への意志を問題視し、
これが未だに世界を支配、乗り越えられない哲学として君臨する溢路を
示した。
プラス中期の性起論で突然的に開き、測り通すものを抜け去る有・seyn
を提示した。これは存在忘却の浸透のはてにその窮迫として現れていく。
ハイデガーにおけるこういった視点それらはいまだに問題として我々の
日常に覆いかぶさるものばかりだし、また解決もされていかないでいる。
その意味でいまだに考えていくべき問題だと言う気がする。またこの意味で
ハイデガーはいまだに読まれるべき思想としてあると俺などは思っている。
0219考える名無しさん
2016/07/19(火) 21:04:08.740本当に初めてまともに誹謗中傷や嫌味なども書かずに返答してくれて有難う御座います
とても感謝していますよ
まず�@ですね
�@では「時」と「時間」について書きましたけれども 前に書いていて脱落していることがありましたので追加しますね
「時間∋時」ということです あなたもご指摘のように「時」の方が古くからある言葉ですし両方共同じ意味で使用する場合があります
しかし現代では慣用句的使用としてしか「時(とき)」は使いません 圧倒的に物理学でいう「時間」の使用が浸透しています
それで「時間」ということばは「時」をほぼ吸収してしまったわけなんです
現代では(ここは重要です)「時間」は「時」を含む用語として一般にも活用されているわけです
よって「有と時」という翻訳の適切性ですから「時」だけをとって論じても重要な意味には成り得ないのですが それでも「時間」の優位性は
はっきりしているので 「時(とき)」翻訳は却下されます
�Aはあなたが出してきた「鈴村智久さんのブログ」についての質問ですね
私は>>208 にも「(私が)問題にしていることは「有と時」の翻訳正当性ですから」と書いていますよね しかし>>215 においてあなたは
>「翻訳正当性」など気にせずハイデガーの思想についてどんどん読み込み自己の見解を述べていくその
>手つきは感心させられる。若い人でこういう人はいる。その意味で評価している。それだけのことです。
と述べています 「>その意味で評価している。それだけのことです。」ということならば「翻訳正当性」の話を私はしているのにあなたは
関係のないことをURLまで貼って話題の転換を行ったということになりますよね それはいけません 逃避行為にしかならないし混乱のもとです
よって�Aにおいても私の指摘が正当となります
0220考える名無しさん
2016/07/19(火) 21:06:00.540�Bにおいてですが文の後半など私も賛成します
しかし問題があるので�Bのあなたの発言部分だけを再録しましょう
>だいたい当のハイデガー自身が「大学哲学などに哲学はあるのか」と
>講義で疑問を述べているのであってそういうハイデガーの疑問にまるごと
>当てはまるのが上記の連中なのだ。サラリーマン(論文制作者・研究者・
>教師)ではあるが哲学者・思想者などではない。
あなたが>>215 において書かれたとには賛成ですがそのもとの文章は違うことを言っているんです
「論文制作者・研究者・教師」はサラリーマンであって思想家でも哲学者でもないとあなたは言っています
これは明らかな矛盾です あれだけ誹謗中傷しておきながらそれが全く述べてはいないかのごとくに無視されています
つまり返答になっていないわけです
0221考える名無しさん
2016/07/19(火) 21:08:18.740次は�Cですが私の話の重要な部分なので再録します
↓ ↓ ↓
�C「有(う)」についてすでに書きましたがあなたの改変忘却癖を考えて簡単に書いておくことにします
ですが、これはもう完全にアウトでしょう(笑)
「有(う)」なんて一般的にどういう使用の仕方をしますか?
「〜の有無」というカップリングでの使用はありますが単独ではそうそう無いんですよ
そして「有(う)」は仏教用語としてなら仏教界で現在でもいきています
ですから「ある」ならば私はいいと思いますし実際に解説書などでもそういう言葉の意味だと
書いているものも多いです
では「有る(ある)」ならばどうか 「有る(うる)」なんか絶対にあり得ないですが
「有る(ある)」は一見よく感じても意味としては「�@存在している�A所有している、持っている」
そういう二つの大きな意味をもっているのでこれも問題がある
�D結論として「有と時(うととき)」はそれぞれの漢字単体で考えても不的確であり
さらに「道元 正法眼蔵 有時の巻」というハイデガーが1927年までに読んでいない書物と関係性を
持たせるという極めて個人的な意図を背景にしているがために 「有と時(うととき)」は完全に却下
されるべき「個人的意図による改変の愚訳」として翻訳史にも残るものだと思います
それが全集で行われたということも原書への冒涜と言えるくらいに酷い行為です
全集を読んで論じている人は引用も含めて「有と時(うととき)」から逃げられないから
そうでざるを得ないことになってしまいますから翻訳史に残る暴挙であることは間違いないでしょう
>上のように�Cでは出来るだけ煩雑になるのを避けて簡単かつ明確な書き方にしたつもりです
>�C�D「有」については何度も書いてるようにあの訳では意味は通じてるし
>またあの訳でなくては分からなかった点もあった。読者には貢献してますよ。
0222考える名無しさん
2016/07/19(火) 21:10:13.990上の >>221 は >>217 におけるあなたのレスの引用です
なんら説明になっていないしあなたが私の考えに対してちゃんと書いたことも無いですよ
>>211 でもあなたは�C�Dについて書いていませんしね
あなたの心ある返答の結果としてみましたが 内容として上記のように駄目です
�C�Dに対しては私はあなたのレス内容へのしっかりとした返答すら出来ません
なぜならば �C�Dについて書かれていないからです
やはり「逃避」して無かったことにしたいのかなという勘ぐりすら感じてしまうレス内容でしたので
大変失望しました
ですがいつもの「悪口雑言」「誹謗中傷」をしたいところを相当の自制心を働かせて書いていただいたことには
心より感謝しています
本当に有難う御座います
0223考える名無しさん
2016/07/19(火) 21:25:47.240>>217
>>221 の最後にある「引用符文(>)」は >>217 におけるあなたのレスの引用です
なんら説明になっていないしあなたが私の考えに対してちゃんと書いたことも無いですよ
>>211 でもあなたは�C�Dについて書いていませんしね
あなたの心ある返答の結果としてみましたが 内容として上記のように駄目です
�C�Dに対しては私はあなたのレス内容へのしっかりとした返答すら出来ません
なぜならば �C�Dについて書かれていないからです
やはり「逃避」して無かったことにしたいのかなという勘ぐりすら感じてしまうレス内容でしたので
大変失望しました
ですがいつもの「悪口雑言」「誹謗中傷」をしたいところを相当の自制心を働かせて書いていただいたことには
心より感謝しています
重ね重ね 本当に有難う御座います
0224ixtlan
2016/07/19(火) 21:48:30.390> 現代では(ここは重要です)「時間」は「時」を含む用語として一般にも活用されているわけです
> よって「有と時」という翻訳の適切性ですから「時」だけをとって論じても重要な意味には成り得ないのですが それでも「時間」の優位性は
> はっきりしているので 「時(とき)」翻訳は却下されます
ハイデガーの思考を加味すると、「時間」というのは妥当ではない。
ドイツ語 Zeit に「間」の意味はない。
彼は「決して横切り渡ることのできない間」と言う。
これでは秘教的なのは、実は時間の方だったという落ちになってしまう。
ハイデガー以前に日本語が「間性」を発見していたのだと。
そういうことを考えると、どっちにしたらいいのか困ってしまう。
0225ixtlan
2016/07/19(火) 21:58:00.070> �D結論として「有と時(うととき)」はそれぞれの漢字単体で考えても不的確であり
> さらに「道元 正法眼蔵 有時の巻」というハイデガーが1927年までに読んでいない書物と関係性を
> 持たせるという極めて個人的な意図を背景にしているがために 「有と時(うととき)」は完全に却下
> されるべき「個人的意図による改変の愚訳」として翻訳史にも残るものだと思います
ちょっと疑問が。
それ問題にしたら「性起」はどうなりますか。
これは華厳を背景にした訳だから却下するとしなくてはなりませんよね。
しかしアカデミズムではこの訳はスタンダードになっているのでは。
0226考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:02:58.300> 733 : 第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. 2016/07/16(土) 16:04:28.85 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/733
↑
同一人物?
↓
> 120 : ixtlan 2016/07/14(木) 23:06:54.53 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/l20
0227考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:04:12.430ところでみんなどう思う?↓
> 733 : 第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. 2016/07/16(土) 16:04:28.85 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/733
↑
同一人物?
↓
> 120 : ixtlan 2016/07/14(木) 23:06:54.53 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/l20
0228考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:04:52.110しかし、なんだこりゃ↓
> 733 : 第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. 2016/07/16(土) 16:04:28.85 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/733
↑
同一人物?
↓
> 120 : ixtlan 2016/07/14(木) 23:06:54.53 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/l20
0229ixtlan
2016/07/19(火) 22:07:41.140> 世界内存在の分析の一番最初は世界の世界性、それについておかしく思うところはないのかい?
>
> ちょっと離れて見てみれば、明らかにおかしいよな、道具存在論は。
そう明らかにおかしい、ペロリン。
世界の世界性はと大風呂敷を広げて、対象は道具的世界なのか?
世界の中には道具などではないものが一杯あるではない。
富士山などの高い山から見る日の出。
古池や、かわずが飛び込んで音を立てる、その音。
川縁の掘っ立て小屋にするホームレスの顔。
そういうものは道具じゃないだろ?
しかし世界の中にある存在者だ。
従って、『存在と時間』から行為性を抜き出す『存在と行為』(池田)などは大したものだと思うが、元が Worumwillen に偏っているから、全体としてはカント3批判書の視野の広がりはないのだ。
0230考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:08:50.3900231考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:10:33.390ixtlanさん申し訳ないのですが「有時」さん(HNがないので彼をこう呼ばせていただきます)と私の間のレスなので
有時さんがixtlanさんに私のことをああだこうだというのは構わないのですが 有時さんはけっこうデリケートな方なので
私はこのレスについては一切誰にも返答しないつもりです
ただ最後の質問は違う内容なので返答しますね
>しかしアカデミズムではこの訳はスタンダードになっているのでは。
スタンダードな訳ならばなんでずっと品切状態なんでしょうか
他の細谷訳などはどんどん版を重ねているのに…
ちょっと失礼な言い方になってしまいますがixtlanさんはあまりテリトリーが広くないみたいですね
そしてある意味深く考えないような
まあ個人個人ですからだからどうのこうのではありませんよ
失礼します
0232考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:10:48.590テキストから該当箇所を抜き出してから喋ろうな、イストラン。
それはおまえの独自解釈の域を出ない訳で、
その場合、読書スレではなく、私イストランの勝手なトンデモ解釈ですが〜と
但し書きを付けるのが最低限の礼儀かな。
0233考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:12:48.400極めてスタンダードな訳。
慮とかふざけた訳をスタンダードと主張する事自体、
おまえ、ふざけてんのか?って感じのスタンダードだしな。
0234考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:13:55.630> 733 : 第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. 2016/07/16(土) 16:04:28.85 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/733
↑
同一人物?
↓
> 120 : ixtlan 2016/07/14(木) 23:06:54.53 0
> おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
> そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
> おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
> 固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
> まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
> それともたまたま木違いに当たっただけなのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/l20
0235考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:20:53.54O何だ、そんなことか
道具じゃない物があるから世界の世界性はおかしい???
現存在に関わる形でしか存在は存在しないから、
ハイデガーの立場からするとそれは当たり前なんだけどね
客観は排除され主観としての内ー存在にあるしかない
0236考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:23:14.17O存在は現存在の関わる世界の中でしかない
これは基本だろ、良くも悪くも
それを否定したらハイデガーの全てが成り立たない
0237ixtlan
2016/07/19(火) 22:30:02.990> >しかしアカデミズムではこの訳はスタンダードになっているのでは。
>
> スタンダードな訳ならばなんでずっと品切状態なんでしょうか
> 他の細谷訳などはどんどん版を重ねているのに…
私は「Ereignis 性起」という訳について言ってるのですよ。
これは『哲学への寄与論考』以来のものですよね。
この訳はハイデガー訳界のスタンダードでしょ?
貴方の道元の話を普遍化すると、これも駄目ということになってしまうのでは?
華厳という仏教世界を背景にしているので。
0238考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:30:11.06O延々やってられたわな
阿含でヤフーでやってて2chで数かぞえきれないスレ立てて、
キャラを作る為に夕方にやってくるというキャラにして
何の為に生きているのかよくわからんが
0239ixtlan
2016/07/19(火) 22:33:30.400> どうでも良いが、読書スレと銘打ってるのだから、
> テキストから該当箇所を抜き出してから喋ろうな、イストラン。
本来の話は、要約としてまとめてある。
文句があるならそれについて言いたまえ。
もう探せないだろうから、↓参照。
http://www.eleutheria.com/philosophia/data/7171.html
0240ixtlan
2016/07/19(火) 22:34:40.840邪魔をするならば消えたまえ。
私は波平という人物と同じ人間ではない。
これ以上つきまとうならば、2chの運営に相談するが。
0242考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:38:44.720『哲学への寄与論稿』の翻訳者を見て下さい
そういうことなんですよ
やりたい放題に個人的思想を挿入して
破壊しまくってたということです
これは文化的犯罪だと私は思っています
0243考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:41:04.82Oもう言い逃れはできないだろ
0244考える名無しさん
2016/07/19(火) 22:45:24.370スタンダードもなにも創文社の全集でしか出ていませんから
物理的な理由ですよ
誰か翻訳しなおして欲しいものですけれども
たいした興味のある本でもないので
私はあの「目録集」の別訳が出るのは難しいかと思います
ですが全集が出揃って少ししたら大幅改訳版全集がきっと出ると界隈では言われていますよ
0245ixtlan
2016/07/19(火) 22:55:53.970>�B研究者批判をしているようですがそれなら研究者が書いたものは読まなけれべいいのではありませんか ストレスも減りますよ
>>だいたい当のハイデガー自身が「大学哲学などに哲学はあるのか」と
>>講義で疑問を述べているのであってそういうハイデガーの疑問にまるごと
>>当てはまるのが上記の連中なのだ。サラリーマン(論文制作者・研究者・
>>教師)ではあるが哲学者・思想者などではない。
>あなたは人を散々誤読批判しておいてハイデガーのいうことは常に「真」になるわけですね
>そういうのを「信者」というし仲正さんなんかも「ハイデガーファン」という形容をしていますね
>ハイデガーを「真」と崇めるハイデガー原理主義者があなたです
これは面白い。ハイデガーを理解し、それを人に教えることに安住している教授や講師やその予備軍と、ハイデガーみたいな思想家には原理的に差異があるんじゃないかってことでしょ。
それに対して、読まなければいいとか、ハイデガー原理主義だ、というのはちょっとまともなレスではないですよ。
ハイデガーをしてこう言わしめたのは何かと考えるのが筋じゃないかな。
というと、やはり<政治>じゃないだろうか。
それはチョムスキーほどあからさまではない。つまり、言語学者としてだけ問題になり、政治的発言は全部アカデミズムからカットする、というような人物とは違う。
やはりそれは哲学と政治という二つの、しかし二つと言い切れない、大昔からの腐れ縁みたいな関係上での出来事。
いや、こういう風に考えるべきだという確たる思いがあるわけではないんですが。
0246ixtlan
2016/07/19(火) 22:57:37.170> >>237
> 『哲学への寄与論稿』の翻訳者を見て下さい
> そういうことなんですよ
> やりたい放題に個人的思想を挿入して
> 破壊しまくってたということです
> これは文化的犯罪だと私は思っています
え? じゃあ Ereignes =性起 も駄目だってことですか。
しかしこれは業界標準じゃないの?
0247考える名無しさん
2016/07/19(火) 23:08:45.550ixtlanさんだって学部で哲学やってきた人なんですよね?
友人やら恩師やらがいるでしょう
初心者じゃないんだから(笑)
友人や恩師だっているだろうし
なんか不思議な人ですねえ
0248ixtlan
2016/07/19(火) 23:41:50.700> ixtlanさんだって学部で哲学やってきた人なんですよね?
> 友人やら恩師やらがいるでしょう
> 初心者じゃないんだから(笑)
> 友人や恩師だっているだろうし
> なんか不思議な人ですねえ
仮に私がハイデガーでメシを食っているならば、やはりハイデガーの言う通り、思想家とは呼べないでしょうね。
私の恩師も、思想家なんて自称も思いもしませんでしょう。一研究者でしかない。
で話は何だったかというと、思想家と研究者を分けるのはどうしてか、ハイデガーの位置では、ということだった。
貴方はどう思いますか?
もう一つ別の話として、貴方方の話に私の意図がかかわってくることがあって、それは、
ゾルゲの構造の Sich vorweg sein を「自己に先立って」と訳すのは妥当か、という問いです。
これがいわば、ハイデガー研究者たちの業界では「自己に先立つ存在」と読むのが標準らしいのですが、そうなると私の問いなんて蹴飛ばされますね。
0249ixtlan
2016/07/19(火) 23:44:43.230> >>229
> 何だ、そんなことか
> 道具じゃない物があるから世界の世界性はおかしい???
> 現存在に関わる形でしか存在は存在しないから、
> ハイデガーの立場からするとそれは当たり前なんだけどね
> 客観は排除され主観としての内ー存在にあるしかない
主観がどうのなんて関係ない。
そもそも夕日の美しさ自体が主観的といえばいえるのだからね。
つまり、どうして道具しか存在しないのだ? この分析には。
世界という以上、欠けているものがすぐに分かるようだったら、駄目じゃないか。
0250ixtlan
2016/07/19(火) 23:48:35.560> 存在者と存在は違う、
> 存在は現存在の関わる世界の中でしかない
> これは基本だろ、良くも悪くも
> それを否定したらハイデガーの全てが成り立たない
存在と存在者の違いも関係ない。
数ある存在者の中から、どうして道具を選んだのか、ということだからね。
君は分かってもないことをペロペロする癖があるな。だからペロリンと名付けたのだが。
波平はこれまでそんなことをしたのかね?
同一視するならそういうことまで考えなければ駄目だろう。脳ミソを臓器移植するように。
0251考える名無しさん
2016/07/20(水) 00:07:19.650>思想家と研究者を分けるのはどうしてか、ハイデガーの位置では、ということだった。
>貴方はどう思いますか?
それは結局は肩書の問題にもなりますよね
自分で「私は思想家」です「翻訳者」や「研究者」が言ったとしたらどうでしょう
その場がテレビ局でのコメンテーターとしての出演だった場合は申告通り「思想家・なんとか」
とテロップも出ますしMCに総紹介されます
古市憲寿(31才)という社会学者がいますよね
彼は大学院生の頃からメディアに出ていて実は今も院生です
でも「大学院生の古市さんです」とは紹介されたことはない
研究者に思想が無いって証明できますか?私にはそこまではできませんね
弁護士なんかと違って資格を取るわけではないですから現実問題としては思想家なんて
誰でも語れるのですよ
世の中の都合が関わる判断というやつです
でもこんなことくらい誰だってちょっと考えればわかることでしょう
哲学なんかをやっている人が分からないとかあり得ないですよ
ゾルゲは私はどうでもいいくらいにしか巻上げていなくて、そう言われているならそういう意味なんだろう程度です
そもそも私にとってのハイデガーは思想的に興味はほとんど無いんです
それでもけっこう読んでいるのは私は別の視点と興味からハイデガーを見ているからです
そういう標本として実に興味深いですね
0252考える名無しさん
2016/07/20(水) 07:13:40.53O0253考える名無しさん
2016/07/20(水) 07:39:06.380外面から具体的情報への反応の受動性の確保を両立してほしい。
0254考える名無しさん
2016/07/20(水) 09:05:59.840政治というのは確かにあるけども。しかしひとまずは政治を抜きにしても
この問題はある。というのは「哲学とは全体を問い、問う者自身を含みこんで
いく。問う者自身を問うていく」とし、すなわち「何故かような場所(たとえば
大学、講義、教室)に来たのか。何故教授の前に坐るのか。何故哲学学科に
出席すればそこに哲学があると思えるのか。その根拠は何か」を問うていく
のだということだと俺には思えるのですがね。
何故哲学の講義に出れば哲学が分かると思うのか。教えやすく、覚え易く
された知識は哲学なのか。
ハイデガー研究会やハイデガー・フォーラムにくればハイデガー思想が
分かる、ハイデガー思想がある、そういう思える根拠とは何か、と言い換え
ても良い。
こうした問いは『全集29/30巻 形而上学の根本諸概念』の冒頭にかなり
謂われていくわけです。形而上学という名称も、アリストテレスの遺した
原稿草稿に、どういう学科に属するのか不明な原稿があった。それは
本質的なことが書かれているが所属が不明なので一応自然学の後に挿入され
た。これがメタ(後に)フィジッカ(自然学)という名称になった。つまり
万物をその根拠を問うていく本質学である形而上学自体、当初から学とは
微妙に相いれない性質をもって混在していた…
ハイデガーはとにかく根本的に問うていく。自己の立ち位置、ふるまい
、所属ふくめその根拠を問うことから始める。哲学が全体を問うのであれば
自己をも問う事が入ってくる。そもそも自己とは何か。
そういう問いがある。俺はそう考えていますけどね。でそれは「哲学」
が有名無実化されないためにはほとんど必須の作業だと思える。これを
忘れたところから色んな迷走と迷信が始まるとね。
0255考える名無しさん
2016/07/20(水) 12:28:02.38O0256考える名無しさん
2016/07/20(水) 12:55:13.650じゃあさなんでハイデガーは自分のナチ加担問題については根本的に問うていかなかったの?
それって「哲学」が有名無実化されないためにはほとんど必須の作業をおこたっているよな?
だからハイデガーはこれを忘れたところから色んな迷走と迷信が始まったわけ?
0257考える名無しさん
2016/07/20(水) 12:57:39.23O0258考える名無しさん
2016/07/20(水) 13:12:21.470いまだに携帯で2ちゃんやってる類人猿がいるんだ?
0259考える名無しさん
2016/07/20(水) 13:17:43.7900260考える名無しさん
2016/07/20(水) 13:51:34.9700261考える名無しさん
2016/07/20(水) 15:10:25.300まずハイデガー思想について一般的な『sein und zeit』にばかり注目
している読者はあれがどういう思想かさほど知らない。seynやereignisやを
論じていく辺りから人格の突発的な変貌、また計り知れない人間性、常識
からの退散・墜落を人間に視て行こうとする傾向が強くなる。人間は奥深い
存在seynの犠牲になるという言い方をするようになる。またそれらを神の
傍過と呼び神は奥深い存在を求めるとする。
seynやereignisが開示されていくと多くの者は絶望するがそれは「現-有
を計り通したことがないからである」と言いきっている。
よってハイデガー思想とは人間とは誰かを究めようとするが、その過程で
理性や悟性やで出来あがった人間像は破棄されていき視た事もないものが
人間として語られていく。だからこそ「ヒューマニズムを超えて」なんだよ。
またこの場所まで行ってしまえばナチスというのはまだ政治であり
思想であり数量・計測による人種計画であり「人間的」とも言える。ハイデ
ガー思想は究極までいくと人間観の刷新にまで行くしそれがそういうものだ
ったのか、まだよくは分かってはいない。
そこからナチス加担も見て行く必要がある。あれがどういう人間像を
持っていたのか、本当はまだ分かってはいないのだということをね。
0262考える名無しさん
2016/07/20(水) 15:12:22.640ナチスは政治革命に過ぎなかった。権力争いに過ぎなかった。力の
思想に過ぎなかった。そこで人間像の根本的な刷新を狙うハイデガー思想
とは相容れる筈がなかった。しかしおそらく一時期は期待したのだろう。
そこで加担がされていくが謝罪を求める人々は相変わらずヒューマニ
ズムやリベラリズムであり『シュピーゲル対談』で色々語ってはいるが、
現代のリベラルへは信頼はしておらず(旧友ヤスパースへもそこでは信頼は
なかったはずだ)自己のナチス加担を謝罪することがリベラリズムや
ヒューマニズムに加担することになる。
「命は何よりも大事にしなくてはなりません」
「人を殺してはなりません」…という現代の道徳や罪悪観に加担する気はな
かったとしても不思議はない。
ナチス加担が「罪」だったという意識はなかったのではないか。むしろ
ナチスは知性はなく力の論理であり実証主義であり理性主義であった。
人間観としてあまりに杜撰だった。自分ならばあれを改変して人間を
世界を開放することができたとね。
0263考える名無しさん
2016/07/20(水) 15:16:57.200は正確には
それがどういうものだったのか、まだよくは分かってはいない
が正しい。
0264考える名無しさん
2016/07/20(水) 15:49:23.900スタートする状態が必要だという事かな。なるほどこれはしんどそうだ。
0265考える名無しさん
2016/07/20(水) 16:27:50.830なんかさあ観念的で抽象的ないいかたでさあ
なにいってんのかよくわからないよ?
キミは文章がかなりへただね
もっとわかりやすく文章はかかないとだれにも通じないよ
0266学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/20(水) 16:51:19.770今でも大佐は好きだけど、ヒトラーを語れ 哲学で。
0267学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/20(水) 17:56:38.530哲学科なら神の呪文とかあといろいろ。
文学科なら自然とか悪魔の呪文とか。
0268ixtlan
2016/07/20(水) 20:03:17.250> ハイデガーはとにかく根本的に問うていく。自己の立ち位置、ふるまい
> 、所属ふくめその根拠を問うことから始める。哲学が全体を問うのであれば
> 自己をも問う事が入ってくる。そもそも自己とは何か。
それを問題にするとですね、学から外へ出たつもりでも、またアカデミズム哲学のうわばみの腹の中に入ってしまうのではないでしょうか。
というのは、ハイデガー自身が自己性なるものをある程度追究したことがあって(『カントと形而上学の問題』)、アカデミズムハイデガー学の一要素になってしまう。
また、哲学という一般論で見ても、『自己の観念』(シーゲル)なども登場した。しかもその中にハイデガーが収まる棚までしつらえてある。
( The Idea of the Self, 17 Being and transcendence: Heidegger)
0269学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/20(水) 20:11:30.460やらされ、いややってきた その―落ちの在る性― がハイデカー
と根本的に 対立する私の哲学なのです。
0270学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/20(水) 20:44:39.620教育哲学とは いい性を自発的に萌芽させるということ、という
ことに尽きると思います。
0271ixtlan
2016/07/20(水) 22:39:27.020> >>261 >>262
> なんかさあ観念的で抽象的ないいかたでさあ
>
> なにいってんのかよくわからないよ?
>
> キミは文章がかなりへただね
>
> もっとわかりやすく文章はかかないとだれにも通じないよ
分かり安い。ただ本当かどうか、分からない、知識がないので。
「ハイデガーはまったく新たな人間観を持っていた。
それから比べると、ナチスなどはまだ人間的だった。」
という線は、一種のハイデガー擁護かな。
0272考える名無しさん
2016/07/20(水) 23:15:52.140ixtlanさんはハイデガーという「人」を ちょっと特別視し過ぎているんじゃないですかね
人間というのは自分史とともに作り上げてきた「思考体系」よりも はじめから持って生まれてきた「欲求」と
言語の獲得によって暴走する「欲望」の方がはるかにその人を支配するんですよ
だからハイデガーとナチ加担を考える場合も 私はハイデガーの持って生まれて性質全般の方を重視します
「哲学・思想」なんて所詮は大脳内で構築されている幻想ですから
0273考える名無しさん
2016/07/21(木) 02:37:37.420もはや人間は動物と何ら変わりない存在へと貶められますからね。
自分の思想に大きな影響を与えた人物を敬愛する感情は
動物にはない人間ならではの崇高なものであると私は考えます。
by 鼎 梯仁
0274考える名無しさん
2016/07/21(木) 15:10:16.890いまどき自費出版だってもっとまともな装丁やってくれるのに
なんかどれも昭和の古本みたい
創文社
http://www.sobunsha.co.jp/#
0275ixtlan
2016/07/21(木) 20:10:01.870> 人間というのは自分史とともに作り上げてきた「思考体系」よりも はじめから持って生まれてきた「欲求」と
> 言語の獲得によって暴走する「欲望」の方がはるかにその人を支配するんですよ
> だからハイデガーとナチ加担を考える場合も 私はハイデガーの持って生まれて性質全般の方を重視します
> 「哲学・思想」なんて所詮は大脳内で構築されている幻想ですから
「もって生まれた欲求」とは具体的になんなのか分かりませんが、問題をこういうふうに立てることができると思います。
現在のハイデガー・ナチ問題は、二つの軸で動いていると。
一つは、純粋にスキャンダルと言えるもので、保身のために嘘をついたとか、他人を密告したとか、どうにも弁解しようがないもの。
もう一つは、ナチズムとハイデガーの根底にあるもの。
思想的に見れば当然後者の方が問題になりますね。前者の類だったらハイデガーでなくても、たとえばジャンケレヴィッチが告発するメルロポンティの保身とかありますから、なんでハイデガーばかりが、ということになるのですよ。
で、問題は、ひとたびナチズムへの関与が決定的になると、その時点で黒丸が付けられてしまって、後に出てくるスキャンダルも全部この黒丸と同じようにカウントされるので、ただ黒丸が大きくなるだけ。
つまりミソもクソも区別がない。それは分けなきゃいけない。
前に面白い話があったでしょう。ハイデガー研究会だかに、新入りを陰湿にいじめている人間がいると。
そういうのはハイデガーにもあったかもしれない。ところが思想的にはそういう現象は全然無価値で、つきあわざるをえなかった人間にはお気の毒なんだが、ハイデガーと言えば、一体あれは何だったのか、あのナチズムとの極めて強固な結びつきは、というような視線になる。
それは弁護ではなくて、いや弁解作用を持ってしまうかもだが、後学のために、ということですね。戦争中に真宗も禅宗も大政翼賛になってしまったが、それは一体どういうことだったのか、と同じ視線。
0276ixtlan
2016/07/21(木) 20:20:23.650しかしほんとに皮肉なことだと思えるのだが、ハイデガーのあの政治趣味は日本でどれほどまともに受け止められたのか。
『存在と時間』にいかれた脳ミソは、例外なく、<没政治的>な実存論にイカレタのではないか。
たとえば、「どれほどくずおれ力尽きても実存は実存である」とか。
実存論が自己や個に閉じていく、というのが、ちょうど日本の左翼が停滞して社会が宗教の方へ個の方へ動き出すときと時期が一致してなかったか(70年代)。
しかもナチズムという最悪の政治と一体となっているようなハイデガーなど、まったく無視の対象でしかない。
実存論の持つ没政治、ナチズムへの接近という反政治、どっちにしてもハイデガーフリークは、政治などということには関心がなかっただろう。
在ったのは、哲学的宗教とも言うべき気分であり、ついでにエソテリックであればあるほど、それはよかった。
0277ixtlan
2016/07/21(木) 20:32:24.940ついでに書いてしまうけれども、現在の日本の私たちにとっては、政治というのは他の国の人間が持っているようなスタンダードとはちょっと違っていると思う。
日本では、青少年が没政治的に教育されるでしょう。その最たるものはマスコミ、テレビ。
青少年たちは自分の見栄えしか気にしないような人間に仕立てられる。政治的な意見を持つことは一種異様なものと見なされる。
たまに選挙のときには限られた候補者のために時間が取られるが、基本的にテレビは没政治。そのためにお笑い芸人が徴用される。
この傾向というのは戦後、日本がアメリカに負けて、洗脳され、それも駄目な奴は追放され、まともな書物は焚書にされてしまったことと無関係だろうか。
無関係のはずがないじゃないか。だから、日本人に武器を持たせるな、政治意識を持たせるな、というアメリカの戦略でマスコミが動いているから、
マイクを向けても、日本人の青年は政治について一言もしゃべれない。これがデンマークやオーストラリアだったら違うだろう。
かくて日本人は青春時代を没政治的に過ごし、世間に出て一苦労すると、どうやらぼんやりした政治的意識を持ち始め、
それが昂じると、この前の参院選での青山繁晴フィーバーみたいになるのだろう。
ところが、この青春時代に、日本人はマンガでもって自己を倫理道徳的に教育し続けた。
ゆえに、政治的意識は遅咲きながら、倫理的意識はたいそう熟しているのだ。
0278考える名無しさん
2016/07/21(木) 20:47:19.47Oネタを集めたい時は波平
波平が本音を言いたい時はixtlanになって
駄目な僕をやる時はコーヒー
波平が悪ふざけで他人のixtlanやコーヒーの口真似をしたというよりも、
同一人物がどうでもよくなって同じせりふ言ってるんだろ
0279考える名無しさん
2016/07/21(木) 21:27:42.95O0280考える名無しさん
2016/07/21(木) 21:37:19.240あくまでも私独自のハイデガー分析というか解釈なんですけれども
ハイデガーべつに「ナチズム」でなくても良かったんだと思うんですよ
数年内に全集から「黒ノート」の邦訳が出ると思いますが とうぜんそれをキッカケにして
また「ハイデガーとナチ」の関係がクローズアップされるでしょうね
もちろん関連書籍も出るでしょうし 現代思想なんかも特集号を組むかもしれない
でも私にはハイデガーの中のナチズムよりも ハイデガーの人生そのものに興味があるんです
長くなるので詳細は省きますが 私にとってはハイデガーの人生は生まれてから実は一貫しているように見えます
多くの研究者には「ハイデガーの矛盾」として映るようですが 私には逆で極めて一貫した人間ですよ
0281考える名無しさん
2016/07/22(金) 00:51:32.560私はだいぶ前から気付いていましたけど、単純に照れ屋なのだと思いますね。
信仰派のアプローチを行う際と認識派のアプローチを行う際で異なる人格、キャラクターを使い分けるのは
上手いやり方かも知れないと思いながら見ていました。
アバターシステムというわけです。
その辺りは各々でやり易い方式で行えば良いように思いますね。
己を最大化する役割は己にしかできないわけですから。
by 鼎 梯仁
0282考える名無しさん
2016/07/22(金) 01:16:13.810波平は
異常者の可能性がある
そういうことか
0283考える名無しさん
2016/07/22(金) 03:04:52.540その欲求を満たすために様々な方式を考案することはとても文明的な行いだと私は思います。
自己暗示とかそういった技法の一つなのではないかと思います。
by 鼎 梯仁
0284考える名無しさん
2016/07/22(金) 07:40:39.36O昔はコーヒーがハイデガースレに粘着してたが、今はixtlan
ご苦労なことで
0285ixtlan
2016/07/22(金) 20:48:28.190波平と私は同一人物ではないです。いい加減な想像はやめて頂きたい。
そもそも、人の投稿を何行もそのままコピペすることは、私には絶対できない。
自分の言葉を人に代弁させるようなことは恥と考える。
というかね、そのようなことを簡単にしてしまうというのは普通の人間ならできないでしょう。
おそらく波平がどうのこうのといつも言ってる人間こそが、実は波平を使って語ったり、一人何役もやってるんじゃないですかね。
0286ixtlan
2016/07/22(金) 20:53:58.440茶々入れする人間って、なんでそういうつまらんことをするのかね。
ハイデガーの話ができないから茶々入れするのか。だったら覗かなければいいじゃないか。
そんなに自分のくだらん言葉をペタペタと公共の掲示板に貼り付けたいのか?
どうもその辺りの欲望が分からない。恥の観念というのがないのかもしれないな。
ここに書く以上、ちゃんとハイデガーを読むんだよ。それ以外は端的に邪魔でしかないから。
それに徹底的につまらんし。つまらんものは見たくない。なあペロリン?
0287考える名無しさん
2016/07/22(金) 20:58:58.760なんで波平のレスそのものがコーヒーとixtlanのレスと全く同じものなんだ?
0288考える名無しさん
2016/07/22(金) 21:27:34.23Oレスをパクったのは波平なんだぜ
別人物と言うならwww
波平に怒り狂ってないでこっちに矛先を向ける時点でお里が知れるわな
恥ずかしい
もっとうまくやれよ
さすがは馬鹿なんだな
三人が互いに荒らしあわない段階で何を言っても無駄だから
0289考える名無しさん
2016/07/22(金) 21:31:16.64Oお前が言うなの台詞を波平が言い出した時点で誰も信用せんわな
哲学板荒らしまくってる三人が互いは黙認している情態で何をいわんや
波平もういいから
0290考える名無しさん
2016/07/22(金) 21:34:21.370波平がこの前運営に例の彼を「荒らし」として申請したんだけども
「荒らしに構うひとも荒らしです」の一言でおしまい
だから運営はあてにならんよ
0291ixtlan
2016/07/22(金) 21:37:54.080> 馬鹿の一つおぼえで、ハイデガーについて語れやと言う、
> お前が言うなの台詞を波平が言い出した時点で誰も信用せんわな
> 哲学板荒らしまくってる三人が互いは黙認している情態で何をいわんや
> 波平もういいから
荒らしまくっているとはどういうことなんだい?
互いを黙認というが、私は波平という人物が出てくるスレは見てない。だから黙っているのは当たり前じゃないか。なんでそう視点が自己中なのか。
たまたまなんか見たら、私の言葉が引用されていて、これはおかしいと思った。
普通の人間だったら、人の言葉をまるまる引用して、引用だとも書かずに、そのまま自分の言葉とするか?
波平という人間は、自分の言葉に矜持を持っていないのか?
そもそも波平波平って、世界の大思想を相手にするカテゴリーで、何をやってんだ、お前は?
なんでそうドメスティックなんだ、やることが?
波平のことを言ってるんじゃないよ。「波平波平」と365日喚いている木違いに言ってるわけ。
0292ixtlan
2016/07/22(金) 21:46:42.230つまり、木違いが相当いるってことか? この掲示板には。
どうしたらいいんだろうか、この木違いたちは。
一体何をして欲しいのかね。
かまって欲しいのか。
0293ixtlan
2016/07/22(金) 21:51:20.940> 長くなるので詳細は省きますが 私にとってはハイデガーの人生は生まれてから実は一貫しているように見えます
> 多くの研究者には「ハイデガーの矛盾」として映るようですが 私には逆で極めて一貫した人間ですよ
しかしね、『ハイデガーの弁明』、あれはきつい。
極めて一貫したというのであれば、嘘つきも一貫していることになる。
保身のために他人を貶めることも一貫していることになる。
ちょっと思ったんだけど、思想上の変遷つまり著作、論文、講義の年代順と、問題行動の年代順を合わせて、ハイデガークロニクルを作ったらどうかな。
0294考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:05:40.000970 名前:考える名無しさん :2016/07/18(月) 21:43:47.73 0
草むらで野ション待ちしながら呻いてるんじゃろ波平w
「なでこののだああ(なぜ来ぬのだああ)」
971 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/07/18(月) 22:51:21.91 0
>>970
おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
それともたまたま木違いに当たっただけなのか
972 名前:考える名無しさん :2016/07/18(月) 23:07:42.92 0
野ション待ちの否定はしないわけですね?
正直で宜しい。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)
0295考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:08:57.110最近の波平は野ション待ち伏せに時間を割かないといけないらしいので
ixtlanと同一人物というのはとうていあり得ないと思っている。
0296ixtlan
2016/07/22(金) 22:19:41.300なんでお前は波平の話をしたがるんだよ。
何をして欲しいわけ?
ここはハイデガーを読む場所なんだよ。
なんでここに書き込むんだ。
お前は犯罪者予備軍なのか。
人の意志なんかどうでもいいって感じじゃないか。
0297考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:33:16.440/'゙´,_/'″ . `\
: ./ i./ ,,..、 ヽ
. / /. l, ,! `,
.| .,..‐.、│ .|
(´゛ ,/ llヽ |
ヽ -./ ., lliヽ .|
/'",i" ゙;、 l'ii,''く .ヽ
/ ...│ ゙l, l゙゙t, ''ii_ :.!
: /.._ / ヽ \\.`゙~''''''"./
.|-゙ノ/ : ゝ .、 ` .`''←┬゛
l゙ /.r ゛ .゙ヒ, .ヽ,  ゙̄|
. | ./ l ”'、 .゙ゝ........ん
l / ヽ .`' `、、 .,i゛
.l| ! ''''v, ゙''ー .l、
|l゙ .il、 .l .ヽ .¬---イ
.ll゙, ./ ! ,!
.!!...!! ,,゙''''ー .|
l.",! .リ |
l":| .〜''' ,. │
l; :! .|'" ...ノ,゙./ │
l: l「 ! . ゙゙̄ / !
.| .| ! ,i│ |
:! .l. } ,i'./ |
:! .| :| . / .|
:! | ;! " .|
:! ! │ │
0298考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:43:46.640ハイデガーは先の全集29-30巻で「研究者の偉大さ」を問題にしているわけ
ですが。研究者の偉大さというのは○○賞受賞とか普通は考えるけども、
そうじゃなく、その研究者における実存の運命がその学の諸概念の追究と
重なる、その時にはじめて研究者の偉大さがあるのだというわけで。
これはこれもまた自己性ということには違いないけども、『sein und zeit』
で開始された自己性と歴史性との関係、歴史によって贈られる、既有的に
将来する自己、というのが研究者という場所で展開される。ハイデガー
の語るところでは形而上学とは諸学の根本にあるもの。その形而上学の
根本こそ有論、有の問いである。学の総体を支えるのが形而上学であり
有論である。なぜならばあらゆる学とは己を基礎にしなければ成り立たない
ものだ。
これはあらゆる場面で応用できる。たとえば哲学に関心をもつ。世界観に
関心を持つ。それ自体その個体による世界性であるし有限なる可能性の表現
である。
このように有限なる可能性の表現であるseinを追求することは学の前提を
追求することでもある。
0299考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:44:27.150>>271
俺の書いたことは全集65巻『哲学への寄与論稿』にまんま出てくる。
なのでそれを読んでいれば特に目新しいことは言っていない。
>>276
ハイデガーの政治というのは前にも書いたようにまず彼の性起論或いは
脱-ヒューマニズムがあって、そこからその通俗化として現れて行ったと
考えられる。政治というのは人気取りであるし、数であるし、支持層に
還元されることであるし、当時はそれでもそれを改変できうると考えていた
ろう。それは失敗に終わった。
なので一般的に言う政治ではないだろう。
0300考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:45:26.690>ちょっと思ったんだけど、思想上の変遷つまり著作、論文、講義の年代順と、問題行動の年代順を合わせて、ハイデガークロニクルを作ったらどうかな。
そういうのは面白いし何かが見えてくる可能性は高いでしょうね
私が注目しているのもそれにやや似ているんですよ ハイデガーがそれぞれの歳にどういうことをしていてどういう状態だったか
ハイデガーが神学校の生徒だった時代は優秀な生徒でした しかし神学校の道をやめてから体調を崩しています
心労といいよりもうつ状態のようなものだと私は考えています
これは長くなるのでここまでにしておきますが ハイデガーは節目節目で挫折した時にいつもこうしたうつ状態で入院しています
もちろん戦後すぐにも精神疾患とみられる状態で入院しています
非常に面白いですよ ハイデガーはその人生において何度も何度も精神疾患状態で入院しているわけです
このことはハイデガーの人生を書いた本ならそういうことがスラッと書かれているのに誰もこの点に注目していません
じつに不思議な点です
0301考える名無しさん
2016/07/22(金) 22:57:58.410私はハイデガーのナチ加担という問題も「善悪」という視点では考えていません
ハイデガーに特殊な思想と価値観があって それにしたがって起こしたというようにも考えませんね
人間なんてそこまで「思考」や「理性的」なものに引っ張られませんから
むしろ大抵の全ての人間は「個人的感情」と「欲望」が中心になって行動してしまうものです
それは最近の認知科学や脳神経学の実験結果からも明らかになっています
だから「思想」とか「個人の思考面」からむしろ距離を置いた方が彼の理解し難い行動の謎も見えてくるように感じました
0302ixtlan
2016/07/23(土) 00:23:02.180哲学への寄与論考は、そのうち読んでみます。それから数年ぐらいをターゲットに年表を作りたいと思ってます。
ハイデガーにおける政治というのは、ドイツと彼が言うときに、迫ってきているものだと感じます。
彼はヘルダーリンを読んで震撼したそうですが、なぜ詩と政治なのか、そこらあたりも。
0303ixtlan
2016/07/23(土) 00:29:17.990> これは長くなるのでここまでにしておきますが ハイデガーは節目節目で挫折した時にいつもこうしたうつ状態で入院しています
> もちろん戦後すぐにも精神疾患とみられる状態で入院しています
ハイデガー裁判のときか。
> 非常に面白いですよ ハイデガーはその人生において何度も何度も精神疾患状態で入院しているわけです
> このことはハイデガーの人生を書いた本ならそういうことがスラッと書かれているのに誰もこの点に注目していません
> じつに不思議な点です
そうですか。そのような病から思想上への線がない、もしくは見えないので、誰も注目しないのでは。
0304ixtlan
2016/07/23(土) 00:37:36.410> 根本こそ有論、有の問いである。学の総体を支えるのが形而上学であり
> 有論である。なぜならばあらゆる学とは己を基礎にしなければ成り立たない
> ものだ。
大昔、アリストテレス学者の安藤孝行という人が、『ハイデガーの存在論』というのを書いたのです。
しかし、結局、その自己性が出てくるのがどうにも我慢できなくて、途中で放り出してしまった。
これは普通人の反応でしょう。ハイデガー研究者はこの反応をどうにかしなくてはならないのでは。
いやどうにかする必要はないけれども。
今現在、存在論または形而上学は、システム化されています。古代存在論と分析哲学の類希なる邂逅という形容もあります。
そのようなまな板、背景、システム上で、ハイデガー存在論はどういう意味を持つのか、持たないのか、これは非常にフラットな関心でしょうね。
0305考える名無しさん
2016/07/23(土) 01:37:39.260>そうですか。そのような病から思想上への線がない、もしくは見えないので、誰も注目しないのでは。
いや日本でも海外でも一部の人にもうそうした動きをしている人はいるようです
しかしこれが出版に乗っからないという事情があると私は聞いています
その理由を聞いて「なるほどな、有りえることですね」と私は返答しました
理由を書いていないのでなんのことか分からないでしょうが非常に繊細かつ大きな力が妨害するということなんですよ
だからその信憑性のある科学的な意見は広まりません
しかし私には十分過ぎるほど可能性として大きなことでしたので 私もそういう方向性で考えているという意味なんです
まあこれだけでは何がなんやら分かりませんよね
0306考える名無しさん
2016/07/23(土) 01:45:56.520ですから私もそういう論文を書こうと思えば書けるとは思うのですが せいぜい専門誌に1回書いて終了させられれば良いほうでしょう
ですがこのハイデガーのタブーについてはこのスレでは簡単に書いてみようとは思います
ここならば何の信頼もないBBSに過ぎませんからね
0307考える名無しさん
2016/07/23(土) 03:33:49.820個人の思考や行動を病歴に還元する作業には欠陥があると思いますね
。それをやっていくと行為や結果と云うのは個人的な病気や性格に
還元されて、普遍的な問題が抜けてしまう。
昔連合赤軍事件というのがあった。また近年では麻原彰晃やオウムの
事件があった。酒鬼薔薇聖斗の事件があった。
ああいう事件があったときに病歴や性格や履歴やを出してきて
そこから権力欲の根源として人間不信や劣等感を導き出す。必ず
そういうことを言う人がテレビ・コメンテーターで出てくるんだけど。
そうすると、ああいう事件は特殊な人間が起こした特殊な事件だ
ということになる。一面有効ではあっても、思想というものを
抜きにして考えることで事件の核心は抜き去られてしまう。特殊な人間
が特殊な状況下で起こしたことである。となると最もやばいのは
「精神病者が起こしたことだ」「貧乏な出生が権力者にさせたのだ」
「コンプレックスが権力を欲望させたのだ」として済まさせてしまう
。
0308考える名無しさん
2016/07/23(土) 03:34:21.710ハイデガーも同じであって、あのseinやseynの思索抜きに彼の
言動や加担はありえない。また病歴や劣等感に還元することで個
人的な問題になり、それ以外にはならなくなる。問題が矮小化される
だけだと思いますね。
概してそういう作業をする人と云うのは現代の認知行動科学や精神
病理学に過度の信頼を置きそこから「科学的」に分析しようとする。
まさに全体を問おうという作業は為されなくなり、ということは
自己を含む問いにはならなくなる。「俺には関係ない」となる。
そこにある普遍的な問題が見えなくなってしまうわけで、テレビ
や週刊誌向きのインスタントなスキャンダル好きな視点だと思います
ね。
0310考える名無しさん
2016/07/23(土) 09:46:06.350ハイデガーは多くの人に非難されているような「悪人」ではないよということが言いたいんです
「行為」における「思考」の優位性よりも 圧倒的に持って生まれて「特性全般」の方が優位に働きます
ですかからハイデガーをその思想面からなぜナチに至ったかの説明を 哲学的思考による自己分析もしなかったか
ことなどの疑問も含めて 思想から探るというのは無理スジな考え方だと思いますよ
だから現にハイデガー研究者も空転しているのではないですか
ハイデガーについての考え方という方法論が悪いわけですよ
「精神病」でもないし「権力欲」でもないし「コンプレックス」でもないと思いますけれどもね
まあ人間はそんなに複雑ではないということです
しょせんは人間だって「動物」に過ぎないわけですら
0311考える名無しさん
2016/07/23(土) 13:46:02.550|__/ヽ
|'''''':::::::: \ >>296
|_, )ヽ ,,゜ .::| 大ってんプッ
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0312考える名無しさん
2016/07/23(土) 15:02:15.470「哲学はその狂気の裡にこそある」とは言ってる。自覚的なんだよ
0313考える名無しさん
2016/07/23(土) 15:22:30.830強調しないと。スキーは入門講座をやるほどの上級者で、サッカーも上手かった。
「スポーツマン」ハイデガーの方がよっぽどプロブレマチックだわ。
0314学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/23(土) 18:58:17.700熱狂というといいこといい時代に思えるけど。
どこからか間違っていたわけじゃなく、
ナチス全体が悪いわけでもなく、旧体制も悪かったかもしれない
大量虐殺だけが悪さでない。
ヒトを致死的にできた可能性を、利用する輩、これを、
自発性からのコントロールを不能になっていた各人格を
立て直すべきだった。
0315学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/23(土) 19:05:27.3800316考える名無しさん
2016/07/23(土) 19:59:25.71O身体論まではいかなかったんでしょ?それより相対論とか量子論みたいな科学革命をかなり意識してよけいに秘教的になったということはないですかね カッシーラーが目の上のタンコブだったとかw
0317考える名無しさん
2016/07/23(土) 20:11:09.730性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0318考える名無しさん
2016/07/23(土) 22:30:11.080え、ハイデガー全集はどうなるの…
キリスト教や人文社会科学など学術出版の老舗 創文社が2020年をめどに解散 : 神学・教育 : クリスチャントゥデイ
0319考える名無しさん
2016/07/24(日) 14:10:16.2300320ixtlan
2016/07/24(日) 14:50:09.4601.第1段落から第5段落まで ゾルゲの構造提起
2.第6段落 ゾルゲとベゾルゲン、フュアゾルゲの関係
3.第7段落 実存性と事実性の間、および頽落をどう処理するか
4.第8段落 理論と実践より根源的なゾルゲ
5.第9段落から第17段落まで 意欲、願望、衝動、性向について
6.第18段落 ゾルゲの構造の再提起
*******************
2と4はここにもってくる必要はない。6は1の繰り返し。
よって、実質的には1の構造提起と5の現象解釈の間に3が挟まれているという構図になる。
そして、3つまり第7段落は、訳すのも要約するのもかなり問題の箇所である。
0321ixtlan
2016/07/24(日) 15:05:29.430熊野訳には各巻(全4巻)の巻頭に「梗概」として、要約が節ごとにつけられている。
この第41節の梗概を見てみよう。
「不安の開示するものが、現存在の全体を与えるものであるか、が問題である。」(45)
問題ではない。というのは、ここ(第41節)で問題になっているのは、ゾルゲの全体構造だからであり、
不安は代表的な情態性つまり被投性の側にある項目であるから。
ゆえに、なぜ不安という<部分的>なもの(被投性)が、<全体的>なもの(企投的被投性)として記述されているのか、という問いが出るわけである。
そしてこの疑問は第7段落にも関わる可能性がある。
しかし、要約者あるいは解説者は自分がハイデガーの言うことをピンからキリまで理解しているというスタンスなので、そういう素朴な疑問をカットしてしまう。
彼は本当に疑問を持たなかったのかもしれない。
0322考える名無しさん
2016/07/24(日) 15:24:15.760性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0323ixtlan
2016/07/24(日) 16:43:01.4202chって、この元弁護士みたいな荒らしに対してはどうにもできないの?
0324考える名無しさん
2016/07/24(日) 17:30:34.55O0325考える名無しさん
2016/07/24(日) 17:36:50.7302008年 奈良県職員採用試験 受験資格
昭和54年4月2日〜昭和62年4月1日生まれの者
中本裕之は、昭和54年(1979年)以降の生まれで間違いないと思う。
いずれにせよ30歳台。
家が金持ちなので、一日中遊んで暮らしている。
0326考える名無しさん
2016/07/24(日) 18:13:06.390>「行為」における「思考」の優位性よりも 圧倒的に持って生まれて
>「特性全般」の方が優位に働きます
>まあ人間はそんなに複雑ではないということです
>しょせんは人間だって「動物」に過ぎないわけですら
そもそも思想というのが何かという問題が抜けていると思うのね。
思想の中でもいまだに後世に影響を及ぼしているものには、当時の時代状況
や或いは自分の目の前で展開されていた不遇や抑圧や非正当性または誤った
常識や通念にたいする異和がズレがその思想の開始点になっていたものがある
。
つまり思想を自分だけの拵えもの、頭の中だけの構築物と捉え、だから
所詮思想など大層なものではない。自己満足に過ぎないのだから。と考えて
いるとしたらそれは思想への認識の浅さだと思う。
状況に時代に強いられていくという面が思想にはある。
そしてそこには無論その思想家の「特性」もまたあるだろう。しかし
そこには個人の資質だけではない。状況という問題がある。だから仏教思想
でも人間の行為を考える場合、輪廻する業とそれと縁すなわち関係ということ
を言うでしょう。その複合が人人間の行為なんだって。
「特性」に還元して終わりというのならそれは不完全な人間論・行為論
にしかならないだろうね。
ハイデガーにおける存在論でもそんな不完全なことは言ってないね。
関係すなわちと「有るものによって捕捉される」ことと、それと元から
その人間に備わっている先-像(先行するイメージ)によって〈有る〉は
形成されると。
0327考える名無しさん
2016/07/24(日) 21:37:58.040私のスレにも貼ってあるのでボットか何かでしょうね。
by 鼎 梯仁
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1443715777/l50
0328考える名無しさん
2016/07/25(月) 08:46:01.940いやいやべつに「思想」というものを否定しているわけではないんです
ただハイデガーも含めた人間全般というものは その優位性からいくと圧倒的に「情動(感情)」なんですよ
「思想」か時間をかけて「考えられたもの」であり 基本的に「理性」の領域ですから変化します
そしてともすれば「スタティック」なものなんですよ
ですが「情動(感情)」というものは「喜怒哀楽」というようにどれも瞬発力を持っていて
人間の心に与えるインパクトとその効果も絶大です
私はハイデガーを読んでいて個人的に感じたのが 彼の「理性(思想)」よりも圧倒的に「情動(感情)」の
方がやはり彼自身の「心(精神)」に対して多大な影響を与えていて そのことは特に「ナチ問題」での
ハイデガー発言や態度にも現れていると感じました
もちろんこうした「理性(思想)」に対して「情動(感情)」の優位性があるというのは私個人の理論ではありません
ジャン・ニコ賞も受賞した認知科学者がいっていることにそのまま共感した結果であるのですけれどもね
そしてその決定的な私の中でのとどめを刺したことというのは「黒ノート」でした
「黒ノート」はドイツ語版も私は購入しています しかし「ハイデガー読本」や三島さんなどが参加した討論会も合わせて
の総合判断です
「ハイデガー読本」の後ろの方には「黒ノート」のナチ問題や反ユダヤ主義とも思われる記述を読んであまりにもそれが
拙く 少なくとも20世紀最大の哲学者と言われる巨人の文章だと思えないくらいに論理不在の一般人の感情吐露程度の文章水準
だったことが私にそれを確信させたんです 「ハイデガーってこんな程度の文章を全集最後に入れろと指示したのか?」という
どうにも納得出来ない「黒ノート」の該当文章がそれくらいにショックでした
そしてなんでこんなくだらなくてどうにも無駄に長い「感情吐露作文」とでも言った程度のものを出版指示なんかしたのか
私には全く理解できませんでした
そういう理由が大きくて ハイデガーはけっきょく「情動(感情)」が先走るタイプの人間だったのだと思った次第です
0329考える名無しさん
2016/07/25(月) 09:46:30.540『sein und zeit』では情態性というのが〈有る〉にたえずくっ付くので
あって、理解、そして解釈へと事態は進むとなる。人が何かが気になる、
好きになる。なれない。といった経緯では情態性はいつも重なっている。
学の始まりもそうであって、少なくともそれが個人の深さから来る場合、
「教授に勧められたから」などの外的な理由からでないかぎり、
やはり個人的であって、そこから学の諸概念と自己(歴史)性とが一つになる
ことを運命的な偉大さとハイデガーが呼んでいる。学問においても
個体性の問題は切り離してはいけない。切り離すことから「何でも好きな
子ども」「何でも覚える子供」「全教科できる子ども」を要請するという
現代の教育が始まって行く。最初からおかしいわけで、人間についての
観方そのものに欠陥があるのだと思いますね。
刺激と反応を繰り返すことで行動は決まって行く。刷り込むことができる。
という行動科学があると思いますが。こういった種類の「科学」では個体
には身体的に持ち合わせた情態がありそれは他人には伺い知れないもの
がままあること、しかしそれがあるから個人であること。合理性と因果性で
すべて説明可能でまた変更可能であることが信じられ、そこから人間を
解いて行こうとする習慣に陥っている。こういった「科学」が現代の
教育ひいては企業活動(研修)に浸透している。そもそもそこでの人間観
に欠陥があってそれによって「社会人」が求められていく。
0330考える名無しさん
2016/07/25(月) 10:00:31.580情態性は根本にはいつもある。というか、そういうものを思考の開始に
持ってない思想というのはたいしたことはないと思っていますけどね。
元に持っていながら思想は練り上げられていく訳でしょう。情態性がある
ことは思想にとって欠陥ではないと思いますね。なかにはいつも心を見せ
ながら書いて行く思想家もいますから。
ハイデガーに限らず形態を歴史的に過去から緻密に解いて行かないまま
先走る場合、主張はただ感情的になるわけです。感情的な割に説得力がない
。そこでいたずらに大声になったりする。
街宣活動している右翼など典型的ですね。民族とか天皇とか国家とか
その起源を考えない或いは都合のいいように解釈し思考停止する。
そっからただ感情的になる。
ハイデガーのもそういう萌しを感じますね。しかしここもまた問題で。
一個のテーマで感心できないテキストがあったからといって全テキストが
そうとも限らない。不得手なテーマに手を出し考えが詰められないまま
言ってしまう場合もある。思想家を視る場合そういうことも考慮す
必要がある。
そう考えていますけどね。
0331考える名無しさん
2016/07/25(月) 10:23:17.350有時さん(失礼ですがとりあえず真ん中の「と」だけ飛ばして)簡単な呼び名にさせていただきます
むしろ「こう呼んで欲しいといことがあればそれに変更いたしますのでどうぞ言ってくださ」
改めまして有時さんが仰っている意味もなるほど理解できます
「人間観」という観点を最小する場合はたしかに言われるような「欠陥」と背中合わせの状態で考えるしかないので
当然ながら誤解かつ誤読ということのスレスレを確実に進行することになると私も思います
そして「人間観」と「思想」の関係性との間に実は齟齬はないのか?そしてそういう見方は「衝動的な感情や情動」と
「思想」が必ずしも関係しあうと言い切れるのかというまさしく現在進行形の科学的な問題もあるかと思います
そういう極めて的確な有時さんの指摘は 私も誤魔化すようなことをここで書くのは不可能だとも承知しています
ですから私が展開しようとしている 独自の考え方も至極当然の結果として大多数の賛同を得られない可能性の方が大
だと思っています
しかし物を考える行為というのはいわばひとつのチャレンジですよね
そうしたチャレンジを「テクスト解釈学」視点とともに 現在科学や医学においてある程度ではありますが人間の脳機能
をかなり明らかにした成果とともに独自の視点をあえて採用してみたいんです
ただ私のこれから段々と明らかになっていくであろう「ハイデガーは何故あのように考えたのか」という問題は
私の中では説得力のある考え方であり 当然のことながら認知科学や医学の成果を受けた内外の学者の意見があってこそ
それに賛同して 私が書くことのできるものでもあります
0332考える名無しさん
2016/07/25(月) 10:39:26.260>ハイデガーのもそういう萌しを感じますね。しかしここもまた問題で。
>一個のテーマで感心できないテキストがあったからといって全テキストが
>そうとも限らない。
そうですね、その意見は極めて筋の通った意見だと私も思います
私はそれを承知であえて「フレーム的」な考え方を採用して「人間的全体性」というものが
私にもあれば 有時さんにもあるあだろうし ハイデガーにも誰にでもあるものだと仮定しています
いってみれなこれは人間の「心」や「意識」あるいは「精神」という聞き慣れた「自己」というもの指す
それぞれの言葉は 多分にある程度「変化しないくらいに強い人格と思考の指向性(ベクトル、方向性)」
というものが働いているという風にもかんがてのことです
つまりハイデガー「ハイデガーの脳を使ってハイデガーとして思考する」わけですよね
それは各自上記の文のハイデガーを私達の名前でもいいですし 他の哲学者の誰の名前でも成立する時事だと思います
私はそうした「語る主体」とその「語る主体によって考えられ述べらたり書かれたりしたもの」というのは
それぞれの「主体の脳」によって紡ぎされたものだと言っても何ら差し支えは無いと考えています
ですから「ハイデガーを主体とし」「ハイデガーの脳が語って書いている」と考えることに言葉足らずの面はあるとしても
一般的な指摘としては決して間違ってはいない考えの道筋だとも思うのですね
0333ixtlan
2016/07/28(木) 19:51:10.100関口存男というのも無茶苦茶だ。何も知らない人間が読んだら、含蓄があるかもしれないなどと勘違いする可能性あり。
そもそもゾルゲの構造を引用しながら、<投企と被投性と頽落>が個々に言われている、という意識すらないのだから、どうしようもない。
http://blog.goo.ne.jp/maxikon2006/e/d2f1caebd771268ea368463a88c2abe4
*************************************************************************
02、「存在と時間」は再帰構造の展開
Sich vorweg schon sein in einer Welt bei innerweltlich begegnendem Seienden.
ハイデッガーを知らない人にはもちろん何の事だか分かる筈はない。けれども、これだけの文句をよく覚えていて、この文句の説明を一言一句に聴取せんとする心構えを以て、
その『存在と時間』を読んでいけば、いずれは分かる事請け合いです。
問題はこのsich vorweg(己自身に先んじて離れて)という一句ですが、この場合は、主語として考えられる自我とsich によって意味される自我とは、ハイデッガーの考えとしては全然別物です。
また別物であればこそvorweg という事が言いうるのであり、また、別物だと区別を立てて関係を明らかにしたところにハイデッガーのシステム〔哲学体系〕があるのです。
ハイデッガーの考え方によると、自我というものが、本来の自我(das eigentliche Selbst)と、本来ならざる自我(das uneigentliche Selbst又は das Man-Selbst)とに分かれる。
すると、sich vorwegにおいては、sich によって指されているのはそのどっちかという疑問が当然起こって来なければならない。
同時にsich は、その主語の方を考えさせるから、では主語の方はsich とは違った自我を指すであろうという事は当然考えられる。
その問題は、ハイデッガーの論旨を知る人は、その次のschon sein in einer Welt 云々から考えれば当然判明する如く、
sich によって指されているのが本来の自己であって、sein という不定法の主語として考えられる方が das Man-Selbst を指すであろう事は明白です。
0334ixtlan
2016/07/28(木) 20:00:38.220> すると、sich vorwegにおいては、sich によって指されているのはそのどっちかという疑問が当然起こって来なければならない。
そういう疑問は起こしてはならない。ゾルゲの構造は、本来性と非本来性の別を問わないからだ。
そういう話は時間性に行ってから。
だから第41節をきっちり読まないと駄目だよと言っている。適当に自分の脳ミソでこねくり回して、これがハイデガーの言ってることだとやる。それは害毒でしかない。
0335考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:07:00.660受動能動も無いけどな
0336考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:09:29.3800337ixtlan
2016/07/28(木) 20:16:50.050> 41節は序盤だし、それをメインに据える方が普通はおかしい
それは単なる無知バカだからでしょ、君が。
41節は、そこを境にして、前の方ではゾルゲに至る項目が列挙され、
後の方では、同じ構造が時間や歴史性にずれ込む。
ここがちゃんと受け取られてないと、関口みたいなポンポコリンになるわけだ。
君はそもそもそこまですら行ってないだろうが。
0338考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:17:11.340ハイデガーが一言も言ってない受動能動論という己の頭の中で
勝手にこねくりかえしたトンデモ理論にたまたま41節が強引に
それに引き寄せて解釈できる記述があったってだけの話だろ?
0339考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:19:30.290イストランはハイデガーを限りなくつまらん解釈に変えようとしているだけだろ。
誰もおまえみたいな解釈はしていない。
0340考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:21:06.300そこから受動能動というポンポコリンな解釈をしてるのもおまえだろ。
0341ixtlan
2016/07/28(木) 20:22:26.890> ゾルゲの構造など無いし、
> 受動能動も無いけどな
では渡邊二郎(「存在と時間」入門)にも逆らうわけだ。
なんか『存在と時間』について言ってごらん。
君の頭の中ではゾルゲというのはどういうことなのかね?
0342考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:25:25.790何節で言ってるの?
ハッキリと受動能動って言ってる?
0343考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:26:03.430だからイストランの勝手なトンデモ解釈な訳。
0344ixtlan
2016/07/28(木) 20:29:54.010> 言ってないんだなこれが。
>
> だからイストランの勝手なトンデモ解釈な訳。
言ってないからトンデモというならば、木田元も渡邊二郎もトンデモ解釈でいいのだな?
で、ゾルゲというのは一体何なんだよ。少しはまともに答えてみろ。
0345考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:33:49.8800346考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:34:07.9200347考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:34:58.910第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0348考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:35:29.740存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0349考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:35:55.060イストランが依拠している41節は全体構成の20%以下の記述でしかない。
ちゃんと全部読めよ。
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0350考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:39:21.100存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0351ixtlan
2016/07/28(木) 20:39:50.100> 木田元も渡辺二郎もハイデガー本人ではないというオチ
だから彼等のも「トンデモ解釈」なんだろう?
君によれば、ハイデガー本人が言ってないことを言うというのは「トンデモ解釈」なんだろうが。
0352ixtlan
2016/07/28(木) 20:41:39.100で、ゾルゲというのは何なんだい、ペロリン?
0353考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:43:23.180しかし、おまえは記述に無い事や
序論の41節から勝手に全体を知ってるいるように語るので嘘臭い。
モルモン教みたいなもんだ。
0354考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:44:13.4700355考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:45:56.500全然全体像が見えてないところで喋ってるやん
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0356考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:49:46.780関心、気遣い、配慮という語を嫌うのかというと、
それじゃあ英米系システム論に偽装できないからなんだよな。
受動能動と言えばルーマンあたりと接続できるように偽装できる。
が、関心と言うと、個人の融通が利かないシステムというイメージにできない。
だから、慮とか使って分析哲学に変えようとしている訳。
0357考える名無しさん
2016/07/28(木) 20:51:43.530第二部まで行ってしまうと、分析哲学を破壊しかねない。
そこで安全な41節あたりで分析にとって無害なままで止めておこう、いうセコイ算段な訳。
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0358ixtlan
2016/07/28(木) 21:03:50.410> ゾルゲは関心、配慮、気遣い等だな。
それは単に訳しているだけだ。君がもし『存在と時間』を人に教えるとして、
ゾルゲというのは一体なんなんですか?と聞かれたどう答えるんだね?
0359ixtlan
2016/07/28(木) 21:07:52.350> まあ、ぶっちゃけて言うと、イストランが何故
> 関心、気遣い、配慮という語を嫌うのかというと、
> それじゃあ英米系システム論に偽装できないからなんだよな。
>
> 受動能動と言えばルーマンあたりと接続できるように偽装できる。
> が、関心と言うと、個人の融通が利かないシステムというイメージにできない。
>
> だから、慮とか使って分析哲学に変えようとしている訳。
分析哲学には何の関係もない。
受動能動とは、被投性と企投を言い換えているだけだ。
この二つは、なんで対立しているのか。片方が能動的で片方が受動的。
それ以外の対立要素はあるのかね?
で、木田元はいいけど、渡邊二郎は「トンデモ解釈」なのかい? ほれしっかり答えたまえ。
0360考える名無しさん
2016/07/28(木) 21:55:44.18O存在者として存在を受けとってしまっている既に頽落している現実
だがそれを自覚すること、存在者に全てを還元できない、
存在者と存在は違うということ
能動的に何かするんではなくて常に既に存在者にまみれる形でしか、
現実は存在しないが同時にそこに全てが収まることもあり得ない
0361考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:00:39.590言い方から推測するに分析哲学のシステム論だろ。
受動能動というかオートポイエーシスの入力と出力あたりを
受動能動と言い換えてるだけだろ。
0362考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:09:57.17O調整され、社会的な役割を与えられた何らかの配置された存在者としてしか、
でて来ない
人の意見を聞き、役割を持った存在者の世界しか与えられない
それは受動でさえない既に与えられた現実だ
だが同時に存在論的差異として頽落した存在者ではない、
本来的なもの、システムに還元されないものがある
それもまた、能動でさえない個人ではどうにもならない違和だ
0363考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:14:31.41O能動的な現実こそがそういうものだ
その現実の行動促し能動性求めるそれに対する受動的な違和感
それが投企だ
0364考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:39:29.25Oそれに乗せられないでいこう、能動性に反対し立ち向かおう
それがハイデガー存在論
存在の本質に根源的に気分付けられた世界
0365考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:43:44.0700366考える名無しさん
2016/07/28(木) 22:52:11.95Oいや、これでいいんだよ
システム化されて能動的な存在者の世界への対抗意識が全てだから
それが存在論的差異
ハイデガーにより何百回と繰り返される存在論的差異の説教は、
つまるところそういうことだ
他人に気遣い、役割を与えられた、システムへの存在者への対抗
0367考える名無しさん
2016/07/28(木) 23:01:29.52O他人を気遣い、役割を与えられ、平均化され、期待された、
存在者の世界に対する存在の擁護だろ
存在と時間にしても世界ー内ー存在や世界の世界性を論じた後に、
能動性に満ちた存在者の解釈としての現実の被投状況としての、
頽落や世人を論じて、そこから脱出の道を探りだし、
アリストテレスの時間論とかに遡っていく
0368考える名無しさん
2016/07/28(木) 23:11:29.850もっといえば死ぬまでナチ問題を語らなかったこと。
0369考える名無しさん
2016/07/28(木) 23:27:25.62O議論ふっかけるだけふっかけといてでてこなくなって
議論マジでやってたのか?
嘘だろ、ふざけてたんだろ
真面目に論ずるような内容なんかixtlan=波平の議論にははじめから終始一貫なかったんだが、
茶化さず逃げるとは本人にして見たら大真面目だったのか?
嘘だろ、そんな馬鹿なことはないだろ
あんな無内容をマジに語り続けるとか人間にできる限界を超えてる
0370考える名無しさん
2016/07/28(木) 23:46:44.91Oで、何かしか納得いく話を聞きたかったし、
そのためにがんばってきたがあてが外れたと
馬鹿だが
0371考える名無しさん
2016/07/29(金) 04:18:13.590分析哲学と観念論が対立する
ただしハイデガーは唯物論的世界を巧妙に排除しつつも全体の再帰的
構造を提示しているからあらゆる党派的な差異を内包している
0372考える名無しさん
2016/07/29(金) 05:52:43.71O唐突に存在は違うと何の根拠もなく、
上から目線で断定するのがハイデガーの党派性だろ
何が言いたいのかわからんがこの党派性、独断性を否定したら、
ハイデガーも怒るだろ
被投性や投企の話もゾルゲもその党派的主張のための前振りなわけで
0373考える名無しさん
2016/07/29(金) 17:19:56.490>受動能動とは、被投性と企投を言い換えているだけだ。
>上記の被投性(受動性)と企投(能動性)の関係について
ハイデガ−は「形而上学入門」(297ペ−ジ)の中で、興味深いことを述べている。
「たしかに存在をイデアだとする解釈が、存在を自然(フュシス)と見る根本経験から
生じていることは否定できない。そのような解釈は、“発現しつつ現れ出る”ことである存在の本質から
生ずる“一つの必然的”な帰結である。」と記述している。
存在を“イデア”として捉えるのは、現存在が存在への企投(能動性)であり、他方に於いて、存在を
“自然(フュシス)”として捉えるのは、受動的な被投性である訳です。
従って、“イデア的思索(企投=能動性)”と“自然的思索(被投性=受動性)の発現は、“存在の本質”
に於ける、二つの様態と解釈することができる。
0374考える名無しさん
2016/07/29(金) 18:14:08.8500375ixtlan
2016/07/29(金) 20:44:43.910> 被投性や投企の話もゾルゲもその党派的主張のための前振りなわけで
ゾルゲって何なんだよ。
きっちり答えてみろ。
0376ixtlan
2016/07/29(金) 20:47:04.960> 受動的な何かではなく積極的で能動的な存在者の世界こそが被投性であり、
> 能動的な現実こそがそういうものだ
> その現実の行動促し能動性求めるそれに対する受動的な違和感
> それが投企だ
クルクルパーだな。
なんも読んでない。読んでも分からない。だったら黙るという美徳ぐらい持て、このクズ。
0377ixtlan
2016/07/29(金) 20:55:13.330現存在が自分の存在了解を持って自分と世界にかかわり、その結果、そこに明るみの場が開き示されてくるという事態を指している。
以下の第4節はすべてこの開示性の諸構造の究明に当てられることになる。」(『ハイデガー「存在と時間」入門』、渡邊二郎編、121)
「以下の第4節」とあるのは『存在と時間』の第4節ではなくて、この解説書の節分け。
この部分を書いたのは渡邊二郎ではなくて、寺邑昭信。
0378ixtlan
2016/07/29(金) 21:00:45.630長すぎる行がある、なんてね、哲学書について言及できないじゃないか。これは2chの仕様なのか? それともjane style の仕様なのか?
「その結果、開示性とは、「情状性」「了解」「語り」という、そのどれを欠いても開示性が成り立ちえなくなる等根源的な三つの構成要素からなることが明らかにされる。
まず第一に、情状性とは、私たちが普通に気分と呼んでいるものを言い表すハイデガー特有の規定であって、この情状性という在り方の中で、
実は現存在がおのれの世界へと投げ出されてあるという、意のままにならない端的な存在の事実 − これを現存在の「被投性」というが − が、
受動的に開示されてくるわけである。」(『ハイデガー「存在と時間」入門』、渡邊二郎編、121)
0379ixtlan
2016/07/29(金) 21:07:03.670これだけだって、相当にいろんなことを考えなきゃならない。
まず、「気分」というのをこれほど重要視するのは、ハイデガーの特有性ではないのだ。
<実存>の話を<実存>に問い正すためには、その<実存>は<的確に気分づけられている>必要がある、と言ったのはキルケゴール。
同じことをハイデガーも言う。つまり、存在の意味を現存在に問い正すためには、その現存在が<本来的に存在している有様>を取り出す必要がある。
それが<不安>現象だというわけだ。この不安に着目するのもキルケゴールの受け売り。先取りして言えば実存的過去である「反復」というのもキルケゴールの受け売り。
頽落現象の<好奇心><おしゃべり>もキルケゴールの受け売り。
0380ixtlan
2016/07/29(金) 21:25:21.420で、被投性つまり受動性の側にこうして気分という人間の心性が配置される。
そもそもそういうとらえ方を理解していない脳ミソは何が何だか分からないのだ、こういう話が。
その枠組は大昔からある。つまり、アリストテレスの『霊魂論』から、人間の記述として、ある部分を能動性に、ある部分を受動性に配置する、ということが成されてきた。
ハイデガーもそれをやってるわけだ。脳科学的知見を使えば、大脳のヘントウタイを中心にして散在する感情機能、これを受動性として解釈する。
それほど奇異なことではない。というのは西洋語では感情、情動はパッション、受動性はパッシブ、というように、感情的現象は受動的である、という命題が潜在的に認知されている。
しかしここでハイデガーにほいほいついて行ってはいけない。
ハイデガーは被投性という観念を、人間が生まれてしまうというどうしようもない現象、つまり自分ではコントロールできない現象にも形容している。
その意味での受動性と、パッションの受動性は同一視できない。そもそもパッションは本当に受動だけだろうか。情動に取り憑かれている人間は、かなり能動的と言えるだろうから、こういう同一視は話半分に聞いておけばいい。
0381ixtlan
2016/07/29(金) 21:39:54.160「次に第二に了解と呼ばれるものは、現存在が絶えず自分を存在させてゆく力を持っていて、不断に可能性を企て投げかけ −これを「企投」という −
実現してゆく自己超越の能動的運動として存在することを指している。
この了解には本来的了解と非本来的了解とがある。また了解の持つ認識の働きである「視」構造や了解を完成させる「解釈」構造が、了解には属しており、
さらにその解釈からやがて「陳述」が派生することになるが、それらの詳細は、後段で説明されることになろう。」(『ハイデガー「存在と時間」入門』、渡邊二郎編、121-122)
0382考える名無しさん
2016/07/29(金) 22:24:54.080Зорге, 1895年10月4日 - 1944年11月7日)は、ソビエト連邦のスパイ。
1933年(昭和8年)から1941年(昭和16年)にかけてゾルゲ諜報団を組織し
て日本で諜報活動を行い、ドイツと日本の対ソ参戦の可能性などの調査に
従事し、ゾルゲ事件の首謀者として日本を震撼させた。
0383考える名無しさん
2016/07/29(金) 23:58:24.970だが、イストランがそれを引用して言ってる事は何故かトンデモになっている。
0384ixtlan
2016/07/29(金) 23:59:09.270人間の心的機能の一つとして、感情や気分というのがあり、それを受動性、被投性に配する。
一方、了解という知的機能の方は、能動性、企投に配する。
他にいろいろ考えるべきことが山ほどあるけれども、どういう場面であっても、このカップル、つまり
企投と被投性のカップルが融解してしまうことはない。これがゾルゲの根本構造である。
ところが、このカップルは、気分や了解という心的機能に限って用いられている概念ではない。
そこを起点として、心的機能ばかりではなく時間性の方へも概念がつながっっている。
どう関連しているのか。
つまり、ゾルゲというのは時間性とどう関わるのか。
0385考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:07:31.600木田元も渡辺二郎も、例えばガリガリ君とかアイスの話をしているとすると、
そのアイス本体について話してる訳、味がおいしいとか、香りが良いとか言う話をしていると仮定する。
しかし、イストランとなるとアイス本体というよりは、
専らアイスについてる木の棒の話をしているようなもんなんだよね。
0386考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:10:43.030木田や渡辺がちょろっと触れただけのアイスの『棒』についての話を
勝手に広げて、まるでアイスはどうでも良く、木の棒がメインであるかのように話してる点なんだよね。
喩えを元に戻すと、木田や渡辺はハイデガーについて確かに喋ってるが、
イストランはハイデガーという名前を借りて、何か違う対象について勝手に喋ってるって感じ。
0387ixtlan
2016/07/30(土) 00:11:57.820「改行が多すぎ」とか。まったくしょうもないね、ここは。
> 渡邊二郎の文も、木田元の文もおかしくない。
ほう。君は、受動性や能動性なんて<誰も>言ってないとか言ってたんじゃないのか?
それが、木田元が言ってるとこっちが言ったら、いや一回だけだとか言った。もう一つ引用したら、何て言ったっけかね。
とにかく、バカなんだからね、自分がバカであると認知しなくては駄目だよ。なぜなら、たんにバカじゃなくて、人に迷惑をかけるタイプのバカだからな。
せっかく重要な論点を挙げてこうやって説明しても、内容にぜんぜんからんでこないバカじゃないか。
そしてただ自尊心を防衛するためだけにいい加減な印象批評をやる。これはバカに加えて最低のクズだろう?だからバカクズと言ってるんだ。
> だが、イストランがそれを引用して言ってる事は何故かトンデモになっている。
どこがどうトンデモなのか説明してもらおう。 それとゾルゲと時間性の関わりも説明してもらおうか。 とにかくちゃんとしろ、ちゃんと。
0388考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:13:06.900・アイスに興味が無い
・むしろアイスが嫌いである
・アイスより辛い物や酒の話がしたい
という感じであろうと考えられる。
0389考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:15:05.830ハイデガーの話をしている座談会で、ハイデガーの『受動能動』の話しかしないのはどういう奴か?
・ハイデガーに本当は興味が無い
・むしろハイデガー等の大陸哲学が嫌いである
・大陸哲学より分かり易い分析哲学や認知科学の話がしたい
という感じであろうと考えられる。
0390考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:17:53.250たしかに一回くらいはアイスの『棒』の話が出てくる。
だが、アイスのメインは当たり前だが、『棒』ではない。
同じくハイデガーの話を五時間くらいしてたら、
一回くらいは受動的だ能動的だという喩えくらいは出るが、
棒がアイスに成り代われないように、受動能動がハイデガーの論旨に成り代わる訳ではない。
0391ixtlan
2016/07/30(土) 00:20:24.730> 喩えを元に戻すと、木田や渡辺はハイデガーについて確かに喋ってるが、
> イストランはハイデガーという名前を借りて、何か違う対象について勝手に喋ってるって感じ。
それは君が無知でバカだからだ。無知っつうのはな、ハイデガーがカントやシェリングについて言ってることがちゃんとそれなりに理解できていれば、
受動性や能動性というのは避けることができないテーマだというのは常識レベルの話になるんだよ。
たとえば、ハイデガーは、なぜ純理の第一版の方を第二版より評価したのだね?
0392考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:23:11.260『アイスを重視するのなら、アイスの棒の素材が竹であるか杉であるか
はたまた檜であるのかは非常に重要だ、何故ならその木の棒によってアイスの味も変わるからだ』
↑こんなん詭弁だろ?
おまえが言ってるのはこういうレベルな訳。
0393ixtlan
2016/07/30(土) 00:27:05.180> 同じくハイデガーの話を五時間くらいしてたら、
> 一回くらいは受動的だ能動的だという喩えくらいは出るが、
> 棒がアイスに成り代われないように、受動能動がハイデガーの論旨に成り代わる訳ではない。
アイスってのはこの場合は、ゾルゲだ。
で、ゾルゲの構造は何かと聞いたら、ゾルゲに構造なんかないもん、と言う。
ハイデガー自身がゾルゲの構造はこうだよ、と言ってるのに、ゾルゲには構造なんかないんだと。
で、ゾルゲとは何かと聞いたら、関心とか配慮なんだと。
訳を言ってどうする、バカたれめが。
とにかくこの程度の脳ミソなんだからどうしようもない。
せいぜい使い道としては、無理解のサンプル程度でしかない。
0394考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:29:48.340あえていうならこういう感じです、と説明している箇所を
本当にそういう構造が内蔵されているかにように誤読してるだけだろ。
0395考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:31:27.630という記述をイストランが真に受けて、
『ほら、パンにも三半規管が内蔵されているじゃないかw』
と言ってるようなもんだわな。
たとえで言ってるだけだろっていう。
0396ixtlan
2016/07/30(土) 00:34:29.840「『ゾルゲ』という表現は一つの実存論的−存在論的根本現象を意味する。だがこの現象は、その構造においては単一ではない。
ゾルゲ構造の存在論的に根元的な全体性は、存在的な一つの『原要素』に還元されることはできない。
このことは、存在が存在者からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの存在という理念も、現存在の存在と同様に、『単一』ではないということが示されるであろう。」(『存在と時間』196)
それでとりあえず、ゾルゲ構造とは何なんだよ?
0397考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:36:18.0000398考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:37:43.550ただイストランが解釈すると『え?』って感じになる。
「『ゾルゲ』という表現は一つの実存論的−存在論的根本現象を意味する。だがこの現象は、その構造においては単一ではない。
ゾルゲ構造の存在論的に根元的な全体性は、存在的な一つの『原要素』に還元されることはできない。
このことは、存在が存在者からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの存在という理念も、現存在の存在と同様に、『単一』ではないということが示されるであろう。」(『存在と時間』196)
0399ixtlan
2016/07/30(土) 00:46:43.780> この文↓も全然違和感は無い。
> ただイストランが解釈すると『え?』って感じになる。
私はまだ解釈なんてしてないじゃん。
ゾルゲ構造とは何か、と聞いているんだよ、君に。
それとも、それすらハイデガーは言ってないというのかね?
> 「『ゾルゲ』という表現は一つの実存論的−存在論的根本現象を意味する。だがこの現象は、その構造においては単一ではない。
> ゾルゲ構造の存在論的に根元的な全体性は、存在的な一つの『原要素』に還元されることはできない。
> このことは、存在が存在者からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの存在という理念も、現存在の存在と同様に、『単一』ではないということが示されるであろう。」(『存在と時間』196)
0400考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:47:45.150「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」(『存在と時間』196)
0401考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:50:26.720「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0402考える名無しさん
2016/07/30(土) 00:55:47.310つまり、存在を支えるのは現存在たる人間であるが、人間はゾルゲという感情をもつ事によって、
この存在を現出させ得る力を持っている。
しかし、このゾルゲという感情の構造というのは、例えばエスとか受動能動とかいう
原要素から説明されるような単純なものではない、というごく当たり前の事を言ってる訳↓
「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0403ixtlan
2016/07/30(土) 00:57:33.840あのさ、ゾルゲ構造というのをハイデガーはちゃんと書いているんだよ。
私は君を試すために、わざとその部分を引用しなかったのだがね。
なんで君、読んでもないものについて適当なことを自分で作ってしまうわけ?
ちょっと信じられないねぇ。これじゃ犯罪者と変わらない。
これ読んでる人たちは、放っておけるのか。
ハイデガーの言うことなんて全然まともに扱われてないじゃんか。
0404考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:00:31.250『パンの耳というのはちゃんとあるんだよ』って言ってもそこに三半規管がある訳じゃない。
『ゾルゲの構造』って言っても、そこに構造が実際にある訳じゃないわな。
0405ixtlan
2016/07/30(土) 01:08:01.770しかしほんとにしょうもないね。
そのあとに書いてあるだろうが。
die Bestimmung der Sorge als Sich-vorweg-sein - im schon-sein-in - als Sein bei
これは、後ろから「の許にあることとして」「すでに中にあることにおいて」「自己に先立ち在るとして」のゾルゲの規定。
つまり、
自己に先立つ
すでに、の中に
の許に
で、順に一言で言うと何だね?
0406考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:10:23.360実際にそういう構造が実体としてある、と言ってる訳ではないので↓のように但し書きを付けてる訳。
「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0407ixtlan
2016/07/30(土) 01:17:13.200> 内容としては大体こんな感じ↓のことを言ってるので全く違和感は無い。
>
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情というのは気分として、ゾルゲの一部分なのだよ。一方単純でないのはゾルゲの方なの。全然、わかってないじゃん。
ゾルゲという全体現象があって、その部分として
1 了解
2 気分
3 頽落
というふうに分けられるとなっているのだよ。なんでこんなことが分からない?
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
だから全体なのはゾルゲの方で感情ではないのだ。
つまり、ゾルゲという全体構造をそのうちの一つで代表させることはできないと言ってるのだ。君がやってるように感情でゾルゲを代表させることはできないと言ってるんだ。
これでもまだ不正確だが。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
科学的実在とか心の内側とか、そんなものを排除したところで言われるのだよ。それらはみんな「存在者からの説明だ」とハイデガーは言うだろう。
」
0408考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:19:39.2900409ixtlan
2016/07/30(土) 01:19:50.580> つまり、
>
> 自己に先立つ
>
> すでに、の中に
>
> の許に
>
> で、順に一言で言うと何だね?
で何なのだ、これは。
0410ixtlan
2016/07/30(土) 01:23:13.440> だから、それは『あえて喩えれば』で言ってるだけで、
> 実際にそういう構造が実体としてある、と言ってる訳ではないので↓のように但し書きを付けてる訳。
おいおい、いい加減にしろよ。自分で勝手に作った与太話をハイデガーがしていると主張するのかい?
ちょっと、これ読んでるまともな人間はいないの? 公平な判定者がここまでいないというのは、まったくどうしようもない。これほど2chがどうしようなくなったとは、情けないね。
まともに『存在と時間』一つすら読んでる人間がいないということなのか。
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0411考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:23:36.110イストランはわざわざドイツ語で持ってくるからなw
0412考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:25:34.510ダウンロードするのが面倒だし、通信料もかかる上に、
かなり明後日の方向にイストランが解釈してるからな。
そこまで分析に引き寄せたいかね〜?
0413考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:27:00.120気に入らないのはわかるが、そこがハイデガーの凄いところでもある。
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0414ixtlan
2016/07/30(土) 01:27:17.750> ドイツ語に一々訳さなくても邦訳がいくらでもあるのに、
> イストランはわざわざドイツ語で持ってくるからなw
下のどこがドイツ語なんだよ。まったくどうしようもないクズだね。
こんなことを知らないのか。
> 自己に先立つ
>
> すでに、の中に
>
> の許に
>
> で、順に一言で言うと何だね?
0415考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:30:09.190> 405 名前:ixtlan :2016/07/30(土) 01:08:01.77 0
> しかしほんとにしょうもないね。
> そのあとに書いてあるだろうが。
> die Bestimmung der Sorge als Sich-vorweg-sein - im schon-sein-in - als Sein bei
0416ixtlan
2016/07/30(土) 01:30:35.060> まあ、残念ながらハイデガーが言ってるのは↓のような文脈で言ってるのだよ。
> 気に入らないのはわかるが、そこがハイデガーの凄いところでもある。
>
> > 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> > 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> > このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> > けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
感情が単純でないなんてどこに書いてある?
ゾルゲ構造が単純ではないと書いてあるのを誤読しただけ。
そもそも、なんで感情が出てくるのだ?
出てくるとしたら、了解とカップルになった感情だろうが?
全然ハイデガーの言うことが分かってないじゃん。
0417考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:32:07.530かなり性格悪いな。
> 405 名前:ixtlan :2016/07/30(土) 01:08:01.77 0
> しかしほんとにしょうもないね。
> そのあとに書いてあるだろうが。
> die Bestimmung der Sorge als Sich-vorweg-sein - im schon-sein-in - als Sein bei
0418考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:33:02.870また、テキトーな説明だな
0419ixtlan
2016/07/30(土) 01:33:22.890だからそれをこういうふうに訳してやっている。
なぜドイツ語かって、それは下の訳に問題があるから、いちおうつけておかないと。
それにしてもこんなことになんで文句を言うの? さっさと答えればいいだけだろ?
それとも答えられないから誤魔化しているのかい?
> 自己に先立つ
>
> すでに、の中に
>
> の許に
>
> で、順に一言で言うと何だね?
0420考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:36:24.8800421ixtlan
2016/07/30(土) 01:36:37.560質問に答えることができないならば黙ってろ。
感情が単純ではないとどこで言われているんだ?
0422ixtlan
2016/07/30(土) 01:38:21.610↓には答えられないのかい?
> 自己に先立つ
>
> すでに、の中に
>
> の許に
>
> で、順に一言で言うと何だね?
0423ixtlan
2016/07/30(土) 01:41:31.650それともう一個ずっと聞いていたことがあるが、
一体、ゾルゲと時間性はどう関わってくるのか?
以上の問いにちゃんと答えるんだよ、明日まで。
0424考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:42:20.180七訳もあるのに、それを無視してわざわざドイツ語で書く見栄っ張りさ。
0425考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:47:36.770私は彼が嫌いなんですよね
なんか卑屈で
0426考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:48:38.2200427考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:49:03.3500428考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:52:32.370そうそう
それから身体障害を持っていたから婚約破棄したのに
「愛すればこそ…」とか本音を言わない
彼の哲学は全部強がりと嘘の上塗りの思想ですよ
0429考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:54:15.0800430考える名無しさん
2016/07/30(土) 01:56:12.660本当はキェルケゴール自身が絶望していたんだから
「私は自分自身に絶望しています、それでも超人のように生きてみせます」
と、はっきり書いた方が良かったと思います
0431考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:01:46.250まずSorgeは「感情」ではないな。既に第21節でBefindlichkeit (和訳では
情態性・情状性・心境などと訳されている)が実存範疇として取り出されて
いる。わざわざまたここで情を別概念で謂う必要はない。
敢えて既存の用語を出すなら志向性くらいが妥当だろう。「気になる」
ことだからね。しかしハイデガーはあえて自分の用語に編み換えてみせた。
>感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造
>(受動・能動等)』に還元されることはできない。
とあるが。ここも杜撰すぎるな。
「何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』」とあるが
「科学的」というのは何らかの有るモノや現象を、因果関係によって
立証させる、またその立証を実験で実証させることを意味する。つまり
現象を改めて問い直し論理的にまた実際的に検証することだ。
ということはオンティッシュ・存在的、すなわち前-反省的また前-解析的
な要素であり「有る」のまま放置された現象、ではない。「オンティッシュ」
は「前-反省的」「前-解析的」を意味する。「科学的」すなわち「因果関係
に基づいて実証されて」ではない。原文でもここはein ontisches Urelement
である。よって「科学的」では誤訳だ。
また「科学的な 一つの構造」とあるが ein ontisches Urelement
は既述したように「一つの構造」ではない。「一つの原要素」(辻村)または
「なんらかの根源的要素」(原・渡辺)または「なんらかの基本要素」
(細谷)が妥当だ。
したがってこれも誤訳だ。
0432考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:13:05.460翻訳を誤訳というのは良いとして、意訳を誤訳と言ってもしょうがないがな。
0433考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:20:49.810「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0434考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:22:34.920つまり、存在を支えるのは現存在たる人間であるが、人間はゾルゲという感情をもつ事によって、
この存在を現出させ得る力を持っている。
しかし、このゾルゲという感情の構造というのは、例えばエスとか受動能動とかいう
原要素から説明されるような単純なものではない、というごく当たり前の事を言ってる訳↓
「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0435考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:26:14.480逆にそんな構造(要素)は無い、という当たり前の事を言ってるだけ。
エスとか受動能動とかそういう基本要素から演繹できるような代物ではない、
という事。
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0436考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:26:35.670>このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に
>確かなことである。
辻村訳では「有が有るものから「説明され」ないのと同様に確かに」
原・渡辺訳では「存在が存在者から「説明され」えないのと同じく」
細谷訳では「存在を存在者から説明することができないのと同じく」
となっている。
原文では
das Sein nicht aus Seiendem erklart werden kann
これは各翻訳者による翻訳が妥当だと分かる。
sein は「有る」「存在する」の多様な現象・判断を示す動詞である。
または中性名詞「存在」「有りよう」である。
「科学的実在」などとは言ってはいない。
seiende は多様な「有るもの」「存在者」を表すに過ぎない。
「心の内側」も当然含むが限定することはない。限定するならこれも誤訳だ。
よって>>413はそのほとんどが筆者の意訳でさえない創作にすぎない
ということだ。
0437考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:29:54.500そういう原要素を設定した上で語っている訳だから、↓のハイデガーの忠告を完全無視してる訳。
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0438考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:33:15.060> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0439考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:33:17.490>従って、ゾルゲ(感情)に構造がある、という話では無く、
>逆にそんな構造(要素)は無い、という当たり前の事を言ってるだけ。
「慮構造」は原文では der Sorgestruktu (196頁)となっている。
あの本では普通に出てきている。
「慮構造」はあんのよw
それがすべてですよ。
0440考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:36:20.4000441考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:37:29.270『存在者』という日本語も無い。
意訳する場合にはこれを自然な日本語に訳さないといけない訳。
0442考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:38:54.570残るは心境だが、これは感情と同じ用法で日本語では使われる。
0443考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:40:03.520> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0444考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:46:59.960>しかし、イストランは受動能動という基本要素を設定して、
>そういう原要素を設定した上で語っている訳だから
あの人のは企投・被投の単なる読み換えだろう。
そう言いたければ言っても良いくらいの意味ならある。しかしそれ以上
の意味はない。企投・被投とすなわちわざわざハイデガーが
Entwurf, Gevorf と言っているのだからその通り使っていればいいのに
くらいの意味しかない。
つまり先ほどからのこの話自体たいした意味などない訳だ。そう言いたけ
ればどうぞ、くらいのね。またそう言うな、と力みかえる意味もないしねw
俺はハイデガーの言うとおりに使うがね。その方が通りがいいと思うのでね。
0445考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:47:17.810そういう原要素を設定した上で語っている訳だから、↓のハイデガーの忠告を完全無視してる訳。
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0446考える名無しさん
2016/07/30(土) 03:58:32.240そもそもあの本自体、自然な日本語には移さない方がいい。またお前さん
のやってる「自然な日本語」「意訳」はすべて誤りだ。ハイデガーの意図を
破壊し、勝手な意味をくっつけているだけだ。上で書いたとおりにね。
再度言うがSorgeを感情にしてしまうとそこでの志向的意味がみえなくなる。
よって相応しくはない。何かが気に罹る、とだけで留めておくのがあの
語における意図なのだ。今までの翻訳者はそこを汲み取っている。よって
お前さんよりかはずっと妥当だよ。
0447考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:05:58.620存在と時間の全体構成は41節ではなくて、序論二章八節な。
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0448考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:06:44.430イストランが依拠している41節は全体構成の20%以下の記述でしかない。
ちゃんと全部読めよ。
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0449考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:07:09.400存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0450考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:10:03.920> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0451考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:11:27.630> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0452考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:12:48.460> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0453考える名無しさん
2016/07/30(土) 04:52:06.54O0457ixtlan
2016/07/30(土) 08:52:58.890421から三つ問いを出しておいただろう。なんで答えられないのか?
1.感情が単純ではないとどこで言われているんだ?
2. 自己に先立つ
すでに、の中に
の許に
これらを一言で言うと何だ?
3.ゾルゲと時間性はどう関わってくるのか?
こんなものは、『存在と時間』をまともに読んでればすぐに答えられる。
しかし君は、まともに読みもせず、ハイデガーの言ってることをまったく無視して、勝手に作文して、これが意訳だとかバカなことを言う。
はっきり言って、どうしようもないね。
0458ixtlan
2016/07/30(土) 09:04:11.270> 従って、ゾルゲ(感情)に構造がある、という話では無く、
> 逆にそんな構造(要素)は無い、という当たり前の事を言ってるだけ。
ゾルゲに構造がない、だと。だったら↓の文はどうなる?
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
0459ixtlan
2016/07/30(土) 09:16:49.830ああそれとカントについても聞いておいたのだった。
つまり、カントの純理を評価するのに、ハイデガーはどうして第一版を優先させたのか?
こういうことがあるので、受動性と能動性という概念が必要になるのだ。
まったく無知だろうから、答えておくと、純理というのは、第二版で構成主義に偏ったということ。
つまり、生産的構想力の能動性重視というのが第二版の基調だった。
それに対して、第一版の方は、再生産的構想力も超越論的に同等の地位を与えられていた。
<等根源的>というのが好きなハイデガーは、能動性も受動性も等根源的だとしたい。
だから第一版の方でなくてはならないというふうに、第二版のカントを非難した。
そんなことも常識として知らないから、「受動や能動なんて言われてないも〜ん」というバカクズになってしまうのだな、ペロリン。
0460ixtlan
2016/07/30(土) 09:29:10.760> 存在と時間の全体構成
>
> 第1部 現存在の解釈と時間の解明
> 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
> 第2編 現存在と時間性
> 第3編 時間と存在
だから、ゾルゲはどうやって第二編への土台となっているのか、と聞いている。
君はほんとに何も読んでないのだな。ただたんに41節なんて一部じゃないか、とこう思考してしまう。
なんで41節が中心なのか、というと、それが存在と時間という話の通奏低音だからだ。
通奏低音という言葉も知らないのだろうが。とにかくめんどくさい脳ミソだな。
0461ixtlan
2016/07/30(土) 10:19:11.270> そういう訳で原要素にあたる受動能動はこの時点で排除される。
>
> > 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> > 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> > このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> > けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
しかし、なんだこのトチ狂った妄想は?
ゾルゲというのは
1.了解
2.気分
の合体だ。3が何かというややこしい問題はおいておいて、これらを外したらゾルゲではない。
であるのに、ペロリンは、<感情>とゾルゲの同一視している。だから、
「ゾルゲは単純ではない」
を
「感情は単純ではない」
と言い換える。まったくバカとしか言いようがない。
「気遣い」という表現は、一個の実存論的−存在論的根本現象を指している。当の根本現象は、にもかかわらずその構造において単層 einfach ではない。」(熊野訳 404)
単純 einfach ではないと言ってるのは、ベフィンドリッヒカイトだけではないよ、感情だけではないよ、ということだ。つまり<了解>その他もある、ということだ。なんでこんなことがわからんの?
認識論では、心的機能は、感覚、知覚、記憶、想像、認知、意識というようにいろいろあるだろう。それと同じで、開示性の構造は感情的なものだけではない、と言ってるだけ。
なんでこんなことも分からないのか。
0462ixtlan
2016/07/30(土) 10:30:43.800了解と気分という人間の心的機能が、それぞれ別の名前をつけられているわけで、
それが
了解 − 企投 Entwurf
気分 − 被投性 Geworfenheit1
ということになる。このバカはそれすら認知してないだろう。
企投や被投性に何が配されているのか、と聞いたら、「何も配されていない」と言った。
こんな状態では、何も分からんて。無理だよ。
今、問題にしている41節では、さらにゾルゲの構造として、こうなるわけだ。
了解 − 企投 − 己に先立って sich vorweg sein
気分 − 被投性 − すでに、の中に在る schon in einer Welt sein
さらにこのカップルには別名が加えられている。
すなわち、前者の企投には「実存」や「超越」が。
後者の被投性には「事実性」が。
さてここから何が言える、ペロリン? 『存在と時間』を<まともに>読んでいれば、こんなことはすぐに分かるはずだ。
0463考える名無しさん
2016/07/30(土) 10:53:37.88Oもう諦めろ
0464ixtlan
2016/07/30(土) 11:05:24.870ついでにメルロ=ポンティについて。
カントの純理は第二版で能動主義に堕落したというハイデガーに対して、
そもそも純理自体があまりに能動主義(構成主義)ではないのか、とメルロ=ポンティは言う。
彼にとってはバランスを取ってくれるのは第三批判、つまり『判断力批判』だった。
なるほどカントに存在するあらゆる能動的、受動的要素の中間点を示すという意味では、判断力批判となるだろう。
彼は、受動性と能動性の合体を、<時間の湧出>と関係づけている。ハイデガーはそこまではいかなかった。
0465考える名無しさん
2016/07/30(土) 11:05:36.43O0466ixtlan
2016/07/30(土) 11:09:38.390> ixtlanの馬鹿がまだわめいているのか
> もう諦めろ
はてね。たんに君が聞かれたことに答えるだけで、私は満足する。
これまで何を聞いたっけかな。
1.ゾルゲとは一体何か? 訳語で誤魔化すなよ。
2.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
3.企投を実存と言い換えることで何が問題になるのか?
4.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
5.ゾルゲに構造がない、としたら↓の文はどうなる?
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
さあ、しっかり答えてもらいましょう。君がこれから出てくるたんびに上の質問をするからね。
0467ixtlan
2016/07/30(土) 11:16:24.190ところでペロリン、君は桜井誠をどう思う?
都民だったら都知事にしてもいいんじゃないのかね。
0468考える名無しさん
2016/07/30(土) 11:48:29.490そんな奴の説明なんて怪しすぎるわw
0469考える名無しさん
2016/07/30(土) 11:51:18.620逆に『そういう(受動能動みたいな)分かり易い構造ではないよ』って話ね↓
> 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0470ixtlan
2016/07/30(土) 12:04:08.490> 41節は『(受動能動みたいな)構造があるよ』って話じゃなくて、
> 逆に『そういう(受動能動みたいな)分かり易い構造ではないよ』って話ね↓
41節で言われているのは、
1.sich vorweg
2.schon in einer Welt
3.sein bei
という分節で、このように単一ではないと言ってる。それが君の脳ミソでは、なんで感情が単純ではない、になるのだ。
まったく理解してないってことだな。
しかも、存在的と存在論的の区別も分かってない。上にあげた3肢構造が存在論的な構造。
対して、その前の段落に挙げられていた意欲、願望、性向、衝動のようなものが、存在的な現象。
この存在的な現象は、上の3肢構造の存在論的構造に基づいているというのだ。
そういうこと、分かってる? 全然見えてないな。だからわけのわからん妄想にふける。
> > 「『感情』という表現は一つの心的−哲学的根本現象を意味する。だがこの感情という現象は、その仕組みにおいては我々が思う程単純ではない。
> > 感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
> > このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に確かなことである。
> > けっきょくは、そもそもの『ある』という理念も、それを支える人間の感情と同様に、『単純』ではないということが示されるであろう。」
0471考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:07:27.69041節ではなくて、序論二章八節に構想としてちゃんと書かれてる。
つまり、ハイデガー自身が『これが私の意図・構想です』と、
一番初めに出してる訳↓
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0472考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:09:53.560普通に考えれば、�Aが本論であり、書こうとした本論である訳。
存在と時間の全体構成
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0473考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:12:33.140青字やイストランの言うように受動能動論なら、
�Aにあたる本論が受動能動という言葉まみれになってる筈だが、
全くそのようにはなってない↓
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0474ixtlan
2016/07/30(土) 12:13:10.790> でも青山はハイデガーなんだろ?
>
> そんな奴の説明なんて怪しすぎるわw
違う。青山は自己犠牲の倫理というものを語っている。死は共同性への道だ。
しかしハイデガーでは死は自己性の極地となっている。
共通しているのはニヒリズムの超克ということだ。
0475考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:16:09.800イストランや青字が分析に都合の良さそうなトピックを勝手に抜き出し、
�Aの本論を無かったことにしようとしているか、別の受動能動という
分析とかシステム論に都合の良い方向に勝手に解釈してハイデガーの意図に反しているか、
というところだと思う。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0476考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:16:33.520見苦しいだけだからやめとけ
0477考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:19:32.980語っているのか?となると、全然語ってない。
説明されているのは別の事だ。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0478考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:26:58.010イストランと青字が依拠しているのは�@〜�Eのうち、わずか�@で止まってる訳。
1 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
�@ 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
�A 第2編 現存在と時間性
�B 第3編 時間と存在
2 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
�C 第1編 カントの時間論について
�D第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
�E第3編 アリストテレスの時間論について
0479考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:29:07.470�@の41節ぐらいしか無かったって事なんだろうね〜
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
1 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
�@ 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
�A 第2編 現存在と時間性
�B 第3編 時間と存在
2 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
�C 第1編 カントの時間論について
�D第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
�E第3編 アリストテレスの時間論について
0480ixtlan
2016/07/30(土) 12:31:01.460> で、�Aの本論の解説をする時に木田や高田が受動能動について
> 語っているのか?となると、全然語ってない。
> 説明されているのは別の事だ。
木田は語っているじゃないか。構想がだめになったのは、初期の能動主義の挫折であると。
そして、第二編でも、根底にあるのがゾルゲの構造じゃないか。
君は、そういう概念的なつながりが全然分かってないね。
そこでまた聞くけど、ゾルゲと時間性はどう関わるのか? ほれさっさと答えてみい。
0481考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:31:38.7602本論の�C〜�Eにあたる部分の解説でも木田も高田もそんな事は言っていない。
つまり、誰も言っていない。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
1 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
�@ 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
�A 第2編 現存在と時間性
�B 第3編 時間と存在
2 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
�C 第1編 カントの時間論について
�D第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
�E第3編 アリストテレスの時間論について
0482考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:34:40.100ハイデガーの『意図』は当然、�Aの本論の方にある↓
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0483考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:36:06.210受動能動の受動も能動も一字もありゃしないw
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0484考える名無しさん
2016/07/30(土) 12:50:14.980分析哲学的にはハイデガーはあまりにも方法論が異なりすぎているのでほとんど繋がりませんよ
日本だろ渡邊二郎の弟子だった門脇俊介がそういうチャレンジをしていいましたが
アメリカではローティーがハイデガーを持ちだしていたものの部分的なので導入したまではいっていないです
0485考える名無しさん
2016/07/30(土) 13:42:48.220そもそも未完成のうえに ハイデガー自身が後年いっているように「『存在と時間』には文体がない」
という反省の弁からも分かるように かなり読みにくい本です
それからこの時期にもう語源学的なよ用語の使用をしていて 用語が多義的なんですね
そういう手法もこなれていない文体とともに いちいち読者を立ち止まらせてしまう
テクストとしてみれば「出来の悪いテクスト」です
もちろん内容は別ですよ
「出来の悪いテクスト」というのは読者を誤解させてしまう
つまり著者の意図とは違った解釈をさせてしまう それは著者の意図通りにテクストが書かれていないからです
「ハイデガー全集」の全100巻以上にものぼる数があって その中でちゃんとした長文執筆原稿はひとつもない
ほとんどが講義録ですから この結果から考えればハイデガーは長文の論文執筆が非常に苦手だったことが
分かります
0486ixtlan
2016/07/30(土) 14:13:50.390> ただ『存在と時間』は精読するようなテクストではないと思います
精読したら面白いよ。
たとえば、第41節の第7段落なんてね。極めて面白い。
> そもそも未完成のうえに ハイデガー自身が後年いっているように「『存在と時間』には文体がない」
> という反省の弁からも分かるように かなり読みにくい本です
未完成というのなら純理だって部分だよ。
それよりもだ、ハイデガーって、途中でわけのわからない方向に行ってしまうんだが、
これについてはどうなの? つまり、詩の方へ行ったり、政治の方へ行ったり。
0487ixtlan
2016/07/30(土) 14:17:43.370そもそもこのペロリンは何も分かってないでペロペロしているだけだから。
一体誰が分析哲学と比べるなどということをしたのか。
私は分析哲学なんてほとんど知らない。
それと英米哲学の最近の動向は尊重しているが、それは分析哲学なんてもんじゃない。
知らない人間がどうのこうのいうことは恥だと思わないと、日本人なら。
貴方もわけもわからず、木違いにウンソウなんて頷いてペロペロしたら駄目じゃないか。
0488ixtlan
2016/07/30(土) 14:21:10.6101.ゾルゲとは一体何か? 訳語で誤魔化すなよ。
2.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
3.企投を実存と言い換えることで何が問題になるのか?
4.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
5.ゾルゲに構造がない、としたら↓の文はどうなる?
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
0489考える名無しさん
2016/07/30(土) 14:32:59.54O違うだろ俺とは違うと発狂するだけだからな
いつまで繰り返すんだこれ
0490ixtlan
2016/07/30(土) 14:37:48.860> ixtlanがトンデモ解釈していて押しつけて、お前解釈してみろ、
> 違うだろ俺とは違うと発狂するだけだからな
> いつまで繰り返すんだこれ
なんだこれは?
君がゾルゲの構造なんて存在しない、と断言したんでしょ?
だったら↓は何かね。
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
で、しきりに41節の問題で、その後には出てこないとか馬鹿なことを思っているらしいが、第二編にいっても以前として出てくるではないか、このゾルゲの構造は。
つまり、まったく読んでもないものをペロペロし、しかもハイデガーのいうことを勝手に仮構し、自分のバカげた妄想にハイデガーを引きずり混んでいるわけだが、
そんなことが許されるわけがないだろが。君は一体なんなのかね。日本人かい? おかしいよな、こんな恥さらしな真似は日本人にはできないはずだが。
0491考える名無しさん
2016/07/30(土) 14:42:41.680カントの『純粋理性批判』もヘーゲルの『精神現象学』も 著者が力みすぎて非常に読み難い文体ですよね
しかしそれらのレベルと『存在と時間』はすこし違うんですよ
>>485 で書いたように未完成にも程がある 用語を語
源学的に使い過ぎていて文のコンテクスト以外にも語の根源的な
意味まで考えて読み進まねばならなくなっている
やはりテクストとして「かなり出来の悪いテクスト」だと思います
その証拠に 他の講義録などを読まないと読解できないですから
重要なのこっちの方ですよ
>「ハイデガー全集」の全100巻以上にものぼる数があって その中でちゃんとした長文執筆原稿はひとつもない
>ほとんどが講義録ですから この結果から考えればハイデガーは長文の論文執筆が非常に苦手だったことが
>分かります
0492考える名無しさん
2016/07/30(土) 14:47:59.54O被投性とは現存在が日常にかまけてて非本来性にあるということだろ
投企はそこから身を離す可能性
構造と言ってもこれだけ
存在と時間は世界の世界性や世界内存在の後は日常や非本来性の分析
そっから本来性の分析
哲学史に遡っての非本来性の解体の可能性
これしか書いていない
被投性とか投企とか言っても存在と時間で書いてあることはこれだけでこれ以外に解釈しようがない
百人が百人そう解釈する
0493考える名無しさん
2016/07/30(土) 14:51:04.000>私は分析哲学なんてほとんど知らない。
私がixtlanさんに対してしてレスではないじゃないですか
なんでそういちいち「情動」に振り回されて関係ない人に八つ当たりするんですか?
ixtlanはそういう悪い癖がありますよ(認識していないようですけれども)
>それと英米哲学の最近の動向は尊重しているが、それは分析哲学なんてもんじゃない。
>知らない人間がどうのこうのいうことは恥だと思わないと、日本人なら。
>貴方もわけもわからず、木違いにウンソウなんて頷いてペロペロしたら駄目じゃないか。
私が彼に何を言おうと私の自由ですよ
ixtlanは本当に大学で哲学を学んできた学徒ですか?
今回だけでなく いつもそういう点がおかしいですね
0494考える名無しさん
2016/07/30(土) 15:08:29.40Oゾルゲもそれに行き着く
非本来性と本来性では能動受動もあまり意味をなさない
どうでもいいことだ
0495考える名無しさん
2016/07/30(土) 15:15:28.85O非本来性と本来性の区別の中でしか位置付けられない
ixtlanはトンデモ解釈を押しつけて発狂してるだけ
0496考える名無しさん
2016/07/30(土) 15:31:18.090「能動受動」というのはある意味ixtlanさんによる解釈なんじゃないですか
読解するということは どうあがいてもその人自身による「読み」にしかならないわけですから
つまり『存在と時間』を書いた当時のハイデガーと同一化できるはずが無いんです
そして『存在と時間』というテクストはいってみれば「未熟なテクスト」ですから
あまりにも原文であれすべてに邦訳であれ それを信用しすぎて読解しようとしても
疑問点が出てくるばかりだと思いますしね
ixtlanさんの読みは読みでいいのではないでしょうか
その上で 「私はむしろこう読む」という意見の方が意味があるかと思えるのですが
0497考える名無しさん
2016/07/30(土) 16:00:29.52O非本来的な日常こそが能動的で本来性は受動的なもんだと思うけどね
非本来、被投性、能動
本来、投企、受動
0498考える名無しさん
2016/07/30(土) 16:02:28.14Oそこから逃れる
本来、投企、受動、非システム、存在、存在論的差異
0499考える名無しさん
2016/07/30(土) 19:33:35.790>感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの
>『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
>このことは、科学的実在が心の内側からは『説明』されえないと同様に
>確かなことである。
しつこくて申し訳ないがこの訳が「誤訳」でしかない
決定的な一点をご指摘しよう。ご本人は「意訳」であると譲らないようなので
ね。
ハイデガーの言うsein「有る」「存在する」とは実在を指しているとは実は
どこにも書いては居ない筈だ。むしろ実在・非-実在の区別よりも根源的な
概念だと言おうとしている。>>452はこの一点をまったく読めてはおらず、
またこの概念にハイデガーが込めた根源性に触れられず、まさに呑気に
「科学的実在」などとseinを訳してしまっている。この一点でこの翻訳は
ハイデガーの語彙と意味とを読めては居ない素人であることが丸見え
なってしまう。むしろ「科学的実在」という概念を疑問に付す、人間に
とってdaseinにとって、そのような意味づけは真理性にとってはたいした
意味はないのだと論考を通じて言っているのがあの本なのだ。「有る」
「存在する」にとって「科学的」か「実在」かはまったく問題ではない。
ただ何が「有る」のか「存在する」のかだけが問題なのだ。
この点にたいしまったく盲目であるという一点でこの翻訳はハイデガー
思想の基本的語彙には届かないという結果になってしまっている。
やはり翻訳家こそ誰よりも勉強しなくてはいけないという当たり前な結論
に行きあたってしまう。思想を分かっていなくては翻訳など無理なのだ。
0500考える名無しさん
2016/07/30(土) 20:02:42.530ハイデガーは明らかに「存在論」を語っているわけですから「科学的実在」とは違いますよね
逆にいうと「存在」なので人間の感覚・知覚にゆだねられるものですから現存在分析などの精神分析と
相性が良かったのでしょう
だって精神医療や精神分析は患者の幻覚や幻想という個人的体験を扱うわけですから
科学的実在というと第三者的な計測器などで「本当にある」ことを証明できるものが実在です
ただ「素人」は当たり前なのではないですか だって有時さんは「ハイデガーの玄人」ですか?
違いますよね そして『存在と時間』というテクストはやはり欠陥だらけ過ぎるんですよ
あの原文がポンっとあったとしても誰もまともに訳せないでしょう
前後の講義やら小論などがあってようやくなんとか翻訳できるようなものが『存在と時間』です
それは間違いないと思われます
0501考える名無しさん
2016/07/31(日) 00:39:53.080たとえば『これは経済的な問題である』という新聞の記述を三歳の子にどう説明するか?
『お金の話だよ』というのが正解である訳で、
それを、『いやいや、経済とはお金だけの話ではないでしょう』とか掻き回さなくて良いw
0502考える名無しさん
2016/07/31(日) 00:41:37.390存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0503考える名無しさん
2016/07/31(日) 00:43:07.050ここを飛ばすと、言いたい事は�Aとなる。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0504考える名無しさん
2016/07/31(日) 00:44:58.570我々が自力で再構成しなくても全体像が分かるような時代である。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0505考える名無しさん
2016/07/31(日) 00:59:09.420それはイストランが分析に無理矢理接続しようとした道具立てなので
ある訳がないのだが、やはり本論にもそういう記述は無い。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0506考える名無しさん
2016/07/31(日) 02:57:03.980現象学の根本問題
カントと形而上学
1923/24 現象学的研究への入門 (*デカルト関連論考)
アリストテレスの現象学的解釈
ハイデガーは、カントの構想力を時間論で置き換え、アリストテレスへの円環を完成さ
せようとしたが、ハイデガーに内在する矛盾がそれを許さなかった。
『存在と時間』以降のハイデガーは解釈学だ。その技術論も含めて。
0507考える名無しさん
2016/07/31(日) 03:09:43.320____世界=内=存在____
| | |
世界 自己 内=存在 時間論
世界性 | | |
環境世界 | | 過去
場 道具全体性 開示性非本来性/ 了解 現在 瞬視
適所性 決意性本来性 良心 未来
| | 企投 |
| | | 存在、
|____気遣い、関心_____| 存在論 日常性
|____________| 時間性
Sorgeによって3つの要素が構造的に束ねられるから、
これを特権的に取り出すのは普通の読みで正しい。
自分は#42のクーラの神話(主題的にゲーテのファウストへつながる)を最重要視している。
0508考える名無しさん
2016/07/31(日) 03:15:51.390スピノザに対応させる必要があるということだろう。
ネグリが似たようなことをやっているし、ドゥルーズがその土台を作った。
デリダもハイデガーによるスピノザ排除について指摘しているが、自身がスピノザを排除した。
0509ixtlan
2016/07/31(日) 07:54:23.710> >>485 で書いたように未完成にも程がある 用語を語
> 源学的に使い過ぎていて文のコンテクスト以外にも語の根源的な
> 意味まで考えて読み進まねばならなくなっている
> やはりテクストとして「かなり出来の悪いテクスト」だと思います
> その証拠に 他の講義録などを読まないと読解できないですから
具体的な例を挙げてもらいたいんですけどね。
たとえば、今ここで話題にしているゾルゲというのも、その近親語にはベゾルゲン、ベゾルグニスなどあります。
そして、それらを根源性という観点から配列する。そういうことはハイデガーのスタイルであって、だから駄目ということではないでしょう。
> 重要なのこっちの方ですよ
> >「ハイデガー全集」の全100巻以上にものぼる数があって その中でちゃんとした長文執筆原稿はひとつもない
> >ほとんどが講義録ですから この結果から考えればハイデガーは長文の論文執筆が非常に苦手だったことが
> >分かります
講義録といいますが、『哲学への根本的問い』(GA45)などは、ハイデガー自身が相当目を通したもので、著作といっても過言ではないでしょう。
0510ixtlan
2016/07/31(日) 07:58:02.560> でixtlanが何にのぼせ上がっているのかいまいちわからんが
> 被投性とは現存在が日常にかまけてて非本来性にあるということだろ
それじゃ41節の記述を全然理解してないってことじゃんか。
sich vorweg は企投、
schon in einer... 被投性
sein bei は頽落
というように、被投性と非本来性(頽落)は分けられているのだよ。
実際、そうでなければ、第二編で良心の呼び声や瞬間がなぜ本来性の側になるのかね?
> 投企はそこから身を離す可能性
> 構造と言ってもこれだけ
それだけのことでも君はまったく理解してないし、理解しようともしないのがこれで明白になった。
> 存在と時間は世界の世界性や世界内存在の後は日常や非本来性の分析
> そっから本来性の分析
> 哲学史に遡っての非本来性の解体の可能性
> これしか書いていない
> 被投性とか投企とか言っても存在と時間で書いてあることはこれだけでこれ以外に解釈しようがない
> 百人が百人そう解釈する
0511ixtlan
2016/07/31(日) 07:59:52.970> >>487
>
> >私は分析哲学なんてほとんど知らない。
>
> 私がixtlanさんに対してしてレスではないじゃないですか
> なんでそういちいち「情動」に振り回されて関係ない人に八つ当たりするんですか?
> ixtlanはそういう悪い癖がありますよ(認識していないようですけれども)
何を言ってるのかね。誰が誰に何を言おうとも、私に関して身に覚えのないことを他人からいわれれば、当然それは違うというまでだが、何か問題があるのかい?
0512ixtlan
2016/07/31(日) 08:03:27.480> >>494-495
>
> 「能動受動」というのはある意味ixtlanさんによる解釈なんじゃないですか
だったら木田や渡邊(編)の言はどうなるのかね?
それに世界の文献に目を向ければ、ゾルゲについて受動や能動を言ってるテキストは一個や二個じゃないんだよ。そういうことをふまえて言ってるのか?
このバカクズペロリンがバカでクズなだけということがなんで分からないのか。
平気でハイデガーの言を改ざんするような脳ミソを間接的に弁護するような書き込みはやめてもらいたい。だいたいハイデガーに失礼だろうが。
0513ixtlan
2016/07/31(日) 08:04:29.300> で非本来、本来性で被投性も投企も読めばいいし、
> 非本来的な日常こそが能動的で本来性は受動的なもんだと思うけどね
> 非本来、被投性、能動
> 本来、投企、受動
なんだこれは? なんで投企が受動なんだよ。
まったくどうしようもないクズだな。いい加減にもう書き込むのを止めろ、ハタ迷惑だ。
0514ixtlan
2016/07/31(日) 08:15:24.730> 非本来、被投性、能動、システム、存在者
> そこから逃れる
> 本来、投企、受動、非システム、存在、存在論的差異
おまえもしかしてさ、「被」が「受動性」を表す単語だという国語力すらほんとにないのか?
害を被る、つまり受けるという意味で「被害者」と言うだろう?
それと企投/被投性は非本来や本来とは関係ないんだよ。
厳密には少し関係するが、基本的にはない。そうでなければ、「予期的忘却的」などと言うか?
と聞いても、なんも分からないんだろうな、このクズは。
0515ixtlan
2016/07/31(日) 08:22:43.640> >>452
> >感情の仕組みの哲学的に根本的な全体像は、何か科学的な一つの
> >『構造(受動・能動等)』に還元されることはできない。
これはそもそも出来の悪い翻訳ですらないでしょう。
完全に創作した妄想でしかない。
感情をゾルゲと同一視している時点で完璧にアウト。
ゾルゲとは
企投 − 了解(Verstehen)
被投性 − 情状性(情態性、感存性)Befindlichkeit −気分(Stimmung)
頽落Verallen または話Rede
であるから、感情的なものは1/3でしかない。
0516ixtlan
2016/07/31(日) 08:26:42.150> 第1部 現存在の解釈と時間の解明
> 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
> 第2編 現存在と時間性
> 第3編 時間と存在
バカの一つ覚えでこれ書いてるが、そもそも第三編以下は未完だ。
そして、第二編でも何度も反復されてるのがゾルゲ構造。
だから、以下のようになる。
> 第1部 現存在の解釈と時間の解明
> 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
> 第2編 現存在と時間性 ← 41節
> 第3編 時間と存在
つまり、君はまったく読めてないということ。
で↓の問いには答えられないのか?
ゾルゲに構造がない、としたら↓の文はどうなる?
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
0517ixtlan
2016/07/31(日) 08:42:40.570「それに対して、有を自性現起として企投することは、形而上学的な諸概念や諸々の思惟様態においては、比較を絶しており、決して把捉できない。
その企投それ自体は被投的なものとして経験され、作り物といういかなる見かけからも遠ざかっている。ここにおいて、有がかの本質現成において露呈する。
すなわち、この本質現成の底なしの深淵性を根拠にして、応対する者たち(神々と人間)と戦うものたち(世界と大地)とは、有と有るものの間でのそれらの
根源的な歴史の中で本質に達し、有と有るものとの共通の名づけを、ただもっとも問いに値するものにして最も分岐されたものとしてのみ容れるのである。」
(『哲学への寄与論考』訳515)
ここには被投性の受動性が、つくりものではない論拠として前提されている。
ちょっと勝手に敷衍すると、意志の力(能動性)をもってしてどうにかなるものではないからこそ、現実性の指標ともなる。
ドイツ観念論はそのことを必然性として、この必然性と意志の自由の統一を試みてきた。それはマルチン・ルターの意志論から始まる。
われらはみなルターの子である、とはヘーゲルの言だった。ヘーゲルがそういうことを、つまり能動性と受動性の統一をルターの遺産としたからそう言ったのかは知らないが。
0518ixtlan
2016/07/31(日) 08:45:16.380> 受動能動に関しては一度ハイデガー哲学を解体して
> スピノザに対応させる必要があるということだろう。
> ネグリが似たようなことをやっているし、ドゥルーズがその土台を作った。
そう。で、バディウに「あんた受動能動が過剰すぎ」と非難されてしまった。
0519ixtlan
2016/07/31(日) 09:38:11.030その際、被投性に能動性を、企投に受動を見るという根本バカをさらしながらだが。
もう一度確認しておくが、ゾルゲ構造とは、
「自己に先立って」「すでに、の中に」「とともに在る」という三支構造となっていて、それぞれ「企投」「被投性」「頽落」と言われている。
明日ハイデガーのゾルゲについて試験をやります、となったらペロリンの言うとおり答えたら0点となるだろう。
これで下の1番には答えたことになる。
1.ゾルゲとは一体何か? 訳語で誤魔化すなよ。
2.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
3.企投を実存と言い換えることで何が問題になるのか?
4.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
5.ゾルゲに構造がない、としたら↓の文はどうなる?
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。
この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
0520考える名無しさん
2016/07/31(日) 09:49:40.570性格に難ありなのかもよ。
普通、青山とハイデガーは無関係だ。
『俺がそう個人的に思う』というのなら分かる。
だが、イストランは学界でも政界でも青山=ハイデガーなんだ、と
割とおかしい事言ってる。
受動能動もこういう強制的な解釈もできるよ、というだけの話で、
普通はそういう具合に読まない、青山=ハイデがーと皆が思わないのと同様にね。
0521考える名無しさん
2016/07/31(日) 09:51:25.420勝手な個人的解釈を趣味でやってる、ってだけでしょ?
木田も高田もそんな解釈してません。
0522考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:03:32.2000523ixtlan
2016/07/31(日) 10:32:31.260> 受動能動もこういう強制的な解釈もできるよ、というだけの話で、
> 普通はそういう具合に読まない、青山=ハイデがーと皆が思わないのと同様にね。
青山=ハイデガーなんて誰が言ったのか。そういう勝手なことをするからバカが迷惑をかける事例だと言う。
ハイデガー問題と青山問題は関係するというのがどうして=になるんだよ?
お前の極端に悪いところはね、こういう問いにまじめに答えようとしないことなの。それで自分の妄想世界にハイデガーすら引き込んじゃうのだから、木違いと言われても仕方ないね。
0524考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:33:51.040今の哲板で純一の相手をできる唯一の人物かもね
0525ixtlan
2016/07/31(日) 10:34:15.100> イストランが勝手に受動能動を読み込んでいる、
> 勝手な個人的解釈を趣味でやってる、ってだけでしょ?
>
> 木田も高田もそんな解釈してません。
引用してやったのを忘れたのか?
こういうところも悪いところだよな。
都合の悪いことは勝手に無視するか、無視しているフリをする。
どうしてそういう脳ミソになったのかね? 引きこもっていたらそうなったのか?
高田については知らないが、木田は二度も『構築』で言ってるだろう? ほれちゃんと答えてみい。
0526考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:37:50.610関係ないものを無理矢理こうです、と結び付けてるのがイストラン。
0527ixtlan
2016/07/31(日) 10:39:16.280> ixtlanもよく純一の相手をまともにできるね
> 今の哲板で純一の相手をできる唯一の人物かもね
ああこいつが純一というのか。ペロリンが。
しかし、木違いスレスレだな。
なんでこのような脳ミソを今まで放っておいたのか。
これでは相手がいらつくだけで、まともな対話にはならんだろうに。
しかも自分ではまともなことを言ってると思い込んでたりして。
0528考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:40:03.590波平とソックリという↓
【 例 】
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
= 指原莉乃という倫理 21
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1400114180/
0529考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:41:49.780( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0530ixtlan
2016/07/31(日) 10:42:30.410それでペロリンや。
1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
2.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
3.企投を実存と言い換えることで何が問題になるのか?
4.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
さっさと答えたまえ。
0531考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:42:45.04040代なのにバイト経験しかないという
0532考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:43:17.720尚且つ、それが学界でも主流です、木田も高田も言ってますみたいな詭弁を言うとこも似てるw
�@ 波 平
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0533考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:45:41.290言ったように偽装してる。
こりゃ酷いな。
> ゾルゲ構造は『哲学の寄与論考』でも出てくる。
>
> 「それに対して、有を自性現起として企投することは、形而上学的な諸概念や諸々の思惟様態においては、比較を絶しており、決して把捉できない。
> その企投それ自体は被投的なものとして経験され、作り物といういかなる見かけからも遠ざかっている。ここにおいて、有がかの本質現成において露呈する。
> すなわち、この本質現成の底なしの深淵性を根拠にして、応対する者たち(神々と人間)と戦うものたち(世界と大地)とは、有と有るものの間でのそれらの
> 根源的な歴史の中で本質に達し、有と有るものとの共通の名づけを、ただもっとも問いに値するものにして最も分岐されたものとしてのみ容れるのである。」
> (『哲学への寄与論考』訳515)
0534ixtlan
2016/07/31(日) 10:50:24.000それほど重要なゾルゲの構造がまったく見逃され、ひたすら能動性つまり企投の側しか解説しない解説書があったら、それはおかしい。
そのおかしな解説書の一つが細川亮一の『ハイデガー入門』だ。
細川は Worauhin に拘りすぎて、企投しか目にしなかった。
しかし、世界の世界の頂点は、Worumwillen であり、それはそこを通して企投と被投性がつながる一点なのだ。
そのことを、そのこと<も>示唆しているのが第41節の第7段落。
0535考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:54:34.900> だから、以下のようになる。
>
> > 第1部 現存在の解釈と時間の解明
> > 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
> > 第2編 現存在と時間性 ← 41節
> > 第3編 時間と存在
>
> つまり、君はまったく読めてないということ。
これも酷いな↑
おそらく『ゾルゲの構造』という言葉をハッキリ使ってるのは後にも先にも41節だけだ。
あとは無関係な用語を『ここはゾルゲの構造と読み替えられる』とイストランが勝手に判断して、
勝手に書かれていると独断して決めただけだろ?
0536学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 10:54:36.780スレ主さんは出世も順調のようだけど。頑張ってね。
ハイデガーはウチに一冊のみ。でもこのスレ面白いからよくよんでる。
文学科ならレヴィナス、バタイユ、ブランショとかなんかのほうが好きなんだけどね。
哲学性ならフランス。哲学ならドイツ。とブランショがいるからそう思う。
ただ、翻訳を頼りにしても、単語の段かいですら待ったく別のものにずれて行く
ので海外修行は大事だよな。語学がんばろ。辞書も微妙だ。
0537考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:56:22.490�@ 波 平
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0538ixtlan
2016/07/31(日) 10:57:25.670> 具体的に言うと、『ゾルゲの構造』って言葉を使ってないのに、
> 言ったように偽装してる。
そうか統合失調症だとそういう文句が出てくるわけか。
私には君はアスペルガー症候群のように見える。
アスペルガー症候群というのは普通人から見たら、異常に言葉の細部に囚われる。
普通人は、言葉だけではなくて、状況への想像もかなり使ってコミュニケーションしている。
ところが、アスペルガーは、生活や仕事でヒントにするものといったら、言葉しかないのである。
たとえば、旦那が妻に「お風呂一杯になったかな?」と言ったとする。
妻は風呂場に見に行って、そして帰ってきて「一杯になったわよ」と言った。
旦那は当然、水道を止めてくれたのだろうな、と思うのだが、そこがアスペルガーの恐ろしいところで、
妻は「だって、止めてなんて言われてないわよ」と、自分の(無)行動の正当化をし出すのである。
君の「そんなこと言ってない、言われてない」というのはアスペルガー特有の反応に見えるのだが?
0539考える名無しさん
2016/07/31(日) 10:58:56.060ハイデガーを読んでもけったいな受動能動論という変な読みになるってことだろ。
�@ 波 平
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0540ixtlan
2016/07/31(日) 11:00:41.220> これも酷いな↑
> おそらく『ゾルゲの構造』という言葉をハッキリ使ってるのは後にも先にも41節だけだ。
> あとは無関係な用語を『ここはゾルゲの構造と読み替えられる』とイストランが勝手に判断して、
> 勝手に書かれていると独断して決めただけだろ?
私がこれまで引用してた熊野訳501というのは41節ではなくて、44節だよ。
ほんとにクズだよね、消えるのかい? ふつうここまでバカをさらしたら恥ずかしくて出てこれないはずだが?
0541考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:00:56.200AKBと柄谷は無関係な。
そして、青山もハイデガーと無関係、オーケー?
�@ 波 平
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0542考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:02:22.170�@ 波 平
( AKB ) + ( 柄谷行人 )
�A イストラン
( 青 山 ) + ( ハイデガー )
0543考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:02:28.360波平に12年間毎日ストーキングしている変態だから
0544ixtlan
2016/07/31(日) 11:04:02.320それでペロリン、下の問いにさっさと答えろ。
1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
2.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
3.企投を実存と言い換えることで何が問題になるのか?
4.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
0545考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:04:19.680Bの項目が学問になっていて、普通は別個にするが地頭が悪いので勝手に融合させてしまう。
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0546学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 11:05:54.850翻訳してみる時に重要だとよなあ。
ドイツ語だけで考えてもわからん。それはテキストの生成において
ドイツ語圏とか
非−ドイツ語圏の状況と当然似ている。それであたりが出てるから
すごいよな。将来はもった当たりが出るような気がするが、
完璧は無理だろう。限りなくその時点で仮−完璧をつづけていくことは
大事だが。
0547考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:06:53.2800548学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 11:08:03.6300549考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:09:03.190↓のサンプルからパターンを抽出すると↑のようになる。
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0550考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:10:53.930まあ、つまり、波平とイストランは個人的な趣味・嗜好を
よく考えもせず、勝手に学問にしちゃう癖があるって事。
波平とイストランが同一人物だからそうなるのか、それとも
波平とイストランが同じような人種だからそうなるのかは知らんが。
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0551ixtlan
2016/07/31(日) 11:12:13.090青山は道徳や政治のニヒリズムをぶち破った。
都知事選では桜井誠が同じ役割を果たした。
演説を聴いていた聴衆はじょじょにふくれあがっていったが、それは、自分の道徳性への飢えを満たすからだ。
誰がやっても同じとか、どうせ道徳的にまともなことなど世間の圧力で負けるに決まっている、というシニカルな態度を打ち破る威力を持っていたのだ、この二人の演説は。
ハイデガーは、自分のニーチェへの取り組みをニヒリズムに抗するものだと受け取っている。
青山たちのニヒリズム粉砕と、ハイデガーのニヒリズム批判は、内容においては異なるが、どちらも二ヒリズムに対抗するという点では同じである。
神が死んだからヨーロッパはニヒリズムに陥った。日本では神がまだ生きている、天皇として。
もちろん、天皇制社会主義はごく少数のイディオシンクラシー(独自性)であって、あの演説を聞いた大部分の連中はただ自分の道徳心が満たされたから興奮したのだが。
0552考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:12:29.260当然、AとBが分けられない程の幼稚な地頭の人間の
ハイデガー解釈はアテにならない。
何故ならAとBの区別がイストランや波平にはできないからだ。
0553学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 11:13:52.7500554考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:14:41.0800555ixtlan
2016/07/31(日) 11:15:22.010> おそらく『ゾルゲの構造』という言葉をハッキリ使ってるのは後にも先にも41節だけだ。
> あとは無関係な用語を『ここはゾルゲの構造と読み替えられる』とイストランが勝手に判断して、
> 勝手に書かれていると独断して決めただけだろ?
私がこれまで引用してた熊野訳501というのは41節ではなくて、44節だよ。
「気遣いの構造は、世界内部的な存在者のもとでの存在として − 自己に先立って、なんらかの世界の内にすでに存在していることであった。この構造は、現存在の開示性をみずからのうちに蔵している」(『存在と時間』2,熊野、501)
さあどうするんだ、なんか言え。
0556考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:18:10.280イストランはそう思ってますって事で。
0557考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:18:44.6300558考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:20:47.44041節ではなくて、序論二章八節に構想としてちゃんと書かれてる。
つまり、ハイデガー自身が『これが私の意図・構想です』と、
一番初めに出してる訳↓
存在と時間の全体構成
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0559考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:21:49.390普通に考えれば、�Aが本論であり、書こうとした本論である訳。
存在と時間の全体構成
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0560考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:22:48.760青字やイストランの言うように受動能動論なら、
�Aにあたる本論が受動能動という言葉まみれになってる筈だが、
全くそのようにはなってない↓
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0561考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:24:02.430受動能動の受動も能動も一字もありゃしないw
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0562考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:25:53.720同じことをずっと延々繰り返すからな
0563考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:32:02.920性別: 男、未婚
年齢: 36歳以下(昭和54年4月2日以降生れ)
国籍: 日本人?(本人談: 2012/03/26 パスポート取得)
住所: 奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)?
最寄駅: 近鉄・生駒線 竜田川駅?
実家: 不動産を所有する資産家の分家
家族: 実家で母親と同居、兄、弟、妹?、父親と確執?
母親: 世界真光(まひかり)文明教団の信者
宗教: 聖書は半分くらいしか読んでいない ←←←←←←←←New!
既往症: ノイローゼ(2013/1/15)
常用薬: リスペリドン(2013/1/7)
禁忌: 奈良駅には行けない事情がある
職歴: 元弁護士(新62期、大阪弁護士会、登録番号 41908)、LECでの答案添削、家庭教師
資格: TOEICスコア 680 (2011/10/01現在)
高校: 奈良県 私立帝塚山中学・高等学校卒?
大学: 京都大学法学部 大石眞ゼミ?
大学院: 関西地方の法科大学院修了
受験: 旧司法試験の東京での申込み状況を知っている
勉強: 合格まで10年かかった。『事例本』シリーズ(辰巳1997年〜絶版)を使用
ゼミ: 憲法のゼミに所属(本人談: 右寄りといえば右寄りの方)
奨学金: 毎月1万円返済、返済期間10年以上(2013/10/22現在)
体重: 63.6キロ(2011/12/20現在)
好物: 水炊き、うどん
好きなアニメ: ザンボット3(1977年)、太陽の牙ダグラム(1981年)、聖戦士ダンバイン(1983年)
偏愛: 伊藤かな恵(声優)、明坂聡美(声優)、高倉陽毬(アニメキャラ) 、小・中学生のホモ
憧れ: 大学教授、公務員
常駐先: 緊急自然災害板(原発情報)、哲学板(千葉雅也、東浩紀)、模型板、声優板ほか
2012/09/01 小・中学生の時にホモってフェラするのが最も良い
2012/09/05 わたしはとにかく、奈良駅にはいけないのです。
2013/10/22 中途半端に頭がよかったのが不幸の始まるなのであろう。
0564考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:32:49.560�Aの本論でハイデガーとイストランの結論が食い違うのは普通に考えればおかしい。
となると�@の段階でのイストランや青字の解釈が間違ってるから�Aの本論が
受動能動とかハイデガーが一言も言ってない明後日の結論になるんだと思うがな。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0565考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:33:25.410『哲学の根本的問い』は万歩譲っても中論文程度です あまりに短すぎると思います
>そういうことはハイデガーのスタイルであって、だから駄目ということではないでしょう。
私は「駄目」という表現は使用していませんよ ただ「出来の悪いテクスト」であることは事実です
ハイデガーの書き方も悪いし本来の半分程度では未完成すぎる
『現象学の根本問題』や『ナトルプ報告』や『カッセル講演』その他と合わせて照らしあわせてようやく
『存在と時間』は読めてくる本です
私が言っているのは原文そのままで解説者がつけた脚注なども無い状態でのはなしですよ
0566考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:34:16.700ハイデガーの意図は当然本論である第二部である↓
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0567考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:36:51.540仮に読み替えると、
『存在と時間の本論である存在論の歴史の現象学的解体』
となる。
まあ、これが普通の解釈。
0568考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:38:15.420だから、存在と時間の意図、メインの論旨は↓の解体となる。
『存在と時間の本論である存在論の歴史の現象学的解体』
0569考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:49:23.380『存在論の歴史の破壊という課題』という題名で、ハッキリ書かれてある。
つまり、既刊部の頃からの一貫したテーマであった訳。
0570考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:53:33.720それどころか全く関係がないw
0571考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:53:46.060>何を言ってるのかね。誰が誰に何を言おうとも、私に関して身に覚えのないことを他人からいわれれば、当然それは違うというまでだが、何か問題があるのかい?
問題は大ありですねえ だってそもそも分析哲学について書いたレスは例の彼とのレスであなたのことを話しているわけではない
私は>>479 の「逆に言うと、イストランや青字が分析哲学の補強に使えたのは、」の「分析哲学」という部分にだけ反応して書いたものです
484 : 考える名無しさん2016/07/30(土) 12:50:14.98 0
>>479
分析哲学的にはハイデガーはあまりにも方法論が異なりすぎているのでほとんど繋がりませんよ
日本だろ渡邊二郎の弟子だった門脇俊介がそういうチャレンジをしていいましたが
アメリカではローティーがハイデガーを持ちだしていたものの部分的なので導入したまではいっていないです
これが[↑]私の大もとのレスです
私はixtlanさんの批判なんかしていませんよ 単純に分析哲学の話題を書いているだけです そしてixtlanさんをさす
名詞や代名詞もありません
もし私の書き方に問題があって誤解が生じたのならば謝ります
しかしなんでもかんでもそうやって誹謗中傷レベルのくだらない話にに還元するのは止めましょうよ
どうもixtlanさんはそのイメージとは別に かなり幼稚で感情的過ぎる表現が際立って目立ちます
本当に大学の哲学科で学んだ人なんですか? はなはだ疑問に思えてさえきました…
0572考える名無しさん
2016/07/31(日) 11:56:05.460このハイデガーのメインの論旨である存在論の歴史の現象学的破壊というトピックが
分析にとって敵になるような論旨であった事を本能的に察知した事による。
そこで第二部のメインを分析哲学にとって有害である破壊ではなく、
安全な受動能動論にズラした、というところだろうね。
0573考える名無しさん
2016/07/31(日) 12:09:56.550496 : 考える名無しさん2016/07/30(土) 15:31:18.09 0
>>494-495
「能動受動」というのはある意味ixtlanさんによる解釈なんじゃないですか
読解するということは どうあがいてもその人自身による「読み」にしかならないわけですから
つまり『存在と時間』を書いた当時のハイデガーと同一化できるはずが無いんです
そして『存在と時間』というテクストはいってみれば「未熟なテクスト」ですから
あまりにも原文であれすべてに邦訳であれ それを信用しすぎて読解しようとしても
疑問点が出てくるばかりだと思いますしね
ixtlanさんの読みは読みでいいのではないでしょうか
その上で 「私はむしろこう読む」という意見の方が意味があるかと思えるのですが
>だったら木田や渡邊(編)の言はどうなるのかね?
>それに世界の文献に目を向ければ、ゾルゲについて受動や能動を言ってるテキストは一個や二個じゃないんだよ。そういうことをふまえて言ってるのか?
>このバカクズペロリンがバカでクズなだけということがなんで分からないのか。
>平気でハイデガーの言を改ざんするような脳ミソを間接的に弁護するような書き込みはやめてもらいたい。だいたいハイデガーに失礼だろうが。
こうしてixtlanさんはただ単純に書く必要のない無駄な「情動の爆発」を延々と書いているだけで
しかも内容は誹謗中傷です
能動受動というのは誰が言ったのせよ それに共鳴したixtlanの解釈でいいではないですか
私はむしろそれの正当性を書いているつもりです
「ハイデガーがそうだとしっかり書いている」ならわかりますが 学者の解釈をハイデガーの絶対的な
本来の考え方としてはいけないのは哲学における基本中の基本ですよ
ここまで愚かな人だったんですねixtlanは ガッカリしました 私が彼とレスするだけで嫉妬ですか?(笑)
馬鹿馬鹿しい あなたに哲学を語る資格はありません それ以前に自らの人格を磨きなさい
0574学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 12:12:07.2300575学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/07/31(日) 12:13:53.190自分は動かないでいたか。運動不足だな。
0576考える名無しさん
2016/07/31(日) 13:05:26.3000577ixtlan
2016/08/01(月) 21:06:49.240まったく、長すぎて改行ありすぎて駄目だと。ほんとにしょうもない掲示板だね、ここは。
> もし、仮にハイデガーの意図・本論が、
> 青字やイストランの言うように受動能動論なら、
> �Aにあたる本論が受動能動という言葉まみれになってる筈だが、
> 全くそのようにはなってない↓
誰が本論の意図が、なんて言ってんだい。『存在と時間』における人間論が受動能動論的だと言ってるんだよ。
そもそも、了解を能動性に、気分を受動性に配して、この二つの心的機能で現存在を記述するのだから、もうここで能動性受動性論じゃないか。
で、それはアリストテレスの昔からある人間理解なんである。
上は神の方にいけば、能動理性とかその光とか言われて、理性や能動性は西洋哲学の伝統に君臨していた。そういう能動性観をハイデガーも共有している。ただし、近代になると、人間は受動性と能動性の合体である、という見方が
かなり強くなって、昔のように能動性優位とは言い難くなっている。
その典型はカントだ。物自体とは能動界を言う。そこは自由の国とも呼ばれる。この<モノ>という言い方に引っかかって、カントのことを観念論的にけしからん、などという愚か者がいたが、物自体をまったく捉え損なっている。
物自体とカップルになる受動性が<現象>、人間は自由であると同時に必然性の世界に住んでいる。かくて自由と必然性は、ある観点から見れば自由、ある観点から見れば必然的となって、バランスが取れることになった。
これが古代と違う人間観なのは、古代にあっては、世界の能動性と受動性のグラデーションの中に人間が位置づけられている。近代では人間自体が受動能動的なのだ。これを<自律>という。『自律の創成』はシュネーウィンドの畢生の大作。
0578ixtlan
2016/08/01(月) 21:17:08.180人間は、ピンからキリまで能動性と受動性に浸されていて、その外側に出ることはできない。かくて、能動性が向かっていくところは、自己の受動性である、というパラドックスじみたことがカントにおいて生じた。
現代思想がカントを扱うときには、たいていは、この能動性=受動性、自由=必然性、という枠組で考える。ハイデガーも例外ではない。というか、それはドイツ観念論のテーマでもあったわけ。
ゆえにシェリングは自由と必然性の統一に狂ってしまった。ハイデガーもそれにつきあおうとしたのだが、どこまでつきあえたのか。
で、なんだっけ。
ああ、そうそう、↓の話がバカなのは、41節の話が41節で終わってると思い込んでるところだ。ゾルゲの構造は、第二編の中に散在している。だからこうなる。
> 第2編 現存在と時間性 ←41節
つまり、41節で終わりじゃない。41節が極めて重要だというのは、そこから前にも後にも自由にいけるってことなんだ。
だから、ゾルゲの構造は、時間性とどう関係するのかとずっと聞いてきた。つまり、第二編でのゾルゲの構造はどうなっているのか、と聞いているわけだ。
しかし君は読んでないからね、ただたんに腹いせに文句を言ってるだけ。実に犯罪者のようだね、ペロリンは。
しかるべき努力をしないで、ただ適当に自分の排泄物をまき散らすというのでは、朝鮮人かい、お前は、ということなる。
朝鮮人は排泄物攻撃をするからね。人の車とか、写真とかにさ、反日教育でクソをまき散らす。日本の併合時代は結構良かったよ、という老人を、
何も知らない若者が殴り殺してしまう。 ここが君と似てるところだ。つまり、なんにも知らないのに、自分のやりたい放題にやると。
> 存在と時間の全体構成(序論二章八節)
>
> �@ 準備段階
>
> 第1部 現存在の解釈と時間の解明
> 第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
> 第2編 現存在と時間性
> 第3編 時間と存在
0579考える名無しさん
2016/08/01(月) 21:22:13.630ハイデガーどっか行っちゃってるやん。
0580ixtlan
2016/08/01(月) 21:28:29.570> >>509
>
> 『哲学の根本的問い』は万歩譲っても中論文程度です あまりに短すぎると思います
もう前の話を忘れてしまったのだが、長い短いの話だったの?
講義録がどうのと言ってたから、講義録といっても、自分が責任を持てないような代物ではない、ほとんと著作と言ってもいいようなのがあるよ、と紹介したら、「短い」とくるか。
> >そういうことはハイデガーのスタイルであって、だから駄目ということではないでしょう。
>
> 私は「駄目」という表現は使用していませんよ ただ「出来の悪いテクスト」であることは事実です
> ハイデガーの書き方も悪いし本来の半分程度では未完成すぎる
しかしね、『存在と時間』というのは、それ単体の入門書や解説書がかなりありますよな。あれらはみんな取り組み方が間違っているというの?
> 『現象学の根本問題』や『ナトルプ報告』や『カッセル講演』その他と合わせて照らしあわせてようやく
> 『存在と時間』は読めてくる本です
そうかな、疑問だ。『根本問題』は気分つまり被投性の方はカットしている。ナトルプ報告やカッセル講演もゾルゲ構造の理解に資するものはないと思うがね。
0581考える名無しさん
2016/08/01(月) 21:30:24.830いや、波平の妄想と言うべきか。
0582ixtlan
2016/08/01(月) 21:34:10.980> まあ、全部お前の独自解釈だけどな。
>
> ハイデガーどっか行っちゃってるやん。
クルクルぱーだな、ほんとに。君は、実際に「字になってないと分からない」んだろう? そんな態度で哲学書を読んでいけるのかい、中学性じゃあるまいし。
私はハイデガーの根本的な視線のことを言っている。
だから、これまでも聞いてきた。純理の第一版を評価するのはどうしてなんだ?
これ、冗談でも関係ない話でもないぞ。君はまったく知識がないから、分からないわけ、言われていることが。
何でも調べて答えようとしてみろよ。壊れたレコードのように、少しも前に進まないんじゃなくてさ。
0583ixtlan
2016/08/01(月) 21:45:08.280> 私は>>479 の「逆に言うと、イストランや青字が分析哲学の補強に使えたのは、」の「分析哲学」という部分にだけ反応して書いたものです
> 484 : 考える名無しさん2016/07/30(土) 12:50:14.98 0
> >>479
> 分析哲学的にはハイデガーはあまりにも方法論が異なりすぎているのでほとんど繋がりませんよ
> 日本だろ渡邊二郎の弟子だった門脇俊介がそういうチャレンジをしていいましたが
あのね、このペロリンは、私のことを「分析哲学とハイデガーを結びつけている」と言ってきたのですよ。
これに対してペロリンをまずは否定するのではなくて、「分析哲学とハイデガーは結びつかない」 と一般論を言うならば、私の言ってることを間接的に否定している、ということになるのでは?
でこの場合、たちが悪いのは、私が結びつけているかどうかまったく確認してないということなんだよね。同じことを貴方がされたら怒ると思うけどな。
> どうもixtlanさんはそのイメージとは別に かなり幼稚で感情的過ぎる表現が際立って目立ちます
> 本当に大学の哲学科で学んだ人なんですか? はなはだ疑問に思えてさえきました…
こんなの哲学科がどうのこうのなんて関係ないじゃないか。
今我々は、一種の<荒らし>に直面している。非常に悪質なアラシ。
多少政治的にならんとね。
0584考える名無しさん
2016/08/01(月) 21:51:39.3600585考える名無しさん
2016/08/01(月) 21:56:24.980ハイデガーが言ってるのに、勝手に受動能動という基本要素を
勝手に設定してるじゃないか。
0586ixtlan
2016/08/01(月) 22:13:40.090>>だったら木田や渡邊(編)の言はどうなるのかね?
>>それに世界の文献に目を向ければ、ゾルゲについて受動や能動を言ってるテキストは一個や二個じゃないんだよ。そういうことをふまえて言ってるのか?
>>このバカクズペロリンがバカでクズなだけということがなんで分からないのか。
>>平気でハイデガーの言を改ざんするような脳ミソを間接的に弁護するような書き込みはやめてもらいたい。だいたいハイデガーに失礼だろうが。
>こうしてixtlanさんはただ単純に書く必要のない無駄な「情動の爆発」を延々と書いているだけでしかも内容は誹謗中傷です
貴方のやってることは、真剣に対話、闘争している人間たちの争いに入っていって、大して理解もしてないのに、むしろ理解してないからこそ、上から上空飛翔して、問題を根こそぎにしてしまうように見えるな。
問題は何か分かってる? 我々の間でどういう問題があったのか、全然まったく理解してないんじゃない?
そもそもの発端は、ゾルゲの構造の企投を能動性と読み替え、被投性を受動性と読み替え、41節が『存在と時間』の中心だという私の話から始まる。
これに対して、ペロリンは三つ文句を言ってきたわけだ。
1.ゾルゲには構造などない。
2.能動性とか受動性とか、誰も言っていないことを言うのはバカげている。
3.41節(ゾルゲの構造)は他の部分と対比してみれば、たったの一節であり、しかも序論の一部でしかないのだから、中心などということはおかしい。
これに対して、私は
1.ハイデガー自身がゾルゲの構造と言ってるところを引用してきた。
2.能動性や受動性という概念を解説者が使っていることも紹介してきた。
3.41節を中心にして、前半部へも後半部へも視線が動けるのだから、中心といえる。
ペロリンは、1についてはようやっと譲歩したみたいだ。ただし、「構造といってもこんな程度で何が構造だ」と息まいているがね。
2はいまだに承知しないで、ガーガー言う。
3も、41節は序論部分だから、なんてぬかしておる。
貴方は、一体どういう認知で横から入ってきたのだろうか。このそれぞれについて一定の知見がなければ、横から入ってくるべきではないんだよ。
0587ixtlan
2016/08/01(月) 22:20:00.790> 根本的な指摘も何も、41節あたりで『原要素を設定するな』と
> ハイデガーが言ってるのに、勝手に受動能動という基本要素を
> 勝手に設定してるじゃないか。
そんなしょうもない読み方をするから、バカというのだ。
他の人にも言われただろう、誤読だと。
そもそも君、ハイデガーが「単純 einfach ではない構造だ」と言った意味すらわかってないじゃん。
それは、
1.自己に先立って sich vorweg
2.すでに..のうちに schon in einer ...
3.の許に存在する sein bei
の3契機があるから単純ではないと言ってるんだ。そこのところはどうなんだい? ええ、誤魔化さずに答えてみろ。
0588考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:23:37.460受動能動とは一言も言ってないじゃないか。
0589考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:25:45.650食い違う事がそもそもおかしいだろw
この構想全体はハイデガー本人が書いてるんだから、
もし受動能動論が中心なら構想の中に明文化されてる筈だろって言ってる訳だが。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0590考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:28:50.430イストランが依拠する41節は明らかに『途中』だろw
全体の20%にすら満たない。
まだまだ先がある段階だ。
存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0591考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:33:25.800ixtlanさんもどうでもいいような難癖ばかりつけてくる人ですね
そもそも私がいっていることは「ハイデッガー全集100巻あまりに、まともに完成した長論文が無い」ということですよ
実際にないじゃないですか そういう趣旨からいうと 『哲学の根本的問い』なんかどうあがいて講義録でありしかも非常に短いものです
ただ「内容とは別の話」と断り書きも入れていますからね お忘れなく
>しかしね、『存在と時間』というのは、それ単体の入門書や解説書がかなりありますよな。あれらはみんな取り組み方が間違っているというの?
近年の沢山ある解説書は最低でも「ナトルプ報告」程度は参照しているでしょうし 他のハイデガーの講義や他の学者の見解なども参考にしているでしょう(あたりまえですが)
しかしそうした入門書や解説書がなんだと言うのですか? 私が前提としたことももうすっ飛ばしていますよね?
私は「未完成で、原文だけで解説や脚注などもなかったら、理解できないもの」として『存在と時間』というテクストを語っています
>そうかな、疑問だ。『根本問題』は気分つまり被投性の方はカットしている。ナトルプ報告やカッセル講演もゾルゲ構造の理解に資するものはないと思うがね。
私には「彼」の気持ちが少し分かってきました(笑)
私はなにも「ゾルゲの構造」をピンポイントで問題になんかしていませんよ
全体的な「テクスト」としての問題点というはなしです
ixtlanさんはもちろん私よりもかなり年長者でしょうけれども 大学時代に何をやってきたんですか
レス文すらまともに読み取れないという…失望しましたね まったくもって
0592考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:37:09.520.
ヘ-+------+--+-----+ヽ_
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┌ー ̄::::::::::::ヽ::|:::..-^ ̄ ^ ヽ、:::::::::\
ヽ::::::::::::::::::::::::::::/ \::::::::ヽ
ヽ:::::::::::::::::::::::/ :::: \:::::ヽ
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0593ixtlan
2016/08/01(月) 22:42:07.810>「ハイデガーがそうだとしっかり書いている」ならわかりますが 学者の解釈をハイデガーの絶対的な
>本来の考え方としてはいけないのは哲学における基本中の基本ですよ
学者の解釈なんて頼りにしてはいないさ。
なぜ企投を能動性、被投性を受動性と言い直すかというと、
1.企投と被投性の対立の意味は、能動と受動の対立以外には存在していない。
2.受動性と能動性ということによって、ハイデガーの他哲学への解釈を指示することができる。たとえば、カントやシェリング。
>ここまで愚かな人だったんですねixtlanは ガッカリしました 私が彼とレスするだけで嫉妬ですか?(笑)
わははは。ハイデガーの言うことをバカな頭で改ざんし、そのめっちゃくちゃな訳を意訳というトンデモ脳ミソと貴方が話すことを嫉妬しているだって?
あのね、こいつをどっかに連れてってくれないかな、ハイデガー5あたりに閉じ込めておいてよ。
>馬鹿馬鹿しい あなたに哲学を語る資格はありません それ以前に自らの人格を磨きなさい
はてな、人格なんてどうでもいいさ。どうでもよくないのは、バカが他人に迷惑をかけるってことだ。
ほんとにこの掲示板世界にはバカ(読解力がない)ゆえに、他人に迷惑をかける人間が存在するのだ。
何よりも、ハイデガーに迷惑だろう、こいつは。だからバカクズペロリンと命名し、駆逐しようとしている。
ハイデガー5に生き埋めにしてくれたらな、何にも接触しない。というかなんで私のスレにつきまとうのだろうか。
こいつがハイデガーを語れるというのならば、ハイデガー5で延々とでんぐり返っていればいいだけだ。
いつまでも波平がどうのこうのと。私とは別人であるのに、こうやってね、いつまでもやるわけだよ。これなんかまさに情動のせいだろうて。
ほとんど木違いのストーカーなんだが、それを弁護するバカがいるのかね。
0594考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:46:24.900異常なほどの粘着質ですねixtlanさんは 頭が痛くなってきた
>あのね、このペロリンは、私のことを「分析哲学とハイデガーを結びつけている」と言ってきたのですよ。
>これに対してペロリンをまずは否定するのではなくて、「分析哲学とハイデガーは結びつかない」 と一般論を言うならば、私の言ってることを間接的に否定している、ということになるのでは?
>でこの場合、たちが悪いのは、私が結びつけているかどうかまったく確認してないということなんだよね。同じことを貴方がされたら怒ると思うけどな。
自分が何を書いているか理解していますか?
私はixtlanさんの件とは別に単純に「分析哲学」の現状について短く書いただけです
それから分析哲学とハイデガーの関係について私が少し書いたら なんでixtlanさんへの誹謗中傷になるんですか?
それはもう「下衆の勘繰り」でしょう ばかばかしい
ixtlanさんはいつも「あいつが俺を批判している!」という被害妄想で見ているのですかねえ
>今我々は、一種の<荒らし>に直面している。非常に悪質なアラシ。
>多少政治的にならんとね
「荒らし」私にとってはむしろixtlanさんですね
発言の自由も否定して そのくせ自分は何を書いてもいいという(笑)
もう少し「情動」をコントロールしてくださいよ 「被害妄想」が酷いです
0595考える名無しさん
2016/08/01(月) 22:55:02.390これ以上頓珍漢なレスはやめて下さい
あまりに酷くて下劣です
研究室の友人がみんなixtlanさんのレスをみて「素人というより、たんなる悪意の2ちゃねらーだな」といっています
そう思われても仕方ないでしょうね
そうして「冷静さ」を失って「情動」が暴走すると 論理なんかどこかに行ってしまいますから
ixtlanさんとのレスは内容が無いので シンドイです そして退屈です
0596ixtlan
2016/08/01(月) 22:56:54.720> 近年の沢山ある解説書は最低でも「ナトルプ報告」程度は参照しているでしょうし 他のハイデガーの講義や他の学者の見解なども参考にしているでしょう(あたりまえですが)
> しかしそうした入門書や解説書がなんだと言うのですか? 私が前提としたことももうすっ飛ばしていますよね?
> 私は「未完成で、原文だけで解説や脚注などもなかったら、理解できないもの」として『存在と時間』というテクストを語っています
そうかね。私は『存在と時間』というのは理解できないものとしては扱えないな。これはいちおう段落ごとに昔要約したことがあって、内容的には分かりやすい。
貴方はまともに読んだことがないんじゃないの?だから読みたくない言い訳にしているのではないか、とそう感じる。
わかりにくいのはね、中期から詩とか政治の方に行くことだ。あれが分からない。そこで、ラクーラバルトの助けを借りたいとか、いろんな助けがいるだろう。
> >そうかな、疑問だ。『根本問題』は気分つまり被投性の方はカットしている。ナトルプ報告やカッセル講演もゾルゲ構造の理解に資するものはないと思うがね。
>
> 私には「彼」の気持ちが少し分かってきました(笑)
> 私はなにも「ゾルゲの構造」をピンポイントで問題になんかしていませんよ
> 全体的な「テクスト」としての問題点というはなしです
いや、こういうのはそんな印象批評でやっちゃ駄目だよ。実際に参考になったかどうか、それだけが試金石だ。
たとえば貴方の意見が本物になるとしたら、実際にやってみせなければな。『存在と時間』のこの部分は、他の資料からすると、こう解釈する可能性が出てくるとかね。
そういうことができないんだったら、なんかさ、言うだけはできるが、っていうよくある「山の麓でうろうろしている連中」の一人じゃないか。これは田中美知太郎という古い人間が言った台詞だがね。
0597ixtlan
2016/08/01(月) 23:03:51.720> >あのね、このペロリンは、私のことを「分析哲学とハイデガーを結びつけている」と言ってきたのですよ。
> >これに対してペロリンをまずは否定するのではなくて、「分析哲学とハイデガーは結びつかない」 と一般論を言うならば、私の言ってることを間接的に否定している、ということになるのでは?
> >でこの場合、たちが悪いのは、私が結びつけているかどうかまったく確認してないということなんだよね。同じことを貴方がされたら怒ると思うけどな。
> ixtlanさんはいつも「あいつが俺を批判している!」という被害妄想で見ているのですかねえ
いやまったく。私は事実を書いている。貴方は部分だけというが、それがまずいことがあるんだよ。全体の文脈を見ないで入ってくるなんてしょうもないだろう。
想像力を働かせてみてよ。 自分が同じことをされたらどう思うかね?
> 「荒らし」私にとってはむしろixtlanさんですね
> 発言の自由も否定して そのくせ自分は何を書いてもいいという(笑)
> もう少し「情動」をコントロールしてくださいよ 「被害妄想」が酷いです
情動なんてほとんどないよ。発言の自由も否定していない。ただ、よくいるバカの類なのさ、君は。想像力がないうえに自己中という。
この間、私が言ってきた内容なんかすっ飛ばしているだろう。君にとっては自分がどう扱われるか、それだけが問題なのだよ。内容なんかどうでもいいのだ。
しかもそういうことをよくよく反省したこともない。そうなると、自分に優しくしてくれる言葉には、ウンソウ、と言ってしまう、よくいる人脈脳にまっしぐらだな。
ペロリンはそんな程度ではないよ。こいつは異常。
0598考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:05:09.680なんども書いているように 私は「原文だけで」「脚注」も「解説」ももちろん「他の入門書」や「他のハイデガーの本」がなければ
『存在と時間』はちゃんと理解できるようなものではない そういうことです
そしてixtlanさんの話題はどんどんズレていく ixtlanさんはそうした逸脱に気がつかないままレスをしている
中期とか関係ないんですよ 『存在と時間』について私は書いているんですから
0599考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:14:42.0200600考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:21:20.220私は一度に全てのレスに反応して書いているわけではありません
特定に相手がいて その人対してアンカーを打ち 反応を仰ぐ
だから彼に対しいてアンカーしていれば それは彼への私の考えの提案なわけです
ixtlanさん対してアンカーしていれば それはixtlanさんへの私の考えの提案です
ですから「自分が同じことをされたらどう思うかね?」と問われても
私は別にどうとも思いませんね
>情動なんてほとんどないよ。発言の自由も否定していない。
>君にとっては自分がどう扱われるか、それだけが問題なのだよ。内容なんかどうでもいいのだ。
>しかもそういうことをよくよく反省したこともない。そうなると、自分に優しくしてくれる言葉には、ウンソウ、と言ってしまう、よくいる人脈脳にまっしぐらだな。
なにか「陰謀」でも問題にしているようですね(笑) そんなもの私にはないですよ
そしてどこが「情動なんてほとんどない」でしょうか?(笑) もう「情動」でしか書いてないですよね
だってこれ彼とixtlanさんの人間関係のはなしでしょう そんなもの興味ないですし私には関係ない
哲学にも関係ない
これで「発言の自由も否定していない」とよくいけしゃあしゃあと書けますね
そんなに彼が気になるなら 彼のレスは無視して進めればいいだけのことではないですか
ここは「BBS」ですから 誰でも自由に書き込めるんです
それともあなたが出て行って ブログにでも書いたどうです?
もう誰にも邪魔されませんよ
0601考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:28:49.780即死せよwww
0602考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:32:23.8800603考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:33:50.9000604考える名無しさん
2016/08/01(月) 23:35:49.560答:基地外だから
0605考える名無しさん
2016/08/02(火) 00:10:26.6900606考える名無しさん
2016/08/02(火) 01:54:12.080現在、閲読中です。
多少まだるっこしいですが中々良さそうに思いますので引き続き拝見いたします。
存在論自体にはそれほど興味はないのですけど「まとめ」的にはハイデガーをかじるのは良いのかも知れませんね。
by 鼎 梯仁(思想家・・・哲学者ではございません)
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1443715777/l50
0607考える名無しさん
2016/08/02(火) 02:55:58.210続ける必要はないんじゃないかな。
まずペロリンさんが正しい点とは「能動・受動」という語彙ではたしか
にハイデガーは書いてないという点。そして慮Sorgeも、また、『sein und
zeit』全体をまた他の著作や講義みればさほど書いてはいない。
そこは正しいんだが、しかし思想研究などだいたいはixtlan氏が
やってるようなものだ。だからああいう読みはあってもいいに決まってる。
また、受動・能動という点からハイデガー思想を
纏める事はたしかに可能だと俺には見える。というのは以前書いたと思う
が親鸞の教義とハイデガーとを読み比べる作業の中で、受動・能動の問題
を痛感することができた。
別にしかし受動・能動だけが!ハイデガーの問題ではない。しかしそこを
中心に他の思想と繋がりや系列や問題継承性をまとめることなら出来るだろう
。俺もやったのだから。
0608考える名無しさん
2016/08/02(火) 02:58:04.530だいたい思想研究などixtlan氏のやってる作業と同じようなことをやってる
。ハイデガー研究会とかフォーラムとか、皆ああいうことレポートして
読み上げてる。出た事ある人なら分かるだろう。ixtlan氏のやってることも
たいして変わらない。少なくともレポートとしては成立しているのだから
審査に出す価値はある。ああいう機関に提出してみたら良いんじゃないのか
な。
少なくとも大きなレポートにはできる感じがあるから立派なものだ。他の
思想との脈絡も引用や註つきで書けるようだしね。やってみたらいいんじゃ
ないのかね。
俺はこの問題やるとしたら親鸞=吉本で読んでるしハイデガーではやらない
けどね。カントにもあることは知らなかった。今読んでみたらやってるね。
自由と自然の背理で。
いくら説明しても文句をつけられることはあるからね。いくら説明しても
どう言う訳か文句を言う人はいる。これ以上やっても無駄だと思ったら
相手にはしないことだね。
0609考える名無しさん
2016/08/02(火) 03:18:27.7200610考える名無しさん
2016/08/02(火) 03:48:10.040それはもう哲学ではなく文学の話ですからね。
「この言葉の着想はこれだろう?」みたいな話は哲学ではないと思いますし、
正直言って興味も湧かないです(笑)
0611考える名無しさん
2016/08/02(火) 20:59:13.900と思える節が出て来ましたので少し面白くなって来ました。
もしかするとハイデガーの説は私が「ザ・ダイアグラムとは何なのか?」を知る上で、
非常に参考になる話なのかも知れません。
それにしてもハイデガーやウィトゲンシュタインですら見極めることが出来なかったザ・ダイムアグラを
哲学など何一つ知らない私がひょいと描いてしまった事実は神秘であるとしか言いようがありません。
私はザ・ダイアグラムが何であるも知らなければ、
なぜ自分がそれが具現化するためのその媒介になったのかという理由もよく分かっていないのです。
大いなる知が出現する現象とは、案外そういうものなのかも知れませんね。
なぜこの時代にザ・ダイアグラム(おそらく旧約聖書でアダムが食した知恵の実と同一のもの)が再び出現したのかであったり、
中々それらを計り知ることは難しいのだろうなと思います。
あるいは一種の相性なのかも知れませんね。
大抵の人はザ・ダイアグラムを直視すると気が狂ってしまうのですが、
鼎 梯仁という人格はアダムと同様に知恵の実を食しても食中りを起こさない体質(性質)の持ち主だった。
そのように考えると少ししっくり来るのです。
by 鼎 梯仁
0612考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:07:06.300イストランは41節しか読んでないから20%くらいしか読んでない。
0613考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:16:30.760同じく受動能動論も意味不明なんだよな。
両方とも唱えてる学者が本人以外居ないからな。
0614ixtlan
2016/08/02(火) 22:21:11.480『存在と時間』についてはそれ単独の入門書があるし、ハイデガー入門といっても、存在と時間について説明しているのもある。
ということで、他のものを参照しなければ分からないと断言するのはおかしいと思う。
そりゃもちろん、他のものを使って意味があることはあるだろうが、これだけでも要約したり、要点をかいつまむことはできる。
手元に三冊、『存在と時間』の解説書があるが、どれも基本的には『存在と時間』だけで、その思想をまとめている。
1.ハイデガー『存在と時間』(後藤嘉也、2011)
2.ハイデガー「存在と時間」入門(渡邊二郎編、2011)
3.ハイデガー哲学入門−『存在と時間』を読む(仲正昌樹、2015)
1が秀逸。第三編もだいたい推測している。その他ナチズムへの参与への関係も示唆し、初期の概念がどう変化したかも指摘している。
0615考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:26:38.9900616ixtlan
2016/08/02(火) 22:26:43.890> >>49
> 現在、閲読中です。
> 多少まだるっこしいですが中々良さそうに思いますので引き続き拝見いたします。
> 存在論自体にはそれほど興味はないのですけど「まとめ」的にはハイデガーをかじるのは良いのかも知れませんね。
現在は、哲学は大きく変化しているように思いますね。
2000年あたりから、英米系が教科書化しだした。
哲学は、その基本部分が5分野にまとめられた。
1.存在論
2.認識論
3.論理学
4.倫理学
5.美学芸術学
だから哲学科は教授も学生も迷わなくてよくなった。それまでは誰それの哲学とか、何派とか、そういうことで派閥争いをしてたり、不毛な訓詁学に陥っていたので。
0617考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:27:10.0600618ixtlan
2016/08/02(火) 22:28:15.540> ixtlan氏はペロリンさんとか分析哲学さんとか頑張って相手にし説明
> 続ける必要はないんじゃないかな。
ペロリンはもはや道具でしかないのです。
> まずペロリンさんが正しい点とは「能動・受動」という語彙ではたしか
> にハイデガーは書いてないという点。そして慮Sorgeも、また、『sein und
> zeit』全体をまた他の著作や講義みればさほど書いてはいない。
それは違う。ゾルゲの構造は、全巻を支配している。
そこから時間性にも行くので。
0619考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:31:05.350後半にもハッキリと『ゾルゲの構造』とか『気遣いの構造』等と明文化されている筈だが、
そうはなっていない。
つまり、ハイデガーはそんな事言ってないのに、
イストランが無理矢理そういう方向に持っていっている、というだけの話。
0620ixtlan
2016/08/02(火) 22:31:24.590> それだけ解説書読んで受動能動論になるのが普通おかしいだろ
私はハイデガーだけ相手にしているわけではないからね。
それに、ハイデガーで今から読解しようとしているのは、政治や詩の話である。
そこに受動能動が出てきたら、面白いといえば面白いけどな。
0621考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:32:21.570そう言うとブチ切れるからな。
0622考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:33:21.230『ハイデガー読書スレ』を立てといて、好き勝手に解釈して良いとは
さすがイストラン、いい加減だな。
0623考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:35:53.500存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0624ixtlan
2016/08/02(火) 22:36:05.840> ゾルゲの構造が全巻を支配しているのなら、
> 後半にもハッキリと『ゾルゲの構造』とか『気遣いの構造』等と明文化されている筈だが、
> そうはなっていない。
がはは。相変わらず君は小学生だねぇ。見えないから存在しないのだ、というテーゼか。
ウチの隣の猫は、私がそばを通るときに、くるっと尻を向ける。まるで相手は見えないから自分は存在しなくなる、だろうみたいな。
> つまり、ハイデガーはそんな事言ってないのに、
> イストランが無理矢理そういう方向に持っていっている、というだけの話。
それじゃハイデガーにも文句を言え。アリストテレスはゾルゲなんて言ってないのに、フロネーシスをゾルゲと、いい加減なことを言ってると。
0625考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:38:46.020存在と時間の全体構成
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節で止まる
�A 本 論
受動能動論 ( ← 怪しい)
0626考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:40:40.640存在と時間の全体構成(序論二章八節)
�@ 準備段階
第1部 現存在の解釈と時間の解明
第1編 現存在の基礎分析 ← 41節
第2編 現存在と時間性
第3編 時間と存在
�A 本 論
第2部 存在論の歴史の現象学的解体
第1編 カントの時間論について
第2編 デカルトの「我あり」と「思う」について
第3編 アリストテレスの時間論について
0627考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:42:02.580受動能動なんて一言も言ってないし。
そう読み込める部分も実際にはこじつけでしかない。
0628考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:44:25.670かと言って『ハイデガー 受動能動』で検索してもイストランのサイトしかヒットしない。
つまり、研究者とかも誰もそんな受動能動だのと言った事は唱えていない。
唱えてるのはイストランのみ。
0629ixtlan
2016/08/02(火) 22:53:48.060カントとハイデガーを一緒に読む人間にとっては、一つの問題が立ちはだかる。
存在とか時間とかの話をするときに。
存在の意味への問いを時間性として解釈すること。
という命題を普通に読むならば、それはまさにカントが企てたことだった。
その企てについて一体ハイデガーは何を思っていたのだろうか。
カント的な道は信用していなかったのではなかろうか。
そもそも、あのカントの企て(純理の分析論)を信頼していた哲学研究者がただの一人でもいたのだろうか、とすら問いたくなる。
0630考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:55:39.180第3部
定義二 我々自らがその妥当な原因となっているようなある事が我々の内あるいは我々の
外に起こる時、言いかえれば我々の本性のみによって明瞭判然と理解されうるようなある
事が我々の本性から我々の内あるいは我々の外に起こる時、私は我々が働きをなす〔能動〕
と言う。これに反して、我々が単にその部分的原因であるにすぎないようなある事が我々
の内に起こりあるいは我々の本性から起こる時、私は我々が働きを受ける〔受動〕と言う。
定理三 精神の能動は妥当な観念のみから生じ、これに反して受動は非妥当な観念のみ
に依存する。
0631考える名無しさん
2016/08/02(火) 22:59:26.350>598 : 考える名無しさん2016/08/01(月) 23:05:09.68 0
>>>596
>なんども書いているように 私は「原文だけで」「脚注」も「解説」ももちろん「他の入門書」や「他のハイデガーの本」がなければ
>『存在と時間』はちゃんと理解できるようなものではない そういうことです
ixtlanはそうとにしつこくて理解力が低い
私は上記のように「原文だけ(原書の)」では読解できないと言っています
なのになんで下記のような的外れなレスをするのでしょうか
>手元に三冊、『存在と時間』の解説書があるが、どれも基本的には『存在と時間』だけで、その思想をまとめている。
その三冊を書いた人たちは「原文(原書の)」だけ読んで 当然ながら他のはハイデガーの著作は読んだことが無いのでしょうね?
もちろんハイデガーに関する既存の論文や解説書や入門書も読んでいなくて 突然それらの三冊を書けたということですか?
そんなはずはないでしょう 私は「テクスト」についての問題を指摘しているわけです
しかしたった数行のBBCのレス文も読めないとは どうにもなりませんね
0632考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:10:05.560「受動能動」のHPまで作って自説を展開しってけどさあ
これがまたなんの脈絡もなくデリダとかかってにいろんな思想家をくっつけて
だからまず自説ありきなんよね
アボーン臭が凄いわいwwwww
0633考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:11:56.010青山=ハイデガーとか、それじゃあ、さしこ=柄谷という波平の頭と変わらんじゃないか。
受動能動論もその弱い地頭の延長線上の解答になってるってのが不思議なとこだ。
0634考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:16:46.980↓のサンプルからパターンを抽出すると↑のようになる。
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0635考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:16:49.740だってアボーン臭なんだからさあwwww
論理学やっててカルトにひっかかるとかwwwwww
なんも身についてなかったのらーーー異糞と乱わ
アスペはこれだから嫌
0636考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:17:38.180まあ、つまり、波平とイストランは個人的な趣味・嗜好を
よく考えもせず、勝手に学問にしちゃう癖があるって事。
波平とイストランが同一人物だからそうなるのか、それとも
波平とイストランが同じような人種だからそうなるのかは知らんが。
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0637考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:24:03.500今の状態だと、Aの項目におそらくイストランしか考えていない受動能動論という個人的な感想、
Bにハイデガーがあって、イストランの中ではその二つを融合させて喋っているので、
俺らからすると、『?』な状態なんだけどね。
�A イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0638ixtlan
2016/08/02(火) 23:26:50.200> その三冊を書いた人たちは「原文(原書の)」だけ読んで 当然ながら他のはハイデガーの著作は読んだことが無いのでしょうね?
> もちろんハイデガーに関する既存の論文や解説書や入門書も読んでいなくて 突然それらの三冊を書けたということですか?
> そんなはずはないでしょう 私は「テクスト」についての問題を指摘しているわけです
いや、『存在と時間』の読解に、ナトルプ報告、カッセル講演や根本問題は必要ないですよ。これは大して読解困難なテキストではない。
仲正はキルケゴールに言及してますね、頽落の説明で。これはもっともだ。しかし他のところで何か別のものを援用してはいない。
後藤本は、『存在と時間』をここまでコンパクトにできるか、という点ではかなり成功している。過不足なくまとめるとしたらこんなふうになるんだろう。
渡邊二郎編のものにしても、他のものを読解に使っているわけではない。ただひたすら『存在と時間』の理屈を追っているだけ。
彼等(渡邊ら)は23頁で「難解で難しい哲学書の一つ」と言っておきながら、次のページでは、「丹念に熟読すれば、決して難しくない」と言っている。
「ハイデガーは『存在と時間』のある箇所で、本当に事象を哲学的に捉えて言い表すには、日常の言葉では「語彙」が足りないだけではなく、そもそも
文法が欠けているのだ、という意味のことを言っている。ハイデガーは、言ってみれば、ものの見方の新しい「文法」を作り出したと言っても過言ではない。
けれどもその際、全く恣意的に、新語や文法を作り出すわけにはゆかないであろう。だからハイデガーは、常用語の語源に立ち戻ったり、西洋的思考の
源泉であるギリシャ語の原義に遡ったりして、「最も基本的な言葉の力」を甦らせながら、論述を進めるのである。
ハイデガーのこの鋭い言語意識は、真に瞠目に値する。晩年のハイデガーになればなるほど、この傾向は強くなり、その文章は、驚嘆すべき一種の
芸術的完璧さと気品を漂わせている。『存在と時間』でもこのことは変わりなく、その用語の斬新さ、事象を見抜く眼差しの鋭利さ、それを表現する
的確かつ細心精緻な論の運びは、刮目に値する。この言語表現の独創性と微妙さを素通りしては、ハイデガーは全く理解できないであろう。」(24-25)
0639考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:29:55.510波平もイストランも決してそうは言わない、柄谷の倫理とはさしこであり(意味不明)、
ハイデガーは受動能動(意味不明)なのです、と言ってきかない。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0640考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:32:32.050よく表れている。
要するに受動能動論というのも青山=ハイデガーと言うのと同じ思考パターンから生まれているように見えるね。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
0641考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:34:38.000A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0642考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:36:54.100俺としてはイストランは性格の問題が大きいと思うけどね。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0643ixtlan
2016/08/02(火) 23:40:20.200超越ということを問題にする限り、現存在と他の存在者の依存関係が出てきてしまう。もっぱら現存在だけが超越するので。
そういう問題にならない「時間と存在のつながり」を示していたのがカントの分析論だった。
ところがハイデガーは、そのカントの中性的な「存在時間」論から引き返して、演繹論を時間論化するという離れ業をやった、カント書で。
もっとも歴史的先達がいなかったわけではない。アウグスティヌスという範型が。
そして、人間の心的機能からゾルゲへ、ゾルゲから時間性へという構造を持つ『存在と時間』も、まずはこのアウグスティヌス的な理屈を土台にして、一方ではキルケゴールの概念系を、他方ではアリストテレスの概念系をつぎはぎして、現存在の時間論を作った。
0644考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:42:02.390結論は青山=ハイデガーという至極アホな結論に落ち着くのは何故か?
またはそれすら否定できない地頭の悪さはどこから来るのか?ってのが疑問なんだよね。
普通、それくらい小学生でもわかるでしょ。
0645ixtlan
2016/08/02(火) 23:44:56.100> そして、人間の心的機能からゾルゲへ、ゾルゲから時間性へという構造を持つ『存在と時間』も、まずはこのアウグスティヌス的な理屈を土台にして、一方ではキルケゴールの概念系を、他方ではアリストテレスの概念系をつぎはぎして、現存在の時間論を作った。
その現存在という条件を外して、時間論を一般論化するというのが第三編となるはずだった。
その次に出てくる、伝統的存在論の解体は、この第一部の体系編の歴史的な応用といえる。
この構成は、もしかしたらマルクスを参照したのかも知れない。
『資本』という体系部分。それの背景でもあり応用でもある『剰余価値学説史』。
0646考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:46:17.580そういう詐術のような弁はもう止めましょう
渡邊二郎にしてもそういうことを書いている時点でそれだけの世界中の論文や著作などを
(そしてハイデガーの著作はもちろんですが)読んでいるでしょうね
そんな状態の人がそういう弁を残していても それは「違う意味」においての発言ですよ
>598 : 考える名無しさん2016/08/01(月) 23:05:09.68 0
>>>596
>なんども書いているように 私は「原文だけで」「脚注」も「解説」ももちろん「他の入門書」や「他のハイデガーの本」がなければ
>『存在と時間』はちゃんと理解できるようなものではない そういうことです
こんな簡単な二行のレスすら読めませんか?
あなた理解力に相当な問題ありですよ
0647考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:48:41.360・何故、難しい用語に詳しいのに、
青山(選挙)のスレを哲学板で立てるのは板違いという当たり前の事がわからないのか?
あるいはわかろうとしないのか、あるいは分かっていてもギャーギャー騒いでゴネるのか?
・何故、ハイデガーの用語を細かく出すのに、
結論が受動能動論というどう見ても明後日な方向へいくのか?
あるいはそういうヘンテコな結論に強引に持っていこうとするのか?
・何故、倫理だなんだとハイデガーに絡めて言うのに、
スレッドを乱立したり、読書スレなのに実質自論スレにするなどのマナーが無いのか?
0648考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:51:02.630つまり『イストランは知識はあるが性格の悪さが災いして思考を妨げている』という事だわな。
・何故、難しい用語に詳しいのに、
青山(選挙)のスレを哲学板で立てるのは板違いという当たり前の事がわからないのか?
あるいはわかろうとしないのか、あるいは分かっていてもギャーギャー騒いでゴネるのか?
・何故、ハイデガーの用語を細かく出すのに、
結論が受動能動論というどう見ても明後日な方向へいくのか?
あるいはそういうヘンテコな結論に強引に持っていこうとするのか?
・何故、倫理だなんだとハイデガーに絡めて言うのに、
スレッドを乱立したり、読書スレなのに実質自論スレにするなどのマナーが無いのか?
0649考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:53:59.280思考の邪魔をしているからだろうね。
普通、小学生でも気付くでしょ、『あ、俺AとB一緒にしてるな』とか。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0650考える名無しさん
2016/08/02(火) 23:56:17.780波平やイストランとなると、融合した状態で喋るからな。
しかも指摘しても意地でも直さないという性格の悪さw
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0651考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:05:53.270�@〜�Bをそれぞれ検討してみよう。
まず�@だが、柄谷がさしこに言及したこと等ないわなw
�Aも同じで、ハイデガーが青山に言及した事もないし、
�Bも同じで、ハイデガーが受動能動等とは一言も言ってない。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0652考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:08:27.540それぞれ正当なのはAの項目のみであるという事になり、
イストランが正しいのはAの個人的にそう思った項目、
即ち青山が好きで、受動能動論を個人的に信奉している、という事実しか残らない。
A (趣味・個人的に好きなもの) + B (客観的な学問)
�@ 波 平
A ( AKB ) + B ( 柄谷行人 )
�A イストラン
A ( 青 山 ) + B ( ハイデガー )
�B イストラン
A ( 受動能動論 ) + B ( ハイデガー )
0653ixtlan
2016/08/03(水) 00:13:21.950> >なんども書いているように 私は「原文だけで」「脚注」も「解説」ももちろん「他の入門書」や「他のハイデガーの本」がなければ
> >『存在と時間』はちゃんと理解できるようなものではない そういうことです
>
> こんな簡単な二行のレスすら読めませんか?
> あなた理解力に相当な問題ありですよ
というか、どうでもいいじゃないか、そんなことは。
私はかつて『存在と時間』を要約したことがある。やってみなよ、自分で。別の本の助けもなく。
そりゃ分からないところはあるが、つきあっていくうちに、最初の分けのわからなさは消失していく。
代わりに、分けが分からないのではなくて、ちょっとおかしいんじゃないのか、というようなところが出てくる。
つまり、肯定と否定のオンパレードになるわけね。
その状態は苦しいが、しかしどっちも温存しておかねばならない。
そうやって、最後まで要約したら、今度は別の本を見ていく。そうすると、あ、こいつは駄目な解説だな、とか自然に思えてくるのさ。
0654考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:14:04.900と考えると、これはそもそも受動的総合と能動的総合というフッサールの用語なんですな。
で、この受動能動(的綜合)は、分析哲学者の間ではちょっとしたブームなのだ。
システム論と接続できるからね。
全ては受動能動(的綜合)です、そして受動能動(的綜合)の等根源的なものは何か?
慣習です、と言いたい訳、これで波平とイストランが同じ境地にいる事が分かると思うw
で、慣習はシステムです、と言いたいんだろうな。
このパターンはよくあるw
0655考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:16:02.5800656考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:19:21.580ハイデガーを分析に強制的にすると、こんな風に誤解するんだよってサンプルではあるかもね。
システムの入力を能動、システムの出力を受動と言いたい訳だ。
0657ixtlan
2016/08/03(水) 00:19:49.990たとえばの話、自分の要約では処理しきれなかった部分を、他の参考書がすっ飛ばしていたら、それは駄目な部類に入るね。
それから貴方は他のハイデガーの本を読まないと駄目とかいうが、それは違うだろう。
だって、ナトルプ報告と一緒に読んだら、それはハイデガーの頭の歴史ということになるんだよ。
昔はこう考えていたけれども、存在と時間のときにはこうなったとかね。
むしろ、他のものが参考になるとしたら、やはり別の人間の話ではないのか?
たとえば、リュシアン・ゴルドマンの指摘するようなルカーチへの参照部分とか。
これなんか、ハイデガー自身が名前を伏せているから、まさにそういう指摘が助けになるんだよね。
それからエミール・ラスクの論理学研究とか。でもそれは『存在と時間』読解に資するというよりは、研究レベルだね。
0658考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:20:22.4800659ixtlan
2016/08/03(水) 00:23:09.310> では、ハイデガーと無関係に受動能動論単体としてはどうか?
> と考えると、これはそもそも受動的総合と能動的総合というフッサールの用語なんですな。
バカでねぇの。ハイデガーの教授資格論文は、受動能動論と言ってもいい。
> で、この受動能動(的綜合)は、分析哲学者の間ではちょっとしたブームなのだ。
> システム論と接続できるからね。
聞いたことないなぁ。分析哲学でブーム? なんのこっちゃ。
システム論が分析哲学なのかい。
そもそも分析哲学って今存在してんのかよ。
適当なことを言ってると、ケツの穴に指を突っ込むぞ。
お前は聞かれたことに答えていればいい。考えるだけ無駄だ。
0660考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:25:12.340受動能動論 = ウィト的慣習
というよくあるパターンだろうね。
その証拠にイストランが何故読みにくい松尾訳を無理矢理出してきてまで、
ゾルゲを慮を訳したいのか?また、41節あたりでたった一カ所しか出て来ないのに
慮構造と構造のように言いたがっている理由もこれで説明がつくw
ゾルゲを一般的な細谷訳で気遣い、関心、配慮と訳してしまうとシステム論にできないんですな。
個人の裁量というイメージ(それが正しいのだが)になってしまうのであえてシステムと解釈できる
無機質な慮という訳を選んでるというか改竄してる訳w
0661考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:28:30.080イストランのような分析にとっては都合が悪い。
関心、配慮、気遣いでは個人でコントロールできる、という印象を与えてしまう。(それで正しいのだが)
そこでわざとシステムとしか解釈できないように、
個人でコントロール可能だと思わせる、関心、配慮、気遣いという一般的な訳を嫌う訳w
ゾルゲ、慮、慮構造なら=システム論にできるからねw
0662考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:36:34.820>というか、どうでもいいじゃないか、そんなことは。
はぁ?
もう二の句が継げませんよ
レスのやり取りで重要なことはテーマをスライドさせないで進行することでしょう
それが出来ないなら 私の考えに対して返答できないという意味ですから もう深追いしません
こうしてixtlanのように テーマをどんどんスライドさせて逃げていくというのは よくあるパターンの手法です
あなたのサイトを見てみました あなたの実力がよく理解できたのでもう十分ですよ
これからはixtlanにレスはしなように注意します それ以外の方にはレスをします
運営曰く「〈荒らし〉を相手にする人間も〈荒らし〉」らしいですから
0663考える名無しさん
2016/08/03(水) 00:56:19.630970 名前:考える名無しさん :2016/07/18(月) 21:43:47.73 0
草むらで野ション待ちしながら呻いてるんじゃろ波平w
「なでこののだああ(なぜ来ぬのだああ)」
971 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/07/18(月) 22:51:21.91 0
>>970
おまえな、いつになったら内容にレスできるの?
そうやって他人をバカにすることに一生を捧げるのか?
おまえからハイデガーの話なんか聞いたことないじゃん。
固定ハンドルにして、正々堂々と解釈してみいよ。
まったくクズだな、揶揄ばっかりで。そんなのがスタンダードなのか、ここの。
それともたまたま木違いに当たっただけなのか
972 名前:考える名無しさん :2016/07/18(月) 23:07:42.92 0
野ション待ちの否定はしないわけですね?
正直で宜しい。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)
0664考える名無しさん
2016/08/03(水) 01:34:55.870おそらく「存在論」という言葉が物事を複雑にしたのでしょうね。
私は存在論という言葉を用いずに「信仰派のアプローチ」などと命名しておりますが。
「認識論」は「認識派のアプローチ」と呼んでいますので私と哲学界に言葉選びの差異は発生しておりませんが。
ハイデガーはご紹介頂いた書籍を引き続き読みたいと思いますが、
現時点の私なりの解釈を申しますと
「存在とはそもそも認識派の概念であり、それは認識派のアプローチで思考する際に物事に対して与えられる状況のことである。」
といった具合になります。
したがって、信仰派であるハイデガーにとって「存在」や「時間」といった概念は
文字通り「語り得ぬもの」であり「狂おしいほど憧れる対象」であったのではないかな?などと思います。
ただし過去の認識派にも誤解というか狂った願望があって、
それが「普遍的存在」を見出そう、定義しようとしたことではないかと思います。
前述のとおり、存在とは状況であり状態のことですので根本的に普遍ではありませんし、
逆説的ながら普遍的なものには存在という状態を与えることができないというパラドックスがあるわけです。
ちなみに私は時間に関しても過去、現在、未来という風なベクトル状のものは「存在していない」という見解で、
ある、ない、で言えば過去も現在も未来も「同時に」存在しているはずだ。と想像しています。
さしあたって体感、知覚できるのが「今」であるという話でしかなく、
未来より過去の方が見え易く感じるのも一種の錯覚ではないかと思います。
つまり、過去、現在、未来という概念は一種の方便なのです。
by 鼎 梯仁
0665考える名無しさん
2016/08/03(水) 15:16:50.180http://www.asahi.com/articles/ASJ7N5PXJJ7NUCVL01Y.html
1951年創業の学術書専門の出版社「創文社」(東京都千代田区、社員6人)が2020年をめどに
会社を解散する予定であることがわかった。
同社は「売り上げの落ち込みが激しく回復が見込めない」としている。
「ハイデッガー全集」や「神学大全」(トマス・アクィナス著)など、哲学や宗教、歴史、政治、社会系の
書籍のほか、「哲学研究」などの雑誌も発行してきた。
同社によると、最近は年10%の割合で売り上げが落ち続け、昨年は10年前の約3分の1だったという。
新刊書の発行は来年3月まで続けるという。
0666考える名無しさん
2016/08/03(水) 18:16:46.28O0667考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:23:16.620イストラン本人と波平には何かそれで意味を持ってるらしいが、
今回はそれが何なのか考察してみよう〜
0668考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:24:41.390とにかく我が哲学板の代表的なアホコテ、波平さんの思想の真髄である。
> 697 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.:2016/07/15(金) 19:12:52.95 0
> 波平思想とは、
>
> すべては慣習。
> ヒューム先生のコンベンション。慣習で西洋理性主義を終わらせた。
> ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。慣習の中の西洋合理主義の限界を明確にした。
> フーコーのエピステーメー。慣習は操作可能なことを示した。
> ラカンの象徴界。現代人の慣習の困難を表した。
>
> すべては慣習のことだ。
> そして慣習の原理はエコノミーでできている。
> ポランニーの分類から、贈与交換、再分配、等価交換。
> 現代は等価交換の時代だが、絶えず贈与交換、すなわち贈収賄が回帰する。
> そこにあるのは勝者たちが勝ち続けるエコノミーだ。
>
> ピケティはいった。自由主義経済は格差を広げる。
> しかし日本経済は違う。
> 日本人は、慈悲型の贈与交換を生きてきた。
> だから格差は広がらない。慈悲型は絶えず富を還流する。
>
> 日本人の慈悲型の贈与交換は、共産主義以上に素晴らしいシステムだが、
> いろいろと問題がある。なんと言っても、一番は島国日本人だから可能だ。すなわち世間。
> これを世界に導入できるのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/697
0669考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:25:59.740このアホコテ波平の言ってる事と同じであると言わざるを得ない。
> 697 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.:2016/07/15(金) 19:12:52.95 0
> 波平思想とは、
>
> すべては慣習。
> ヒューム先生のコンベンション。慣習で西洋理性主義を終わらせた。
> ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。慣習の中の西洋合理主義の限界を明確にした。
> フーコーのエピステーメー。慣習は操作可能なことを示した。
> ラカンの象徴界。現代人の慣習の困難を表した。
>
> すべては慣習のことだ。
> そして慣習の原理はエコノミーでできている。
> ポランニーの分類から、贈与交換、再分配、等価交換。
> 現代は等価交換の時代だが、絶えず贈与交換、すなわち贈収賄が回帰する。
> そこにあるのは勝者たちが勝ち続けるエコノミーだ。
>
> ピケティはいった。自由主義経済は格差を広げる。
> しかし日本経済は違う。
> 日本人は、慈悲型の贈与交換を生きてきた。
> だから格差は広がらない。慈悲型は絶えず富を還流する。
>
> 日本人の慈悲型の贈与交換は、共産主義以上に素晴らしいシステムだが、
> いろいろと問題がある。なんと言っても、一番は島国日本人だから可能だ。すなわち世間。
> これを世界に導入できるのか。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/697
0670考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:28:12.290受動能動論 = ウィト的慣習
というよくあるパターンだろうね。
その証拠にイストランが何故読みにくい松尾訳を無理矢理出してきてまで、
ゾルゲを慮を訳したいのか?また、41節あたりでたった一カ所しか出て来ないのに
慮構造と構造のように言いたがっている理由もこれで説明がつく。
ゾルゲを一般的な細谷訳で気遣い、関心、配慮と訳してしまうとシステム論にできないんですな。
個人の裁量というイメージ(それが正しいのだが)になってしまうのであえてシステムと解釈できる
関心、配慮、気遣いと訳すと、その訳が一般的であるにも関わらず、
イストランのような分析にとっては都合が悪い。
関心、配慮、気遣いでは個人でコントロールできる、という印象を与えてしまう。(それで正しいのだが)
そこでわざとシステムとしか解釈できないように、
個人でコントロール可能だと思わせる、関心、配慮、気遣いという一般的な訳を嫌う訳w
ゾルゲ、慮、慮構造なら=システム論にできるからね。
0671考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:38:59.650おそらくイストランは次の様に誤解していると思う。
> 1.自己に先立って
> 2.すでに..のうちに
> 3.の許に存在する
↑のゾルゲの構造の説明を、おそらくイストランはこう↓誤解している。
> 1.自己に先立ってシステムがあり
> 2.すでにシステムのうちに
> 3.システムの許に存在する
という感じ、これで間違いないだろうね。
0672考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:41:05.850> 1.自己に先立ってシステムがあり
> 2.すでにシステムのうちに
> 3.システムの許に存在する
関心、配慮、気遣いではシステムと解釈できなくなる。
だから、わざわざ松尾訳でシステム論に解釈できそうな慮という訳を持ってくる訳。
0673考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:44:33.400『ゾルゲシステム』みたいな感じだろうね。
しかし、実際には慮よりは関心、配慮、気遣いと訳されるケースが多い。
これは慮だとまるでシステムのような誤解を与えるから、↑のような訳に修正した、
と考えるのが普通だろうね。
0674考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:47:17.830これだとイストランがブチ切れる。
というのも、ゾルゲが感情だと、システム論にして分析哲学に仕立て上げるという
イストラン=波平の汚い野望が達成できないんですな。
0675考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:49:03.140> 2.すでにシステムのうちに
> 3.システムの許に存在する
だから、↑のようにイストランや波平においては人間は
システムにがんじがらめであるというイメージでとらえて欲しい、
とらえてくれ、いやそうでなければ許せない、という段階にまで行く。
0676考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:51:38.220このシステムに対する入力と出力があり、それぞれ受動と能動という
言い方で考えている、という訳。
本当はハイデガー全く関係ないんだけど、性格が幼稚なのでギャーギャー騒ぐ。
> 1.自己に先立ってシステムがあり
> 2.すでにシステムのうちに
> 3.システムの許に存在する
0677考える名無しさん
2016/08/03(水) 19:56:57.690末恐ろしい・・・
0678第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/03(水) 20:07:19.240発狂さんの発狂は、15年間変わらずこの調子ですよ
0679学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/03(水) 20:17:56.620俺も若いころは走ったさ
。光の中で。
https://www.youtube.com/watch?v=FAYvumPIrA0
0680学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/03(水) 20:19:36.5900681ixtlan
2016/08/03(水) 20:26:34.870> レスのやり取りで重要なことはテーマをスライドさせないで進行することでしょう
> それが出来ないなら 私の考えに対して返答できないという意味ですから もう深追いしません
結局、ハイデガーの中身については何にもなしかね。
> こうしてixtlanのように テーマをどんどんスライドさせて逃げていくというのは よくあるパターンの手法です
スライドさせる? なんのこっちゃ。
一貫して私は同じことを言っている。『存在と時間』は難しいものではないのだと。それを理解するのに、ナトルプ報告もカッセル講演も要らないし、『根本問題』も資することはない。
そもそもいくつもある入門書にはそういうものが理解に資するとして紹介されているわけではない。だからこの点では貴方はあてにならない想像で誤魔化すしかないじゃないか。いわく、彼等もそういうものを参考しているはずだと。
そんなことならどうとでも言えるでしょ。要は具体的に私はこうやって理解しましたって言えなければ、ただのつまらん推測でしかない。そのうえ、貴方は『存在と時間』を読みたくない言い訳を探しているように見える。情熱的な人間はそんなくだらん言い訳はせえへんて。
貪欲に、かつ狡猾に読んでいくだろうさ。貴方みたいに「〜を読まないと理解できない」とか言うわけないだろ。
> これからはixtlanにレスはしなように注意します それ以外の方にはレスをします
> 運営曰く「〈荒らし〉を相手にする人間も〈荒らし〉」らしいですから
それは運営がバカだね。きちんとした判断基準もなく、それを適用するために監視する時間もないから、そうやって十把一絡げに処理しようとするんだよ。
今回、貴方とは初めてレスを交わしたが、ペロリンとよく似てるね。なんというか杓子定規というかな。
例の「有と時」もそうだが、貴方は「たいていの人がそういう訳はしてないから駄目だ」と言ったね。ペロリンも、受動能動なんて他に誰も言ってないし、ハイデガーも言ってないから駄目とか言うのだよ。実にバカだろ? 他人を見れば、自分のバカさが分かるのではないかね。
0682考える名無しさん
2016/08/03(水) 20:28:25.770ハイデガー ニーチェ
カント
スピノザ
スピノザとハイデガーの関係を検証する前に
スピノザとカント、
具体的にはカントの遺稿が検証されなければならない
ドゥルーズは判断力批判どまりだから
スピノザ哲学は王道で批判哲学は傍流
自動車でブレーキやハンドルよりエンジンがアポリアであることに似ている
スピノザが明確になればニーチェも、ライプニッツも明確になる
0683ixtlan
2016/08/03(水) 20:30:07.490> おそらく「存在論」という言葉が物事を複雑にしたのでしょうね。
> 私は存在論という言葉を用いずに「信仰派のアプローチ」などと命名しておりますが。
> 「認識論」は「認識派のアプローチ」と呼んでいますので私と哲学界に言葉選びの差異は発生しておりませんが。
それは違ってるから捨てた方がいいよ。
たぶんね、現代存在論の主流は、貴方には理解できない。私にも理解できない。
その分からなさたるや、想像を絶する。これに比べたら、ハイデガーなんぞはペロペロペロと三回ぐらい舐めれば、分かってしまうほどだ。
ちょっと紹介してみようかな。
0684ixtlan
2016/08/03(水) 20:34:08.370> ちなみに私は時間に関しても過去、現在、未来という風なベクトル状のものは「存在していない」という見解で、
> ある、ない、で言えば過去も現在も未来も「同時に」存在しているはずだ。と想像しています。
> さしあたって体感、知覚できるのが「今」であるという話でしかなく、
> 未来より過去の方が見え易く感じるのも一種の錯覚ではないかと思います。
未来も現在も同時に存在しているならば、簡単に宝くじが当たるではないですか?
宝くじの当選番号は、未来にある間は分からないですよね。
0685ixtlan
2016/08/03(水) 20:40:29.680で、ペロリン、↓の問いはどした? 答えられないのか?
1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
2.その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
3.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
4.企投を「実存」と言い換えることで何が問題になるのか?
5.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
くだらん脇道は捨てて、本気でかかってこい。
0686ixtlan
2016/08/03(水) 21:10:05.620それにしてもペロリン、お前はほんとにつまらん脳ミソだな。
Heidegger, passivity, activity でどうして検索しないのか。
なんで日本語のものしか見ないのだ?
お前がもっとちゃんとしてればな、結構面白いことができるんだが。
0687考える名無しさん
2016/08/03(水) 21:10:21.330>他人を見れば、自分のバカさが分かるのではないかね。
それはそのままixtlanに言葉を返しましょう
あなたは非常に程度の低いことしか考えられないということもこれでわかりました
「有時さん」のあなたに対する指摘は的を射ていたのですがそれも意味が把握出来ていない
ようはただのネラーというだけです
あなたが目の敵にしている「彼」のあなたへのレスは言下に否定できるほど稚拙なものでは
決してありませんよ
知らぬは裸の王様ねらーのみ なり
あなたは「裸王」というコテの方が実態と一致していていいと思います
0689考える名無しさん
2016/08/03(水) 21:42:55.470なんでアポーン臭なんかに入信したの?
バカだから?
0690学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/03(水) 21:52:56.5100691考える名無しさん
2016/08/03(水) 22:20:33.5400692ixtlan
2016/08/03(水) 22:32:48.090> あなたが目の敵にしている「彼」のあなたへのレスは言下に否定できるほど稚拙なものでは
> 決してありませんよ
そのレスが私の問いの答えにぜんぜんなっとらん。 じゃ私の問いに答えてみてよ。
41節は『存在と時間』の中心だと言ってる。そのために↓の3を聞いてるわけだ。
1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
2.その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
3.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
4.企投を「実存」と言い換えることで何が問題になるのか?
5.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
0693考える名無しさん
2016/08/03(水) 22:47:33.330ほらまた始まった(笑)
なんでも必ずレスの指摘には答えないで 別の関係ないことを持ちだしてくる
あなたはいつもそうだし 誰に対してもそう
そんな低次元の人に小難しい話題なんて無駄でしょう だってあなたは必ず逃げるから
思考力がそもそも無いから変なサイトに馬鹿馬鹿しいことを書いて 他人のブログなんかで
どうにもならないようなピント外れにことばかり書いている
そんなに哲学が好きなら学会論文くらい提出しなさいよ
なんでそういうことはしないんだろうか?
だから「裸王」なんだろうね
自己満足だけの「裸王」
0694考える名無しさん
2016/08/03(水) 22:53:50.720いえ、そういう意味ではなく存在という概念自体はそう崇高なものではなく、
ある状況や状態を示しているに過ぎないはずであり、
また認識派(文明や宗教を開いた人たち)ならではの「物事の捉え方」だったのですが、
そこに信仰派のアプローチ(宗教や学問は基本的に信仰派のアプローチと考えて間違いないと思います)から
「信仰の対象としての存在」「それは普遍であると嬉しい」
などという捻じれた発想が加わっただけの話であるというのが私の認識です。
文明のミッシングリンクに取り組む私からすると、
宗教や学問などというもの(もちろん哲学を含みます)は
文明が発生した当時には存在しなかったのです。
原初の文明は崇高なる想像力を駆使した思索・思想が無限に広がっていた。(ザ・ダイアグラム)
宗教や学問などというものはその空間の中で生まれては消えてゆくゴミ屑、否、星屑のようなものだと私は捉えています。
故に存在とはつまり「与えられた状態」に過ぎないのです。
一時与えられただけの状態でしかないものに長々と小難しい論説を並べたところで、
それが神様になったりはしないのです。
長く説明すればその概念が深みを増すのかと言えば、
そのようなことは全くないと思います。
そのような論説は読むのに時間が掛かるため、その労力に見合う対価として、
「相応の価値」を求める人が多いという心情は分かりますが、
金融市場のテクニカル分析と同じでそれは単なる願望であって事実ではないのです。
そのような感性自体が知に対する冒涜であろうと私は思います。
知とは労力の対価などではなく、更にずっと崇高なるものなのです。
by 鼎 梯仁
0695考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:03:08.370>757件目 よくわかりませんが 投稿者:ixtlan 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
イクストランってかなりの爺だよなぁwwwwバーーーーーーカ!!wwwwwwwww
0696考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:05:19.81040代前半だっけ?
0697考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:05:27.300そうなんですかじゃないだろおまえあたまだいじょうぶか?
0698考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:07:32.8000699考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:12:20.330還暦でも全くおかしくないわな。
0700考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:20:52.870この最低【38年(0才)】にそれなりの年が加算される。
まだ観音慈恵会だった頃だから仮に20才だったとしても現在【58才】だぜ。
還暦の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイwwww
0701ixtlan
2016/08/03(水) 23:21:20.570いやここはハイデガー読書というスレなんだな。
そこへ、貴方が来ること自体がなんか変じゃないの?
だってさ、ハイデガー読書について全然情熱ないでしょ?
私の立てた問いなんてさ、関係ないもなにも、このハイデガー読書というスレに書き込む人間にとっては常識だと思うんだよね。
せめてそれぐらい答えてくれよ。これはペロリンにも言っている。いつも逃げてるがね。
0702ixtlan
2016/08/03(水) 23:30:20.360貴方は信仰派というけれども、昔からインドには有名な派閥があって、
知を重んじるジュニヤーナ・ヨーガ
献身を重んじるバクティ・ヨーガ
というのがありますね。このうち、信仰というと、バクティでしょ。
それはしかし<存在論>という哲学のタームとマッチするかな。
> 文明のミッシングリンクに取り組む私からすると、
> 宗教や学問などというもの(もちろん哲学を含みます)は
> 文明が発生した当時には存在しなかったのです。
文明のミッシングリンクというと、私はジュリアン・ジェインズを想起しますね。
彼によると、紀元前2000年ぐらいの人間は、今日でいう統合失調症状態にあった。
その状況では人間は、右脳の命令的言語をそのまま聞き取り、かつ神像を実際に幻視していた。
それがなくなって、信仰が、つまり宗教が生まれた、となる。宗教とは、この幻視時代というミッシングリンクの残映です。
> そのような論説は読むのに時間が掛かるため、その労力に見合う対価として、
> 「相応の価値」を求める人が多いという心情は分かりますが、
> 金融市場のテクニカル分析と同じでそれは単なる願望であって事実ではないのです。
>
> そのような感性自体が知に対する冒涜であろうと私は思います。
> 知とは労力の対価などではなく、更にずっと崇高なるものなのです。
だったら認識論だってそうじゃないですか。
ところで、未来は現在と同時だという話について、宝くじ問題はどうなってますか。どっかでレスくれたのかな。
0703考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:33:40.030そんなに話し相手が欲しいんですか?(笑)
私とあなたではあまりにも年齢差が大きすぎるのと ちょとボケが入っていますね
私はもうあなたには興味がないので 他の人と茶飲み話でもしてください
あなたのことを知れば知るほど 関わりたくない気持ちになりましたから
さようなら「裸王」さん
0704ixtlan
2016/08/03(水) 23:36:14.510結局、一体あなたは何しにここへ来たのかね。
ハイデガーの書いたものを読むためじゃないのか。
『存在と時間』だけでは駄目だというならば、足りないものを補って読んだらどうなのかな。
それも出来ないというならば、そもそもなんで「補わなくてはならない」という理屈を言ったのだろうか。
要するに、ふざけてるんじゃないの?
あるいは自分のことを褒めてもらいたいとか。
とにかくまともな意志を感じないんだよ。
私はもう相手がクソガキだと感じたら、容赦しないからね。
クソガキとかバカクズとか、とにかくこの2チャンは人間が淀んでいるからな。一掃しないと。
ふざける、あざける、あなどる、おとしめる、こういうバカクズしかいないんじゃしょうがないだろうて。
もっと謙虚になれないならば、学問なんて無理だ。
0705考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:38:52.9302016年-1978年=38年
この最低【38年(0才)】にそれなりの年が加算される。
まだ観音慈恵会だった頃だから仮に20才だったとしても現在【58才】だぜ。
還暦の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイwwww
テメェいったい何才なんだよ?
カルトジジイよぉwww
0706考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:41:30.9000707考える名無しさん
2016/08/03(水) 23:52:03.780>クソガキとかバカクズとか、とにかくこの2チャンは人間が淀んでいるからな。一掃しないと。
>もっと謙虚になれないならば、学問なんて無理だ。
この二行は全く矛盾していて実に酷い論理ですね(笑)
ようは「裸王」の意のままで 「すべての基準は自分にあるのだ」ということでしょう
そんな「裸王」にはこの言葉を贈りたいと思います
「もっと謙虚になれないならば、学問なんて無理だ。」
0708ixtlan
2016/08/04(木) 00:04:33.310何を私は言いたいのかというと、貴方みたいな人にはここに書き込んで欲しくない。
これは感情で言ってるんではない。
ペロリンはね、41節の最終段落を勝手に書き換えて、これがハイデガーの言いたかったことだとやったのだ。
そしたら、それは誤読だと、しつこくも追究してくれた人がいて、助かったのだが。
貴方はこれをスルーしたよね。
いやしくもここに書き込む人間が、このようなことをスルーするなんてちょっと困る。大変困る。
土素人がやってるんだから、ちょっとぐらいはめをはずしたっていいではないか、と言われるかもしれないが、
こういうことをスルーしているスレは、まともな人間から見たら、「なんじゃ、ここは?」となるわけ。
「なんでこんなしょうもない連中を放し飼いにしているのだ?」となるに決まってる。
で、それが非常に損失なんだよな。まともな人間の眼にとまる確率がもともと低いのに、さらにペロリンみたいな迷惑坊主が勝手し放題だから。
困るのは、こいつのような木違いは自分が他人に迷惑をかけていることすら認知できないことだ。
そこへもってきて、貴方のような自己中が、わけも分からず木違いの味方をしたり、人脈脳ですり寄ったりするだろう。となると、このスレはどうようもない場所になってしまう。
作成者としてはそういうことを許してはおけない。だから、最低限の質問をしているのだ。
0709考える名無しさん
2016/08/04(木) 00:12:36.360「裸王」は何か勘違いをしているでしょう
ここは「2ちゃんねる」というBBS 誰が書いてもいいのですよ
「裸王」に規制する権限などないわけです
だから何度書いているように 自分のサイトで書いていれば静かに自慰行為にふけれますよ
どうぞご自身のサイトへお帰りくださいませ
それからあなたとは哲学・思想のはなしは一切するつもりはありません
何故ならばあなたはかなりレベルが低くて 偏った読書しかしていないからです
最初のように独り言を書いていればいいではないですか
他人なんか無視すればいいのですよ それだけはあなたの自由ですから
0710ixtlan
2016/08/04(木) 00:14:55.010古代インド思想の話は、最近とても変わってきている。
なにがって、最近は、アドヴァイタを体験したという人たちがカミングアウトしている。
これは実に面白い現象だ。
いわゆる主観客観問題は、アドヴァイタに直結する。
アドヴァイタというのは、世の中は一である、という発想。しかもそれを体験しているというわけだ。
昔にはなかった話だ。アートマンが実はブラフマンだった、などという命題を我々は体験記述だなどと受け取っていたか?
まさかね。それは神話的であり、かつせいぜいが、大洋感情のような茫漠たる一性の直観程度にしか見られていなかった。
ところが、実はその一性の直観が体験だった、ということになるとすると、
その直観をビーズの通し糸のようにして、あれもこれも全部がアドヴァイタ体験によるのだ、という可能性が出てくるからね。
たとえば、パルメニデスの一、プロティノスの一、ハシド派ユダヤ教ラビの一、スーフィーの一など。
0711ixtlan
2016/08/04(木) 00:21:13.290ではここに書かなくてもいいのだよね。
ハイデガー5でペロリン相手にでんぐり返っているように。
しかしな、なんで私の作ったスレに固執しているのだね? おかしいよな。
そもそも『存在と時間』なんて難しくて、それ単体では読めません、というなら、なおさらどっか他で書くのが筋だろうに。
0712ixtlan
2016/08/04(木) 00:23:07.680それでペロリン、↓の問いにはどう答えるんだ? 1は否定しなくては駄目だぞ。
> 1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
>
> 2.その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
>
> 3.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
>
> 4.企投を「実存」と言い換えることで何が問題になるのか?
>
> 5.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
0713考える名無しさん
2016/08/04(木) 00:29:27.420>ではここに書かなくてもいいのだよね。
>なおさらどっか他で書くのが筋だろうに。
ええそうですね 私はハイデガーについては別の学会誌や専門誌に書いたことがありますから
ここで書く必要なんかたしかにないです
自分サイトは持っていません
以前も書きましたが 自分が本当に言いたいことは論文化しているという意味です
ここはまあ遊びですよ その程度ですね
BBSでは面倒で哲学なんか出来ませんから
0714ixtlan
2016/08/04(木) 00:32:39.180https://www.youtube.com/watch?v=GbM2EiOc49U
このおばさんは、日常生活を送っていて、突然アドヴァイタ状態に入ってしまった体験を語っている。
友達と話していて、椅子から立ち上がったとき、通常の自分を椅子において立ち上がってしまった。
後方に自分が置いておかれ、前方から見知らぬものがやってきた。
まず自分がなくなってしまったこと。だから、この一点では仏教言説とも共通している。
英語圏の人たちはアドヴァイタをノンデュアリティと呼んでいる。
アドヴァイタ体験を各文化に共通する悟りだとする研究を、レックスヒクソンが『カミング・ホーム』にまとめている。
そのはじめには、ハイデガーとクリシュナムルティの話がある。
0715考える名無しさん
2016/08/04(木) 01:13:29.600なるほど、少し検索しましたが私の発想はヴェーダに似ているところもあるのですね。
それは私が全ての論理と類似性をもつザ・ダイアグラムを想像力の源泉としているからなのかも知れません。
ザ・ダイアグラムという全ての知の原点、知の発生器を用いて創造される私の思想世界は、
過去、現在、未来に現れる全ての論理との類似性をもつ。
構造上、結果としてそのようになるモデルがザ・ダイアグラムなのだろうと思います。
ただ本スレでも繰り返し言及しておりますが、それは私の固有能力であるわけではない点には注意を払って頂きたいですね。
私は源泉を神器に移譲することでこの力を得たのです。
それと引き換えに失われたものに関してはすでに分かりません。
あるいは私は思春期の入り口でホモ・サピエンスからヒューマン・ビーイングへと再生される際に、
神器と同化する道を選択したのかも知れません。
0717考える名無しさん
2016/08/04(木) 01:27:43.230再生される際に鼎 梯仁へ与えられた天啓だったのだろうと思います。
人々が抱く全ての願望との類似性をもつ想像機械、それが「究極の王」の姿であり、
ザ・ダイアグラムを行使する鼎 梯仁の姿なのであろうと思います。
王たるものは人々の願望を「約したり」はしないのです。
それらの願望は全て異なる固有のものであると解釈し愛でる。
これがザ・ダイアグラムと同化することで鼎 梯仁が辿り着いた「人類の王」の姿なのだと思います。
より厳密にいえばその【似姿】なのだろうと思います。
その上で直接民主主義の概念が出て来るわけです。
鼎 梯仁は人類の王であっても権力者ではない、というのはそういうことなのだろうと思います。
やがて全ての人々が迫られる「王となること」に積極的に取り組んだテストケースが鼎 梯仁であると捉えることもできるでしょう。
皆さんが王として自ら思索出来るよう生み出した便利な機械がザ・ダイアグラムである、という風な言い方もできるかも知れません。
言い方は色々あるのだと思いますので、そこは皆さんのお好みで加工して頂いて問題ないと思います。
0718考える名無しさん
2016/08/04(木) 01:30:38.090「気遣い」としての現存在の以下のような自己解釈は、或る古い寓話のうちに記されている
ものである。
かつてクーラ[気遣い]は川を渡るや、粘土の土地を見つけた。
思いにふけりつつクーラはその一塊を取りあげ、形づくり始めた。
すでに作りあげてしまったものに思いをめぐらしている間に、ユピテルがやって来た。
ユピテルにクーラは、形をえたその一塊の粘土に精神を授けてくれ、と願い、ユピテルは
よろこんでその願いをかなえてやった。
ところが、その像にクーラが自分自身の名前をつけようとしたとき、
ユピテルはそれを禁じて、自分の名前こそそれに与えられるべきだ、と言いはった。
クーラとユピテルとが名前のことで争っている間に、大地(テルス)もまた立ちあがって、
自分の身体の一部をその像に提供したからには、自分の名前がそれにつけられるべきだと
望んだ。
彼らはサトゥルヌス[時間]に裁きをあおぎ、彼はもっともだと思える次のような裁きを
くだした。
「なんじユピテルよ、なんじは精神を与えたゆえ、この像が死ぬときは精神を受け取り、
なんじテルスよ、なんじは身体を授けたゆえ身体を受け取るべし。
だが、クーラはこのものを最初に作りあげたゆえ、それが生きている間は、クーラがそれ
を所有するがよい。
ところが、その名前についてなんじらが争っている以上、
それは明らかにフームス(地)から作られているのだから、ホモ[人間]と名づけるがよ
かろう」。
…「クーラ」の「二重の意味」が指しているのは、被投された企投というその本質上の二重
構造をとる一つの根本機構なのである。…
0719考える名無しさん
2016/08/04(木) 06:42:27.25O人生の敗北者
0720考える名無しさん
2016/08/04(木) 06:45:41.200そもそも受動能動論そのものがトンデモだからクイズに答えてもしょうがないわな。
1+1=3だと誤解しているイストランに、
1+1=2です、と答えたとしても、
『1+1=3に決まってるじゃないかペロリン』
とか言うんだろうが、そもそもイストランが正解に設定している受動能動論自体が間違いだからな。
0721考える名無しさん
2016/08/04(木) 09:23:43.2000722考える名無しさん
2016/08/04(木) 10:37:03.490【ixtlan(カルト信者) の真実!】
>757件目 よくわかりませんが 投稿者:【ixtlan】 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
2016年-1978年=38年
この最低【38年(0才以下)】に当時のそれなりの年齢が加算される。
まだ〈観音慈恵会〉だった頃だから仮に20才だったとしても現在【59才】だぜ。
還暦以上の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイ確定しましたぁwwww
0723考える名無しさん
2016/08/04(木) 12:31:12.26O同じようなスレ連続で立てたり
同じレス返している時点で何言っても説得力ないわな
さんざん荒らし回ってて荒らすなとか頭沸いてるとしか
0724考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:05:46.20O0725考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:33:06.470> 587 : ixtlan 2016/08/01(月) 22:20:00.79 0
> ハイデガーが「単純 einfach ではない構造だ」と言った意味すらわかってないじゃん。
> それは、
>
> 1.自己に先立って
> 2.すでに..のうちに
> 3.の許に存在する
>
> の3契機があるから単純ではないと言ってるんだ。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/587
> 697 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.:2016/07/15(金) 19:12:52.95 0
> 波平思想とは、
>
> すべては慣習。
> ヒューム先生のコンベンション。慣習で西洋理性主義を終わらせた。
> ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。慣習の中の西洋合理主義の限界を明確にした。
> フーコーのエピステーメー。慣習は操作可能なことを示した。
> ラカンの象徴界。現代人の慣習の困難を表した。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/697
0726考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:36:47.990> 1.自己に先立って
> 2.すでに..のうちに
> 3.の許に存在する
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/587
↓ 慣習を代入する
> 1.自己に先立って慣習があり
> 2.すでに慣習のうちにあり、
> 3.慣習の許に存在する
> 697 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.:2016/07/15(金) 19:12:52.95 0
> すべては慣習。
> ヒューム先生のコンベンション。慣習で西洋理性主義を終わらせた。
> ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。慣習の中の西洋合理主義の限界を明確にした。
> フーコーのエピステーメー。慣習は操作可能なことを示した。
> ラカンの象徴界。現代人の慣習の困難を表した。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/697
0727考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:43:50.870�@ 全ては慣習である
> 1.自己に先立って慣習があり
> 2.すでに慣習のうちにあり、
> 3.慣習の許に存在する
�A 全ては言語である
> 1.自己に先立って言語があり
> 2.すでに言語のうちにあり、
> 3.言語の許に存在する
�B 全てはシステムである
> 1.自己に先立ってシステムがあり
> 2.すでにのシステムのうちにあり、
> 3.システムの許に存在する
0728考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:45:34.9400729考える名無しさん
2016/08/04(木) 21:48:15.630一般的には関心、配慮、気遣いを訳されるところをあえて↓の�@〜�Bのように、
分析風に理解したがっている為、慮とか慮構造とかいう言い方をして、
分析に引き寄せて解釈したがる。
�@ 全ては慣習である
> 1.自己に先立って慣習があり
> 2.すでに慣習のうちにあり、
> 3.慣習の許に存在する
�A 全ては言語である
> 1.自己に先立って言語があり
> 2.すでに言語のうちにあり、
> 3.言語の許に存在する
�B 全てはシステムである
> 1.自己に先立ってシステムがあり
> 2.すでにのシステムのうちにあり、
> 3.システムの許に存在する
0730第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/04(木) 22:00:52.450発狂さん、今日も順調ですね。
0731考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:02:36.780ゾルゲを�@慣習�A言語�Bシステムと誤読する者は、
関心、配慮、気遣いという訳語が気に入らない。
ゾルゲを関心、配慮、気遣いと訳すと、
慣習、言語、システムというニュアンスが消えるからね。
それでは分析哲学にできないじゃないか!!と叫ぶ訳だ。
0732ixtlan
2016/08/04(木) 22:03:53.430> >>702
まあ普通に貴方の話を読んだら、ちょっと頭がおかしくなっているのではないか、と思うでしょう。
王とみなす必要がどうしてあるのか。
神器などというものの必然性はどこにあるのか。
王も存在せず、神器も存在しない世界では、貴方は生きていくことができないのか?
というのは、普通の人間はそれらが存在しないところで生きているのです。
0733考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:12:31.41O0734考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:13:49.890まあ普通に貴方の話を読んだら、ちょっと頭がおかしくなっているのではないか、と思うでしょう。
ハイデガーを受動能動論とみなす必要がどうしてあるのか。
受動能動などというものの必然性はどこにあるのか。
受動も存在せず、能動も存在しない世界では、貴方は生きていくことができないのか?
というのは、普通の人間はそれらが存在しないところで生きているのです。
0735ixtlan
2016/08/04(木) 22:17:09.850> ↓のイストランのゾルゲ構造の説明に慣習を当て嵌めればほぼ波平と同じかな〜とは思うな。
バカが何を考えても無駄なんだよ。
人の書いたものを適当に改ざんし、それが意訳だなどと言うお前は、すでに犯罪者の道を進んでいる。
あの親鸞会の高森と同じ。見てもいない日記なるものをねつ造し、ハイデガーが親鸞を読み深く感動したなどと。
それは愚行権かもしらん。しかし、迷惑をかけたら、もうやりすぎていると悟らなくては。
吉田清治は自分では人に迷惑をかけてないと思ったのかもしれない。
なにせ、自分らが慰安婦に悪いことをしたと白状したのだから、それは良いことのように思える。
親鸞会を権威づけるだけで高森は悪いことをしたという意識など全然ないだろう。
けれども、それを信じる人間が出てきたら、ハイデガーおよびハイデガー関係者は一体どうなるのか。
おまえの適当な作文も同じ。ここであげつらっているからこそ、まだ統制内にあるが、我々が死んで、
言葉がネット上を一人歩きしたらどうなる?
それを見た後世の人間が信じ込んだら、ハイデガーやその関係者に迷惑をかけるとは思わないのか?
だから、自分の言葉だけではなくて、人の言葉にも責任を持とうと意識しなくてはならない。
0736考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:18:21.230製品で言えば初期不良が沢山含まれているようなものだ。
そこから慮とか慮構造という、いかにも分析の�@慣習�A言語�Bシステムと
無理矢理解釈できそうな初期不良の訳を拾ってきて、
ハイデガー全体が分析哲学であるように偽装してしまっているのがイストランの受動能動論だからな。
0737考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:20:24.660それが哲学板で堂々と政治板で立てれば良い青山のスレッドを
他人の迷惑も省みず立てた人間の言う事か?
0738考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:22:47.050ハイデガーは単に言語論的転回を説明している分析哲学者だ、という事になってしまう。
まあ、実際、そういう誤解を誘導しているのがイストランの慮とか慮構造とかいう
誤訳を好んで使う真の意図なのだがね。
�A 全ては言語である
> 1.自己に先立って言語があり
> 2.すでに言語のうちにあり、
> 3.言語の許に存在する
0739ixtlan
2016/08/04(木) 22:26:55.800> イストランや波平のように、
>
> ゾルゲを�@慣習�A言語�Bシステムと誤読する者は、
> 関心、配慮、気遣いという訳語が気に入らない。
誰がそんなことを言ったのか?
おまえね、まったく何も分かってないし、知ってもないのだから、いい加減に消えたほうがいいよ。
なんでこんなことをしてるんだろうかな。 誠実であろうとする矜持もないのだな。
お前の親は、そういう風に育てたのかい? 誠実さなんて持っては駄目だと。
適当に自分がやりたいようにこねくりまわして、いくらでも他人に迷惑をかけなさいと教えたのか。
それぐらいしたって、監獄に入れられることはないよ、と。そう教わったのか?
親の顔が見てみたい。どんな顔をしてるんだ? 相手が真剣になったら、プッとふざけるような真似をしてたのか?おまえの母ちゃんは?
相手が真剣になればなるほど、笑ってやりなさいと、教えてたのか? そうやって教えていたときには、真剣に教えていたのか、笑っていたのか、どっちだね?
ときには、笑いながら、真剣にしかり飛ばすなんてこともあったのかな? そうやってお前は何が何だか、分からなくなってしまったのか、人とのつきあい方が。
0740考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:27:29.890�@ 全ては慣習である
> 1.自己に先立って慣習があり
> 2.すでに慣習のうちにあり、
> 3.慣習の許に存在する
波 平 『なるほど、イストランさんの言う通りです。
ゾルゲの構造とはそのようなもので、しかし、全てが慣習であるという事は、
ウィトゲンシュタインが慣習という形で既に発見していました。
ハイデガーはサヨの傾向が強く、遂に青臭い主観から逃れる事ができなかったのですw』
などと馬鹿(波平)同士でわかってますな風に会話をする事も可能だろう。
まあ、間違った解釈をしているのだが。
0741ixtlan
2016/08/04(木) 22:31:22.180考えてみると、ペロリンって、一体ハイデガーについて何を言ったんだ?
あの黒ノートがどうのこうのって言ってたやつは、ペロリンじゃないよな。
なんでもペロリンにするなと文句を言ってたからな。
だからいい加減、固定ハンドルにしろ。面倒くさい。
そもそもなんでこんなことになったのか。
お前の言ったことを私が否定したからかね?
純粋に、受動能動と言うのが気に入らない、というだけで、これほどストーキングするかな。
ま普通人の感覚で考えては駄目ということもあるかもだがね。
で、ハイデガーについてなんかまともなことが言えるのだったら、言ってみ。
0742考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:33:05.530受動能動論などと言ってないから間違いだろ、と真実を言ってやってるだけだ。
0743ixtlan
2016/08/04(木) 22:33:41.280実際のところ、ペロリンはどうしてハイデガーに興味を持ったんだ?
20世紀最大の哲学者を読めたら、俺だって偉くなれる、とかいうミーハー気分からかね?
0744ixtlan
2016/08/04(木) 22:35:35.900> 気に入らないのではない、ハイデガーが一言も
> 受動能動論などと言ってないから間違いだろ、と真実を言ってやってるだけだ。
ほう。じゃそう思ってればいいんじゃないの。
私が聞きたいのは、なぜこれほどストーキングしているのかってことだ。
実にあのハイデガー5はさびれてしまったではないか。
お前がなんでも書き込んで、賑やかにしてやればいいじゃないか。
0745考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:36:07.210いいか、ハイデガーは受動能動論なんて言ってない。
言ってるのはおまえだけ。
検索してもひっかかるのはおまえのサイトのみ。
つまり誰も言っていない。
0746考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:37:57.440俺が突っ込んでるのはあくまで『ハイデガーが受動能動論を唱えた』っていう部分だけで、
その点に関して嘘だろって突っ込んでるだけだし。
0747考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:41:10.110で、受動能動って言葉が書いてあるのか? → 書いてねーだろ!
→ 読んでねーじゃねーか!!ってな流れな。
0748ixtlan
2016/08/04(木) 22:46:12.380> それ以前にイストランは読めてない。
>
> いいか、ハイデガーは受動能動論なんて言ってない。
> 言ってるのはおまえだけ。
そりゃ受動能動論と言ってるのは私だが、問題にしているのはハイデガーだけではない。
> 検索してもひっかかるのはおまえのサイトのみ。
> つまり誰も言っていない。
じゃ木田とか渡邊はどうなるんだい?
0749ixtlan
2016/08/04(木) 22:48:04.860ああ、それと英語で検索したのか?
駄目だろう、哲学愛好者が英語圏すら調べないようでは。
0750考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:48:23.960『ハイデガー読書』ではなく『受動能動論』をスレタイにすべきだったな。
まあ、一回つけてしまったのだからしょうがない。
新しく『受動能動論』スレでも立ててそっちに移れ、
ここはハイデガー読書スレなんだから。
0751ixtlan
2016/08/04(木) 22:49:52.460> 俺が突っ込んでるのはあくまで『ハイデガーが受動能動論を唱えた』っていう部分だけで、
> その点に関して嘘だろって突っ込んでるだけだし。
だからさ、お前自身はハイデガーについて何が言いたいんだよ?
実に、実に、単純な問いだが、一体何を言ってたんだ?
私がそれを駆逐というか、追い出してしまったから、これほど極端にストーキングしているんじゃないのかい?
0752考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:51:09.01O木田や渡邊と同じかよ
お前みたいな屑が語っていい相手じゃないぞ
0753ixtlan
2016/08/04(木) 22:51:09.220> 問題にしているのがハイデガーのみでないなら、
> 『ハイデガー読書』ではなく『受動能動論』をスレタイにすべきだったな。
>
> まあ、一回つけてしまったのだからしょうがない。
> 新しく『受動能動論』スレでも立ててそっちに移れ、
> ここはハイデガー読書スレなんだから。
ここではもちろんハイデガーを読書するんだよ、当たり前じゃないか。
で。お前はどう読書するのかね。崇高なるサンプルを出してみよ。
0754ixtlan
2016/08/04(木) 22:52:30.560話を誤魔化すんじゃないよ。
誰も言ってないというから聞いたのだ。ほれ、しっかり答えろ。
> 検索してもひっかかるのはおまえのサイトのみ。
> つまり誰も言っていない。
0755ixtlan
2016/08/04(木) 22:53:16.120で英語で検索はしないのかい?
もしかして英語すら読めないんじゃないよね?
0756考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:53:43.310受動能動論が一般的な解釈なら、日本で検索しても十分引っ掛かる筈だ。
それとも日本語で書かれた解釈には正解が無いと言いたいのか?
それなら何故木田元の本から受動能動という言葉を引用したのやら。
0757考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:54:15.49Oそんな人間が他人にハイデガーについて書けとかおこがましいわ
0758考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:55:27.130英語でないとないと引っ掛からないってのはどういう事よ?
0759考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:55:29.08O0760考える名無しさん
2016/08/04(木) 22:57:25.490木田や渡辺は日本人なんだから、それに関連するトピックが必ず日本語でヒットする筈だ。
という事は、要するに受動能動論がホラだから引っ掛からないって事なんじゃないの?
0761考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:00:45.000木田元の本にも一カ所か二箇所くらいは『受動』とか『能動』が使われているが、
それは普通に形容詞として使われているだけで受動能動論がメインだ、という意味では決してない。
ところがイストランはその言葉から勝手に拡大解釈して、
まるで受動能動論を木田がメインで語っているようにホラを吹いた、
だから、日本語で受動能動論を検索してもイストランのサイト以外引っ掛からない、
そうだろ?
0762ixtlan
2016/08/04(木) 23:03:04.380> まあ、だから『こじつけ』って事だろ?
>
> 木田元の本にも一カ所か二箇所くらいは『受動』とか『能動』が使われているが、
> それは普通に形容詞として使われているだけで受動能動論がメインだ、という意味では決してない。
>
> ところがイストランはその言葉から勝手に拡大解釈して、
> まるで受動能動論を木田がメインで語っているようにホラを吹いた、
>
> だから、日本語で受動能動論を検索してもイストランのサイト以外引っ掛からない、
> そうだろ?
受動能動と私が言ってるのは、被投性と企投のことだ。
それに文句があるのか。
ないのであれば、今度は被投性と企投のカップルがハイデガーで中心的な意味を持っているということ。
これに文句があるのか。
一体、どのレベルで文句を言ってるのだ?
0763考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:05:06.880読書スレだろ?
ちゃんとやれや。
0764考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:06:14.830まあ、俺はそうは思わないが、ここは個々の解釈に任せよう。
0765ixtlan
2016/08/04(木) 23:07:37.530> 受動能動を木田元の本から引用しているのに、
> 英語でないとないと引っ掛からないってのはどういう事よ?
英語でたくさん引っかかるという事実を考えてみよ。20個ぐらいあったらたくさんでいいだろう。
英語圏の人間は、受動性と能動性について、日本人よりひっかかっているのだろうな。
0766ixtlan
2016/08/04(木) 23:08:54.700> じゃあ、受動とか能動じゃなく、忠実に被投性と企投と言えよ。
> 読書スレだろ?
>
> ちゃんとやれや。
では渡邊が被投性と企投を受動と能動と言い換えたのにも文句を言うのかい?
0767考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:10:06.570ギャーギャー騒ぐな
読書スレだろ?忠実にやれや
0768ixtlan
2016/08/04(木) 23:13:08.330> ゴネるな
>
> ギャーギャー騒ぐな
>
> 読書スレだろ?忠実にやれや
だから、被投性を受動と読み替え、企投を能動と読み替える渡邊編入門書にも文句を言いたいのか?
ついでに、同じことをした木田元にも当然、文句を言いたいのだろう?
だが、木田の方は、ハイデガーが挫折した原因を、能動性優位からの離反としているんだよね。
ハイデガーの心変わりを説明する極めて重要な場面で、「能動性」と言っている。それも忠実ではない、と言うのだな?
0769ixtlan
2016/08/04(木) 23:14:29.630ついでにお前に聞いておくことがあるんだよ。
いつぞや、被投性を能動性と言ってたが、あれは撤回するのかい?
企投を受動性と言ってたが、あれも撤回するのかい?
0770考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:20:10.8000771考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:21:44.17O0772ixtlan
2016/08/04(木) 23:22:54.340そんな時間はないから後で。
で、いつものことだが、一体いつになったら答えるのだ?
1.ゾルゲとは企投、被投性、頽落の三支構造を持っている、で<ほんとうに>いいんだよな?
2.その際、企投は受動ではなくて能動性、被投性は能動ではなくて受動性、でいいんだよな?
3.ゾルゲと時間性はどう繋がるのか?
4.企投を「実存」と言い換えることで何が問題になるのか?
5.どうしてハイデガーは純理の第一版の方を評価したのか?
0773考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:23:53.9200774ixtlan
2016/08/04(木) 23:24:46.340↓これもちゃんと答えろ。いつまでもすり切れたレコードのように、同じとこばかりグルグル回るからのぅ。
> だから、被投性を受動と読み替え、企投を能動と読み替える渡邊編入門書にも文句を言いたいのか?
>
> ついでに、同じことをした木田元にも当然、文句を言いたいのだろう?
>
> だが、木田の方は、ハイデガーが挫折した原因を、能動性優位からの離反としているんだよね。
>
> ハイデガーの心変わりを説明する極めて重要な場面で、「能動性」と言っている。それも忠実ではない、と言うのだな?
0775考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:25:04.24O0776考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:27:43.45Oわけのわからない理屈でこれに答えろとか
馬鹿なの?
何と戦っているの?
0777考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:28:10.340イストラン、該当部分の引用よろしく。
0778考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:38:43.40O0779考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:39:03.180>757件目 よくわかりませんが 投稿者:【ixtlan】 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
2016年-1978年=38年
この最低【38年(0才以下)】に当時のそれなりの年齢が加算される。
まだ〈観音慈恵会〉だった頃だから仮に20才だったとしても現在【59才】だぜ。
還暦以上の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイ確定しましたぁwwww
なにが親鸞会批判だよ
還暦ixtlanジジイはカルト信者の馬鹿タレじゃねえかwwwww
0780第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/04(木) 23:42:49.7300781考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:44:32.620しね還暦糞ジジイ
0782考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:45:20.420波平、遂に発狂!!!!
> 334 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2011/12/14(水) 12:43:12.21 0
> えに金巻き上げ羅列、しゅうじょみたいにしょじをまもって
> 255 : 第三の波平 ◆JXLBbnYqTY : 2011/10/03(月) 19:40:14.99 0
> 武士の精神性である。強固なしゅしゅうかんこいや、義理人情もパフェー満背からは逃れられない。
> それは江戸時代にさらに形式化されたときがひどい。もはやぱへぁーマンスは慣習かして逃れられなくなる。
> 殉死、腹きりしないほうがひさんとなる。
0783考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:46:30.0400784考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:47:09.05O0785考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:47:31.940何ら関係がないスレなのに
0786考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:48:43.700あれほどキレやすいのに何も突っ込まない。
同一人物か知らんがかなり怪しい事はたしかだな。
0787考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:48:58.86O0788考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:50:00.830それは
【ixtlan=第三の波平】だからでそ
つまり波平はじつは還暦ニートwwww
0789ixtlan
2016/08/04(木) 23:51:24.260以下は Critical Heidegger(C.E.Macann) P.54から
https://books.google.co.jp/books?id=JZN-GQEKYTMC&pg=PA54&lpg=PA54&
dq=critical+heidegger,+passivity+activity&source=bl&ots=tajRnF6mB8&
sig=GEiK075hFP6lQ5Z4P3eaQMbIYS0&hl=en&sa=X&
ved=0ahUKEwjPjdnlz8TNAhWFI5QKHSV8AxwQ6AEIGDAB#v=onepage&q=critical%20
heidegger%2C%20passivity%20activity&f=false
「確かに<了解>は、行為論の範囲内に限定されてはいない。それは現存在の全体に関わる。そのようなものとして、
<配慮>(創造的かつ理論的な態度を含意する)のような事柄に関して説明されるべきである。
また、了解は<待遇 Fuersorge>のような事柄にも、Worumwillen としてのそれ自身にも関連して説明されなくてはならない。
<了解>は<情態性>のようにその根をゾルゲの統一構造の中に持っている。だから了解は行為のアリストテレス的理解の
実践理性 nous praktikos とは別のところに場を持っていることは明かである。
しかしながら、この置き換えにも拘わらず、現存在の存在をゾルゲとして考えながら、つまり情態性と了解という補完的等根源的なものとして、
被投性と企投、反照と前構成、すなわち、受動性と能動性の統一あるいは受容性と自発性、地平と構成の統一として、現存在の存在を考えながら、
我々としては次のように言うことができる。存在論的に先鋭化された枠組の中で、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』第六巻で捕らえ対峙した
同一の問題をハイデガーは再び取り上げて、再定式化することになった。アリストテレスはそこでは人間を根源 arche だとしている。
それは同時に orexis dianoetike と nous orektikos [51] である。そして、アリストテレスにおいては、orexis と nous とがいつも<ロゴス>と
交わって生じるように、類比的にハイデガーは情態性と了解と話が等根源的であると理論化するのである。」
0790考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:52:07.06O隠れ蓑のコーヒーがハイデガースレを荒らしてたこともあったな
0791ixtlan
2016/08/04(木) 23:55:45.960重要なのは、↓だ。
>つまり情態性と了解という補完的等根源的なものとして、被投性と企投、反照と前構成、
すなわち、受動性と能動性の統一あるいは受容性と自発性、地平と構成の統一として、
現存在の存在を考えながら、
受動と能動は、被投性と企投だけに限らないと言われているのだよ。
つまり、このカテゴリーは、『存在と時間』だけではなくて、他の著作にも類同的な事態に的中すると言われていることになる。
「反照と前構成」というのは一体なんだ、ペロリン?
おまえまともな文句がもう全然言えてないね。ここらで起死回生の逆転はないだろうか。
0792考える名無しさん
2016/08/04(木) 23:58:40.520ハイデガーは英米系哲学ではほとんど取り入れていない
せいぜいネオ・プラグマティストの連中が(ローティーとか)それもわざわざ誤読して
ちょっと述べているだけです
0793考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:01:54.28O恥ずかしい
0794考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:02:20.8600795考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:02:36.0100796考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:14:37.490「実体」(例:人間、馬)
「量」(例:2ペーキュス、3ペーキュス)
「質」(例:白い、文法的)
「関係」(例:二倍、半分、より大きい)
「場所」(例:リュケイオン、市場)
「時」(例:昨日、昨年)
「体位」(例:横たわっている、坐っている)
「所持」(例:靴を履いている、武装している)
「能動」(例:切る、焼く)
「受動」(例:切られる、焼かれる)
のいずれかである、としている。
同じアリストテレス『形而上学』では上記のアリストテレスが『範疇論』で挙げられた
10のカテゴリーの最後の二つは省略されている。形而上学と文法は違うということだろう。
ハイデガーはアリストテレスの範疇論より形而上学を重視したから最初から8カテゴリーと
して認識していたかも知れない(ハイデガーが無意識に抑圧したものがそこに隠されている)。
カテゴリー論はカントがアップデイトしたとされるが、それより先に、より本質的革新としては
アリストテレスをデカルト経由で昇華したスピノザを待たなければならなかった。
スピノザは実存(アリストテレス)と本質(プラトン)を同時に捉えた。
0797考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:23:03.9100798ixtlan
2016/08/05(金) 00:23:44.510> 英米の文献を根拠にしても そもそも意味がないですね
> ハイデガーは英米系哲学ではほとんど取り入れていない
> せいぜいネオ・プラグマティストの連中が(ローティーとか)それもわざわざ誤読して
> ちょっと述べているだけです
だったら木田元や渡邊はどうなるのか、とずっと聞いてるんだが。
君は、ああいえばこういう、という自己正当化をやりすぎて、なんもまともには答えてない。
答えられないのに、どうしてなんか書いているのだろうか。
しかも完全匿名なんだから、逃げても誰も問題にしないのに。
一丁前に守るべき自己意識だけはあるんだね。
これも考えてみれば不思議なことだよな。これだけ匿名になっているのに、
なぜ自尊心などに拘るのか。
0799考える名無しさん
2016/08/05(金) 00:33:05.500べつに「裸王」に対してアンカーレスしたわけじゃないよ
あなたとはもう「ハイデガー」の話はしないと書いたでしょう
悪いけれどもあなたには能力がない
だから私には関係ないです
0800考える名無しさん
2016/08/05(金) 02:48:57.360問題にしないのに。
天色アイルノーツなんて
一丁前に美意識だけはあるんだね。
0801考える名無しさん
2016/08/05(金) 02:56:51.270「芸術的なセンスもない」という女貧相な日本国の事実を
書かせて頂いたまでです。
0802考える名無しさん
2016/08/05(金) 06:27:12.080どう見ても分析哲学寄りの解釈なんだけどね。
英米系の論者は受動能動って言ってます、と言っても、
それは分析哲学寄りに誤読した結果だしな。
英米に持って行けば分析風の受動能動論に誤読されるし、
仏教界に持って行けば歎異抄に感銘をおぼえた、
と改竄される訳だからやってるレベルとしては英米系も仏教界も同じなんだけどね。
0803考える名無しさん
2016/08/05(金) 06:56:53.410当然、これに関連した書籍、解説も含めれば膨大な数になり、論文やブログ、ツイート等も合わせれば更に増える。
しかし、イストランが英米からしか受動能動論を持って来れない、という事は、
7訳もあるのに、受動能動論が論文、ブログ、ツイートも含めて、
『誰も受動能動論なんて言ってない』
と事実を示している訳だ。
0804考える名無しさん
2016/08/05(金) 07:30:45.00Oそれともシステム論的な入力出力をイメージしてるのか
又は別の何かなのか
ixtlanが何を想定しているのかわからないから
いつまでも議論にならない
説明せいよ
0805考える名無しさん
2016/08/05(金) 08:00:32.86Oアリストテレスとかは分かるけどハイデガーは受動と能動の間に気分が入って、
そもそも受動能動で分析する意味がさっぱり分からないが
説明してくれ
0806学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 08:29:31.440というと嘘でも活気づくかなあ。
0807学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 08:30:18.9100808学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 11:59:35.690兵器を使うことのレベルの低さ負けさの美学 をわかってもらいたいな。
被爆軍人と語り合って。
0809考える名無しさん
2016/08/05(金) 13:16:04.120【ixtlan(カルト信者) の真実!】
>757件目 よくわかりませんが 投稿者:【ixtlan】 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
2016年-1978年=38年
この最低【38年(0才以下)】に当時のそれなりの年齢が加算される。
まだ〈観音慈恵会〉だった頃だから仮に20才だったとしても現在【59才】だぜ。
還暦以上の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイ確定しましたぁwwww
なにが親鸞会批判だよ
還暦ixtlanジジイはカルト信者の馬鹿タレじゃねえかwwwww
0810第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 13:45:08.0800811考える名無しさん
2016/08/05(金) 13:59:29.31Oフッサール的な外界の刻印と内面の差異の受動能動論
実存主義的な受動能動論
ハイデガーはどれとも違うよな
それらはハイデガーは全て否定してる
何を受動能動で考えているんだixtlanは
受動能動論は否定的なものとしての受動に対する能動の特権性という側面が出てきて、
ハイデガーは基本的に否定したはずなんだが
0812学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 15:29:59.200を扱っていて、発狂とはだいぶ違うわけだが。
0813学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 15:30:37.7000814学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 15:34:46.2100815学術 ディジタル アーカイヴ@院教授
2016/08/05(金) 18:36:59.0500816考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:23:06.410イストランというコテの状態で慣習と言うと波平の自演だとバレるから、
遠回しに「慣習の受動能動」→略して「受動能動」と言ってるだけなような気がするがな。
内容としてはよくある分析系の誤読の仕方だし。
0817考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:26:32.220> 1.自己に先立って
> 2.すでに..のうちに
> 3.の許に存在する
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1468066379/587
↓ 慣習を代入する
> 1.自己に先立って慣習があり
> 2.すでに慣習のうちにあり、
> 3.慣習の許に存在する
> 697 名前:第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.:2016/07/15(金) 19:12:52.95 0
> すべては慣習。
> ヒューム先生のコンベンション。慣習で西洋理性主義を終わらせた。
> ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。慣習の中の西洋合理主義の限界を明確にした。
> フーコーのエピステーメー。慣習は操作可能なことを示した。
> ラカンの象徴界。現代人の慣習の困難を表した。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1458666835/697
0818考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:30:10.380『慣習の受動能動』 → 『受動能動』
に遠回しな表現に変えて言ってるだけのような気がするね。
0819第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 21:32:08.6600820考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:34:25.140『慣習の受動能動』 → 『受動能動』
なのだから、つまりはイストランが『受動能動』と言ってる部分は、
全部『慣習』を遠回しに言ってるに過ぎない、という風にも読める。
だから、
『受動能動』 → 『慣習の受動能動』 → 『結局は慣習やん』
てな話になるな。
0821考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:34:45.73Oアリストテレスの受動能動はまあわかる
フッサールとかもまあわかる
ハイデガーは孤独な内的主観とか能動受動のヒエラルヒーとかは否定したわけで
アリストテレスのアリストクラシーと結びついた能動の優位性や、
世界を内的主観が導き先導していく主観主義の構えとはハイデガーは違う
本来性と非本来性の話なわけで
世界は存在者として与えられて埋没しているが、
そのままでいいのかとの気分が本来性を開示する
非本来性としての一般の生き方と本来性としての生き方で、
本来性と非本来性の話だけどそれを受動能動にすることに意味があるのか
ニュアンスが外れていくだけだろう
0822考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:45:42.400『』内部分は俺の修正↓
> 14 : ixtlan 2016/07/10(日) 00:47:23.98 0
> 普通の意志のイメージは『慣習の』能動性だからね。
> この意志に気分が接続されて『慣習』的あるいは循環的に図式化される。
> つまり、意志は『慣習論』になるわけだ
0823考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:47:57.080ウィトの慣習論を何でもかんでも当て嵌めるという波平の思考と同じだと事がわかる。
> 14 : ixtlan 2016/07/10(日) 00:47:23.98 0
> 普通の意志のイメージは『慣習の』能動性だからね。
> この意志に気分が接続されて『慣習』的あるいは循環的に図式化される。
> つまり、意志は『慣習論』になるわけだ
0824第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 21:49:27.2500825考える名無しさん
2016/08/05(金) 21:59:08.90O0826考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:09:48.920言わせている。
しかしながら、慣習の能動と受動は等根源的であり、
受動と能動は区別できない、つまりは慣習である。
と、イストランなら言うのかもな。
0827第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 22:11:30.1800828考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:12:30.870イストランは慣習の受動能動論に都合良く解釈できる部分だけを引用してくる。
その殆どが形容詞として受動や能動という言葉を使っているに過ぎない箇所を
本論であるように錯覚している事だな。
0829考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:14:34.340波平から言わせれば俺に叩かれている受動的にね。
しかし、これらは受動能動論ではなく、単に形容詞として使ってるだけで
そこが本論じゃないしな。
0830考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:17:01.9500831考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:18:26.560巨人からしてみれば一点取られた(受動的)
だが、これは野球の解説の使われた単なる形容詞で、
アナウンサーが受動能動論者である訳ではない。
0832第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 22:21:07.0100833考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:22:56.19O0834考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:23:21.580波平とかもそうだな。
鼎はまだ初級かな、色んな単語を覚えた方が良い。
0835考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:25:28.340鼎は用語を知ればまた変わってくと思う。
イストランは用語は知ってるが、解釈を全部分析寄りに考えてるから、
当たり前だけど、何言っても分析の慣習論にしかならない。
ここを抜け出ないと中級止まりだと思う。
0836考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:28:35.520波 平『仏教とはウィト的慣習なのです(=分析)』
波 平『音楽とは考えるな、感じろ即ちウィト的慣習である(=分析)』
波 平『ボクがモンハンをプレイする時、そこに作動しているのはウィト的慣習である(=分析)』
0837第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 22:28:57.8300838第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 22:29:26.1100839考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:30:32.190みたいな甘えになってしまうのが中級者が陥りがちなパターンなんだよな
イストランもこれだと思うが。
波 平『仏教とはウィト的慣習なのです(=分析)』
波 平『音楽とは考えるな、感じろ即ちウィト的慣習である(=分析)』
波 平『ボクがモンハンをプレイする時、そこに作動しているのはウィト的慣習である(=分析)』
0840考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:34:22.330波平が慣習と言うところはイストランの受動能動に変換できる、
という定式が成り立つ事になる。
波 平『仏教とはウィト的慣習なのです(=分析)』
波 平『音楽とは考えるな、感じろ即ちウィト的慣習である(=分析)』
波 平『ボクがモンハンをプレイする時、そこに作動しているのはウィト的慣習である(=分析)』
↓ 慣習を受動能動に置き換える
ixtlan『仏教とは受動能動なのです(=分析)』
ixtlan『音楽とは考えるな、感じろ即ち受動能動である(=分析)』
ixtlan『私がモンハンをプレイする時、そこに作動しているのは受動能動である(=分析)』
と、変換しても全く違和感が無いw
0841考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:36:19.050これが分析によくありがちな思考なんだよな、なんでも分析にしてしまうという。
波 平『仏教とはウィト的慣習なのです(=分析)』
波 平『音楽とは考えるな、感じろ即ちウィト的慣習である(=分析)』
波 平『ボクがモンハンをプレイする時、そこに作動しているのはウィト的慣習である(=分析)』
↓ 慣習を受動能動に置き換える
ixtlan『仏教とは受動能動なのです(=分析)』
ixtlan『音楽とは考えるな、感じろ即ち受動能動である(=分析)』
ixtlan『私がモンハンをプレイする時、そこに作動しているのは受動能動である(=分析)』
0842第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 22:37:26.3400843考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:41:15.980いやいや、実は見えない受動性が潜んでおり、これはハイデガー的に言えば
等根源的なのです。』
0844考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:50:32.090ixtlan = ニート波平うんこオヤジ
0845考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:56:29.810中級というか、変な読み方してるな。
小説なら、普通、そうだな〜例えば今の大河ドラマとか真田丸とかでも
良いんだけど、この脚本を全部読んだ後に
イストラン『男の登場人物は54人、女性は45人という話でした』
みたいな変な読み方してるわな。
いや、読む要点は性別で人数を分類する事ちゃうやろ、って思うけど、
変な読みかたしてるんだよね。
0846考える名無しさん
2016/08/05(金) 22:58:30.850各単語を分類していけば良いっもんじゃないだろうw
それじゃあ、真田丸のストーリーじゃなくて登場人物を性別で分けるという
無意味な読み方をしてるのと同じだしな。
0847考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:02:18.000感想としては、
イストラン『人間失格は素晴らしい作品でした、男の登場人物を6名に抑えたところも評価できます
女の登場人物は9人でした』
という変な読みをしていて、それを受動能動論というけったいな論として提出してくるという。
0848考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:07:16.320ixtlan = ニート波平うんこオヤジ
0849考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:08:03.570【ixtlan(カルト信者) の真実!】
>757件目 よくわかりませんが 投稿者:【ixtlan】 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
2016年-1978年=38年
この最低【38年(0才以下)】に当時のそれなりの年齢が加算される。
まだ〈観音慈恵会〉だった頃だから仮に20才だったとしても現在【59才】だぜ。
還暦以上の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイ確定しましたぁwwww
なにが親鸞会批判だよ
還暦ixtlanジジイはカルト信者の馬鹿タレじゃねえかwwwww
0850ixtlan
2016/08/05(金) 23:09:18.300> 存在と時間の邦訳は途中のものも含めても7訳もある。
> 当然、これに関連した書籍、解説も含めれば膨大な数になり、論文やブログ、ツイート等も合わせれば更に増える。
> しかし、イストランが英米からしか受動能動論を持って来れない、という事は、
> 7訳もあるのに、受動能動論が論文、ブログ、ツイートも含めて、
> 『誰も受動能動論なんて言ってない』
> と事実を示している訳だ。
誰も言ってないからなんだというのか。
私の取り組みに意味がないなら、意味がないように扱われるだけ。
しかし、そういうこととは別にして、相変わらずスットコドッコイだね。
英語圏というのは、別にアメリカや大英帝国圏内というだけではない。
ドイツ人もデンマーク人も、インド人もフィンランド人もタイ人も、とりあえず英語で発表しましょうか、というノリなわけで、当然英語圏がスタンダードになってるわけだ、世界の。
だからお前が Heidegger, passibity, activity で調べないのは片手落ちどころか両手落ち。井戸の中のカワズ、金魚鉢の中の金魚。の中の金魚の糞程度なわけ。
これからはだな、ちゃんと英語で調べないとな。インターネットも日本語だけでやってると、見るべきものも見られない。
FOMとか知ってるか?
0851考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:09:53.180竹田のハイデガー論では関心、配慮、気遣いという、
システム論とか慣習とかの分析向きの解釈でないからというくだらない理由による。
0852考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:13:28.440おそらくはイストランが言うような意味で使ってる奴はいない。
たぶん、『今日はハイデガーを進んで自分から読みますw先生に言われなくてもね』
という文章から、勝手に能動という強引な訳を引き出し、
それをイストランがほら英語圏では受動能動論と言ってるじゃないかw
とか強引なこじつけを言ってるだけだと思う。
0853考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:14:01.2500854ixtlan
2016/08/05(金) 23:14:11.070> 非本来性としての一般の生き方と本来性としての生き方で、
> 本来性と非本来性の話だけどそれを受動能動にすることに意味があるのか
> ニュアンスが外れていくだけだろう
受動能動とは、とりあえず、被投性/企投のカップルにすぎない。
このカップルは、本来性/非本来性よりも根源的。
それを知るためにも、ゾルゲの構造からどうやって時間論に行くのか、という問いが意味を持つというのに、アホだから分からない。
0855考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:16:02.830本論として受動能動論を提出する事は違うけど、
イストランは前者を後者だと強引に解釈して話をすすめるからな。
0856考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:17:27.760波平が慣習と言うところはイストランの受動能動に変換できる、
という定式が成り立つ事になる。
波 平『仏教とはウィト的慣習なのです(=分析)』
波 平『音楽とは考えるな、感じろ即ちウィト的慣習である(=分析)』
波 平『ボクがモンハンをプレイする時、そこに作動しているのはウィト的慣習である(=分析)』
↓ 慣習を受動能動に置き換える
ixtlan『仏教とは受動能動なのです(=分析)』
ixtlan『音楽とは考えるな、感じろ即ち受動能動である(=分析)』
ixtlan『私がモンハンをプレイする時、そこに作動しているのは受動能動である(=分析)』
と、変換しても全く違和感が無いw
0857考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:18:57.33O我慢できなくなって出て来たよこの馬鹿
波平は?(笑)
0858第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 23:19:41.6900859考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:20:28.290> 受動能動とは、とりあえず、被投性/企投のカップルにすぎない。
> このカップルは、本来性/非本来性よりも根源的。
> それを知るためにも、ゾルゲの構造からどうやって時間論に行くのか、という問いが意味を持つというのに、アホだから分からない。
↓ 受動能動→慣習に変換
> 854 : ixtlan 2016/08/05(金) 23:14:11.07 0
> 慣習とは、とりあえず、被投性/企投のカップルにすぎない。
> このカップルは、本来性/非本来性よりも根源的。
> それを知るためにも、慣習論からどうやって時間論に行くのか、という問いが意味を持つというのに、アホだから分からない。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)
0860考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:20:29.490分離する、唯我論は私だけを分離する。そして最後に、私が見てとるには、私もまた残余の
世界に属するのである。従って一方には何も残存しなく、他方には世界がユニークなものとし
て残存する。このようにして 観念論は厳格に考え抜かれると実在論に至るのである。[((論
考)5.64を参照]」
(ウィトゲンシュタイン、1916年10月15日、「草稿」邦訳『ウィトゲンシュタイン全集第一巻』277頁より)
D・A・ワイナーによれば上記の記述もショーペンハウアー『意志と表象〜』に応酬したものだと
言う(『天才と才人―ウィトゲンシュタインへのショーペンハウアーの影響 』三和書籍141頁)。
しかし、この言葉はハイデガーにこそ当てはまるように思える。
参考:
「論理哲学論考」 Tractatus Logico-Philosophicus
http://tractatus-online.appspot.com/Tractatus/webfontjp/index.html
0861考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:24:07.460【ixtlan(カルト信者) の真実!】
>757件目 よくわかりませんが 投稿者:【ixtlan】 2000年9月30日 午前 0時00分
>自分の過去を振り返ってみると、自分もまた観音慈恵会(今は阿含宗)という詐欺教団にハイってました。
>文字通りハイでした。
1978年(昭和53年)4月8日「阿含宗」立宗だからそれ以前のはなしかよ。
2016年-1978年=38年
この最低【38年(0才以下)】に当時のそれなりの年齢が加算される。
まだ〈観音慈恵会〉だった頃だから仮に20才だったとしても現在【59才】だぜ。
還暦以上の可能性大だなwwwwこいつクズだわwwww糞ジジイ確定しましたぁwwww
なにが親鸞会批判だよ
還暦ixtlanジジイはカルト信者の馬鹿タレじゃねえかwwwww
0862第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 23:24:56.7400863考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:27:07.760シャレにならないレベル
0864労働経験ゼロ・第三の波平(ただのヒキコモリーマン) ♪
2016/08/05(金) 23:28:46.490〜・ /;∴;∵;∴;∵;∴ヽ
彡∵;∴;∵;∴;∵;∴ミ
( ( r、 彡;;-・==-;∴;-==・-;;ミ ・〜
| 〉^へ‐L,/):.:o)∴∵∴;ミ
i/ ' ' .,イ__∵∴∵〉 ・〜
〜・ 〈 /;|:::::::::::|;∴;∵ノ_ < ボクほど発狂している中年ニートは 絶対に「存在」しないよ! ゲハハハハwww♪
〉‐- ,,__,/;;;;l⌒⌒ノ;;;;;;ノ'~ /ヽ
/゛ 〈 `ーu′ l i
| 〉pikarrr・┏( ^o^)┛.| |
\,,_/ ,, # 第三の波平 | .|
|___,,___,,,_,,_ノ. ノ
|. (x) 9 /
| ヽ、_. _,ノ 彡 イ
.| (U) .|
ヽ 人 ノ
0865第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 23:30:17.6900866考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:32:46.11O0867考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:33:29.8700868第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 23:34:02.440刑法39条1項「心神喪失者の行為は、罰しない」で無罪になっています。
0869ixtlan
2016/08/05(金) 23:34:09.010習慣と受動能動性というのは関係がないわけではない。
しかし、せいぜいメルロ=ポンティとか、アクィナス解釈の稲垣程度の話になるのだったら、あまり追究する気はない。
習慣性自体は追究しなければいけないけどね。ブルデューとか読みたいとは思うが、時間がない。
http://www.eleutheria.com/philo/pas_act.html
確かに、こういう撰文を見ると、現象学派が多いけど、メニングハウスなんかどうなるんだ。
0870労働経験ゼロ・第三の波平(ただのヒキコモリーマン) ♪
2016/08/05(金) 23:39:16.690〜・ /;∴;∵;∴;∵;∴ヽ
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0871考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:39:28.98O本当に馬鹿だな
0872第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh.
2016/08/05(金) 23:40:21.7300873労働経験ゼロ・第三の波平(ただのヒキコモリーマン) ♪
2016/08/05(金) 23:43:40.830〜・ /;∴;∵;∴;∵;∴ヽ
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0874考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:44:27.400哲学に何の関心もない夏休み中暇人学生の仕業ではないかと思う
つまり便乗荒らし
0875考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:44:57.870ハイデガーは受動能動とか言ってないし。
ほぼこじつけに近い。
俺が正しい理解を教えてやっても良いが。
0876ixtlan
2016/08/05(金) 23:45:27.440> 純一の思考パターンはガチのアスペルガー
> シャレにならないレベル
やっぱりそうなのかな。
アスペルガーが掲示板にいるとなると、大変だ。なんせ言葉しかないから。
「心の理論」もないのか。
お〜い、ペロリン、心の理論って知ってるかい?
厳密には理論なんてものではなくて、人間界の想像力のことだけどな。
今、目の前の机にコップが二つ伏せてあって、右側にピンポン球を入れたとする。
それをペロリンと、もう一人のペロリン2号が見ていたとしよう。
で、ペロリン2号を退出させて、その間に君は左側にピンポン玉を移したとしよう。
ペロリン2号が帰ってきたら、君は「ピンポン球はどっちに入っている?」と聞く。
さてペロリン2号はどう答えるか?
ここでテストするように。
http://www.geocities.jp/misakidsjp/aq_test.html
0877ixtlan
2016/08/05(金) 23:47:19.760ところでね、エアライクニスというのは、ごくごく常識的な観点から言うと、とても疑問がある発想なんだよな。
ペロリンはどう思う?
たまには人に教えることをしてみたらどうだ?
0878労働経験ゼロ・第三の波平(ただのヒキコモリーマン) ♪
2016/08/05(金) 23:47:20.730〜・ /;∴;∵;∴;∵;∴ヽ
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0879考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:47:54.920ネオアカサイトが閑古鳥鳴いてますよ〜!!
0880考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:48:14.47O0881考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:48:44.3800882考える名無しさん
2016/08/05(金) 23:49:43.280の4日間洗ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の
4日間洗ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4
日間洗ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日
間洗ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日間
洗ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日間洗
ってないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日間洗っ
てないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日間洗って
ないマラを咥えてみろ、凡人共俺の4日間洗ってな
いマラを咥えて_,,..--――--,,..俺の4日間洗ってない
マラを咥え /::: \日間洗ってないマ
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咥えてみ \.. / ー-' ヽ. /てないマラを咥
えてみろ、凡\::.| ト‐=‐ァ' |.:./てないマラを咥え
てみろ、凡人, \\`二´'//てないマラを咥えて
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