>>50

> 私が言いたいことはハイデッガーは過大評価され過ぎているということ
> そしてハイデッガーの思想というのは「ハイデッガー自身の心の救済」という小乗仏教的なもの
> だといいたいわけです

 ちょっとハイデガーを離れて言わせてもらうと、それは紋切り型じゃないかな。

 小乗仏教のイメージがね。

 実際、そういうイメージを作ったのは大乗の側で、もともとは大とか小とかで価値づけできるようなものではないでしょう。

 東南アジアには仏教が行き渡っているところがありますが、それは生活の中で、他人との関わりの中で生きている仏教というイメージなんだけど。

 むしろ現代の日本の「心の宗教」としての仏教の方が、自分一個の<心>に閉じる傾向がある。

 スマナサーラはそういうものをかつてバカにしていた。が、これは一理ある観点だ。