マルティン・ハイデガー4 [無断転載禁止]©5ch.io
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0313考える名無しさん
2016/07/04(月) 21:30:06.910>存在と時間は、仏教の影響があるは、議論に値しない
「影響がある」「影響はない」という問題以外に、自然にそこで
使われていく概念に他力の要素が埋め込まれていた、という問題があ
る。すなわち誰に訊いた訳でもなく論理の中に、超越的に行為や言動
を左右する歴史(時性)がある、とする眼差しが埋め込まれていった、
とすれば、これは「影響」などあるないといったって意味はない。
単に何故か似通った論理を使っていたということになるのだから。
「影響」という問題でしか思想の関係を考えられないとしたらセンス
が悪すぎるし思想のリアリティに単に疎いと言う事に過ぎない。
「親鸞会は当てにはならない」というのはそうかもしれんが、
だからといってハイデガー的論法と親鸞的論法にある類似まで消し去る
必要はない。またそれを読みこむことで両者におけるエッセンス
を取り出すことにもなる。何ら不都合はない。
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