>>270

 即非の論理は『金剛般若経』から取ったものというのですが、ちょっとなんというのか、そういうことを主題にすると、他のものが見えずらくなってしまう。

 あれは、あの経典の核心は、いつでも出てくる比喩にある。その比喩はガンジス川の砂の数というやつで、いわゆる無限の意識。

 あの時代に、どうやらインド人たちは空とか無限とか、無限大状のものを発見したらしい。

 そういう文脈を背景に、AはAでないがゆえにAである、という命題が出てくる。

 これを即非の論理と名付けること自体がなんかな、部分的な感じがする。

 世界は無限だからこそ、AはAであるを超えていくんじゃないのか?