マルティン・ハイデガー4 [無断転載禁止]©5ch.io
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0285ixtlan
2016/07/04(月) 20:47:33.200即非の論理は『金剛般若経』から取ったものというのですが、ちょっとなんというのか、そういうことを主題にすると、他のものが見えずらくなってしまう。
あれは、あの経典の核心は、いつでも出てくる比喩にある。その比喩はガンジス川の砂の数というやつで、いわゆる無限の意識。
あの時代に、どうやらインド人たちは空とか無限とか、無限大状のものを発見したらしい。
そういう文脈を背景に、AはAでないがゆえにAである、という命題が出てくる。
これを即非の論理と名付けること自体がなんかな、部分的な感じがする。
世界は無限だからこそ、AはAであるを超えていくんじゃないのか?
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