日本の近代史が根底から覆される恐ろしい話・・・







安重根の伊藤博文暗殺理由15条

 伊藤博文の罪状
1、韓国皇后殺害
2、韓国皇帝の退位
3、5ヶ条及び7ヶ条協約締結の強制
4、罪もない韓国人の殺害
5、政権奪取
6、鉄道、鉱山、森林、河川の強奪
7、第1銀行券の強制使用
8、軍隊解散
9、教育妨害
10、韓国人の外国遊学禁止
11、教科書押収と焼却
12、韓国人が日本の保護を受けたいなどという欺瞞的世論工作
13、日本天皇を欺く
14、東洋平和を破壊
15、孝明天皇殺害
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孝明天皇は、40歳くらいのとき、疱瘡にかかった。その年齢で疱瘡にかかると
かなりたいへんな病状になる。が、病状は快方に向かった。病気が良くなると、
孝明天皇は京都郊外にある女の家に出かけた。それを見越してあらかじめ
暗殺に都合が良いよう、女の家の場所・作りを整えていた。孝明天皇が厠(かわや)
に立ったとき、そこで待ち伏せしていた伊藤博文が床下から天皇の尻に刀を刺し殺害。
遺体はきれいに洗われ、孝明天皇は疱瘡で死んだことにされた。

孝明天皇には、睦仁親王(むつひとしんのう)という息子がいた。彼もまた殺害された。
そして、長州によって大室寅之祐が睦仁親王と置き換えられ、明治天皇となった。
孝明天皇は毒殺されたという話が「裏の歴史」のようなものを読む人たちの間でされている。
しかし、それはそういう話が意図的に流されたためで、実際には伊藤博文に刀で刺され、殺されているという。