只でさえ長げーよとご批判。全部鄭大人の口話でおつたえしたいんですが、
平文で書きます。(漢字が多い?ネタが台湾につきご勘弁ください)

日本統治の50年、民政統治を掲げた児玉源太郎後藤新平の下農業改革に着手。
台北に帝大を開学、土木部、農学部に指導者研究者を招集。日本全国から
農業学校を卒業した(当時の進学率を考えると、現代の大卒以上のエリート)
300人の秀才を選抜、台湾全土29カ所の農業試験場に技師として配置。
収量も栄養も貧しい赤米インディカ米を、ぼう大な交配を繰り返し品種改良、
至難といわれたジャポニカ×インディカの交配種の育成に成功。蓬?米と命名。
20世紀中後半の台湾農業と輸出経済を支えます。

事実列挙して歴史を急ぎたいのですが、一点だけ。鄭大人から繰り返し聞いた
日本人開拓農民のことを書かせてください。

当時、近代植民統治の概念などかけらもなかった清末、度量衡など全く放置
国土の測量さえオランダに外注。中国沿岸部からの流民は戸籍もなく放置され、
平均寿命は30年でした。鉄道敷設に先駆け、台湾全土に学校、診療所、
交番網(当時の交番警官は衛生医療通信他、民治全般の窓口兼現場責任者)など
設置。理想郷建設を急ぎましたが、阿片と伝染病の蔓延する農山村で未開の
台湾人と接していたのは彼ら入植農民です。

朝日NHKの捏造した植民支配者などであるものか。