前スレ653さんのいう「戦後日本の良心」(私はこの言葉に「ゆがんだ」という形容を付け加えたいが)
は、要するに敗戦ショックと贖罪意識が原因の一種の心の病気で、「日本人の尊厳」という言葉はこれをを治療する処方箋になると思う。
外国人の人権と日本人の尊厳が衝突したとき、あなたはどちらをとりますか?という言い方で訴えていくことを考えている。
あるいは、「日本国家の尊厳」という言葉を使うことによって、損得のみで語られがちな竹島、尖閣諸島問題に精神的価値を付与することもできる。

ただ、この言い方だと、嫌韓意識の強い方には抵抗があるかもしれない。抗議の目標を完全にフジテレビに絞ることになるからだ。
嫌韓感情は倫理的正当性のあるものだと私自身は考えているが、この運動はメディア批判により純化させていくべきだと思う。
思えば、戦前は新聞、戦後はテレビが日本の輿論をミスリードしてきた。絶対権力に成り上がったマスメディアの力をなんとか相対化させないと
再び国を誤ることになると、最近私はほんとに心配になってきた。