例えば、「怪しいお米セシウムさん」のように、
明らかに製作者の人格的素養を疑うような例も出ているわけで、
この例の場合は、今回たまたまそうなったと終わらせることができず、
多くの人がテレビ製作の現場の空気を、
「報道の責任感の中でのピリピリした空気」ではなく、
「しょせん他人事、他人の不幸は蜜の味」のような
そういうあざとい空気として想像するようになった点が重大なわけで。

そういった点こそ、報道の腐敗、偏向の表れとして指弾するポイントでは
ないかと思うんですが・・・
もちろん、サブリミナルを意図的に使っていたか否かという問題も、
悪意が介在しているか否かの重要な問題ではありますが・・・