自分は親戚(姻戚関係)にチベタンがいます。
友人もチベタンと結婚していて、我が家にはチベタンがよく集まります。

実はチベタンはデモに関して冷ややかに見ています。
正直な話、無理矢理デモの主催を押し付けられてしまったというのが本音です。
ロサルや花見には沢山のチベタンが集まりますが、
デモは貧乏くじを引いてしまった少数のチベタンが主催し、
チベタンの参加が少ないと、あるサポート団体が怒るので若いチベタンが無理矢理参加させられています。
根拠の無い人数ですが、チベタンから20人くらいは出したいなというノルマのような感覚がありますです。
「そんなにやりたくないなら、やりたくないって言ってみれば?」と提案してみましたが
「サポーターが怖くて言えない」ということです。
こういう場合、チベタンの美学というか言い訳のクセで、言わなくても参加人数をみればわかるはずということなんですが、
その常識は日本人には伝わらないと思っています。
チベタンはデモには集まらなくても、同じ3月に梅の名所で花見をした時には、そんなに声をかけてないし、わかりづらい場所で駅からも遠かったのに、うじゃうじゃと参加しましたね。
ざっと数えて40人以上はいました。
ありがたいと思わなきゃいけないからありがたいと思っているんだそうです。
(日本語でいう「ありがた迷惑」?)
もちろん全員のチベタンの意見ではありません。