自分も、「核議論ができる国」であるという立場を完全に捨てる道を選ぶのは
日本のためには絶対にならないと思います。
これは脱原発と共存できるはず。

今のアレルギーに近い議論の余地もない反応を見せる潮流は、正直歓迎できないですね。
これも、尖閣と同じで一種のはしかのような流れを辿るのかもしれませんが。