強制連行は確かにあった。が、終戦して軍需工場なども要らなくなったので半島の地元に
帰って行ったみたい。北海道/沖縄からも来てたが、地元に帰っていったしな。
畑も田んぼもやらなきゃならない。農閑期に出稼ぎに来て、繁農期に帰っていくのが
その当時の農民の暮らし方だったようだ。昭和40年代くらいまでそんな感じ。農休みと言って学校すら休みになる。
5月の大型連休は、農休みの名残なんだと。
田植え機耕運機などが復旧しはじめてからは、人手が要らなくなってほとんどサラリーだけどね。

戦時中とんでもない人手不足に陥って、汽車の運転士に女性を起用したことがあるんだそうな。
去年かな?60数年ぶりに女性の電車の運転士が誕生したのは。新幹線の女性運転士は5年前かな?

農民工は、田植えが終わると水の管理と草むしりしか仕事がないので、オカアチャンに留守を預けて出稼ぎに行く。
現金収入を得るためにな。建設現場で働く農民工は、土地を触る前に土地の神様にお祈りしないだなんておかしい!
と激怒して暴動を起こしたことがあるんだそう。地鎮祭がその名残。建設は全て農民工らの都合で決っていたようだ。
農民工が「お盆に家に帰って先祖に会わないといけない!」と言えば、お盆は1週間くらい休み。
日本人もそんな純朴な土人みたいな時代があったんだなw