>>61
そろそろ、理解してくれそうかなと思うけど、前スレで書き込んでいるように自分の思いをそのまま
相手に伝えるのは非常に難しいことなんだよ。
自分の思いが相手に正確に伝わったと思った件でさえ、シチュエーションが少し変わっただけで
解釈の違いが大きく乖離した形で現れて、驚いたりする物。あなた自身、思い当たる経験が何度も
あるでしょ。
なので、自分の思いが、相手に正確に伝わらず、相手が違ったリアクションを返したからと即、「けし
からん」というのは間違いの元なんだよ。
NHKのこの放送での出演者の名前の最後の一文字が欠落していた件も学校の卒業証書にさえ、
間違った漢字を使われる例なんて頻繁にあるわけです。

出演者が「悲しいねと」語ったシーンでのインタビュアーと、実際の番組の編集者が同じでなかった
かもしれないし、テープの編集そのものは別の人間がするわけです。

番組の編集では捨て去るシーンの方が何倍も多いことを理解していますか?映画でも同様です。
たった1時間半の映画でも実際は何十倍もの時間撮影している訳です。編集者は、自分たちの
意図に沿って膨大な部分を切り分け編集を繰り返し自分たちの意に添った作品に仕上げるわけです。
その隠れた撮影場面のすべての記憶が撮影者に鮮明に残っているわけでもありません。
「悲しいねと」語ったシーン制作をインタビュアーと違う人間がした場合、発言者の真意をよく理解しない
まま、「番組としての意図に組み入れられる」と判断してしまった場合問題となる作りになってしまうケースも
ありえます。

今回、そのことが現地の人間からも含め指摘があったわけでしょう。NHKにもそのことは伝わっているし、
NHKも自分たちの手法に対し重く受け止めている。

まして、政治、歴史が関わる解釈は何度も言うように人それぞれ、制作責任者それぞれ。
しかし、スペシャルというドキュメンタリー番組ではより一層、創作を加えない客観的立場が求められると思
うことは同意します。

寝ている人間を、「寝ていない」。画面に映っている赤信号を「赤信号ではない」とNHKが言い張っている
訳ではないのですからね。裁判とやらを静かに見守りませんか?