国家を愛する以上に自分を愛する人間であるからこそ
参政権を通して国家に働きかけて自分の生活を向上させ心を満足させる意味がある。参政権とはそのためにある。
国家が第一の人間ならば、国家の決定にただ盲目的に従っていればいい。そんな人間には参政権など無意味だろう。
だから愛国を理由に参政権問題を論じるのは筋違いというものだ。
しかしどうしてそんな筋違いの論議になってしまうのかというと、そもそも今回参政権を得ようとする外国人自体が
日本における自分の幸福追求よりも母国の「国家」を第一に考えてしまうような人達が多いからだ。
推進派も反対派も、「国家」などに幻想や期待を抱くのはやめるべきだ。参政権は純粋に個人の幸福実現の手段であり
国家を相対化した者のみに行使し得る権利だ。母国のナショナリズムから自由になれていないような者に与えられるべきものではない。
そんな者が日本において参政権を行使しても地域における軋轢を生むだけで幸福実現は遠のくばかりだ。それでは意味はない。
そういう時に母国が助けてくれるなんて思ってるとしたら、それは甘い。国家など幻想に過ぎない。国家よりも自分を愛すべきだ。