三鷹市の従軍慰安婦展を中止に追い込むOFF 3
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0591エージェント・774
2009/08/03(月) 05:05:57ID:/BR0FVbUの外交関係の修復に成功する。逆に日本は、それ以降十七年間にわたって
今日に至るまで、外交的にも政治的にも、天然ガスを盗掘されようとも、
毒餃子を送り込まれようとも、潜水艦に領海侵犯されようとも、聖火リレー
でチベット支援者の日本人が暴行を受けようとも、あらゆる局面において
シナに屈従するという構図にはめ込まれることになった。
さらに加藤は <保守本流> 宏池会のライバルであった河野洋平との対シナ
朝貢合戦、あるいはシナの対日工作合戦のフィールドに立たされ、親中派
どうしの売国レースに邁進して行った。
そして天皇のシナ御訪問があった平成四年(一九九二)一月十三日、
加藤は第二の大罪を犯す。二日前の一月十一日、朝日新聞は「慰安所 軍
関与示す資料 政府会見揺らぐ」と大見出しの捏造報道を行い、十三日
も北畠清泰編集委員が後に捏造書と判明する『私の戦争犯罪 朝鮮人強
制連行』の著者、吉田清次のインタビューを掲載した。
加藤はこれらの朝日の記事に同調するように、記者会見で「軍の関与は
否定できない」と述べ、一月十六日に訪韓する宮沢喜一首相の土下座外
交を用意させた。宮沢首相は訪韓中、盧泰愚大統領に八回も謝罪・反省
の言葉を述べることになり、慰安婦に関する資料調査を韓国に約束する
ことになった。その約束が半年後の七月六日、加藤紘一官房長官談話と
なり、一年後の「河野談話」へと続いたのだ。
現在、超ベストセラー!!!
「日本を貶めた10人の売国い政治家」217P
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「第9位 加藤紘一 戦後レジームの滑稽なゾンビ」(西村幸祐)より
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