メディアの誰がそういう「物語」を書いているのか知らないですが、政界再編・民主党政権樹立という物語に向かって話がどんどん進み、とうとう、自民党の一部勢力がその物語に同調するにまでになりました。
 確かに政治状況も経済状況も非常に混乱している。しかしそのことと「政界再編」の必要性が結びつくという必然性はどこにもありません。
「政界再編」と「政治がよくなること」は本当は少しも関係ありません。
 だいたい、日本の政治がおかしくなったのは90年代の細川政権誕生、社会党勢力の政権への参入あたりからであって、「政界再編」こそが政治をおかしくしてきたのです。
ところが、「政界再編」があればすべてがよくなるという「物語設定」が存在し、みんなそれを信じ込んでいます。
「政界再編」こそが危険であると いう歴史的事実そのものをみないで、「政界再編という観念」を味わってお題目を唱え、何かそれで政治がよくなるかのような幻をしばし味わう。
事実そのものを見ないで、観念や幻を味わうだけだったら、それはテレビドラマを観て楽しむというような、メディア上の消費行為と何ら変わりはありません。
しかし、政治は消費行為ではありません。「物語設定」が「神話」になって政治家の頭を支配しているんですね。この類の「神話設定」ということがもっとも怖いのです。
たとえば「支持率の安全運転の神話」というものがあります。福田内閣がそうでしたが、中国に媚びれば支持率が安定する、というような神話がこの国にあります。
 ところが実際は、中国に媚びても支持率なんてちっとも回復しないし、福田内閣は支持率低下で崩壊しました。にもかかわらず媚びることで支持率は維持できる、という神話はいつまでも健在なのです。
「事実」そのものを見ないで、「観念を味わう」という神話が、こういうふうに政治家を無限にかつ無意味に動かしていってしまう。
そして今、大きく表面化している「物語設定」は、民主党政権という政界再編なのです。中川秀直さんや加藤紘一さんは、間抜けにもそれに乗っかろうとしているわけです。
これは選挙敗北とかということとは別の意味での大きな「降伏」行為ということができるでしょう。