「黄色い仮面のオイディプス アイヌと日英博覧会」(以下「黄色い仮面」)及び
日英博覧会事務局事務報告(以下「報告書」) 下巻 第17章 日本余興 295-300ページを読んで分かる事まとめ
(読解や解釈に間違いがあったら教えてください。)

1. 博覧会の運営には「博覧会会社」というものがあった。
(博覧会社が日本の会社なのか?英国の会社なのか?不明)
2. 余興は財源及び集客上、重要な要素であった。
3. 日本が計画した当初の余興の中には「アイヌや台湾先住民の展示」は含まれていない
4. 日本の博覧会事務局は監督上の許認可権のみを持ち、直接従事はしなかった。
(日本の品位を損なう物は認可せず、英国当事者の希望を汲み取った)
5. 日本には経理運営のノウハウが無かったので三人以上の英国紳士からなるシンジケートを組織しようとし5万ポンドを出資した。
6. シンジケートの代表はアルフレッド・パーソンズ(英国美術院会員の画家)
7. アルフレッドが日本に来て交渉や契約の作業を行う予定だった
8. アルフレッドの事情により代理のジュリアン・ヒックス(画家)が来日する
9. 日本の行政機関はヒックスの活動に協力した
10. 日本は実演者達の帰国費用やその他の担保として、駐日英大使館に5000ポンドを供託した。
(従来の博覧会では実演者による害があったため)
11. 英国シンジケートにより日本人の興行師「櫛引弓人」が余興統括代表者に選ばれる
12. 英国シンジケートによって企画された展示内容には「アイヌ村落」及び「台湾野外余興」が含まれていた
13. 台湾館や朝鮮館は植民地経営と植民地統治の正当性を示すものであったが、ヒトの展示は経営上、見世物や余興の一部として位置づけられていた
14. アイヌや台湾生蕃との交渉は日本の博覧会事務局は照会斡旋をし、余興の種類や芸人・職人の数や給料はヒックスと余興の当事者との直接交渉で決定し、事務局がこれを承認を与えた。
15. 総督府民政長官とヒツクスが契約が締結し、台湾生蕃24人、巡査1人、警部1人、監督1人が渡英した。
(この契約が台湾生蕃意思を無視し無理やり連れて行く契約なのか?警察官を派遣する契約なのか?
上記の両方なのか?それとも台湾生蕃の渡英を許可する契約なのか?
もしくはそれ以外の契約なのかは不明)
16. 期限までに出資希望者が集まらずシンジケートが結成できなかったので、日本の余興は博覧会会社がすべてを出資及び経営をすることとなった
17. 博覧会会場では日本家屋58軒、アイヌ茅屋数件、台湾蕃社(数不明)が建設された
日本家屋では各種工芸の実演及び販売、日本喫茶店と台湾喫茶店が営まれた
アイヌ茅屋では日常の生活を営む様な設備をした
台湾蕃社では蕃社の状況をなぞらえてここで生活をし時に集まって舞踏したりした
18. 余興従業者は会社の負担で会場近くの住居を借りれた。
本人の希望があれば、余興場の建物内に住めた。

NHKへの質問
・ヒトの展示は英国シンジケートが企画したものとあるが、それについてどう思うか?
・「植民地統治の成果を世界に示すためにイギリスやフランスのこうしたやり方を真似てパイワン族の生活を見せた」という表現は間違いではないか?
・「アイヌや台湾生蕃との交渉は日本の博覧会事務局は照会斡旋をし、余興の種類や芸人・職人の数や給料はヒックスと余興の当事者との直接交渉で決定し、事務局がこれを承認を与えた」
 と資料にあるが、台湾生蕃とは交渉しておらず、彼らの意思が無視されたという資料はあるか?
・台湾生蕃を英国に連れて行ったという事について強制性が確認される資料はあるか?
・台湾生蕃に給料が支払われていなかったという資料はあるか?

日英博覧会事務局事務報告 下巻 第17章 日本余興.pdf
http://www1.axfc.net/uploader/He/so/229232.pdf&key=nonhk

日英博覧会事務局事務報告 下巻 第17章 日本余興 295-300ページ 現代漢字置き換え(できるとこだけ)&カタカナ.doc
http://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/6986.doc&key=nonhk

黄色い仮面のオイディプス : アイヌと日英博覧会 宮武公夫
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/34083

長文失礼しました。