「サポートしていただいたら感謝する」
「助けていただいて申し訳ない(とへりくだる)」
という感覚は非常に日本的なもの。
普遍化して、異文化の人に「そうしろ」と共有を要求できる感覚ではない。

チベット人のメンタリティは仏教が基本だから、親や家族を大切にする、
縁を大切にする、その他、日本人と近い倫理観があって親近感持ちやすい
けど、決して 日本人そのままではない。
チベット人と交流するときには、その違いを「気になる」→直せ、と強要する
んじゃなく、844のように「ぐうたらだな」とか踏まえるしかないと思う。
そうでなければ、チベット文化を否定しカルチャージェノサイドを進める
かの国の政策や国民性と一緒。

あーKYだ、チベット人だねえ、と思いつつも、
「日本ではみんなが同じことをしているときに1人だけやらないのは
 よく思われないよ。一緒に働こうよ」
と助言してあげるのが友人ってものでしょ。
389がすごく上から目線だと感じるからレスが伸びてるんだと思う。

839が「自分のチベット支援は日本の安全保障が目的であって
チベット文化尊重じゃない、日本に来たチベット人は日本人になれ」
という立場なら、チベット人と接する機会をなるべく減らして、
日本の安全保障のためにストレートに活動することをオススメする。


「チベットサポートする外国人は幸運」という印象を受けたことについて、
具体的に何があったか知らないけどちょっと補足するなら、
チベット仏教では助けた側が「功徳を積む機会を与えてもらった」と
受け止めるので、施しを受けた側と与えた側に上下関係は存在しない。
そして輪廻転生を繰り返すうち、互いが逆の立場になることもある、
関係は一度だけで成立するものではない……ととらえる。
チベット人の考え方では、来世に向けてどれだけ徳を積めるかが
今生の価値。今生で「助ける」立場に回れたということは、それだけで
幸運だ、、、くらいに考えると思う。うまく言語化できないが。

もちろん、日本人の自分がチベット人の考え方に合わせる
義理もいわれもない。そこは『違う」だけで十分なんだけど、
施す側も受けた側も対等、って考え方は、イスラム文化圏だって
「持っているものが持たざるものに分けるのは当然の務め」的な
観念があるし、決して世界中でチベットだけが特殊、ってことは
はないと思う。