戦後流布した自虐=贖罪史観では、張作霖爆殺事件は、日本の中国"侵略"の起点と位置づけられている。
この事件が、従来説通り�@関東軍の謀略なのか、それとも新資料の示す様に�Aソ連特務機関の謀略なのか、
きちんと吟味し判断する事は正しい歴史認識を得る上で非常に重要★コピペ歓迎★

◆張作霖爆殺事件(1928.6.4)
http://hanatatibana.cocolog-nifty.com/hibizakkan/2006/04/post_43dd.html (橘正史氏)
◇新資料公開までの経緯
※戦前は"満州某重大事件"と呼ばれ真相不明とされたが、発生当初から関東軍の謀略説が流布、その一方でソ連陰謀説も囁かれた。
※リットン調査団は事件の真相を不明とした。
※戦後、河本元大佐の"証言"(実際は河本氏の義弟が本人を騙って執筆)が発表され、以降、関東軍謀略説が問答無用の"歴史的事実"
として固定化されてしまった。
>河本大作は、戦後は、太原戦犯管理所という所に入れられまして、中共の戦犯管理の中で、三年間過ごし、そこで亡くなっています。
手記も何も書いていません。じゃあ『文藝春秋』昭和二十九年十二月号に載った「私が張作霖を爆殺した」という、あの河本告白記と
いうのは誰が書いたかというと、これは河本の義弟で作家の平野零児が書いている。彼は戦前は治安維持法で何度か警察に捕まってい
る人なんです。その人が河本の一人称を使って書いたわけです。その内容も当時、ほとんど誰も確認せずにそのまま活字になっている<
http://asunaroojisan.blog113.fc2.com/blog-entry-163.html (あすなろおじさん氏)
※ところが冷戦終結後に旧ソ連の機密公開が行われソ連特務機関の工作を示唆する資料が出てきた。

◇事件前後の情勢の考察〜新資料から導かれる結論
※日本は日露戦争勝利以来、満州権益の保全に腐心し、満州軍閥の張作霖と協力関係を築いてきた。
※蒋介石の北伐を、山東出兵して妨害するほど張作霖に肩入れしていた日本には、北京から満州に退却直後の盟友を爆殺する動機が見当たらない。
※爆殺の結果、日本には、�@長年の盟友喪失と�A国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった。
※一方、1924年に外モンゴルの共産化に成功していたソ連は、コミンテルンを通じて中国共産党を指導し、また中国国民党に浸透して中国全土を
共産化する計画を推し進めていた。(これは後に実現)・・・ソ連には動機があり且つ事件から実益も得ている。
⇒以上から、ソ連機密資料の示す通り、ソ連が日本と満州軍閥の関係を裂く目的で、張作霖爆殺を仕掛けたと考える方が辻褄が合う。

★続き★
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=a2a1e7bara4ha4ojla4ka1a2ffccfnrbbkldbja4nbfbfaja4r&sid=1835563&mid=5