奈良法隆寺・唐招提寺が胡錦濤を受け入れても、
日本人が味わうのは、いつもの失望感にすぎない。
売国政治家には、正直もう慣れてしまった。

しかし、両寺でにこやかに挨拶する胡錦濤をみて、
チベット仏教徒たちが味わう感情は、絶望という言
葉さえ生ぬるいような、悲しみだろう。

世界唯一の仏教大国であるはずの日本が、中共
政府の訪問を歓迎し、虐殺の首謀者と相互の友
好関係を謳う。
チベット仏教徒たちの声は、一切届かない。

情報網を遮断した空間で行われる暴力は、ドメス
ティック・バイオレンス。悲鳴を聞いた者は、救い
の手を差し伸べる義務がある。
ただそれだけのことなのに。