法話をもってフーチンタオに説教をせずに、単に笑顔しかないときに
は、法隆寺の大野玄妙管長は、一生、その業を背負うことになろう。
そして、私たちは、ずっとこの日本仏教を傷つけた人物を、批判
し続けるべきである。9条の会もくそもない。虐殺者を笑顔で迎える
坊さん。同じ仏門にある者の人権を踏みにじった中国の主席にへりく
だったこの人物を、軽蔑しつくすことである。私たちにできること
は、この大野氏への、徹底した軽蔑である。

大野氏が仏教者であるなら、フーチンタオに、チベットについて、一
言でも説くべき。それであってこそ、仏教者たりえよう。
さもなくば、このおっさんは、仏教者ではなく、単なる、寺の管理人
であり、しかも法隆寺の伝統に傷をつけた、その重みを踏みにじった
そういう人物に過ぎない。

当日のこの人の態度を見て、私は、軽蔑か尊敬かを決定する予定であ
る。多分、前者だろうけど。