まぁ、ダライラマだってずいぶん長いこと訴え続けたんだから、
それにくらべりゃ、長野で留学生に取り囲まれようが、マスコミに
華麗にスルーされようがどうということはないでしょ。

周りが中国人だろうと右翼だろうとこちらは言うべきことを叫ぶだけだし。
余計なことしかしゃべらないチンパンにやきもきするぐらいなら、
表へ出て自分で叫んだ方がよっぽど自然で精神衛生上もよいということが
よくわかったよ。

あと、収穫だったのは、案外、留学生はおとなしかったし、日本人との
対話を求めている感じの人も結構いるということを発見できたこと。
俺は半分ジョークで小型のCCDカメラをくっつけたヘルメットを被って
現場にいたんだけど、留学生たちも結構面白がって「それ写るのか?」とか
話しかけてきたり、何かいいたそう(敵対的でなく)な感じで見てたりしてた。
議論を吹っかけてくるやつもいたけど、中国ガンバを叫ぶだけの奴よりは
コミュニケーションを求めている分だけ接点は持てそうだと思った。
だから俺はユーモアと正論をもってすれば、対話も可能かなと感じた。

いずれにせよ、留学生に自由を学んで本国に持ち帰ってもらわないことには
チベットやウィグルの開放も、中国の民主化も、さらにいえばアジアの安定も
ないわけだから、言うべきことはしつこく言いながらも、彼らとは
融和していくべきだと思うね。