【平和に旗振り】聖火リレーでチベットを応援 v.8
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0340エージェント・774
2008/04/28(月) 02:06:09ID:2ayInar7>全員が文字も読める状態ではなく、文化的だったと言えるだろうか?
もちろん識字率100%とはいかないが、1959年代には支那側の発表で
約20%の僧侶がいたとされている。
それら僧侶はもちろん読み書きができたわけで、識字率が10%に満たなかった
共産党下の支那よりはかなり文化的だったといえる。
また、共産党下の支那では、農民は全員小作農で、土地も農具もすべて
共産党の所有物で、農地の作付け作物の種類も、耕作方法も農民が独自には
決めることができず、すべて党からの指示に従わなければならない。
これは共産党による農民の農奴化にある。
共産党下の農民はすべて農奴であった。
一方、チベットの民の多くは遊牧を生業としており、土地所有によって
農民を縛り付けるという農奴のようなシステムは成り立たなかった。
遊牧民を奴隷化するなどシステム的に無理がある。
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