差別用語というか、自主規制の問題はねぇ...
ほとんどは企業や役所が勝手にやっていることで
人権団体が関係していた例なんていうのは非常に少ないと思う。

ただ「人権」のせいかどうかと言えば、関係していることは間違いない。
鳥取で言えば、役所の書類から年号がなくなったり、
とある同和地区の近くのバス停の名称が変えられた件とかね。
当事者には実害なんてないし、言い出した本人も大して深く考えていなかったのに
企業や役所の「人権」を担当する部署が過剰反応してしまったというのが真相。
一度そういう前例があると、そういった対応をすることが社会的に正しいかのうように組織全体に広まっていく。
例えば部下が少しでもはみ出した行いをすると、上司が得意げに注意するようになる。
ただ、元々大した理由なんてなかったものに理由付けをしないといけなくなるので、
そのためにまた「人権」が持ち出されたりする。
「元号に慣れない外国人の人権に配慮するために、書類の日付は西暦で書いてね。」といった具合に。
そもそも書類が日本語なんだから、そこだけ配慮しても全く意味はないんだけどね。

肌色の問題もまさにそれ。
色鉛筆メーカーにおかしなクレームが来て、メーカーが過剰反応して自主規制したのだけれど、
元々大した理由なんてなかったものだから、肌色が差別用語とか訳の分からない理由付けをしないといけなくなってしまった。
「肌は肌色という固定観念を打ち破るためだ」と説明されることもあるけど、
だったら水色や茶色も呼び方を変えろよと反論されたら言い返せない。