皇統の護持を願いネット有志が集うオフ4
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0372彦十郎 ◆cJvFWLWQj6
2009/01/21(水) 21:53:36ID:LYIsuBwC☆皇統の未来を守るオフ@阿部野☆
●日時:平成21年2月11日(水曜日・建国記念の日)午後3時集合厳守
●雨天:断行(内容は一部変更の場合あり)。
●集合場所:南海電鉄南海線・高野線「岸里玉出」駅「岸里口」改札前
※岸里玉出駅には、岸里口(北口)と玉出口(南口)がありますが、お間違いなく【岸里口】にお進み下さい。
※岸里玉出駅は、南海線・高野線ともに普通電車のみ停車。
地図:http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi0202331090120220750
路線図:http://www.nankai.co.jp/traffic/railmap/nankai.html
●順路:南海「岸里玉出」駅岸里口〜阿部野神社〜北畠顕家公御墓〜阪堺電軌にて天王寺方面。
●趣旨:大阪市阿倍野区北畠三丁目御鎮座の別格官幣社阿部野神社は、吉野朝の功臣北畠親房公ならび
に北畠顕家公を御祭神として、顕家公が散華された阿部野古戦場の地に御創建された神社です。
贈正一位北畠准后親房公は後醍醐天皇の御信任頗る厚く、天皇の吉野遷幸ののち大命を奉戴して東国に
下られ王事に御奔走、後醍醐天皇崩御ののち皇位を践まれた義良親王(後村上天皇)の御為に、常陸国
小田城の陣中に『神皇正統記』を著して国の真姿を説かれました。のち吉野に戻られ、正平九年四月十七日
(一説九月十五日)六十二歳にて薨去されるまで吉野朝の柱石として、後村上天皇を助け奉られました。
贈従一位鎮守府大将軍北畠顕家公は親房公の御嫡長子。十六歳で陸奥守に任じられると、義良親王を
奉じて奥州へ下向されてかの地を御平定、足利高氏が朝廷に叛くや直ちに奥羽の騎馬兵団を率いて御
上洛、高氏を西海道に敗走せしめました。延元三年賊軍御討伐のため再び奥州より長駆西上されるも、
同年五月二十二日、御奮戦空しく御歳二十一歳にて御殉節されました。
己が何者であるかを知ろうともせず即物的利己主義に奔る凶徒蔓延る乱世に、不屈の確信をもって歴史を
見据え、皇統の正理を唱えられた親房公と、皇統の未来に殉ずるべく賊の群れに体をぶつけられた顕家公。
今また獣にも似た凶徒の横行する世となったこの国で、邦家の来し方行く末に想いを致すべき建国の日に、
阿部野のみ社に参じ親房公顕家公の大前に額づくことは、大いに意義あることでありましょう。
又の年戊寅の春二月、鎭守大將軍顯家卿又親王をさきだて申、かさねてうちのぼる。海道の國々ことごと
くたひらぎぬ。伊勢伊賀をへて大和に入、奈良の京になむつきにける。それより所々の合戰あまたゝびに
勝負侍りしに、同五月和泉國にてのたゝかひに、時いたらざりけむ、忠孝の道こゝにきはまりはべりにき。
苔の下にうづもれぬ、たゞいたづらに名をのみぞとゞめてし、心うき世にもはべるかな。
(北畠親房公『神皇正統記』人巻・後醍醐天皇延元三年条)
●費用:交通費適宜(阪堺電軌運賃は200円)。
●当日連絡先:090-9273-5667(14:30以降繋がります)
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