今回のデモは一応、保守系のデモだと思いますので、
本来こういう旧軍の批判にあたるようなことを言うのはタブーなのですがあえて言わせてもらいますと、
このような間違った愛国心、その実態は異論を許さない事なかれ精神、横並び精神、身びいき、思考停止した楽観主義、
時流に乗り遅れまいとする保身や打算こそが、先の大戦で軍部や政府、マスコミの繰り出す偽りの「大本営発表」を持て囃し
「勝った、勝った」と空騒ぎを繰り返し、その挙句、惨めな敗戦を迎えて右往左往することになったのではなかったでしょうか?
誤解ないように言っておきますが、私は先の大戦が誤ったものだとは思っていませんし、
始まったのは必然であったと思いますし、始まれば敗戦もまぁ100%とは言いませんが必然に近かったとは思います。
ただ私が不満だったのは、たとえ正しい戦争であったとしても、その過程で政府は相当おかしなことをやっているわけです。
そういう時にどうして国民は、おかしいことをおかしいと言わなかったのかです。
それをちゃんと言っていた上での敗戦であれば、敗戦後に右往左往することも無かったでしょう。
そういう、時流に添わない、言いにくいことを言うことや考えることを怠ったために、
戦前戦中の日本をダメにしたこの悪しき怠惰な精神は戦後にも引き継がれて、
愛国心に変わってメインストリームとなった戦後の自虐や売国のような更に悪質な、どう考えてもおかしい現実に対して、
またもや、おかしいものをおかしいと言えない空気を作って、戦後の日本を更にダメにし続けてきたのです。
そういった暗黒の戦後を抜け出て、サッカースタジアムで日の丸を振れるようになったこと自体は喜ばしいことです。
しかし、そこで掲げられる愛国心が、「おかしいものをおかしい」とも言えないような、相変わらず悪しき怠惰な、
硬直した精神に侵されたものであるならば、日本国民は戦前から全く進歩していないのではないでしょうか。
何故こんな関係ない話を延々としたのかというと、
私たちがこの北朝鮮人権法の脱北者支援条項に危うさがあるという意見を述べたところ、
有識者や一般からも「拉致問題解決の妨害」「経済制裁の邪魔をするつもりか」「朝鮮総連に踊らされている」などという
決め付けをされたからなのです。
拉致問題は絶対に解決しなければいけません。そのためには経済制裁は即刻実施すべきです。
それにはまずは朝鮮総連を締め上げねばいけません。これらのためにこの法の適用が有効なことも分かっています。
そしてそのためにこそこの法は拉致議連や救う会が練り上げてきたものなのです。
拉致議連も救う会も皆さん本当に立派な方達で、本心から拉致問題の解決を願い、日本を愛していらっしゃいます。
だからこの法が悪しき目的をもって作られたなどとは全く思っていません。
問題となっている第6条にしても、それがもともと邪な目的で挿入されたなどということはないでしょう。
しかし、それでも「おかしいことはおかしい」と言わねばならないのです。
この第6条が不完全な記述であるために悪用の恐れがあることは事実なのです。
それはたとえ拉致議連や救う会に歯向かうことになっても、やはり言わねばならないのです。
やむにやまれず申し上げているわけなのです。それなのに、むしろ保守系の側から心無い言われようをされているのです。
拉致議連や救う会が頑張って進めていることに水を差すような奴らは総連の手先だというのです。(続く)